グラスアーカイブ   作:外神恭介

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全キャラの一挙一動覚えろってかよ……

 めんどくせえことになった……、とネルは内心で半目になっていた。

「オイオイてめえ、誰の許可得て自販機使ってんだ? ああん?」

「ここはうちらのシマなんだよ。設備を使うんなら使用料出しな」

「んだその目付きはよお、ブチ転がされてえのかオルァ!!」

 と、制服姿故かこちらの素性を知らないらしい不良が三人、取り囲むような形で好き勝手言ってる午後四時半。C&Cの仕事がオフの為、久しぶりにゲーセンへと繰り出した矢先のコレだ。普段なら売られた喧嘩は買った上で熨斗付けて叩き返すのが信条だが、

 ……ここのゲーセン常連だから、あんま騒ぎ起こしたくねえんだよなあ……。

 アリスを始めとしたゲーム開発部の連中の行きつけで、ネル自身も通いのある店舗。自身の実力なら欠伸混じりに片付けられる連中でも、店に迷惑を掛けるのは避けたい。いくら銃撃戦や爆破騒ぎが日常茶飯事のキヴォトスとはいえ、それとこれとは話が別だろう。

 どうしたものか。正体を明かしてやるのが一番手っ取り早い気がするが、逆上して襲い掛かって来る可能性もあるし異名を盾に脅すのはダセエよなー……。ドンパチやるにしてもここで始めれば店舗に被害が行かないとも限らない。何かテキトーこいて人気のない場所に連れ出して、というのがスマートだとは思うが、

「黙ってねえで何とか言ったらどうだコラ!!」

「ああ!? ビビッて声も出ねえってか!!」

「っんだおらすっぞおらああー!? めてんのかおるぁん!?」

 ダメだこいつら。最後の奴なんてもはや人の言語を超越してる。話以前に言葉が通じるかも怪しい。つーかそんな連中相手に下手に出るのも馬鹿馬鹿しい。

 ……仕方ねえ、騒ぎが大きくなる前にさっさと片付けて──

 吐息と共に愛銃に手を掛けようとした瞬間、しかしネルは異変を悟った。

 左手側にいた不良が、何の前触れもなく吹っ飛んだのだ。

「……は?」

 残りの二人と声をシンクロさせつつ振り向いた先、見覚えのない少女がいた。

 背丈は自分と大差ないか、或いはもっと低い。日に当たったことがないような白い肌に、影のように真っ黒な髪と、同じ色のセーラー服。中でも鮮やかな赤の瞳だけが、酷く浮いて見えていて、

「……邪魔」

 そんな少女は直蹴りを放った足を下ろすと、そのまま歩き出した。不良が吹き飛んだことで開いた隙間を抜け、ゲーセンの自動扉の前に立ち、

「オイオイオイオイオイ待てよてめえ!!」

 リーダー格の不良が食って掛かった。

 見るからに面倒くさそうに振り向いた少女は、通行の邪魔にならないようにか横へとズレる。しかし不良は気に留めるどころかそもそも気付いてすらおらず、

「おうコラてめえ、何してくれやがる!?」

「目の前に三分突っ立ってても気付かない方が悪い」

「ああ!? 誰が間抜けだゴルァ!!」

「語るに落ちる……、って言って通じる? 大丈夫? そもそも文字読める?」

「馬鹿にすんのも大概にしろよてめえ!!」

「あ、それを理解する頭はあるんだ。凄いね」

 やる気なく拍手を送る少女は完全に相手を舐め切っており、だからこそ不良共もヒートアップする。だが蚊帳の外に置かれる形になったネルは、背筋に寒気すら覚えていた。

 ……あたしが背後に立たれて全く気付けなかった!?

 いくらオフで気を張っていなかったとはいえ、曲がりなりにもミレニアムの最強戦力だ。こと近接戦闘に限って言えば、ミレニアムどころかキヴォトス中探しても己に勝てる者はいないという自負がある。ああ、でも組み手で一本取った頭おかしい大人もいるが、アレは別カウントというか何やらかしてもおかしくないキチガイだしなー……。チビの一件でトキとやり合った時フツーに壁駆け下りて受け身まで取ってたし。

 ともあれそんな己に、全く気取られることなく不良を蹴り飛ばした。気付く間もない一瞬の出来事だったというのに、身の動きが生む大気の乱れも一切感じさせず。

 達人だ。

 ミレニアムもそこそこ制服のバリエーションはあるが、眼前の少女が着ているようなデザインのものはない。そもそもこれだけ腕の立つ生徒がいれば、役目柄どこかで情報が入る。そしてネルの知る限り、他の自治区にも特徴が合致するような人物はいなかったはずで、

 ……何者だ!?

 反射的に最大限の警戒に入ったネルの眼前、実力差に気付いていないのか不良は相変わらず絶好調だ。対する黒の少女は話を聞いている風に見えて、視線が入口横のガチャポン筐体しか見ていない。やがて埒が明かないと悟ったのか、不良が背負った長銃に手を掛け、

「このアマ、いい加減に──」

 そこまで言って、しかし不良は己の動きを全て止めた。

 文字通りの目と鼻の先に、スニーカーの靴裏があったからだ。

「……まだ、やる?」

 踵落としの姿勢で足を止めた少女の問いに、傍らの不良が急ぎ銃を向けようとした。だが、程無くしてその動きは止まり、表情は青褪めたものへと変わる。

 少女の手に、構えようとしていたはずの己の得物が握られていたからだ。

 スリングベルト付きで背負っていた長銃、しかも通した方の腕はポケットに手を突っ込んでいた。ベルトが切れても外れてもいないということは、不良が銃を抜こうとしたその瞬間、彼女の認識を超える速度で奪い取ったということになる。ネルにも同じことは出来るだろうが、姿勢を変えぬまま風一つ起こさず、となると話は別だ。そういった細かい動きが性格的に向いていないという点もあるが、

「もう一度だけ言うよ。──邪魔」

 足を下ろし、銃を投げ渡しつつ言った少女の声に何も答えず、不良共は直蹴りで伸びたままの一人を抱えそそくさと立ち去った。

 

     ●

 

 ……オイオイ。

 めんどくせえことになったと思ったら、もっとめんどくせえことになった。

 不良連中に関しては、まあ正直どうでも良い。三日もすればまた平常運行に戻るだろうし、次絡まれたら秒でシメれば良いだけのことだ。大人しく去って行くなら、改めて脅しを掛ける意味もない。だが、

「おい、あんた」

 声を飛ばした先、不良共を見送り小さく息を吐いた少女を見る。先程までの敵意はない、しかし冷めた瞳がこちらに向けられ、

「……何?」

 ぶっきらぼうで、突き放すような語調。言動が印象的過ぎて今まで気付けなかったが、意外と可愛らしい声をしている。だからといって気を緩められる相手でないことは、先の応酬を見ていれば分かる。故にネルは、

「サンキューな」

 一歩を詰め、肩を叩きながらそう言った。

「……は?」

 何言ってんだコイツ、と言いたげなリアクションが返って来た。なのでネルは頭の後ろで手を組み、笑ってこう言うだけだ。

「あたしが対処してたら、この店吹っ飛ばしかねねえしな。大きな騒ぎにもならずに済んだし、正直かなり助かった」

 そう、例え相手が何者であれ、その一点については揺るぎない事実だ。下手に物損など被害を出せば、またアカネやユウカに詰められる。

 ならば礼は言うべきだろう。

 笑みを向けた先、少女は呆気に取られたように動きを止めていた。そんな変なこと言ったかあたし、と内心首を傾げてしまうくらいの間を経てから、一度大きく息を吸って吐いた少女が、

「さっきも言ったけど、店の前塞いでて邪魔だっただけ」

「ああ、そういやそうだったな。あんたもよく来るのか? ここ」

「気が向いた時に来てるだけ。この店はまだ五回目」

 十分常連じゃねーか。だったら話は早い。少女の背を叩き、店内に足を踏み入れながら、

「一プレイ分奢らせろよ。そのくらいの時間はあるんだろ?」

 

     ●

 

 しくじったかな、と鏡子(ムラサキ)は一瞬思ったが、二秒後に考えるのをやめた。

 確かにネルも姉とはそこそこ親しかったはずだが、対策委員会やゲーム開発部、セミナーにティーパーティー程べったりという訳ではない。体捌きで警戒されることはあっても、正体までは露呈しないだろうと踏んでいた。

 ぶっちゃけた話をすれば、姉と自分はそこまで似ていない。

 片や長身に巨乳と白の長髪で青目、片やチビで絶壁と黒の短髪に赤目だ。顔立ちについては「言われてみれば」という感じではあるが、キチガイながら快活な姉と、無愛想で陰気な己とでは、受ける印象が違い過ぎる。

 オマケに己は外の存在であり、十年前に死んでいるのだ。

 まさか、と思うことはあっても確証は持てまい。問われたところではぐらかせばいいだけのこと。口外されれば面倒ではあるが、こちとら生前と死後で百八十度キャラが変わっている。姉の耳に入ったとて、自分だとは気付かれないだろう。それに、

 ……折角の好意を無碍にするのも後味悪いし。

 裏表のなく義理堅いタイプだというのは、これまでのやり取りでも十分に分かる。丁重に断れば引き下がりはするだろうが、本心では納得するまい。今後何かしらの形で顔を合わせた際、借りを返すという口実で深入りされるのも難だ。特にC&Cという立場である向こうは、ミレニアムの治安維持も担っている訳で、

 ……アディシェスやケムダーと鉢合わせる可能性は高い、か。

 将来のリスクを潰す為、ということであれば(ナコ)も納得するだろう。なのでこの接触は不可抗力。以上。閉廷。

 面倒な思考を放り投げ、ムラサキは眼前に意識を戻す。正面、人波を縫ってネルが向かう先は、格ゲーやSTGの筐体が置かれているエリアだ。アリスに度々ボコられつつもメゲることなく通っている彼女は、すっかり馴染みとなっているらしく度々声を掛けられており、

「顔、広いね」

「あ? ああ、まあそれなりに顔出してるしな」

 嫌気のない笑みでそう答えるネルを見て、ムラサキはしみじみと思った。病弱ヒッキー陰キャ娘とは人生の芸風が違い過ぎる、と。

 ……いや、そんな生い立ちでネルみたいな性格してる方がおかしいか。

 つまり正常。フツー。私異常者じゃない。そんな心のセーフティネットを確保しつつ、無言でネルの後をついて歩く。器用に隙間を抜けて行く辺り、やはりダブルオーなどという二つ名で呼ばれるだけのことはある。今まさに私も同じことしてるけど。ただしこの場合師匠周りが異常者だらけだっただけであって私が異常者という訳ではない。経験と慣れ。

「けどホントに良いのかよ? あたしが一プレイ付き合うだけで」

「出入りはしてるけどプレイ自体はそこまでしてないから。便乗して遊ばせてもらうだけで十分」

 そうか、と零したネルが足を止める。目的の筐体に辿り着いたらしい。薄々予想はしていたが、当人越しに覗き込んだ先にあるのはやはり、

 ……格ゲーかあ……。

 クソ弱いんだよね確か……、と内心遠い目になりつつ、横目でネルを見た。しかし当人は意気揚々と、財布から小銭を取り出しインサート。アリスとやる際の癖なのかナチュラルに2P側に陣取り、

「ほら、始めようぜ。礼とはいえ手を抜くつもりはねえから、圧倒したら悪いな」

 あー、うん、と生返事を返しつつ椅子に座り、ムラサキは筐体に手を添えた。スティックはグラス持ち。ボタンもコスリや経年による劣化や破損はないようで、

 ……誤魔化せないかあ……。

 心中で深々と溜め息を零してから、対戦モードで空手家のキャラを選択する。

 

     ●

 

「あー、クッソ!! もう一回だもう一回!!」

「そう言って既に三千円くらい突っ込んでる気がするんだけど、色々な意味で大丈夫なの本気で」

 本音全開で半目を向けるムラサキに構わず、ネルが硬貨を投入した。派手なSEが筐体から鳴り響き、あれよあれよとプレイ続行の決定が進んで行く。

 正直、ネルの下手さは想像を超えていた。

 操作精度は悪くない。コマンドは化けないし、少ないがコンボも覚えていて、上手く噛み合えば一本取るくらいは出来るだろう。そのくらいの腕前はある。

 相手がNPCならば、の話だが。

 対人戦において、思い描いた通りの展開で事態が進むことなどそうそうない。エージェントとして修羅場を潜り抜けている彼女もそれは分かっているだろうに、やはりゲームというフィルタを通しているからかその辺りの認識が薄いのだ。故に想定外の状況に流れた際のリカバリーも大事な訳だが、ネルの場合九割レバガチャ。無敵時間や切り返しという知識・発想自体はあるようだが、実践出来るかどうかは話が別であり、

「だああああ!! そんな崩し方ありかよ!?」

「小足は基本も基本だけど、性格的にこういう小細工嫌いそうだもんね……」

 くっそー、と地団駄を踏んでいるネルに対し、一周回って感動すら覚え始めた私は心が醜いだろうか。

 ……アーケードゲームって、基本2P側は補正入ってるはずなんだけどなあ……。

 メインプレイヤーを1Pとすれば、2P側となるのはあまりゲームに触れたことのない、付き合いでプレイすることになる初心者である確率が高い。それ故に2P側のキャラクターは、あからさま過ぎない程度に有利な設定をされていることが多いのだ。例えばSTGでは自機の当たり判定が小さかったりする為、敢えて一人でも2P側でプレイする者もいる。

 さすがにそんなニッチな知識までは知らないだろうが、つまるところ有利な状況でありながら数十連敗しているのがネルの現状であり、相当ヒートアップしているのは見ていてよく分かる。台パンしないだけの理性は残っているようだが、手抜きをしようものなら間違いなくキレられるだろう。それ故ムラサキも情け無用でプレイするしかなく、

「ちっくしょー……」

 結果として、コンパネに突っ伏すネルが出来上がってしまい、正直凄く居た堪れない。

 一プレイとかじゃなくジュース一本にしとけば良かった、と思っても後の祭り。備え付けのおしぼりで1P側のコンパネを拭いつつ、

「反応速度自体は私より上みたいだし、画面より私の手元見て何が来るか予測した方が早そうな気もするんだけど」

「全キャラの一挙一動覚えろってかよ……」

 え、割とフツーじゃないの、と思ったが言わないでおいた。自分が異常者側だと思われるからだ。

「しっかしホント上手いなあんた。チビより上手いんじゃねえか?」

「師匠と友達が上手いから、付き合ってる内に自然とね」

「はー……、あんたが上手いって言うくらいだから相当なんだろうな」

 ……ああ、うん、ちょっと人間やめてる領域に片足どころか肩まで突っ込んでるかな……。

 性格的にも力量的にも十年後のUZQueenと形容するのが一番近いのだが、そのレベルの複数人が切磋琢磨し合ってるのだから本気で一種の蟲毒だと思う。

「……えーと、煽り抜きで聞きたいんだけど、まだやるの?」

「そうしたいのは山々だけど金がねえ──」

 勢い良く身を起こしたネルがそのまま仰け反り、ほぼ水平まで身を倒して伸びを一発。やがて上体を起こすと肩の力を抜いて、

「一勝どころか一本も取れなかったのは癪だが、色々教えてもらえたし楽しかったぜ。悪いな、長々付き合わせちまって」

「いいよ別に、元々暇してたし」

 これは事実だ。メビウスの活動として各自治区を転々としている自分達だが、仕事以外の時間は基本自由。ムイ(ユメ)はナコに連れられアビドスの方まで匿名で振り込みに行っているはずだが、そろそろ帰って来る頃だろう。良い感じに時間も潰せたことだし、適当なところで切り上げるべきか。と、

「あ、ごめん」

 ポケットに入れていたスマホが震えを寄越した。横目で確認すれば送り主はナコ。その内容は、

「────」

 短い一文。しかし身動きを止めるには十分な内容。画面を凝視したまま動けず、しかしその硬直を解いたのは、

「おい、どうした? 大丈夫か?」

「え? ああ……」

 肩を叩かれる感触で我に返り、急ぎスマホを仕舞う。傍から見ても意味の分からない内容だろうが、見られないに越したことはないのだから。故に、

「ごめん、用事が入った」

 誤魔化すのも兼ねて、端的に事実を告げる。不審に思われるかとも思ったが、ネルはただ残念そうに肩を竦め、

「そっか。このままテキトーにダベるのも良いかと思ったんだけどな」

 その動きに作為が見えず、ホッとしている自分がいた。

 ……は。

 続け様に湧き上がって来たのは自嘲の念。何を一丁前に安堵しているのか。そんな暗い、消えかけの火に似た感情を心の奥底に押し込んで、

「一文無しでどうやってダベるの」

「馬鹿野郎、そこまで突っ込んでねえよ!!」

 返るツッコミに、本心からの笑みを浮かべつつ。財布から取り出した五百円玉を、ネルの眼前に置いた。

「付き合ってくれたお礼。これでジュースくらいは買えるでしょ」

「ああ? おいおい、礼を言うならこっちの方──」

 眉をひそめるネルの言葉を遮り、立ち上がる。ポケットに手を突っ込み、顔だけで振り向いて、

「楽しかったよ。ありがと、ネル」

 告げると、ネルが困惑交じりに首を傾げた。

「……あたし、名前言ったっけか?」

「ミレニアムのダブルオーといえば有名人でしょ」

 苦笑し、手を振ってから歩き出した。呼び止める声がしたが、聞こえなかったことにして店の外へ。そのまま横の路地へと入り、人目がないことを確認してから隠蔽概念を展開。

 跳んだ。

 一足飛びにゲーセンの屋根へと上り、縁を蹴って速度を追加。人通りも人目も気にすることなく、最短距離を跳んで行く。

 目指すのはアビドス自治区郊外、砂漠地帯のとある一点だ。

 理由は単純。再度手にしたスマホの画面、そこに映し出されたナコのメッセージに全てが詰まっている。

『シェリダーが動きました』

 

     ●

 

「……行っちまったか」

 店外へと消えて行った背中を見送り、吐息と共にネルはそう零した。

「結局、名前も聞けなかったな」

 肩を竦めつつ壁に架かった時計を見上げれば、既に二時間近くが経過している。ソッコで数十連敗したとはいえ、両替の為に席を立ったり立ち回りについて意見を交わしたりと、勝負以外の時間も過ごしていたのだ。あっという間ではあったものの、得られたものは充実の二文字であることに違いはなく、

 ……悪ぃ奴ではない、よな。

 気取ったり飾ったりというものが一切ない言動は、悪い言い方をすれば無神経と評されるだろう。だがネルはそういったことを気にしないタチだし、事実彼女の教えで伸びた部分もあった。何より彼女との時間が、楽しいものであったことは確かだ。

 それだけで、己にとっては信用に値する。

 戦闘系の部活ではなくとも、フィジカルの優れた生徒は割といる。スミレなどはその極たるものだし、彼女もそういう手合いだろう。最近転校して来たとか、他の自治区から足を延ばして来ただけの可能性もあるのだ。一応アカネには伝えておくが、そこまで警戒する必要はないだろうと、そう判断した。

 ……長文打つの面倒だし、帰ってから電話で良いか。

「あ、ネル先輩!!」

 そんなことを思っていると、背後から耳慣れた声が聞こえて来た。振り向いた先、小走りにこちらへと寄って来るのは、

「おう、アリス……、か……」

 語尾が消えていったのは、彼女が両の腕に大量のガチャポンカプセルを抱えていたからだ。

「……何やってんだお前」

「はい!! 先生が相変わらず爆死祭りなので、ミレニアムのゲーセンを巡って欲しいと頼まれました!! 広義のお使いクエストです!!」

「また先生は馬鹿みたいに散財してんのか……、ここまで来ると不運通り越して呪いじゃねえのかアレ」

「昨日もスマホゲームのガチャでSRが欲しいのにSSRのダブりばかり引いて床を転げ回っていました!!」

 笑顔で一切の悪意なく言える辺りがコイツの味だよな……、としみじみ思いつつ、とりあえずユウカに連絡は入れておく。キチガイ相手に説教が通じるかは果てしなく謎だが、何も言わないよりは良いだろう。

「ところで、ネル先輩は何を? 武者修行ですか?」

「どこでそんな言葉覚えたんだお前。……ま、似たようなもんか。ちと上手い奴に色々指南してもらって、な」

 座る者の去った隣の席を一瞥しつつ言うと、意味の分かっていないであろうアリスが首を傾げた。だからネルは立ち上がり、彼女の置いて行った五百円玉を手に取り、トスして、

「今日はもう店仕舞いだ。金もねえし、今から帰るとこ。お前も帰りか? それともシャーレか?」

「あ、先生は明日部室に来てくれるそうなので今日は帰ります。でもそのお金は……」

「これはジュース用。ついでだ、お前も何か飲むか?」

「じゃあアリス、アレが良いです!! ボタンを押すとベルトコンベアがお菓子を運んでくれる自販機!!」

「ジュースっつってんだろうが!!」

 ツッコミの手刀を入れつつ、ネルは歩き出す。最後に一度だけ、彼女の座っていた場所を見遣り、

 ……ま、いつかその内会えるだろ。

 

     ●

 

「お待たせ」

 見渡す限り砂しかない、数ある砂丘の一つ。事前に連絡を受けていたその座標で、ムラサキは同僚二人と合流した。

「状況は?」

 挨拶も労いもない。要件だけを迅速に。問うた先、表示枠で周辺の確認を行っていたナコが視線すら寄越さず、

「人目に付かないようアビドスやカイザーの目が届かないエリアまで誘導し終えて、互いに一息といったところですね。向こうがやる気ならそう遠くない内に現れるでしょう」

「レーザーとかミサイル撃って来て小競り合いはしたけど、多分弾切れとかないよね……」

 溜め息と共に身の丈を超える大盾を抱え直したムイの肩を叩きつつ、ムラサキも表示枠を開く。位相空間のストッカーから引き出すのは、黒と赤を基調としたグラブだ。両の手に嵌め、感触を確かめるように拳を握っては開いていると、不意にナコが顔を上げる。

「お出ましですね」

 ナコ共々振り向いた瞬間、それが来た。

 爆発と見紛うような勢いで莫大量の砂を跳ね上げ、地中から這い出したもの。それは黒の全身に、赤のエネルギーラインを走らせた機械仕掛けの獣だった。

 見上げてもなお全容が掴めない程の巨体。蛇と言うには太く、鯨と言うには長大過ぎる、そんな外観を持つ存在を、アビドスにある程度関わる者なら知っているだろう。

「……初めて観測された預言者はビナーなんだっけ。やっぱり全竜(レヴァイアサン)の影響だったりするのかな、コレ」

「観測順と製造順は別だと思いますよ。因縁めいたものは感じますが」

 それもそうか、と頷き一つ。ムイが理解出来ず首を傾げているが、まあよくある。今成すべきはそんなどうでもいい考察ではなく、

「いつも通り、当分動けない程度に叩く、でオッケー?」

「Jud.、テキトーにシバき倒せばOKです。破壊したところで新造されるだけですし、下手にバージョンアップされても面倒ですから」

「……いつものことだけど、その気になれば倒せる前提なのが凄いね二人共」

「まあ、優秀な盾役とバ火力アタッカーと、神すら超越するAIのチームですし?」

「一人でセトの憤怒とやり合うのと比べたら全然余裕」

「ムラサキちゃんのそれはもう基準がおかしいと思う……」

 平凡な陰キャを指して失礼なことを言う。ツッコミの手刀を入れたいところだが、それは目の前のことを片付けてからだろう。

 夕飯どうしようかな、と思いつつ、ムラサキは前に出た。口腔内の流体砲がチャージの赤光を迸らせるのを見上げ、手首のスナップも高らかに、

「──メビウス、行くよ」

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