グラスアーカイブ   作:外神恭介

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アロナ先輩が大きくしたいのは背丈でしょうか。それとも胸でしょうか

「アロナ君!! プラナ君!! 本日のセンセイチャンネルのお時間だよ!!」

 俗に言うスーパーヒーロー着地と共に狂人が舞い降りた。

 自分達が存在する位相空間の風景は、一言で言うなら半壊した水浸しの教室だ。三センチ程度の水深とはいえ、そんな行動をされれば当然のように飛沫は舞うし波は立つ。距離もあって水が掛かることはなかったものの、振り向いたプラナは一応、という口調で、

「先生、見た目全振りのその着地は身体を痛める危険な技だったはずですが」

「心配は無用だともプラナ君、──鍛えているからね」

 この人が言うと説得力が凄過ぎるの、どうにかならないだろうか。

 夕暮れの河原で一人黙々と三点着地の練習に励む先生を想像し、その光景に一切違和感を覚えないのはさておき。プラナと違い割と至近で水を浴びて慌てふためいていたアロナが、先生の右手に目を留める。高々と掲げられたコンビニのビニール袋、透けて見える中身はカップアイスのパッケージがあり、

「せ、先生!! それはもしかして──」

「うむ、このところ二人も特に頑張ってくれているので、陣中見舞いに持って来た。私の方も少し落ち着いたことだし、休憩がてらいただこうではないかね」

「わーい!!」

 飛び跳ねるようなステップで駆け出したアロナが手近な机を寄せ始める。プラナも広げていた表示枠を一旦消し、椅子を抱えてアロナの元へ。そんな様子を笑みで眺めていた先生もまた、机の上にアイスを並べ、

「バニラやチョコにイチゴなどはシャーレにも常備してあって、さすがに飽きが来ただろうと思いチョイと変わり種をメインで選んで来た。これはさくらんぼ味、こっちのは梨味、そしてこっちがずんだ味で、最後にこいつがチゲ鍋味だ」

「後半悪ノリで選んでますよね!? そうですよね先生!?」

「何を言うアロナ君、作りたてのずんだは絶品で、アイスやシェイクにしても美味なものだよ? 師の中にずんだのプロと製菓のプロがいたのだが、二人がコラボすると茶会がとても豪勢になるものだった……。そんな懐古と共に購入して来た次第なのでこれは私の分だ」

「逆説的にチゲ鍋味は全力でふざけてるじゃないですか!! 一体どこですそんな狂気の一品をプロデュースしたの!!」

「IZUMOですね」

 件の劇物を手に取り、パッケージを眺めたプラナは零した。

 キヴォトス最古の企業の一つで、カイザーと同等かそれ以上の規模を誇る複合企業体。悪い噂はなく、価格もリーズナブルで質も高い。ただし最大の欠点として、時折こういった頭のおかしい製品を市場に流すのがたまにキズ。そういう品でもクオリティは担保されているのでキヴォトス住民も風物詩という感覚で流しているが、よくよく考えると先生もそういう口だった。買わなければいい前者に対し後者は能動的に絡んで来るので傍迷惑っぷりはこちらが上だが。というか、

「こちらの世界で言うIZUMOが、先生が元の世界で所属していた組織でしたね」

「世界は違えど頭のおかしな企業は存在する、ということだ。こっちもこっちで人型に変形するバイクロボだの戦車砲を食らっても傷一つ付かない圧力鍋だの美少女AIが励ましてくれる家事サポートマニュアルだのと、エンジニア部をとやかく言えない品の数々を生み出していたが」

「私達の支援を請け負ってくれている方々とは何度かお会いしましたが、確かにミレニアム生のように理知的な雰囲気がありましたね。──思考回路はゲヘナに負けず劣らずですが」

「ゲーム開発部をそっくりそのまま大人にしてブレーキを外したような連中だからね。まかり間違ってエンジニア部やヴェリタス、特異現象捜査部辺りと接点が出来れば、ミレニアムの技術力が最低百年は先に進むだろう」

 そんな環境に十年もいれば先生がこうなるのもむべなるかな。言ったところでどうしようもないので、プラナは静かに椅子に座る。机に伏したアロナはチゲ鍋味を視界に入れないようにしつつ、梨とさくらんぼの二つを見比べており、

「……願掛けで梨の方を選んだら、大きくなれますかね?」

「……無しになった、なんてオチも有り得るのではないかね?」

 アロナの動きが止まった。

 やがて愕然と先生を振り仰いだ彼女は、この世の終わりのような表情で、

「ど、どうしてスイカやメロンのアイスを買って来てくれなかったんですか!!」

「どちらもメジャー中のメジャーだろう。カップアイスではなかなか見ないが」

「たまには違う味を食べたくなるとしてもチゲ鍋味はないですよ!! せめてかぼちゃアイスとかにしましょうよ!!」

「要望ならコンビニで買えるものにしたまえよ、専門店に行ってしまったらパーティーパックを買ってしまうのが目に見えているではないかね」

「……逆に言うとコンビニで買えるんですね、チゲ鍋味」

「IZUMOのシェアが無駄に広いからね。だが解は出た、アロナ君の願いを叶える方法がある」

 そう言うと先生は、アロナの眼前に一つのカップアイスを差し出した。

「さあ、元になった食品の中で一番大きいものだよ。──チゲ鍋味だが」

「そんな理由でゲテモノアイス食べたくないですぅ──!!」

 仕方ないね、と先生がチゲ鍋味を回収した。そのまま彼女はこちらに視線を向けて、

「プラナ君、悪いが一丁成長促進について調べてもらえないかね。この場ですぐ出来ることだと尚良い」

「Tes.、このままではアロナ先輩も納得しなさそうなので」

 ただ、と表示枠を広げたプラナは首を傾げる。

「アロナ先輩が大きくしたいのは背丈でしょうか。それとも胸でしょうか」

「……腹、という可能性もあるね?」

「そんなところ大きくしたいのはお相撲さんだけです!!」

 それはそれで偏見な気もするが、とりあえず調査開始。大体はまず牛乳と出て来るが、アイスには大体入っているのでパスとなると、

「あくまで俗説の一つですが、張った皮膚を揉み解すことで内側の成長を受け止められるようにする、というものがあるそうですね」

「ああ、オパイを揉むと大きくなるという俗説のアレか。即効性はないが理に適っているね、どう思うアロナ君」

「……何だか丸め込まれている気もしますが、お願いします」

「オパイを?」

「背丈ですっ!!」

 ふむ、と先生が両の手を伸ばした。小動物を可愛がるように、アロナの頬の辺りへと手を通し、揉んで、

「さあ、思う存分大きくなると良い。──顔だけ」

「悪意に満ちた悪い大人がいますぅ──!!」

「良いではないかねビッグフェイス。マスコットの類も大体は二頭身だし、プリティーアロナに進化出来るかもしれないよ?」

「可愛さは必要ですが人の尊厳は捨てたくありませんー!!」

「注文の多い子だね全く。プラナ君、先輩がこの調子なのだから君も何かあれば忌憚なく口にしたまえよ?」

「ではさくらんぼの方をいただきます」

 昔一度だけ“先生”が持って来てくれた、期間限定の味だ。当時も“先生”は豚しゃぶ味とか買って来てましたね。こっちの世界でも売っているのか後で調べておこう。ともあれ、

「アロナ先輩、そっちの梨味と半分こしましょう」

「……それでも無しが半減するだけなような」

「さくらんぼは二つセットです。つまり倍です。無しと相殺出来ます」

 アロナがハッとした顔で梨とさくらんぼを見比べて、こちらに拍手を送った。

「それで行きましょう!! それに、よくよく考えればチゲ鍋味よりはマシです!!」

「おおっと言ったね? 言ったね? そこまで言うなら私一人で独占させてもらおう。新感覚の美味しさを体験出来るのが私だけとは、ああ残念だね本当に!!」

 負け惜しみではなく本気で食べ始めるからこの人は恐ろしい。半目でスルーを決め込んだアロナが、しかし苦笑と共にこちらへとさくらんぼ味を差し出しつつ、

「すっかりいつもの雰囲気ですけど、大丈夫ですか? 主に正気度が」

「もう慣れました」

 それに、

「ここまで賑やかではありませんでしたが、昔もそうだったので」

 “先生”もこの場所で仕事をすることが多く、自分もよく手伝った。その度にウエハースやら飴玉やらプリンやら、ご褒美と称して一緒に色々と食べたものだが、

「先生だけではなく、アロナ先輩も一緒で、……楽しいですよ」

 微笑と共に受け取ると、アロナが笑った。先生もまた目を細めていて、

「良い気分転換になったのなら幸いだ。食べて一息ついたら、また頑張って行こう」

「Tes.!!」

 応じ、先生から手渡された木のスプーンでアイスを口にする。懐かしい味はしかし、前よりも美味しく感じられた。

「チゲ鍋味、なかなか行けるものだね」

「またまたそんな冗談を……、あれ、意外と行ける」

「……食感とのミスマッチ感が凄いですが、味そのものは良いですね」

「……これ、溶かして温めてご飯に掛けたら雑炊になるんでしょうか」

 アロナがうっかり妙な考えを口走ったら、先生が真剣な顔で検討し始めたので二人で止めた。

 ちなみにずんだ味も三人で分けたが、こちらは先生の言う通り真っ当に美味しかった。

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