グラスアーカイブ   作:外神恭介

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コハルちゃん、私も死刑ですか?

 ハナコがコハル共々一足遅れてシャーレ執務室に辿り着くと、キチガイズがそこにいた。

「お願いします先生!! どうか!! どうか早まった判断だけはしないでください!!」

「その通りだ先生!! その決断はキヴォトス全体の損失に繋がると言っても過言ではない!!」

「ええい止めてくれるな二人共、君達がどれだけ外聞を投げ捨てようとも私は首を縦には振らんぞ……!!」

 キチガイその1、阿慈谷ヒフミ。補習授業部部長兼、連邦捜査部シャーレ臨時第二特務。

 キチガイその2、白洲アズサ。補習授業部部員。

 キチガイの親玉、葵・硝子。連邦捜査部シャーレ顧問。

 いずれも良識ある善人なのだが、時たまゲージが振り切れて頭のおかしくなる時間帯が不定期に発生する、という観点で見れば類友。三人目については普通と異常の割合が逆転している為異常で正常な気がしないでもないが、これは新手の哲学か何かだろうか。まあ根っこはマトモなのでセーフ。

 ともあれそんなキチガイタイム中の三人が何を騒いでいるのかと言えば、さすがにちょっと唐突過ぎて分からない。恐らく先生の抱えた段ボールが話題の渦中なのだとは思うが、ヒフミもアズサも先生の足に縋り付いてまで止めようとしているのは尋常ではないと言って良い。二人にとって相当大事なものなのだという想像は出来るとしても、

「シロコちゃんまで混ざって、となるとちょっと事態が読めないですね」

 キチガイその3にしてシャーレ臨時部長、砂狼シロコもまた先生の背中に貼り付いていた。両手両足を絡み付かせ逃がさんとする姿は頭足類の捕食光景にしか見えないが、先生曰く「セミ」らしい。先生自身もよくやる。主にガチャポンの筐体に対して。そんな陸棲なんだか水棲なんだか怪しい彼女は、こちらの来訪に気付いたのか振り向くと曇りなき眼で、

「ん、よく分からないけどヒフミとアズサが困ってたから助太刀」

「という建前をいいことに私にしがみついているだけの気がしないでもないがね……!!」

 シロコが無言で親指を立てたのでハナコも同じように返しておいた。

 とはいえ如何に体術に優れた先生でも、両手の塞がった状態かつ三人掛かりで組み付かれてはどうにもならないらしい。今日の執務室は段ボールが多く、下手に動けばぶつかりかねない密度でスペースを占有している。セミで膝関節を抑えているアズサはまだしも、床に伏すようにして足首に両手を掛けているヒフミについては、引きずって動く訳にも行くまい。

 放置か、助太刀か、手伝うにしてもどちらに付くか。そんなことを考えるハナコの傍ら、再起動したコハルが動きを作った。頬も赤く一歩を踏み出した彼女は、

「み、皆してこんな真っ昼間から何やってるのよ!! エッチなのはダメ!! 死刑!!」

 昼じゃなければ良いのか。どう見てもエッチな雰囲気ではない。刑が重過ぎる。以上、パッと思い付くだけでも三ヶ所は穴のあるツッコミの行く先、シロコが浅く眉を立てた。

「裁判官、今の発言は看過出来ない。まだ未遂」

「やる気満々じゃないというか誰が裁判官よ!!」

「例えその気であっても現実では未遂。つまり想像の中だけ。思想の自由は認められるべき。そうでないとハナコもしょっぴかれる」

「ハっ!? な、何でハナコが引き合いに──」

「コハルちゃん、私も死刑ですか? 今日はちゃんと制服着てますよ?」

 わざとらしく頬に手を当て視線を向けるとコハルの動きが止まった。口を開けたまま彼女はこちらを見て、セミの止まり木を見て、もう一度こちらを見て、

「き、今日のハナコはちゃんとしてたから無罪!! でもそっちは現行犯!!」

「あらあら、コハルちゃんは優しいですね。ではお礼に場を収めるお手伝いを……、先生、ちょっと左腕お借りしますね?」

「ん、現行犯が増えた。止める為だしこの場合は差し引き無罪? それとも有罪?」

「この期に及んで浦和君まで参戦か……!! 下江君、間違っても私の空いている右側に飛び付いて来るのはやめたまえよ、今の状態で食らえば全員仲良く床に転がりかねんのでね!!」

「何のお礼にもなってないし現行犯でアウトだしそもそもする訳ないでしょおおおおおお!!」

 律儀な連続ツッコミであった。

 さすがに疲れたのかコハルの息切れが酷いことになって来たので、ハナコは大人しく先生から離れる。同じように背中から下りたシロコ共々ヒフミとアズサを引っ剥がし、

「あー!! あ──!!」

「阿慈谷君、そこまで悲痛な表情をされるとさすがの私にも良心の呵責というものがだね」

「大丈夫、先生は何も悪くない」

「む、シロコが先生側に回ったか。だがすまない先生、今回ばかりは先生の味方になることは出来ない……!!」

「……ええと、この二人がこうなっている時点で概ね察しはつくのですが、一体何が?」

 ヒフミが壊れるとツッコミが追い付かなくなるのが補習授業部の特徴だと、内心で浮かべた苦笑のまま問うた先。一度段ボールを下ろした先生が、さりげなくガードに入る位置に陣取りながら腕を組み、

「知っての通り阿慈谷君はブラックマーケットの常連と言って差し支えない訳だが、ここ何日かいつもと空気が違うという相談を受けていてね」

 コハル共々視線を向けると、ファウストは気まずそうに顔を背けていた。あとシロコちゃんは紙袋を用意しなくて良いです。どこから出したんですか一体。が、先生は慣れたものとして特にツッコミもせず、

「また、並行する形でゲヘナ風紀委員会から、同自治区に籍を置くとある企業の調査を依頼されていたのだよ。月雪君達に探ってもらった結果、どうやらブラックマーケットに居を構える悪徳企業のフロント兼財源だったようでね。余罪もあったのでフロントの方を先日便利屋68と共に叩いた結果、資金源を一つ失った為動きが変わったのだろう、と」

 なので、

「つい先程、風紀委員会と便利屋68と美食研究会の合同で親企業にカチコミを掛けて来た訳だ」

 シャーレの繋がりを知らなければ、この三者が並び立つ光景は異常と言う他ないだろう。

 ……総長、第三、第四特務の共同戦線という時点で大抵の団体はオーバーキル案件ですからね。

 特務級は概ねキヴォトスにおける上位戦力に位置しており、副長以上となると人外魔境としか言い様がない。強さのみを指標とした任命ではないが、各学園における最強クラスが名を連ねているのだ。そこに不規則言動の塊である先生まで加わるのだから、交渉であろうと武力であろうと手の打ちようがないだろう。ブラックマーケットと繋がっている以上相手の自業自得ではあるのだが、若干の哀れみすら覚えてしまうのも宜なるかな。

「では、この段ボールの山は証拠として押収した品、ということでしょうか?」

「そういうことだね。後は事後処理と経過観察だけで、ゲヘナよりシャーレの方が近かったので保管はこちらで請け負った。だが、中身を調べていたら一部に問題があってね……」

 そう、

「──転売と思しきモモフレンズの少数限定プレミアグッズが」

「その一言で全てを察せるのがヒフミちゃんとアズサちゃんらしいですね」

 ちなみに二人については現在進行形でハナコが首根っこを掴んでいるのだが、諦める気は微塵もないらしい。アズサとシロコがシャドーボクシングで威嚇し合っていて、小動物のじゃれ合いのようで微笑ましいと思うのは自分だけだろうか。が、もう一人の狂信者の方は啜り泣きまでしながら、

「お願いします……、この機会を逃したら、もう二度と出会えないかもしれない激レアグッズなんですぅ……」

「仮に頷いた場合私は横領でしょっぴかれるし阿慈谷君は連邦生徒会に指名手配されかねないのだがその辺り分かっているのかね」

「というかそんな代物をどうしてヒフミが持ってないの? 抽選?」

「高熱出して寝てましたぁ……」

 多少の体調不良なら這ってでも行きそうなヒフミが断念しているということは相当だったと思われるのだが、同情する気が微塵も起きないのは性格が悪いだろうか。

「一応、という形でお聞きしますけど、数があるなら一つか二つくすねてもバレない、という判断は? 先生ならその辺り口八丁手八丁誤魔化しきれると思いますけど」

「阿慈谷君や白洲君は平気で嘘がつけるタイプではないだろう。おまけにプレミアグッズだけあって全個体シリアルナンバー付きだ、どう考えても足がつくのは目に見えている」

「……それ、先生は嘘つくの得意って言ってない?」

 コハルのツッコミに、先生が上を見た。数秒後、視線を戻した先生は満面の笑みを浮かべ、

「ははは、下江君は可愛らしいなあ」

「な、何よその裏の意味ありまくりの台詞!!」

 そのままの意味だと思いますけどね。主に先生のこれまでの所業を見て来ておいて今更そんな指摘が出来るコハルちゃんの素直さが。

 ……まあ生徒に冗談は言っても嘘はつかない人ですけど。

 とはいえこの調子では埒が明かない。現にヒフミは教本に載せたい程の見事な土下座で、

「お願いしますっ、お願いしますっ、どうかこの通り、私に出来ることなら何でもしますので……」

「ん、なら全員纏めてアビドスに来ると良い。シャーレの強襲作戦時に覆面水着団が乱入して一部の品を持ち去って行ったことにする」

 ハッとした顔でヒフミがシロコを見たが、先生の半目を受けて二人共目を逸らした。突き刺さる視線に耐えかねてか、シロコが両の手の平を先生に向けて、

「冗談」

「意外とアグレッシブな阿慈谷君相手には冗談として成立しないと思うのだが」

「……私、そこまで見境ないと思われてますか?」

「補習授業部が出来る以前であれば可能性はあった、とは思うよ?」

 思い当たる節があるのかヒフミが俯いた。ツッコミ代わりの軽いチョップをシロコの額に落としつつ、先生がこちらに顔を向ける。

「浦和君、私も若輩ながらモモフレンズ好きを名乗る者なので、ここまで食い下がられると心情的には反論しにくいのだがどうしたら良いと思う?」

 あ、これは割と本気で困ってますね、とハナコは思った。

 生徒の味方という基本方針を抜きにしても、先生はこの二人に対して甘いところがある。

 明確な依怙贔屓までは行かないが、ハナコに限らずセイアやサクラコ辺りも薄々悟っていよう。

 アリウスという過酷な環境下にあってなお善性を失わず、己に出来ることを成し続けたアズサ。

 別離を告げられ、抱えた闇を知ってもなお前へ踏み出し、アズサへと手を伸ばし続けたヒフミ。

 単純な力ではない、心の強さとでも言うべきものであれば、他の役職持ちと比べても何ら劣るところはない。

 司法や裁判、いわば仲裁役である第二特務の役を預けられているのも、そういうことだろう。

 聞いた話ではコハルも時たまそういう一面を発揮しており、ある意味類は友を呼ぶといったところか。

 トリニティ以外に目を向ければこの場にいるシロコだってそうだし、何より先生自身がそういう性質だ。

 愚直なまでの真っ直ぐさは、自分のような者にとっての文字通り光となる。

 だからこそ、そんな彼女達を守る為であれば疎んでいた己の能を発揮することも厭わない訳だが、

「ちなみにそのプレミアグッズというのは、具体的にはどのような?」

「うむ、ストラップ型のぬいぐるみでね。ゲーセンのクレーンゲームにでも置いてありそうな見た目だが、匠の拘った縫製が芸術的なのだよ」

「そう!! 職人が一つ一つ手作りで仕上げたファン垂涎の逸品なんです!! 発注ミスで予備在庫が死蔵されているという噂もありましたが、まさかこんな形でお目に掛かれるとは思わなくて!!」

「分かっているね阿慈谷君!! 私も中身を見た瞬間膝から崩れ落ちたとも!! まさに運命的な巡り合わせ、目にすることが出来ただけでも光栄と言える代物!! こんな素晴らしいものを儲けの道具にしようなどと、遺憾の意に満ち満ちているよ私は!!」

 説得する気あるんだろうかこの大人。

 だが、ハナコはふと思い付いたそれを口にする。

「先生はもう一人のシロコちゃんのマフラーも編んでいたようですし、裁縫系のスキルもお持ちですよね? ストラップサイズのぬいぐるみなら制作もさほど難しくはないでしょうし、押収品についてはサンプルとして確認するに留め、模造品として私的に作って楽しむくらいならセーフの範疇だと思いますけど」

 至極真っ当な提案に、キチガイ共が静止した。やがてアイコンタクトを交わした三人が、こちらに正対する位置に回り正座して、

「神よ……」

 拝まれた。

 呆れ全開の視線をコハルが向ける中、しかしキチガイの親玉は額の汗を拭うようなジェスチャーと共に、

「いや成程、自らグッズを作るなど不敬かと思い発想すらせずにいたものだが、その案ならば行けるね。さすがは浦和君だ」

「まさに神の一手……、ありがとうございますハナコちゃん、おかげで私達も先生も救われました」

「そうだな。瞬間的にだが先生の知恵を上回ったんだ。これは誇るべきことだぞ、ハナコ」

「誇るようなことでもないと思いますが、気持ちはありがたくいただいておきますね」

 心底本気で畏敬の眼差しを向けて来る三人に、ハナコは心からの笑みを浮かべた。

 かつては嫌い、恨みまでした己の頭脳。それを讃えるような言葉であっても、心許せる友人や恩師からのものであれば受け取り方は変わって来る。

 権力争いや権謀術数ではなく、こんな傍から見ればどうでもいいようなことに使われて。

 それが彼女達の喜びに繋がるなら幸いだ。

「では早速引き渡す前に詳細なデータを取得しておこう。あまりにもそのまま過ぎると海賊版と咎められる可能性もあるので、各々でアレンジを加えてみるのも良いかもしれん。阿慈谷君、その辺りどう思うかね?」

「オリジナルに手を加えるのであれば断固反対しますが、先生はきちんとモモフレンズを愛していますし、あくまでファンメイドなので構わないのではないでしょうか」

「ではそれで行こう。阿慈谷君と白洲君は後で協議するので、用事が済んでも残ってくれたまえ。それから浦和君と下江君も、何か要望があれば言うように」

 あら、とハナコは首を傾げた。

「いいんですか? こう言ってはなんですけど私達、モモフレンズにはそこまで興味がありませんよ?」

「だがこれは市製品ではなく手芸の一環だよ浦和君。君達だけもらえないというのも筋が通るまい。それでも要らないと言うのなら仕方ないがね」

 試すような笑みを浮かべる先生は、いいから受け取っておけと言っているようで。だからハナコは、素直に甘えておくことにした。

「そういうことなら、ありがたくいただきます。出来れば花の飾りがあると嬉しいですね」

「承ろう。……さて」

 言葉を切った先生がコハルを見た。全身ごと捻って斜め下から見上げるように見た。何なら煽り全開のドヤ顔で見た。釣られて振り向いた一同の視線を浴び、コハルは慌てて両の手を振りつつ、

「べ、別にもらわないとは言ってないでしょっ」

 先生がコハルに見えないよう親指を立てて見せたので、部員一同同じように返しておいた。

「……先生、私の分は?」

「砂狼君にはデカ狼君に譲渡した分の新しい覆面を作っただろう。物足りないのであれば後日ランニング用のシューズでも見繕いに行こうか」

「……ん」

 それならいいか、と吐息したシロコが自分の机の方に向かい、先生もまた検品を再開。ヒフミとアズサはその手伝いに行き、コハルは嘆息しつつ第二特務宛の書類をチェックしに向かう。ハナコもそっちの手伝いに向かおうとして、しかし踵を返し給湯室に向かった。

 始まりこそ騒々しいものとなったが、これもまたいつも通りなのだろうと、そんな笑みを浮かべながら。

 

     ●

 

 後日、約束通り手編みのグッズをプレゼントされヒフミとアズサは狂喜乱舞し、浮かれるあまり同日実施された小テストで赤点を叩き出した。

 二人と違い真面目に受けたコハルもギリギリのところで赤点で、当然のように赤点だったハナコと先生の二人で再テストに向けた補習を行うこととなる。

 問題作成に勤しむ傍ら、コハルをメインに面倒を見る先生に対し、ハナコは主にヒフミとアズサの進行管理を担当。そんな彼女は採点や解説で二人に呼ばれた時以外、ストラップを手に終始笑みを浮かべていた。

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