「ただいまー。……およ?」
後半が疑問形になったのは、ちょっと珍しい光景が広がっていたからだ。
言葉を切ったホシノの視線の先、ソファーに二つの人影がある。シャーレ執務室という名の生徒のダベり場、大抵誰かしらがいるその場所に、あまり見ない組み合わせのペア。その片割れはよく見知った相手である、
「ノノミちゃん? どういう状況?」
問いを向けた先、こちらに気付いたノノミが顔を上げた。瞳を伏せて小さく子守唄を口ずさんでいた彼女の膝には、流れるような黒髪を持つ少女が頭を乗せて眠っていた。
アリスだ。
四月馬鹿限定のアイドルユニットを組んだり色彩戦で共に天上へ上がったりと接点は多いものの、部活どころか学園が違う為機会自体はなかなかない。お互いシャーレで会えたら、というくらいの付き合いであり、加えて言えばホシノは副会長の為第五特務のアリスと仕事の話もすることもあるが、
……お互いやることあるからねえ。
片や莫大な借金返済、片やゲーム開発の修羅場。対策委員会の場合はシャーレの給金が借金返済に繋がるが、ゲーム開発部については創作だ。資料や備品の為の稼ぎにはなっても、最終目標の制作においてはシャーレの業務と噛む部分がない。事実荒事などの実働についてだけ言えば、偶然居合わせない限りゲーム開発部が駆り出される機会は片手の指で数え切れる程度だ。だからこそ癒し担当として他の役職持ちからも愛されるマスコットポジションとなっている訳で。
歩み寄り、ソファー横に荷物を静かに下ろしたタイミングで、ノノミが苦笑を寄越した。
「地下のガレージで備品整理をしていたんですが、さすがにちょっと疲れたみたいですね。朝からずっと張り切ってましたから」
「あー、うん、凄く簡単に想像出来るね」
シャーレ地下一階のガレージは、同部が所持する装甲車やその補修パーツ、果ては何に使うのかあまり聞きたくないような代物まで様々なものが置いてある。ヒフミの戦車やセイアのオープンカーなどの駐車場扱いともなっており、人の出入りはそれなりにある方だ。なので定期的に棚卸や清掃を行っているのだが、そういえば今日がその日だったはず。というかその手伝いに来たノノミを送迎しつつ、シャーレで依頼を引き受けて片付けて帰って来たのが今だ。その時にはエンジニア部なども見掛けたが、ここにいない辺りガレージ残留でテンション上げているのだろう。
出自故か見た目に似合わぬパワーキャラであるアリスにとっては、好奇心を引かれる上に役にも立てる一石二鳥の現場だったはずだ。
「今回は何か掘り出し物あった?」
そうですね、と指を頬に当て思案したノノミが、やがて真顔で視線を戻し、
「1/1スケール先生アクションフィギュアが発掘されてました」
「……何だってそんなあらゆる意味で危険なものが」
「対人演習用に使えないかと試作したものの、完全に忘れ去っていたそうで……。それはもう精巧な出来でした」
「……争奪戦でアーマゲドン?」
それが……、とノノミがどこか遠くを見詰め、
「火種になるくらいなら破棄だね破棄!! って先生が見事な鯖折りを……」
「真っ二つか──」
人によってはトラウマになりそうな光景だが、まあこのくらいならよくある。
「ちなみに頭部をダストシュートにダンクシュートしながら、希望者は腕や脚なら持って帰っても構わないと仰ってましたが」
「絵面も提案も猟奇的過ぎじゃないかな?」
ヒナちゃん辺りには絶対に見せられないな、と思いつつ、かくいう自分も居合わせたらちょっと平静を保てたかどうかは自信がない。
「……ところでそれを見た周りの反応は」
「エンジニア部の皆さんはそれよりも先生のバイクにオプションパーツを付ける権利が欲しいって言って却下されてて、アリスちゃんはユウカちゃんに呼ばれて違うエリアで資材運搬してたので大丈夫じゃないかと」
変人しかいなくて良かった。良くない。どっちだ。まあいい。
「ともあれお疲れ様ー。今は休憩中? それとももうおしまい?」
「あ、一応ほとんど終わってます。後は先生とユウカちゃんで目録を纏めたら完全終了で、その後お茶会でもしよう、と」
「お、それなら良いタイミングで帰って来れたってことかな」
言って、ノノミの傍らに座り込む。規則正しい穏やかな寝息を立てているアリスを、頬杖ついて間近に眺めつつ、
「本当はノノミちゃんの膝を借りてお昼寝しようかと思ってたんだけど、取られちゃったなあ」
「先輩にはいつでも貸せますけど、アリスちゃんはこういう時くらいしか出来ませんから。年上として我慢してくださいね?」
「うへー、予約取っとけば良かったー」
などと笑い合っていると、背後で扉の開く音。二人揃って振り向いた先、タブレットを操作しつつ歩を進めて来るのは、
「アリスちゃん、ノノミ、お待たせ。先生もエンジニア部引っぺがして準備を終えたらすぐ来る、って……」
こちらの存在に気付いてか、足と共に言葉も止まる。そんなユウカに対しホシノは無言で、真っ直ぐな眼差しを投げ掛けていた。
正確には、ちょうど視線の高さにあるユウカの太ももへと。
「……な、何ですかその視線は」
「いや、前に何かで聞いたけど、ユウカちゃんも先生に膝枕したことあったよね?」
ユウカが噴き出した。
「な、何でそのことを……!? というか一体どこでそんな──」
「え、フツーにノアちゃんと雑談してたら聞けたけど」
「ノア──!!」
ユウカがミレニアムの方角に向かって叫んだが、当然届く訳もなく。そんな隙だらけの会計目掛け、ホシノはゆっくりと歩み寄る。向こうを警戒させないよう笑みも付けるが、どうしてそんな引き攣ったような顔してるのかなあ、不思議だなあ。ともあれ、
「膝枕ソムリエのおじさんとしては、これは良い機会かなあ、って」
「は、はい!?」
●
そんなこんなで訳も分からずノノミの対面に座らされたユウカは、膝にホシノの頭を乗せていた。
ものぐさな言動が多い印象ではあったが、意外と髪の手入れはしっかりとされている。よくよく考えてみれば砂の土地だし、その辺り世話を焼きそうなノノミもいるのだから、ある意味当然なのかもしれない。そんな現実逃避交じりの思索に耽るユウカだったが、対するホシノの方は、
「おお……」
何か感動したような感嘆の息を漏らし、頭の据わりを直してから静止。ややあってから腕を組み、真剣な表情で考え込むと、
「ノノミちゃんは、こう、ふわっと柔らかく受け止めてくれる感じなんだけど、ユウカちゃんは逆に、弾力? って言うのかな? しっかり芯があって、でも寝心地は良いというか……、先生と似たタイプ?」
しばし考え、納得したように手を打つと、
「あ、そっか。アクティブに動き回る訳じゃないけど、どっちも仕事の関係で色々と足を運ぶからそれでかな。肉付きと引き締まりのバランスの良さがそれ由来なんだと思う。多分あと何年かしたら、もっと先生っぽくなる気がするなあ」
そう結論付けた変人は、改めてこちらを見上げると両の手を合わせて拝みつつ、
「なかなか良いものをお持ちで」
「コメントに困ることを言われても……」
いや、まあ、似たようなことを言われた経験はあるが、ノアは間違いなくからかいが入っているだろうし。他のサンプルを挙げるとしてもモモイは秒で寝落ちするし、ミドリはこんな長文感想言わないし、ユズはそもそも他人に膝枕で甘えられるようなキャラでもないし。ああ、でもアリスちゃんの好評は素直に受け止めても良いのかな……。ケイちゃんに悔しそうな顔向けられるのがちょっと難だけど。
「何か難しいこと考え込んでない?」
「誰のせいですか誰の……!!」
この事態を引き起こした張本人はといえば、満足そうな顔で笑っているばかり。とはいえ曲がりなりにも相手は年上で、しかもシャーレの役職としても上位者だ。力尽くで払い除けるのもどうかと思うし、かといって開き直れる程頭のネジは飛んでない。気のせいか周囲に一本どころか複数本飛んでるのが多い気がするし、更に考えてみると先生がその筆頭だった。世界は常識人に優しくない。何故。
早く終わらないかしら……、と内心眇めになっていると、ふと自分に向けられている視線に気付く。
最初はホシノかと思ったが、違う。彼女は今横向き寝になっている。放っておいたら頬擦りでも始めそうな雰囲気だが、そうなったら手刀を落とすくらいは許されるだろうか。違う。そうじゃない。そしてホシノではなく、アリスも寝ているとなれば、残る人物は一人しかいない。
ノノミだ。
先程までアリスの髪を梳くように撫でていた彼女が、微笑しながらこちらとホシノを見ている。その表情は普段彼女が浮かべている、柔らかい笑みとは少し違った。慈しむというか、母性に近いものであることは確かなのだが、そこに混じっているのはたぶん、
……安堵?
何だろう。安心するようなことがあっただろうか。膝枕のターゲットが分散された、と言うには肩の力が抜け過ぎているように思う。だが他に心当たりもなく、しかし直接問うのもどうだろうかと考えた刹那、
「おやおや、私のいないところで何やら興味深いイベントが始まっているようだね」
ユウカの座るソファーの背もたれから、キチガイの頭が生えて来た。
「……何でそう心臓に悪い登場をするんですか」
「おや、驚かないのかね? 最初は飛び上がらんばかりにビックリ仰天だったというのに」
「どれだけの付き合いがあると思ってるんですか。さすがに慣れます」
「言われてみればそれもそうか。では次から手加減抜きの新バージョンを」
面倒なので止めておいた。裏拳で。
「ふ、ふふふ、遠慮のないコミュニケーションで嬉しいよ早瀬君……、ぐふっ」
「小突かれたくらいで大袈裟に痛がらないでください。大体私が本気で先生を叩く訳ないじゃないですか」
「へー、つまりじゃれ合っても許されるって信頼してるんだあ」
三方向から生暖かい眼差しが向けられるが膝枕中なので逃げられず、頬の熱を感じつつ口を閉ざすしかなかった。
「ともあれ、お茶会開催の前注文を受けに来たつもりだったのだが、天童君が寝ているなら後にした方が良さそうだね。エンジニア部の面々に伝えて来るので、君達もテキトーにくつろぐと良い」
「……てっきり一緒に来ると思ってましたけど、何か問題でも? いや、まあ、エンジニア部が問題を起こさない方が稀ですけど」
「いや何、事前に廃棄資材の一部を下取りしたいとの申し出があってね。シャーレの装甲車に貨物運搬ユニットの取り付け中なのだが、この分なら他の資材を検分する時間もありそうだ。そちらの手伝いに行って来る」
「そういうことなら私も手伝います。先輩、失礼ですが一度退いてもらって──」
「いや、早瀬君はここにいてくれたまえ」
えっ、と慌てて振り向いた。が、既に動き出していた先生は、扉を開けつつ微笑をこちらに向け、
「小鳥遊君がアビドス以外の誰かに甘える光景など、そうそう見るものではない。それを成したのは悪乗りもあるだろうが、間違いなく早瀬君の人徳だ。誇りたまえ」
そう言い残すと、瞬く間に去って行った。告げられた言葉の意味が分からず、半ば呆然と視線を戻せば、僅かに頬を赤くしたホシノが頬を掻きつつ、
「……いや、まあ、ユウカちゃんとは結構長い付き合いだし? このくらいだったら別に良いかなあ、とか思ったり思わなかったり?」
言い訳するようなホシノの台詞に、対面のノノミが笑った。そこでようやく、先程の彼女の笑みに合点が行く。
アビドスという過酷な土地で、利権を狙い策謀を繰り広げるカイザーを相手に、対策委員会のリーダーを務めていたのがホシノだ。普段こそやる気のないだらけた態度ではあるが、有事における戦術的判断や戦闘能力の高さは、箱舟に乗り込んだ際によく分かっている。
何より本当にただのサボり魔であれば、シロコ達があれ程彼女を慕うこともないだろう。
そう考えれば、後輩達と合流する以前からカイザーに抵抗して来た彼女の内心は、どれだけ張り詰めていたものか。
そんな彼女がふざけ半分とはいえ、ユウカの膝に頭を預けている。いくらシャーレでの付き合いがあるとはいえ、アビドス生ではない部外者の己に、だ。
その意味を考えれば、無理矢理払い除けることなど出来るはずもなく。
つくづく私も甘ちゃんね、と嘆息しつつ、膝上に乗ったホシノの頭に触れる。急な接触に身を強張らせる気配が来るが、構うことなく手櫛で髪を梳き、
「……ちょっとだけですからね」
唐突な台詞に、呆けたような表情が返る。が、やがてそれは目を細めただけの、しかし確かな笑みへと変わり、
「ありがと、ユウカちゃん」
「どういたしまして、ホシノ先輩」
顔を背けながら言うユウカを、ノノミが笑って見ていた。