グラスアーカイブ   作:外神恭介

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もしかしてアリス、ミカ先輩とお似合いですか!?

「せんせーたっだいまー!!」

 シャーレ執務室の扉を勢い良く開け放つミカに続き、ホシノはゆっくりとした足取りで室内へと入った。欠伸の漏れた口を左手で覆いつつ、

「臨時副会長と臨時副長、仕事終えて戻ったよー、って、ありゃ?」

 視線を向けた先、部屋の主の席に座しているのは、不規則言動の大人ではない。ニッパーとランナーを手に面を上げたのは、上着を椅子に掛けたヒナで、

「おかえりなさい」

「あれ、先生は?」

「ケイのメディカルチェックで地下よ。戻って来るのにあと二十分くらいは掛かるはず」

 そっか、とミカがソファーに荷物を放り投げてからデスクの方へ移動。ホシノも荷物を置き、シャーレ役職者の腕章を外していると、

「どうだった? 倒壊事故現場の救援活動」

「どうもこうもないよ、ミカちゃんとミネちゃんが邪魔な瓦礫にグーパンぶち込んで大体終了。おじさんは瓦礫から救護対象を守ってただけ」

「いやいやいや、その片手間にショットガンぶっぱなして二次崩落の大きい瓦礫砕いて被害減らしてたホシノちゃんも十分目立ってたからね?」

「どっちもどっちね」

 半目のヒナが身も蓋もなくぶった切った。まあ曲がりなりにも各学園の最強格だし。人命救助なら躊躇う理由も必要もないので、二人してムキになってたのは否定しないが。

 と、三人のスマホが着信音を鳴らした。ヒナが素早く指を走らせ、細めた目で画面を一瞥。

「もう一人のシロコから連絡。セナや蒼森ミネとの残務も片付いたからこれから戻るって。お礼にもらったケーキ冷蔵庫に突っ込んだら出掛けるそうだけど」

「あー、そういえばノノミちゃんと服見に行くって言ってたっけ」

「えっえっ楽しそう、混ざっちゃダメかな」

「……この前新しいワンピース買ってなかったかしら」

「見るのと買うのは別!! 友達に合いそうなの見立てるのも楽しいよ!?」

「うん……、前にそう言って五時間くらい連れ回されたっけ……」

「……ストッパーで先生が引率しないと収拾が付かなそうね」

「……巻き込んで暴走するんじゃないかなあ先生は」

 ヒナが顔を背けた。想像が容易というか、こっちの想像を易々と超えるのが先生だから困る。こっちを驚かせる為に何の前触れもなくフリフリのドレスを着こなすくらいはフツーにやる。そういう人だ。だからこそ一緒にいて飽きないのは事実だが、心臓に悪いという面もあるのでどうしたものか。当のミカは既にもう一人のシロコにメッセージを送り始めていて、あとは当人達に任せるしかない。というか巻き込まれたくない。

 ……先生に報告済ませたらヒナちゃんについてって風紀委員会手伝おうかなあ……。

 心底本気で思っていると、不意に足音が聞こえた。音が軽いから先生じゃないな、と思いつつ振り向けば、長い黒髪を靡かせた姿が給湯室から出て来るところだった。

 アリスだ。

「あ、ホシノ先輩。こんにちは」

 表情を綻ばせ小走りに寄って来る姿に、ホシノは軽く手を振って応じた。彼女が手に持ったヒナのマグカップを受け取り、持ち主へと中継しつつ、

「やほーアリスちゃん。まあケイちゃんが来ててアリスちゃんが来ない訳ないか」

「はい、お姉ちゃんとして付き添いです」

 胸を張って答えるアリスの微笑ましさに、自然と表情が緩む。常にこんな調子なので、自称部員の中でも末っ子のような扱いだ。一日限定のユニットを組んだノノミやヒフミ、ユウカにアルなどと親しいのは当然として、ハナコやハルナはよく餌付けをしているし、一年生組のミヤコやユカリとも修行と称して階下の訓練場で色々とやっているらしい。そんな彼女はシロコと並んで交友関係が広く、かく言うホシノも見知った仲ではあるのだが、

「ところで、初めましての人がいますね?」

 首を傾げつつアリスが見た先、スマホを触っていて彼女に気付いていなかったミカがいる。あれ? とホシノが零すと、ココアを飲んで一息ついたヒナが後ろから、

「アリスが来るのは日中だものね。基本暗くなる前に帰るし、意外とミカは夜にしかいないことも多いから」

「あー……、シャーレの仕事であちこち出張ってるからかあ。思えばおじさんと会ったのも夜だったっけ」

「単にD.U.散策してることもあるけどね? あと最近はナギちゃんやセイアちゃんの手伝いもしてるし」

 成程、とアリス共々頷く。自称部員とは言うものの、交友関係は個人によってまちまちだ。自分やヒナのような役職持ちであっても時間や仕事、所属元の兼ね合いなどから、知ってはいても直接話したことのない相手はいる。全てを網羅しているのはそれこそ先生と、臨時部長であるシロコくらいのものだ。シロコ経由で話は聞いているので、初対面であっても見知った感があるので緊張はないのだが、

「おかげで初対面のはずが全く違和感なく会話してたりとかザラだよねえ。軽くやり取りしてからふとお互いに「あれ、そう言えば挨拶してなかったっけ」って真顔で見詰めあったりとか、ちょくちょくあるって皆言ってたなあ」

「ノア先輩も同じことを言ってました。人となりも事前に知っていて共通の友人もいるので、うっかり知己のように振る舞ってしまう、と」

「……これ、礼節という観点から見ると教育に悪過ぎる気がするのだけど」

「でもぶっちゃけ先生、基本スルッと人の懐に入って来るから見本としてはハードル高いよね」

 ミカの半目に全員が顔を背けた。

 先生は不規則言動が激しいので、ツッコミを入れている内に遠慮が消え、いつの間にか気安い関係になっていることが多い。一時期「アレが先生なりのスムーズなコミュニケーションなのではないか」という話になったこともあったが、ガチャポンでムキになってるセミを思い返すと二秒で信憑性がなくなった。掴み所がないにも程があるけど、そういう人だしなあ……。

「……流そっか、先生については」

 うん、と全員が俯き、深呼吸して空気を変える。手を打ったミカが笑みと共にアリスを見て、

「改めまして、副長やってる聖園ミカ。第五特務のアリスちゃんだよね? ちょこちょこ話は聞いてるよ」

 自己紹介に入った友人に、ホシノはヒナ共々身構える。密かにアイコンタクトを交わし、小さく頷き合った。

 ヤバくなったら介入しよう、と。

 ……ミカちゃん、陽のコミュ障みたいなとこあるからなあ。

 悪意なく人の地雷を踏み抜きがちというか、一言多くて恨みを買いがちというか。事実ホシノとの交流も初手は相当ギスギスしていて、直後に舞い込んだシャーレの依頼を通じて打ち解けたのだ。エデン条約の一件や先生との暮らしを経て少しずつ良くなってはいるが、油断していると時たまやらかす。既に慣れた自分達のような相手ならまだしも、初対面相手にやらかすのはさすがにマズい。

 ……まあ初対面でやらかされたけどね私。

 ビミョーに自分にも非があるので何とも言えないが、アリスなら滅多なことにはならないだろう。逆に天然入ったアリスがぶちかます可能性もあるが、最悪自分とヒナがいればドンパチ始まっても止められるはずだ。とりあえずは茶菓子を摘まみつつ、推移を見守ることにする。

「アリス、噂になってますか?」

「そりゃもう大人気だよ、素直で可愛い真っ直ぐな良い子だ、って。先生も近年稀に見る純粋な子だって言ってたよ?」

 それは初耳。経緯からしてある意味当然の評ではあるけども。ゲーム開発部に対しては保護者的立ち位置に収まっているそうだが、前面に出て関わっていたらアリスも先生のような不規則言動の悪役になっていたのだろうか。それはそれで見てみたい気もするのと、周囲への負担が倍増しになりそうで嫌なのが割合的に三と七。横目を向けた先、ヒナが無言で首を横に振っていたので大体考えていることは同じっぽい。ともあれ、

「……おろ?」

 振り向き見たアリスは、残念そうに肩を落としていた。思わぬリアクションにミカも不安げな眼差しを向けて来るが、さすがに今のやり取りで地雷を踏んだとは考えにくい。どうしたものかと首を傾げると、アリスが目の前に広げた己の両手を見て、

「勇者として名を馳せるにはまだまだ修行が足りないみたいです……」

「そっちかー」

 可愛い子扱いよりヒーロー扱いの方が良かったらしい。まあ先生とのやり取りを見ていても恋愛というより親子とか姉妹に近いし、情緒周りはまだまだ子供なのだろう。そういうところがまた可愛らしいのだが、指摘したとして直るかどうか。と、ミカが思い出したように手を打って、

「あ、でも色彩戦で大活躍だったって聞いてるよ? 決戦でも助けられたって」

「はい!! ヒナ先輩やミヤコ達とパーティを組んで頑張りました!!」

 切り替えの早さが凄い。戦力として相当なものだということは重々承知しているが、こういう面を鑑みて癒し枠としても十分やって行けそうだとホシノは思う。ヒナちゃんもちょっと笑ってるし。見ているだけで頬が緩むなど、アビドスの後輩達を除けばこの子くらいかもしれない。

「あ、自己紹介がまだでしたね。ミレニアムサイエンススクール一年、ゲーム開発部兼シャーレ第五特務の天童アリスです。妹のケイ共々よろしくお願いしますね、ミカ先輩」

「うんうん、よろしくねーアリスちゃん」

 握手を交わす二人を見届け、ホシノは内心で一息。ファーストインプレッションは上々だし、今後も上手くやって行くだろう。ミカも機嫌良く笑っていて、アリスの方も嬉しそうに、

「先生から度々話を聞いていたミカ先輩と、遂にエンカウント出来ました!! 今日は良い日です!!」

「へ? 先生から?」

 はい!! と元気良く頷いたアリスが、満面の笑みを向けて口を開く。

「天真爛漫でおてんばな、だけど優しいお姫様だと聞いています!!」

 告げられた先、ミカが雷にでも打たれたように全ての身動きを止めた。ややあって、アリスを抱き寄せ頭を撫でながらこちらに振り向いたミカは興奮したように、

「どうしようホシノちゃん、この子凄く良い子だよ!!」

「色々とツッコミたいところはあるけど、もうミカちゃんはそれで良いんじゃないかなあ」

「先生は当然として、私達やナギサとセイアの負担もあるから素直に頷きにくいわね……」

「あっれ二人共酷くない!?」

 ミカは自虐する割に周りから言われると重く受け止める面があったものだが、今ではこんなセメント発言にもツッコミで返せる辺り人は変わるものだ。アリスもアリスでされるがままになっていて、かなり良い雰囲気というか、

 ……よくよく考えると役職持ちの最高戦力が大半揃ってるんだ、今。

 副会長、総長、副長、そして第五特務。もう一人のシロコという反則存在を除けば、この四人に単体で比肩し得るのは番外特務のワカモくらいだ。あまり馴れ合うタイプではない彼女はノーカンとしても、このメンバーなら有事の連携も容易だろう。そんな発想が真っ先に来てしまう己の物騒さに苦笑しつつ、

「先生割と他の所属の子でもフツーに話題に出すもんねえ。君ときっと気が合うと思うよ、とか言って」

「ああ、そういえば浦和ハナコと猫塚ヒビキを引き合わせて衣装談義とか、ユウカとノアに頼んで奥空アヤネと黒見セリカの業務補助とか、色々してたわね」

「私もノノミちゃん紹介してもらって一緒に服とかアクセサリー見に行ったね」

「アリスも帰りに買って帰るおやつに悩んでいたら、美食研かスイーツ部と一緒に行くと良いと仲介してくれました」

 冷静に考えるとここまで野放図に学園間交流しているシャーレの異常さが際立つが、今いる面々からして所属はバラバラだし今更か。この前もナギサちゃんとお茶したしユウカちゃんやノアちゃんなんてほぼ常駐だし、所属元の権力も何もあったもんじゃない。アビドスなどは少人数故その辺りの意識が薄いが、

 ……そういう気楽さの恩恵を受けてるのは間違いなくヒナちゃんやミカちゃんだよねえ。

 しみじみ思いつつ煎餅を口に運んでいる間、既に打ち解けたらしい二人が賑やかに、

「ねえねえアリスちゃん、先生他に何か言ってた?」

「危なっかしいところもあるが頼りになるって言ってました!! アリス、先生とミカ先輩はお似合いだと思います!!」

「……ねえホシノちゃん、仮に私と先生がゴールインしたらアリスちゃん養子に迎えられないかな」

「真顔で何言ってんのミカちゃん」

「ゲーム開発部を筆頭にアリスと仲の良い面々が全力で止めに掛かると思うわ」

 だよねー、とミカが嘆息。しかし数秒と経たずその表情をだらしなく緩ませ、

「……お似合いかあ」

 はい!! とアリスが肯定した。両の拳を握って自信満々に、

「何と言っても先生は勇者ですから!! お姫様を助けるのは勇者の役目です!!」

 

     ●

 

 ……んンンンン?

 ちょっと予想外の回答が来てミカは混乱した。

 先生と言えば不規則言動と悪役だ。特に後者は度々自称していて、漏れ聞こえて来る範疇でも「手札がほとんどない状態から屁理屈とハッタリだけで交渉を実質勝ちまで持って行った」とか「要求された身代金で人質ではなく交渉相手の全権利を買い取り全ての要求を取り下げさせた」とか、生徒の為とはいえ外聞投げ捨て過ぎじゃないかと度々思いはする。サオリ共々諭されている時にベアトリーチェが乱入しても「今話しているのは貴様ではない、失せろ」ってガン無視してたし。カッコ良かったけど。

 ともあれそんな先生のイメージに対し、勇者という評は最も遠いものだろう。確かに勇気というか度胸はあり過ぎるが、正道を行く勇者では決してない。ホシノとヒナに目配せしてみれば、やはりどこか困惑した様子で。

「先生が……、勇者?」

「Tes.!! アリスの目標とする勇者は先生です!!」

 目を輝かせ断言するアリスに、一切の迷いはない。結構な頻度でシャーレに出入りしている役職持ちの彼女なら、先生のスタンスも理解しているだろうに。やはり得心が行かないのか、ヒナが恐る恐る手を上げて、

「先生、本人の言う通り悪役じゃないかしら」

「ジョブの掛け持ちは最近珍しくもありませんから!! 悪役勇者です!!」

 主人公属性のはずが一気に三流っぽさを醸し出し始めていてどうしたものか。しかしこうまで主張するからには、決して冗談や間違いではないのだということは分かる。なので相互理解の一歩として、ミカは促しの言葉を送った。

「何で勇者? 先生自身は悪役専念っぽいけど」

 問いに、アリスは即応した。先生と同じ色の瞳が、真っ直ぐにこちらを見詰めて、

「何もかも見捨てず諦めないのが勇者であり、先生はそれをずっと体現しているからです!!」

 

     ●

 

 最初は、モモイ達と同じ括りで、大人の友達という認識だった。

 彼女が直前までぶち当たっていたアビドスの問題を、知らなかったというのもある。

 ただ一緒にいると楽しくて、皆もそう思っていたから、マスコットという扱いだった。

 だからエデン条約の一件を聞いて、随分と無茶な真似をすると、感心交じりに思ったものだ。

 ……部室に遊びに来た先生は、いつもと変わりませんでしたから。

 不規則言動にモモイがツッコミを入れるのも、ユズがおろおろしてミドリがフォローに回るのもいつも通りで。

 それがどれだけ凄いことなのか、真の意味で理解したのはエリドゥでの一件が終わってからのことだ。

 少なからず引け目を感じていた己と、それを汲んでいつもよりややテンション高めに絡んで来るモモイ達と。

 そんな只中に先生は、事もあろうか天井をブチ破って降って来て、

「やあ諸君、先日は床下からニョッキしたら花岡君が大層ビックリしていたので、今回は上からエントリーしてみたよ!! 決して隠し通路の重量制限をウッカリ忘れてしまった訳ではない!! とりあえず私は今から早瀬君にDOGEZAして来るので先にこれでも摘まんでいてくれたまえ!!」

 と土産の水羊羹を押し付けるや否や忍者走りで去って行ってしまい、呆気に取られたアリス達は顔を見合わせ、思わず笑ってしまった。

 あれだけの出来事を経たというのに、普段と全く変わらない先生がおかしくて。

 そこからは自分達もいつも通りで、片付けをしている間にユウカに引きずられ戻って来た先生といつも通りにゲームをして、ただただ楽しい時間を過ごした。

 その時に思ったのだ。アリスの思う勇者の形に、最も近い人が目の前にいるのだと。

「勇者は世界や人々を救っても、それを鼻にかけず次を目指して冒険に行くんです」

 感謝や礼を送られて、しかしパーティは留まらない。やるべきこと、目指す先へと、一歩一歩進んで行く。その道中に困っている人がいれば、手を差し伸べ助けとなって。

 故にアリスの思い描く勇者とは、希望だ。

 人を助けることも、悪を止めることも、世界を救うことも、全てはそこに終始する。

 如何なる困難や絶望を前にしても、屈さず、諦めず、抵抗する。

 それぞれに強みを持つ仲間達を繋ぎ、一丸となって立ち向かう。

 虚妄のサンクトゥム攻略戦がその体現だとするならば、陣頭に立ち指揮を執った先生もまた、紛れもなく勇者だろう。

 だから色彩の一件が片付いた後、アリスは彼女に言ったのだ。

 先生のようになりたいと。

 皆を繋ぎ希望を生み出す、そんな勇者になりたいと。

 告げた先、彼女は驚き、笑みを零しつつも、しかし瞳に少しだけ哀しさを滲ませていた。

 何故、と思うこちらの頭を撫で、彼女は語った。やめておけと。

 エリドゥの件を終えた後、何気ない話題から派生した彼女の過去。それと色彩戦での己の至らなさを並べ、未熟な私をゴールにするなと、そう笑った。

 正しくないと、彼女は自分をそう評した。

 お世辞にも子供の手本たりえない、反面教師の極みであると。

 間違っても自分のような大人にはなるなと、自嘲の笑みすら浮かべて。

 それでも。

 生徒達の為にどこまでも戦い続ける彼女は。

 ケイの喪失に苦悩し足を止め掛けた彼女は。

 決して間違っていないと、そう思ったのだ。

 覚えている。

 今でもはっきりと覚えている。

 自身が世界を滅ぼす魔王だと告げられて、ゲーム開発部から去った時のこと。

 リオやトキを敵に回してでもアリスの元へ駆け付け、手を伸ばしてくれた皆の必死さを覚えている。

 モモイも、ミドリも、ユズも、エンジニア部とヴェリタス、特異現象捜査部にC&Cもセミナーも、総力を以て反抗した。

 危険を厭わず、アリスの精神世界の中にまで追い掛けて来てくれて。様々なやり取りを交わす中で、彼女はこう言ったのだ。

「生まれ持った素養や、本人にはどうとも出来ない身分や力。そういったもので己の在り方を決めなければならないなど、あってはいけないのだよ、天童君」

 己と同じ青の瞳に、優しさを滲ませ諭してくれた。己の力を恐れ身を引こうとする、こちらの手を取ってくれた。

「力は、それを持つ者の心持ち次第だ。君がなりたい天童アリスは、君自身で決めると良い。現実はゲームではないのだから、魔王が勇者で世界を救っても良いのだよ」

 それに、と苦笑した彼女は、

「不安になったら私を見たまえ。何しろキチガイ扱いの悪役だが──、先生をやっているのだからね」

 モモイ達が一斉に目を逸らしたが、あの言葉でアリスは救われたのだ。

 勇者と悪役の二律背反。本来相容れないはずの矛盾を、しかし体現した大人がここにいる。

 ならば自分も、矛盾していて良いのだ。

 人じゃなくても、魔王であろうと、勇者を目指しても、全部ひっくるめた天童アリスで良いのだ。

 例え周りから何を言われようと、挫けてしまいそうになっても、

「アリスは、アリス自身を諦めなくて良いと、そう背中を押してくれました」

 そう言ってくれた彼女のおかげで、今のアリスがあるのならば。

 そんな光をくれた彼女が、間違っているなどあってはいけない。

 アリスが真の勇者として大成すれば、何よりの証明となるだろう。

 先生が未来をくれたことは、何も間違ってなどいなかったのだと。

 だから願う。

 どんな絶望にぶち当たっても、光以て照らす者。

 先の見えない恐怖があっても、勇気以て進む者。

 それこそがアリスの憧れた、

「先生のような勇者になって、かつてのアリスのように何かを失いそうになっている誰かを救いに行くこと。それがアリスの夢です」

 もしも先生が足を止めてしまっても、今度は自分が救いに行けるように。

 

     ●

 

 死を覚悟し目を閉じたミカが感じたのは銃弾を浴びる衝撃ではなく、柔らかくも力強く温かい感触だった。

「よくやってくれた、聖園君」

 聞こえた声に、反射的に目を開ける。両の腕でミカの身体を抱え、こちらを見下ろしているのは、

「せん、せい……?」

「うむ、先生の葵・硝子だとも」

 足止めを引き受け、先に行かせたはずの大人が笑みで応じる。見ればこちらを抱えた彼女は瓦礫を背にしており、先程までいた位置から三メートルはズレている。どうやらこちらを拾いながら転がったらしく、スーツにも汚れや解れがあるが、

「錠前君達は目的を果たしたよ。アリウスを牛耳っていた下手人も去った。後は我々が無事トリニティへ戻ればハッピーエンドだ」

 端的に状況を説明しながら先生がミカに触れた。傷を確かめ、ポケットから取り出したハンカチを裂き、巻いて止血とし、応急処置を済ませて行く。

 眼前で繰り広げられる全てが、出来すぎた夢のようで。だが負傷による痛みと密着し伝わる熱が、これは現実だと告げていて、だけど、

「トリニティへ戻る、って……」

「何、私が本気を出せばチョロいものだよ。そんなことより今は聖園君だ」

 夢見心地に問うミカに構わず、先生が手当てを終えた。そしてこちらのボロボロになった服を見ると、ジャケットから腕を抜き、脱いだそれをこちらに羽織らせる。制服と対照的な黒の色は、しかし本来の持ち主の温もりを残していて、

「出来得る限り上等な衣装を纏いたまえ、とはハムレットの一節だったか。値段で格が決まる訳ではないが、一着七十二万円。ないよりはマシだろう」

 苦笑で告げられる言葉も、上着を掛けてくれる優しさも、ミカが思い描いていたお姫様のパートナーそのもの。

 それは、己には得ることの出来ないものだと、諦めようとしていた光景の体現。

 現実はそう上手く行かない。だって目の前の相手は、自分よりずっと綺麗で、皆のヒーローで、到底己とは釣り合わない誇り高い人で、なのに、

「本当によく頑張ってくれた。聖園君が助力してくれたからこそ全てが間に合い、彼女達を救うことが出来たよ。──感謝である」

 状況が状況でなければ、このまま先生の胸に縋り付き泣いていただろうと、どこか遠くでそんな感慨を抱いた。

 きっとこれは夢。今際の際に見ている、己の願望丸出しの幻想。そう思えたら楽なのに、そう思うべきなのに、痛みも、温かさも、頭を撫でられる感触も、全てが現実だと告げていて、

「────」

 不意に響き出した多勢の足音が、ミカを正気に引き戻した。

「さて、ヒロインも助けたことだし後はエンディング一直線だね。居残りの中ボスなどに割く尺はない、とっととお帰りいただこう」

 気楽に言った先生が、立ち上がる前動作として膝を立てた。だからミカは、慌てて腕を掴み、止めて、

「ま、待って!! どうするの!?」

「切り札は使い時まで取っておくものだよ。ベアトリーチェ如きに使わず正解だった」

 迫り来る軍勢など気にも留めていないように、先生が懐からある物を引き抜く。しかしそれを目にした瞬間、ミカは心臓を鷲掴みにされたような恐怖を覚えた。

 一切の光を反射しない、闇とでも言うべき漆黒。

 見た目はただのクレジットカード。どこにでもある、ありふれた日用品。だからこそそれがそんな悍ましい色を纏っていることに、本能的な忌避感が先に立つ。何よりも理屈や道理をすっ飛ばして、確信に等しい一つの思いを抱かせる。

 アレは、ダメだ。

 アレが何なのか全く分からないが、それだけは分かる。アレを使わせてはいけないと、触れてはいけない代物だと、そんなことだけは理解出来る。

 それを使って、先生がこの場を切り抜けようとしているということも。

「先生、お願いだからやめて!!」

 力の入らぬ身を無理矢理動かし、先生に縋り付く。驚いたように眉を上げているが、もはや外聞などどうでもいい。

 先程までの甘えた夢想など、一瞬で吹き飛んだ。それこそ子供のごっこ遊びでしかないと痛感した。

 現実はいつだって理不尽で、不条理で、上手く行くことなんてほとんどなくて。

 だけど自分のそれに、彼女を巻き込んで良いはずがない。

「私のことはいいから、逃げてよ……!!」

 私はそんな価値のある人間じゃない。先生のような人が命を懸けるような、そんな大層な存在じゃない。

 もう十分だから。罪を犯した私には勿体ないくらい、大事なものを返してもらったから。

 この先のトリニティやキヴォトスに必要なのは、私じゃなくて貴女だから。

 私を助ける為に、自分を危険に晒さないで。

「先生に何かあったら、私……、私……!!」

 俯き、涙を零すことしか出来ないミカに、先生が小さく息を零した。呆れてくれたのならそれでいい、こちらを見限って、安全な所へ逃げてくれれば、

「……馬鹿者」

 額を軽く小突かれた。

 言葉とは裏腹な優しい感触に、呆然と視線を返した先。苦笑を浮かべた先生が、伸ばした指先でこちらの涙を拭う。落ち着けと、宥めるように頭を軽く叩いて、

「確かに聖園君は問題児だ。ここまで手の掛かる生徒は、キヴォトス広しと言えどそういまい」

 だが、

「例え問題児であっても、不良だとしても、生徒を見捨てる先生などいない。ましてや危険に晒されている生徒に、命惜しさで背を向けるなど「先生」ではない。ならば己に殉じる道を選ぶよ、私は」

 目を細めただけの笑みがこちらを向き、肩を竦めた彼女は言った。

「すまないね聖園君。君が不良で問題児なら、生徒の願いを聞かず危険を顧みない私もまた、悪役なのだよ」

 力の抜けたミカの手を解き、先生が立ち上がる。慌てて視線を向けた先、ユスティナ聖徒会の軍勢は、先生に銃口を向けたままその動きを止めていた。

 力はなく、武器もない、たった一人の大人を恐れるように。

「さて、一つ問わせてもらおうか。──私の大事な生徒に何をしている貴様等、と」

 先程までミカに向けていたのとは全く違う、今まで聞いたことのないような底冷えする声。悠然と翳される黒いカードが、赤い稲妻のような光を走らせ、

「……聞こえなかったのかね? 答えたまえよ、この私が問うているのだぞ」

 息を飲み、見守ることしか出来ないミカの耳に届いたのは。

「──私の大事な姫君に何をしている貴様等」

 

     ●

 

「……そうだね」

 かつての記憶。何よりも大事な思い出に触れ、ミカは笑った。ソファーに座ったホシノやヒナも、納得したように微笑している。

 結局のところ、アリスの原点も先生なのだ。

 ミカにとってのお姫様を叶えてくれたように。

 アリスにとっての勇者を示してみせたことを、宝物のように思っているからこそ、彼女はどこまでも真っ直ぐなのだろう。自分の憧れた人が手段を選ばず、しかし生徒の為という一点に向けて真っ直ぐだから。

 自分達のような恋愛感情とは趣きこそ異なるものの、信頼という面で見れば同等か、それ以上に重い。

 全くあの大人は、と若干の呆れさえ覚えてしまうが、

「先生で悪役で勇者だなんて属性ドカ盛りにも程があるけど、……そういう人だもんね」

「付け加えると美人で完璧超人でオマケにキチガイだけどね」

 ホシノの苦笑に皆が笑う。ここにいる四人だけでなくきっとシロコや、他の面々も同じだろう。自分にとっての大事なことを認めてくれて、叶える手伝いをしてくれて、そんな馬鹿な大人だからこそ如何なる助力も厭わない。事務や家事などでは及ばないにしても、全力で報いようと。

 そんな共通意識が根底にあるのだから、仲良くなれないはずがない。

「なーんか友達増える度に先生への惚気聞くみたいになってるね、私達」

「その内馴れ初めとか語り合っても良いかもね。記録映像もあるんだし」

「お泊まり会ですか!? シャーレは宿屋としての設備も一級品ですよ!!」

「あー、先生が無節操に資金投入してユウカちゃんがキレてたっけなあ……」

 弛緩した空気の中、ミカは思う。ナギサやセイア、それぞれの友人も呼んで交流会というのもアリだろう、と。

 エデン条約の際ティーパーティーの三人はバラバラに動き回っていて、一堂に会したのは最後の最後だ。ある程度の話は聞いているが、当時の詳しい話を聞いてみたいという思いがある。

 きっと先生のことだから、二人に対してもとんでもないことをしでかしてると確信出来てしまうのがどうしようもないが、

 ……Tes.、かあ。

 答え応じるからこそ応答と言う。契約の言葉以てそう告げるのは、生徒のことが当人にとって最優先かつ絶対だからだろうか。

 いつかは生徒という括りではなく、聖園ミカという個を見て欲しい。いや、まあ、今でも「聖園ミカという一生徒」に対しては十分以上に目を掛けてくれているが、それ以上を望んでしまう辺り自分も大概不良だし、周囲の面々も似たり寄ったりだが、

 ……関係って、そういうものだもんね。

 理性に重きを置いて自分を殺すのではなく。

 感情を重視し周囲に構わず動くのでもなく。

 思い詰めない程度の気楽さで、好きにやればいいのだ。

 ちょっとくらいミスっても、支えてくれる仲間がいるのだから。

 心中で得た納得のままに笑っていると、ふと思い付いたようにヒナが面を上げた。注目を浴びる中、己の上役である総長はこちらとアリスを交互に見て、

「……でもさっきのアリスの理屈で言うと、アリスとミカがゴールインするの?」

 言われ、ホシノが勇者(アリス)(ミカ)を見た。仲良くお茶請けの煎餅を齧っている二人に首を傾げ、

「……先生争奪戦から二人脱落?」

「いやいやいやいやいや」

 慌てて訂正するが、アリスも思い至ったようでこちらを振り仰ぎ、

「もしかしてアリス、ミカ先輩とお似合いですか!?」

「んンンンン否定すると先生とお似合い発言も撤回になっちゃうよねこれ参ったなあ!!」

「ではまずお友達から始めましょう!!」

「わーおフラれちゃったよ私!!」

 意味がよく分かっていないのか不思議そうに首を傾げるアリスに、ホシノとヒナが笑った。対外的な二人の噂とは裏腹に、シャーレで過ごす姿の緩いこと。それは自分も同様で、でもアリスはあまり変わらなさそうな気もするが、

 ……お泊まり会でコイバナとか、真面目に考えようかなあ。

 いやホント、絶対楽しいでしょこの面子なら。

 

     ●

 

「……先生、何で執務室前でヨガしてるの」

「おや砂狼君。蒼森君と氷室君の依頼は無事完了したそうだね、お疲れ様」

「ん、ありがとう。それで、不規則言動の理由は?」

「ははは、あらゆる物事に理由があるとでも思っているのかね」

「……ケイ」

「いえ、このボディを使い始めてから定期的に先生のメディカルチェックを受けているのですが、席を外している間に中の面々が先生の話題で盛り上がっているようで」

「……ああ、面子的にベタ褒め路線でストッパーがいないから入るのが気まずいんだ」

「いいいいやいやいやまさかそんなこの私が褒められて照れるなどどどどど」

「……動揺しているように見せ掛けて、そう思わせる為のボケかもしれないのが先生の嫌なところです」

「ん、面倒だから引きずってく」

「最近の砂狼君は強引だね!? 逆から読んでIn Go……!!」

「意味不明なので無視します。行きましょうデカシロコ」

「ん」

「ははは天童妹君も大概私の扱いに慣れて来たね?」

「普通に生きていれば不要な類の慣れですけどね……!!」

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