グラスアーカイブ   作:外神恭介

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病院が嫌だと駄々を捏ねる子供そのものですよ

「先生、ちょっとお時間いただきますね」

 宣言と共に、セリナはシャーレ執務室の扉を開け放った。

 ガラス張りで陽光が降り注ぐ室内には、見慣れた人影が三つ。臨時部長であるシロコと、臨時会計であるユウカ、臨時第一特務であるミヤコだ。奇しくも役職持ち同身長組が勢揃いしているが、実はセリナもその例外ではない。集まる視線を受け、足を止めたセリナは一礼し、

「シャーレ臨時保健委員長、鷲見セリナ。先生の検診に来ました」

「あー……、そういえばもうそんな時期か。いらっしゃいセリナ」

 壁に架けられたカレンダーを見て頷いたユウカが、応接用テーブルの上を片付け始める。書類やマグカップを一度執務用のデスクに退避し、その間にシロコがこちらへと歩み寄って来て、

「先生なら厨房で軽食を作ってる。そろそろ戻って来るはず」

「言われてみると、確かにこの時間帯はおやつタイムですね。ちなみに今日は何を?」

「旬の果物でフルーツサンドだそうです。それから、ぴょんこにはペット用のゼリーを……、あ」

 兎を抱えたミヤコの台詞と同時、背後で扉の開く音がした。振り向いた先、幾つかの皿を乗せた盆を手に、こちらに気付いた長身が笑みを作る。大股のストライドで歩を進め、

「よく来たね鷲見君、良いタイミングだ。ちょうど一息入れようと、そんなところだったのだよ」

 会釈で応じると同時、先生がテーブル上に皿を並べて行く。乗せられているのは聞いた通りの、しかし主食というよりは、

「暑いと食欲が減退するので、クリーム多めのスイーツ風に仕上げてみた」

 イチゴを主体にキウイやオレンジ、ブルーベリーなどもある。色取り取りの三角形の群れは、実質スイーツと呼んで差し支えないだろう。年頃の女子、甘いものが嫌いということはそうそうなく、否応なしにテンションも上がるというもの。公園でサバイバル生活中のミヤコに至っては、無言ながら目を輝かせており、

「相変わらずレパートリーが多いですね……」

「師匠連中がどいつもこいつも甘党でね。単なる好みだったり頭脳労働の為だったり理由はまちまちだが、おかげでこの手のレシピも多く学ぶことが出来た」

 ユウカの感心と呆れが半々の呟きに、先生が苦笑しつつカップを置いた。紅茶の香りが広がる中、ナプキンで手を拭うと皆で手を合わせ、思い思いに選んだフルーツサンドを口に運ぶ。

「美味しい……!!」

「ん、果物の酸味がクリームの甘さに良いアクセントになってる」

「紅茶の方も、渋味で口の中をリセットするのにちょうどいいですね」

「ヒナタさんやマリーちゃんもよく話題にしていましたが、本当に軽食屋くらい開けそうですね……」

「フフフ好評なようで何よりだよ」

 セリナ達の反応に気を良くしたのか、兎にゼリーを与えていた先生が仰々しい一礼と共に、

「お代わりもあるのでゆっくりくつろいで行ってくれたまえ。──では私はこの辺で」

「ダメ」

 ナチュラルに逃げ出そうとした先生の手首を、シロコがノールックで確保した。

「ナイスですシロコさん!!」

「ん、先生は社畜根性の染み付いたワーカーホリックだから、気付かない内に病気に罹ってもおかしくない」

「歯に衣着せぬ物言いが見事だね砂狼君!!」

「笑い事ではありません。先生だけの身体ではないのですから、心身の健康には注意を払い過ぎるくらいでちょうどいいかと」

「おやおや何故に月雪君まで関節を押さえに来るのかね?」

「過去の所業を振り返ってから言ってください」

 半目でぶった切ったユウカが、動物コンビに手を振った。頷いたシロコとミヤコによって連行された先生が、セリナの対面となるソファーに座らされる。そのまま両隣に陣取りフルーツサンドの摂取に戻る二人に、セリナは無言で親指を立てた。

 ……危うく逃げられるところでした!!

 セリナは普段の自称部員としての活動とは別に、三ヶ月に一度定期健診として先生の元へ訪れている。彼女が平然と無茶苦茶なムーブをするのは生徒の間では周知の事実であり、巻き込まれたり自ら乗り込んだ事件での活躍を聞いていると心臓がいくらあっても保たない。

 ……ええ、エデン条約の時お腹撃たれたのに平然と会話してましたからね!!

 セナが搬送中に応急処置していたとはいえ、腹部の包帯を赤く染めつつヒナを頼むと頭を下げられたものだから血の気が引いた。当人曰く根性で耐えていたそうで、さすがに医務室のベッドで横になったところで意識を失ったのだが、そこまでに幾つかの示唆を残しトリニティの混乱緩和に一役買ってもいる。痛みと高熱で意識を保つのも難しいはずなのに、やり取りは終始理性的なもので、

 ……本当に人間なんですかね……。

 最近の定説は「先生という括りの新しい人種」だが、微妙に説得力があるのが嫌過ぎる。とはいえ様々な生徒が傍にいる以上、あのレベルの怪我はさすがにそうそう負うものでもない。事態の解決と同時に緊急搬送されることも最近は減り、ハナエやミネ共々内心ホッとしている。

 だが、だからと言って油断は出来ない。医療に従事する者として、ということもあるが、直接的な負傷はなくとも間接的なダメージが累積して重症に、という事例は珍しくもないのだから。

 故に当然の流れとして、先生のメディカルチェックは自称部員間における最優先事項の一つだ。

 最初はユウカがミレニアムの施療院に叩き込んだり、チナツがシャーレを訪問していたのだが、どちらも各校の生徒会や治安維持組織だ。基本的に多忙と言って良く、常日頃から目を光らせるのは難しい。

 だからこそ既知の間柄としてお鉢が回って来て、暫定ながらシャーレ保健委員長という役を与えられたのがセリナだ。

 シャーレ備え付けの医療器具や医薬品の発注、メンテナンス、そしてそれらを購入するに当たっての先生の相談役。普段のダベりの傍らそういった業務を行っているが、やはりモチベーションとしては先生の健康管理の方に比重が傾く。

 何しろこの大人、生徒のこととなればどんな手段も辞さない上に、自身に対しては凄まじくズボラなのだ。

 生徒に振る舞う時でなければ、食事はインスタントが当たり前。睡眠時間もほぼ皆無の、二十四時間フル操業。自称部員が様々な時間帯に入り浸ることで段々とマシになって来てはいるが、ユウカやチナツ、フウカ共々頭を抱えた回数も十や二十では利かない。現に今も、

「どうして逃げるんですか。病院が嫌だと駄々を捏ねる子供そのものですよ」

「……以前にも言った気がするが、三ヶ月に一度というのはいくら何でも大袈裟ではないかね?」

 さすがにセリナも目が据わった。視線を振ると他の三人も全く同じ目付きをしていて、順に手を上げると次々に、

「ホシノ先輩救出でバンジーからの左腕チャーシュー事件とシャーレの爆破」

「雨の中土木作業して風邪を引いたりカイザーに拉致されたりもしましたね」

「上空七万五千メートルから自由落下した一件、忘れたとは言わせませんよ」

「……パッと思い付くだけでこれだけの前科がある訳ですが、生きてるのが不思議なくらいですからね? 特に最後」

「そこはまあ、経験豊富で多芸な大人だからね。……今の不適切な発言は謝罪するのでその殺気立った視線はやめてくれないだろうか」

 全員で嘆息した。

 不規則言動で煙に巻くのは常の事だが、こと自身への心配や気遣いについてはその傾向が高い。こちらに気を遣うくらいなら自分のことに専念して欲しいのだと分かってはいるが、はいそうですかと引き下がれる訳もないのだ。

 先生の掲げる「失わせない」という信条は、自分達とて同じなのだから。

 見ている方向は同じだが、先生の場合ちょっと生徒を優先し過ぎる。それで救われたものもあるし、一概に否定しようとはセリナも思わない。

 故にこそ、それ以外の面では万全の状態でいて欲しい。自分達の心の安寧の為だけでなく、先生がいざという時思うまま動けるように。だから、

「定期的に検査しないと、何かあったときに気付けませんよ。大きな病気に罹った時には、初動の早さがその後の安否を分けることも多いんですから」

「心配してくれるのは素直にありがたい。とはいえ、この頻度では鷲見君にも少なからず負担が掛かるだろう。それは私としても忍びないのだが──」

「でしたら」

 前のめりになって、胸に手を当ててセリナは言った。

「私達が心配しなくて済むように、先生は本当に健康なんだ、って安心させてください」

 真っ直ぐ視線を投げ掛けた先、先生が小さく息を零した。降参だと言わんばかりに肩を竦めると、

「……このところ自覚せざるを得ないのだが、どうにも私は正面から来られると参ってしまうようだね」

「ん、良いことを聞いた。覚えておく」

「シロコストップ、今はそういう時間帯じゃない」

「そうですシロコ先輩、作戦を実行に移すなら成功率を限界まで高めてから──」

 ユウカが二人纏めて引きずって行った。常識人には苦労を掛ける。セリナも本来はそっち側だが、今は先生の問診が優先なので……。

 ともあれ、セリナは持参したバッグから先生のカルテを取り出す。ペンを手に、笑みと共に、

「では、確認させていただきますね」

「うむ、よろしく頼む」

 笑って応じる先生の手を取り、脈拍を確認。前回の計測と比べても急激な変動はなく、ひとまず重篤ではないと分かって一安心。だが決して気は抜かず、そのまま目や首元のリンパ節、口内なども確かめ、

「……はい。精密検査ではないので絶対とは言えませんが、問題なさそうですね」

 カルテに記載を終え、笑みでセリナはそう告げた。不規則言動が絶えないのに数値が正常なのは若干の理不尽を覚えないでもないが、健康なのは良いことだ。故に最後は幾つかの質問として、

「頭が痛かったり、身体が重かったりはしませんか?」

「自覚症状は全くないね。今朝も元気に仕事がてらスクワットを三百回程したが全く問題なかったとも」

 メモを取る手が一瞬止まった。まあこのくらいならいつもの範疇なのでセーフ。

「……では、最後に睡眠を取ったのはいつですか?」

「三週間前に四時間程度だろうか」

 メモを取る手が三秒止まった。あまりよろしくないがこれもよくあるので保留。

「……それから、何かご自分で気に掛かることなどはありますか?」

 そうだね、と先生が考えるように上を見た。やがて視線を戻した彼女は、部屋の隅から戻って来たユウカの方を手で示し、

「今、この辺りに早瀬君が三人いる。制服、体操服、寝間着姿の三人だ」

 ユウカが手刀を叩き込んだ。

 

     ●

 

 掴み掛かる勢いで詰め寄ろうとするユウカを三人掛かりで羽交い絞めにして止める中、ソファーに転がった先生が緩慢に身を起こした。乱れた髪を軽く払うと、

「ははは、今の冗談はチョイと刺激が強過ぎたようだね」

「こっちは真剣に心配してるのにこの人は本当にもう……!!」

「堪えてくださいユウカさん!! 気持ちはとてもよく分かりますが本気の物理ツッコミは先生に甚大なダメージが!!」

「ですが先程の回答はあまりにも不適切だと思います。危うく先生直伝の一本背負いを実践するところでした」

「ん、私も先生が相手じゃなかったら銃弾のツッコミを入れてた」

「マジ顔で言われると説得力十分だね?」

 動物コンビが半目を向けるとキチガイが黙った。無言でシャドーボクシングを始める二人の圧に押されてか、咳払いと共に先生が右の人差し指を立て、

「曰く、視界とは眼球が捉える情報ではなく、脳が理解するものだと言う。夢の中で見る光景を、実際に視覚から取得している訳ではないようにね」

 つまり、

「現実がどうであれ、脳がそう判断すれば虚構が真実なのだよ」

「そんな屁理屈をもっともらしく語られましても……」

 まあまあ、と先生が平手を立てる。そのまま彼女は腰のホルダーからタブレットを取り出すと、

「午前中は資料庫で過去のシャーレ活動記録を確認していてね。晄輪大祭の時期のものを見ていて、懐かしくなったというのもある」

 セリナ達の視線の先、キヴォトスの全学園合同運動会である晄輪大祭の写真がホログラムで映る。先生がカメラ片手にあちこちを巡って撮影したもので、医務室で働いていたセリナは勿論、シロコやミヤコが競技に出た際のものもある。中でも運営側として行動を共にすることの多かったユウカやマリー、ハスミにアコ達の枚数が特に多く、

 ……私やハナエちゃんのクリスマスの一件も、こんな感じで保管されてるんでしょうね……。

 しみじみ思っていると、不意にシロコが振り向いた。正確にはこちらの横、セリナと同じように懐かしむ表情を浮かべていた会計担当を見据え、

「ユウカ、体操服とパジャマに着替えて来て。そうすれば先生が自前で幻覚を見なくて済む」

「徹頭徹尾言っている意味が分からないし私の身体一つしかないんだけど!?」

「では、三着纏めて着るというのはどうでしょうか」

「……ちぐはぐな上に着膨れが凄いことになりそうな」

 シロコさんは言うに及ばずミヤコさんもちょっとズレてますよね……、と内心曖昧な笑みが浮かぶ。先生に近しい程不規則言動が伝染しているような気もするが、その点まだ正気を保っているユウカは偉いと思う。私も見習おう。ええ、ユウカさんもたまにブチかましますけど。

「それで結局、ご自身で不調を感じる部分はないということで良いんでしょうか」

「うむ、心身共に状態良好だとも。仕事が減らないのが難ではあるが」

 言われ、デスク上に山と積まれた書類と、壁際に散らばった大量の紙飛行機を見て、セリナは皆とアイコンタクト。ユウカが嘆息付きで、シロコとミヤコが無表情に、手伝おうと立ち上がりつつ改めて視線を戻す。

 両腕を広げ中腰になった先生がデスクの前で反復横跳びをしていた。

「……あの」

「おおっとここは通行止めだよ諸君。通りたければ私を倒してから行くが良い」

 楽しげに言われてもどうしたものか。と、一つ頷いたシロコが一歩前に踏み出し、

「ん、私に任せて」

「……両手をわきわきさせながら言われても危険しか感じないんだけど」

「……まさか、押し「倒す」のもルールの範疇とか言い出すのでは」

「……天才ですかシロコ先輩。私もそちらの援護に加わります」

 ユウカと二人掛かりで止めた。同時、動きを止め身を起こした先生が苦笑し、

「現状でも十分過ぎるくらい手伝ってもらっているのだ、その心遣いだけで有り難いとも。……それとも、私を生徒に根を詰めさせる悪い先生にするつもりかね?」

「……その言い方は卑怯じゃないですか」

「悪役だからね」

 ははは、と笑う先生にユウカが仕方なさそうに肩を落とす。だが、だからといって先生任せにしてしまえば負担も大きいし、

「見て見ぬ振りも出来ませんし、お茶の用意とか、細々した雑用くらいなら……」

 セリナの進言に、腕を組んだ先生が上を見た。そのまま数秒、やがて握った拳で手の平を打った彼女は視線を戻し、

「そういえば晄輪大祭の前後、猫塚君がチア衣装で仕事中の私を応援してくれたことがあったね。早瀬君もやってみるかね? ──寝間着で」

「や・り・ま・せ・んっ!!」

「ん、なら私がやる」

 シロコがどこからともなくサイクルジャージと競泳水着を取り出したので全員で止めた。

 

     ●

 

 そんな感じで一悶着どころか十悶着くらい挟みつつも、先生の検診は終了した。問題は特になく、安心出来たのは確かだが、それ以上に心労が増した気がした。特にユウカの。メンタルケアの為にマリーに声を掛けようかとも思ったが、先生と二人きりにした方が効果がありそうだし隙を見付けたらそうしよう。シロコとミヤコも親指立てて同意してくれたので、そっちは別途動くことにして、

「では、今日はこの辺りで失礼しますね」

 荷物を纏め、一礼しつつ席を立つ。既に外は日が傾き、夕焼けの差し込む執務室はオレンジ色に染まっている。途中幾度か生徒の出入りはあったものの、セリナが来た時の三人は未だ残っていて、それぞれ自校の書類整理だったり役職者としての仕事だったりに勤しんでいるようだ。そんな中、タブレットを操作中だった先生が顔を上げて、

「鷲見君、一つ頼まれて欲しいのだが、蒼森君にこれを届けてくれないだろうか」

 言葉と共に掲げられるのは大判の茶封筒。トリニティのエンブレムが記載されたそれは、セリナも幾度か目にしたもので、

「ティーパーティー宛の書類なのだが、内容は救護騎士団でも対応可能な範疇のものでね。可能なら蒼森君の手で片付けてもらえれば、と思う」

「Tes.、団長に伝えておきますね」

 受け取った封筒をバッグに仕舞うと、先生が笑みで頷く。そのまま視線をスライドさせ、

「月雪君」

「Tes.、セリナさんは戦闘系ではありませんし、書類の安全面を鑑みても護衛は必要でしょう。第一特務、これよりトリニティ総合学園までセリナさんの警護に当たります」

「よろしく頼む。終わったら子ウサギ公園に帰る前に寄って行きたまえ、余ったフルーツサンドを包んでおくので夕飯にすると良い」

 無表情ながらテンション上げたミヤコが装備を身に着けるまで待ち、先生とシロコ達に会釈を送ってから退室。手を振って見送られ、扉を閉めて一息つくと、

「……あまり心配しなくても良いと思いますよ」

「……え?」

 不意の声に振り向けば、こちらを見ているミヤコがいる。一度傍ら、閉じた扉の先に視線を向けてから、

「最近はホシノ先輩やミカ先輩、もう一人のシロコ先輩が夜間の受付を交代で請け負って、先生を仮眠室に叩き込んでいるそうなので。寝ているかどうかは別ですが、休んでいるのは確かです」

 腕に留めたシャーレ役職者の腕章を上げ直し、ミヤコは言う。

「総長連合と生徒会も上手く機能していますし、少しずつではありますが先生の負担は確実に減っています。テンションもあの調子で毎日充実していますし、疲労が重なって、ということは発生しにくいかと」

 ああ、とセリナは納得する。私が気を揉み過ぎないように、気を遣ってくれたんですね、と。

 救護騎士団としてのボランティア活動の兼ね合いもあり、セリナがシャーレに顔を出す機会は多いとは言えない。シロコやユウカのようにほぼ毎日顔を出すのはさすがに無理だ。必然、他の自称部員とは検診のタイミングで顔を合わせることが多く、その度にあんな感じなのだから心配されてもおかしくはない。だが、

「大丈夫ですよ」

 こちらの返答に、ミヤコが意外そうに眉を上げた。故に視線を扉へと向け、笑みで応じてセリナは言う。

「シロコさんやミヤコさん、ユウカさん達が付いてますから、滅多なことはないでしょうし。先生も、何だかんだ言って最後の一線は守ってくれますから、本当に倒れるようなことはしないと信じてます」

 それに、と肩を竦め、

「先生の一挙一動を全て気にしていたら、それだけで一日が終わってしまいますから」

「……それもそうですね」

 苦笑を交わし合うと、ミヤコの肩の力が抜けた。だからセリナは、改めて頭を下げ、

「お気遣いありがとうございます」

「いえ、友人として当然のことをしたまでです」

 微かな、しかし柔らかな笑みを見て、良い人ですね、とセリナは思う。類は友を呼ぶということか、先生の周りにはそんな人物ばかりが集まっているような気がして。本人に言えばまた屁理屈で否定されるだろうけど、思う分にはこちらの自由だろう。だから、

「では、改めてトリニティまでの護衛、よろしくお願いしますね」

「Tes.、安全確実に送り届けますので、ご安心ください」

 互いに頭を下げ合って、思い出したように歩き出す。シャーレが結んだ奇妙な縁を、しかしありがたいと思いつつ。

 こんな思いがけない交流があるからこそ、セリナも楽しんでここに来ているのだから。

 

     ●

 

 帰りの道すがら、ユウカの膝で横になる先生をバックにドヤ顔を決めたシロコの写真が送られて来て、もう少し残っていれば良かったと心底思った。口を尖らせていたミヤコも多分そう。

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