グラスアーカイブ   作:外神恭介

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先生が不規則言動で正常です!!

「プラナちゃーん、過去の演算結果の圧縮保存終わりましたー。そっちはどうですかー?」

「Tes.、出力平均グラフを元に効率化したアップデート、仮想領域でテスト中です。今のところ順調ですね」

「じゃあ、三ヶ月以上アクセス履歴のないキャッシュデータの削除はこっちでやっておきますねー」

 数十を超える表示枠を操作しつつ頷くプラナに、アロナは笑みを返し手元へと向き直る。己もまた複数の表示枠を前に、手指を走らせ作業中だ。

 大掃除中だった。

 シッテムの箱の中に広がる位相空間、通称「教室」。外界と隔絶されたこの場所は、アロナとプラナのホームであり、作業場であり、私室であり、そして先生の作戦会議場でもある。

 銃弾一つで死にかねない先生が、キヴォトスという人外魔境でやって行けるのは当人の努力や才覚もあるが、それもこの場所があるからという前提によって成り立つものだ。何しろこの教室、時間と空間の可逆圧縮が可能なデタラメ領域。外界の一秒を最大十万秒にまで加圧することで、無限にも等しい思考時間が得られる。先生が迅速かつ的確な指揮を飛ばせるのも、一時停止を掛けてここで長考しているからだ。

 無論戦闘指揮に限らず、普段においてもこの力は有用だ。アナログであればスキャンして、デジタルであればそのまま取り込んでしまえば、シャーレの業務も教室で進めることが出来る。連邦生徒会ですら手に余る業務を、遊びや徘徊や奇行混じりでも完璧に仕上げられるのはそういう理由だ。睡眠とてこの空間で済ませれば、外界目線では不眠不休で動き続けることが出来る。

 当然ではあるが、そんな運用を続ければ先生の身が保たない。

 精神限定の時間加速と言えば聞こえはいいが、早回しした分脳に掛かる負担も大きい。何しろ一秒という瞬き程の時間に、一日で得る情報全てを無理矢理叩き込まれるようなものだ。こと生徒が絡むと尋常ではない執念を見せる先生とて、長時間の使用には耐えられない。十万倍どころか百倍や千倍すら怪しいし、五倍まで落としたところで数日は寝込む程の頭痛に襲われる。

 ……それを根性で捻じ伏せて長時間使用してる時点で十分おかしいんですけどね……。

 当たり前だが自分もプラナも、そんな無茶を許容するはずがなく。仮に止められなかったとして、そんな使い方をしていれば一月も保つまい。常人であれば三日後に生きていれば御の字というレベルなのだが、精神論だけでどうにかなる程現実は甘くない。だからこそ、

「シッテムの箱の正統所有者にのみ発揮される加護。……これがなかったらと思うとゾッとしますね」

 生徒の保有する神秘のような、「そういうもの」としか説明のしようがない力。それを元に先生へ常時バフとリジェネを掛けている、と言うと例えがゲームっぽ過ぎるが、理屈としては「そういうもの」だ。防護と整調、回復力の促進をメインに様々なブーストを掛けていて、ぶっちゃけシッテムの箱のリソースの半分近くがこれに注ぎ込まれている。強度を上げれば先生を狙う銃弾が外れたり弾詰まりを起こさせたりも出来るが、かなり出力を食うので乱用出来ないのがネックだ。事実エデン条約の際はミサイルを防いだ時点で力尽きてしまい、その後の戦闘から彼女を守り切れなかった。

 プラナが試行しているのは、その改良だ。

 彼女もまた己の世界において、先生を守り切れなかった後悔がある。故に暇さえあれば色々と手を加え、アップデートを続けている。事実、小出力ながら立ち上がりの早い防護のおかげでシャーレ爆破を無傷で守ったし、自分達の力を重ねるデュアルブートでセトの憤怒の攻撃を一度は完全に防ぎ切った。彼女がいなければ乗り切れなかった場面は、細々したものも含めれば相当数に上る。

 だからこそアロナもまた、不要データの削除やアーカイブの整理整頓など、出力不備に繋がる要因を逐一潰して行っている。

 ……えーと、ヴェリタスへの差し入れでどのエナジードリンクが最も効果的かのシミュレーション……、は結果だけ保存して削除で良いですね。アンティーク・セラフィムのプチライブ議事録は所定の場所に格納して、温泉開発部の弾丸穴掘りツアー計画は……、アドリブ多発するのでチャート変更掛かったら削除で。あ、食玩の当たり位置シミュレーションも問答無用で削除ですね。

 ロクでもないデータばかり発掘されるのが難だが、そういう人だ。特に最後の演算なんて九割当たる選択をしても外すのが先生なので容量の無駄過ぎる。そんな感じで要らないデータをバシバシ叩いて消して行き、保存が必要なものは要点を纏めたり圧縮を掛けシャーレのサーバーに保管と、やることは単純だが量が多い。ある程度オートメーションを利かせてはいるが、生徒関連のデータは重要な為目視でチェックが必要な箇所も多く、

「……はふぅ」

 両腕を伸ばしつつ背後に倒れ込む。水面が波打ち波紋を立てるが、火照った頭に冷たい水が心地好い。

 そのまま視線を上げてみると、プラナは変わらず真剣な様子で表示枠に指を走らせている。時たまこうやって息抜きしている自分とは対照的にずっとこの調子なせいか、心なし頬も火照って軽く汗も掻いていて、

「ぺたり」

「っ!?」

 濡れた手で首筋に触れると、飛び上がらんばかりに驚かれた。

「……アロナ先輩」

 事態を理解し半目で振り向いて来るプラナに、アロナは親指を立てて返す。気が抜けたのか嘆息する妹分の額を軽く小突いて、

「根を詰め過ぎちゃダメですよ。いっつも先生にそう言ってるプラナちゃんがその調子では、屁理屈で返されて説得出来なくなっちゃいますからね」

「……一切否定出来ないのが何ともまた」

 遠い目で零すプラナの表情は哀愁に満ちていた。やはり彼女の世界でも先生はワーカーホリックの屁理屈魔王だったらしい。自分も色々と酷い目にあった。そう、無茶をするなと言えば「即死じゃないから大丈夫」と鉄火場に乗り込んだり、甘い物が欲しいと言ったら砂糖を溶かした水入りのコップを持って来てみたり、水鉄砲で遊ぼうとしたら一人だけ両手持ちの重厚なライフル型を持ち込んだり、

「ぺたり」

「ひああああ!?」

 急に首筋を襲った冷たい感触に、悲鳴と共に転げるようにして逃げた。距離を取って振り返ってみれば、缶ジュースを手に笑っているのは、

「せ、先生!?」

「うむ、あまりにも隙だらけだったのでつい悪戯心を抑えられなかった。許せとは言わん。許せ」

「プラナちゃん!! プラナちゃん!! 先生が不規則言動で正常です!!」

「落ち着いてくださいアロナ先輩。このくらいならまだ軽症です」

「ははは姉妹漫才も絶好調だね」

 揃って半目を向けた先、屈んでいた先生が立ち上がる。表示枠を一度消したプラナが向き直り、小首を傾げつつ問うた。

「先生、お部屋の片付け中だったはずですが、何か問題でも?」

「ああ、問題と言えば問題だね。──室内に私一人でやる気が微塵も出ない」

「……私とプラナちゃんがせっせとデータ整理してるのにサボりですか」

「安心したまえ。サボりはしても手は抜かないのが信条なのでね。つい先程終わらせて来た」

 半目で表示枠を呼び出し、シャーレ内監視カメラの記録にアクセス。開始十分くらいは海老反りになったりスクワットしたり大の字で天井を見上げるキチガイの姿が映し出されていたが、その後は黙々と片付けをしていたようだ。元々自称部員が定期的に掃除をしている為、さほど時間を要さなかったらしい。羨ましい。シッテムの箱内も綺麗にしてくれないだろうか。無理か。

「ともあれそんな訳で、二人の邪魔をしに押し掛けたという次第だ」

「平然と邪魔とか言うのやめましょうよ」

 まあまあ、と先生が後ろ手にしていた左手を前に出す。音を立てるのは中身の詰まったビニール袋。うっすらと透けて見える中身は、

「チョイとフライング気味ではあるが、ケーキを買って来た。頑張るのも結構だが、この辺りで一息入れようではないかね」

「……アロナ先輩、涎が」

「はっ!?」

 慌てて口元を拭いつつ、プラナを見遣る。彼女もまた苦笑混じりに肩を竦めていて、ならば答えは決まり切っていた。

「じゃあ、一旦休憩しましょうか。その後は先生も手伝ってくれますよね?」

「そうだね、アロナ君とプラナ君がいるのであれば私もやる気を出すのに吝かではない。急ぎ片付けて炬燵でだらけるとしようか」

「では後程みかんも用意しないといけませんね。あ、お皿とコップを出さないと」

「なら私は机を寄せておきます!!」

「では私はそれを眺めつつヨガでもして待つとしよう」

「なんでやねん」

「プラナちゃんが関西弁でツッコミを!?」

「というかキヴォトスに関西はあるのかね?」

 取り留めもない、頭の悪過ぎるいつもの会話。

 だがこれこそが、自分達にとっての青春の日々であり。

 それを守る為に、持てる全てを出し尽くすのだろうと、笑いながらアロナは思った。

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