グラスアーカイブ   作:外神恭介

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どれだけ私が変わっても
貴女は変わらず私を呼ぶ
配点(絆)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=27568184


……とっくの昔に、返しきれないくらいもらってますから

「王女よ、抗うのですか……!?」

 口をついて出たのは、そんな叫びだった。

「生まれ持った役割から逃れることは出来ません!! なりたい自分は自分で決めて良いなどと、そんな世迷言を……!!」

「……一つ、言っておこうか」

 王女を囲む少女達の輪から離れ、一歩踏み出した大人がそう告げた。

 傍ら、彼女を心配げに見遣る黒髪の少女に、その大人は笑みを返した。心配するなとでも言うように。そして、改めてこちらへと視線を向け、

「先に天童君へと向けた言葉。アレは何も彼女だけへのものではないつもりだよ?」

 言っている意味が分からない。だがこちらの困惑など知ったことではないとでも言うように、彼女は悠然と歩を進める。

 戦う力を一切持たない、銃弾一発で生死の境を彷徨う、脆弱な存在であるはずなのに。

「君が才羽姉君を傷付けたことは事実だ。だがこれまでの言動を見聞きしている限り、君自身が才羽姉君や周囲の面々に敵意や悪意を持っていた訳ではない。君はあくまで自身に与えられた役割を全うしようとしただけに過ぎないと見えるのだが、相違あるかね?」

 己は答えない。否、答えられない。指摘の内容が事実だからということもあるが、肯定と否定どちらを返したところで、この先がどうなるか全く予想が付かないからだ。相手が己の予想を確信しているのなら、接触の機会を増やすだけこちらの変数が増える。だから沈黙を選ぶのが正解、そうであるはずなのに、

「だったら何だと言うんですか……!?」

「君が王女と呼ぶ天童君も、今では立派な勇者志望だ。ならば君とて、同じ道を選ぶことが出来ぬとは思えない」

 眼前まで届いた大人が、屈んで視線の高さを合わせながらそう口にした。

「無論、それでもなお使命に殉じるというのなら仕方あるまい。あくまで私は先生であって、生き方を強制することは出来ないのだから。だが、本当に他の選択肢がないのかどうか、それを確かめてみてからでも遅くはないと、私はそう思う」

 どうだろうか。

「一時的な休戦でも構わない。私を利用する腹積もりでも問題ない。だからどうか、この手を取ってはくれまいか」

 差し出される手の平の先、微笑を浮かべた女が、当たり前のように言うのを己は聞いた。

「私は、君のことも理解したいと、そう思っているよ。──天童妹君」

 

     ●

 

「……っ!!」

 跳ね起きた。

 薄闇の中、目が慣れて来て浮かび上がる光景は、乱雑に散らかった洋風の一室。床に転がっているのは開封された菓子類に空のペットボトル、沢山のゲーム機とそれを押し退けて敷かれたマットレス、そして、

「雑魚寝するアリス達、と」

 零した通り、思い思いの寝相で転がっている四人がいる。こちらの腕を抱いているアリス、隅の方へ転がったらしいユズ、穏やかな寝息を立てるミドリ。妹に腹を枕にされ寝苦しそうにしているモモイはどうでもいいとして、

「……夢、ですか」

 そこまで確認してようやく、先程まで見ていた一連が現在のそれではないと気付いた。

 肩で息をする程に呼吸が乱れていたと、今更分かるのがどうしようもない。嘆息しつつ下を向けば、肩を流れた髪が視界に落ちる。

 夢の中と同様、黒い髪が。

 壁際のカレンダーを見上げれば、今日の日付には花丸が描かれ強調されている。その意味を再認し、ケイは深く息を吐いた。己の身を抱き締め、我知らずと思考が言葉として漏れる。

「……今日でこの身体とも、お別れですね」

 

     ●

 

「おおおおおケイだ!! リニューアルケイだ!!」

「……お姉ちゃん、音だけ聞くとケイなんだか系なんだか分からないよそれ」

「ええ、と、久しぶり……、で、良いのか、な?」

「無事クラスチェンジに成功したようですね!! おめでとうございます、ケイ!!」

 アリスの祝辞と、三者三様のコメントに迎えられながら、ケイはシャーレ執務室へと足を踏み入れた。

 進む身は、未明の時とは違う。黒を主体としたミレニアムの制服と、対照的な白い髪。アリスとそっくりではあるものの、瓜二つと言う程ではなくなっていた。

 先生から与えられたアリスの複製としてのボディではない。

 鋼鉄大陸でアリスが再構築した、ケイだけの身体だ。

「さて、久々の引っ越しと相成った訳だが、調子はどうかね天童妹君」

 後ろ、アリスの複製ボディを収めたトランクを抱えた先生の問いに、ケイはゆっくりと振り向く。かつてのように手を握ったり開いたり、軽くジャンプしたりもしてみるが問題はない。鋼鉄大陸でアリスが再構築した時もそうだったが、それ以上に馴染んでいるように思えた。

 が、ひとまずこれだけは言っておこうと思い、半目で、

「正直なところ、リオの作ったボディでなければ何でも構いません」

「……それ、本人の前で言わないようにしたまえよ?」

 耳を塞いで顔を背けた。大人気ないとは思うが、アリス達も苦笑している辺りこちらの内心は察しているだろう。

 こうなった経緯は、ちょっと複雑だ。

 鋼鉄大陸の多次元バリア突破を目的に、リオとヒマリの手で復活させられ。

 リオが自信満々に提供した、前衛的過ぎるAMASボディに宿る屈辱の時を過ごし。

 マルクトの攻撃を防いだダメージから、鋼鉄大陸に放棄されていた廃棄躯体に乗り換えて。

 デカグラマトンとの決戦において、アリスが最後に起こした奇跡によって人と変わらぬ身体を得た。

 が、問題はそこからだ。

 最終決戦でちょっと無茶をし過ぎた結果、ミレニアムに帰還するのと同時に限界が来た。

 修復自体は可能だったのだが、治るまで寝たきりという訳にも行かず、屈辱ボディのアペンド差分に甘んじる羽目になり。

 その後先生がどこからか調達して来た、アリスの複製ボディに移りミレニアムの学生として過ごし。

 そして今、ようやく修復のなったアリス製ボディに戻った、という次第である。

 ……ええ、本当に苦難の日々でした。主に先生のせいで特に後半が。

 正直に言ってしまえば、ゲーム開発部や特異現象捜査部の面々以外知り合いもいなかったし、寝たきりでも良いと思っていたのだ。アリスを筆頭に皆反対したが、心遣いを嬉しく思いつつも、ケイは辞退するつもりでいた。

 だが、この大人がやらかした。

「せっかく!! せっかく感動の再会を果たしたと言うのに!! 戦いが終わったらハイ入院などと無情な真似が許されるものかね!? こんなこともあろうかと、マルクト君との遭遇戦でダメになった調月君謹製ボディをこっそり修理しておいたので、こちらに移って日常を満喫してくれたまえ!!」

 などとブチかまし始めた時は、正直肉体のダメージ以上にメンタルが削れた。挙句の果てにモモイ顔負けの地団駄を踏んで駄々を捏ね始め、ゲーム開発部一同どころかトキまで真似し始めて地獄絵図。やけにノリノリなリオと必死で笑いを噛み殺すヒマリに宥めすかされ、最終的にアリスの泣き落としを以て勝敗は決した。その後先生がアリスの複製ボディを持って来るまでの日々については、正直記憶から消し去りたい。

 ……どうしてこう、先生に関わると余計なトラブルばかり起きるんですかね……。

 改めて思い返すと波乱万丈過ぎるというか、アリスの身体に相乗りしていた頃からずいぶん遠くまで来たものだ。良いか悪いかを一概に言うことは出来ないが、幅が広がったとは思う。あと忍耐力が身に付いた。嘘です。キレて発散しないと保たないくらいには毎日がカオスです。

「何やら天童妹君の視線がどんどん低温化しているような気がするのだが」

「誰のせいですか誰の」

 嘆息一つ。暗鬱な記憶は一度忘れ、問題ないとアピールするように両手を腰に当て胸を張り、

「ともかく、問題があればすぐに報告するようにします。今後一週間程は毎日メディカルチェックを行うのでしょう? ならそれで大方網羅出来るはずですし、何かあってもミレニアムにはリオやヒマリもいます。心配は要りません」

 言うと、先生が肩の力を抜いた。トランクを置き、二、三と頷きを作り、

「確かにそうだね。雑事に忙殺されるシャーレ内に留めるより、見知った仲の面々がいるミレニアムの方が対処もしやすいか。だが安心したまえ、仮に天童妹君の身に何かあった場合、全てを投げ打ってでも駆け付けるとも。……ストーカーのようにね!!」

 重力制御でビンタをブチ込んだ。

「天童妹君!! 打つなら重力子に任せず自らの手で打ちたまえ!! 愛が足りないのだよ愛が!!」

「そんなに欲しいですか。拳が。鳩尾に」

 笑みで腕を捲るとキチガイが走って逃げ出した。溜息と共に視線を外すと、アリス達が生温かい目をこちらに向けていて、

「……な、何ですか一体」

 問うた先、四人が顔を見合わせて頷いた。代表としてモモイが、頭の後ろで腕を組みつつ満面の笑みを見せ、

「熟年の夫婦漫才だね!!」

「誰と誰が夫婦ですかっ!!」

「いや、だって、私達の存在を忘れたようにポンポンボケとツッコミの応酬してたし……」

「う、うん、口を挟める雰囲気じゃなかった、かな……」

「先生とケイが仲良しで、アリスはとっても嬉しいです!!」

 何もかも嫌になってソファーに突っ伏した。

 

     ●

 

 ケイがソファーに倒れこんだまま素数を数え出すのと同時に、先生が戻って来た。彼女はケイの様子に気付くと、スマホのカメラを向け三枚程撮影し、

「さて」

 ケイが無造作に手を振って重力制御で先生のスマホを回収した。

 こちらを見もせず削除に掛かるケイを数秒眺めた後、先生は改めてこちらに向き直り、

「さて、話の続きだが」

「な、何事もなかったように再開した!!」

「や、やめなよお姉ちゃん!! 消えた写真は戻って来ないんだから現実逃避くらいさせてあげないと!!」

「……君達容赦というものを知らないのかね?」

 双子が下手な口笛を吹きながら視線を逸らす中、アリスより先に動く姿があった。おずおずと手を挙げたのは、

「花岡君? 何か気になることでも?」

「あ、は、はい、あまりにも自然でうっかり流し掛けてましたけど……」

 一度言葉を区切ったユズが、トランクとケイを順に見た。

「こっちのケイちゃんの身体って、重力制御使ってました、っけ……?」

 あ、とアリスも思い至る。元々その能力は、フィジカル面でアリスに及ばない複製ボディの補助用として先生が用意したものだ。鋼鉄大陸において獲得した身体には、そのような機能は備わっていない。

 レールガンを持ち上げるなど、アリス同様フィジカル面で一般の範疇から逸脱している部分はあるが、このようなゲーム染みた力はなかったはずだ。

 こちらと同じ思考に至ったモモイやミドリ共々見遣る先、先生が肩を竦めた。傍ら、トランクの縁を指先で軽く叩き、

「天童君の複製ボディに搭載されていた機能は、全てこちらにも複写してある。共通記憶も重力制御も、変わらず使用可能だ」

「ええ、モモイがスッ転んでゲーム機にジュースぶちまけるのを止めたり、モモイが横着して椅子の上に立って棚を漁り始めるのを支えたり、使用機会が多過ぎるのであった方が得だと判断しました」

 モモイが耳を塞いで視線を背けたが、全員で容赦なく半目を向けた。ややあって先生が、

「なくて困ることはあっても、あって困ることはない、と言うとエンジニア部のようだがね。対外的に伏せておけば問題はないし、仮に見られても特異現象捜査部の新技術テストとでも言っておけば納得されるだろう。ぶっちゃけ一之瀬君や黒崎君のデタラメぶりに比べればまだ科学の範疇と言えるのだから」

「そ、それを言ってしまうと身も蓋もないような……」

「でもヒマリ先輩も車椅子で飛んでましたし、車椅子より軽いものが浮いても不思議じゃないと思います!!」

「……アリスが素直過ぎるのか、順応性が高いのか、どちらにせよ将来が不安になるのは私だけでしょうか」

「その辺りは君やゲーム開発部の担当だろう。困ったらシャーレに来たまえ、助力は惜しまないとも」

 嘆息しつつも否定しない辺り、ケイもそこについては信頼しているらしい。ユズも納得したのか会釈を送り、場の空気が緩んだ。なのでそれを区切りとして、アリスは先生を見上げ、

「それでは先生、ケイの問題については大体片付いたと、そういうことで良いんでしょうか」

「うむ、現状打てる手はこのくらいだろう。後で調月君や明星君達と擦り合わせが必要だが、それはこちらの担当だ。君達に出来ることはいつも通り、天童妹君との日常を送ることだよ」

 任せろと言わんばかりに胸を張るモモイも、半目でツッコミの手刀を入れるミドリも、それを見て笑っているユズも、先生が言う通りのいつも通りだ。そんな中、別のことを気に掛けている自分にちょっとした罪悪感を感じつつも、しかし逸る気持ちが抑えきれず、再度口を開こうとして、

「……ああ、気が利かなくてすまない。天童妹君の件も大事だが、天童君にとってはもう一つの方も大事だったね」

 いつの間にか身を起こしていたケイに脇腹を小突かれる寸前、納得したように苦笑した先生がそう告げた。

 見透かされていた、という事実に焦りに似た感情を抱きつつ、アリスは両の手を振って、

「い、いえ、ケイの方が大事です!! そっちの件はアリスのワガママなので……!!」

「気にすることはないよ天童君。君の勇者への拘りは、私の先生に対するそれに勝るとも劣らない。自分にとって大事なことを疎かにしないのは、とても良いことだよ」

 宥めるようにこちらの頭を撫でつつ、先生が笑った。続く動きはアリスから離れ、デスクの方へと回るもの。アナログの鍵、指紋、パスコードという三重のロックを解除した引き出しを開け、取り出したそれを手に再びこちらの前へ。

 手渡されたのは、ドックタグのような装飾品だった。

 銀色を下地に白と黒で彩られたそれは、どこかミレニアムの校章にも似た斜めの二重線が刻まれている。剣を思わせるデザインの下には、八という数字があり、

「落とさないように気を付けたまえよ」

 一歩引いた先生がタブレットを操作するのと同時、アリスの眼前に一枚の表示枠が射出される。リオやヒマリ達が使用しているホログラムのような、しかし明らかに上回るクオリティのそれが映し出すのは、

《訓練用:承認》

 文字列を認識した瞬間、ドックタグが光を放った。

 思わず目を閉じ、開けると、手の中の感触が変わっていた。

 ケイが再度リオのボディに移ることになった直接的な理由。

 デカグラマトンとの戦いの中、天から飛び込んで来たもの。

 明らかに先生が関与し、アリス達の窮地を救った強大な力。

「LJUO-MW-008t-L・R、開発コード「流星」及び「彗星」。見ての通りキヴォトスにおいては非常にレアな、──剣だ」

 

     ●

 

 それは、一振りの剣だった。

 全長一メートル半。白と青を主体とした、洋風の拵えが成された長剣。中央を走る一本のラインを除けば、見た目は完全にゲームに出るようなそれだ。

 光の剣とは別の、もう一つの勇者の剣。

 掲げるようにして持ち上げると、窓ガラス越しに差し込んだ陽光が反射して、切っ先が輝いているように見えた。

「わあ……!! うわあ……!!」

 テンションが上がる己を自覚しながら、しかしそれを止めることは出来なかった。

 エンジニア部から贈られた光の剣と、比べられるようなものではない。皆の思いが詰まったあの剣とて、アリスにとっては大事な宝物だ。

 だが勇者を目指す以上、やはりステレオタイプな剣に対する憧れもまた確かにあって。銃社会のキヴォトスにおいて存在そのものがレアである剣が、今自分の手の中にある。

 しかも己の目標であり、尊敬している先生が用意したものなのだ。

 その事実が、堪らなく嬉しい。

 思わず振り回したくもなるが、さすがに危ないのでそこは我慢。代わりというようにポーズを変え、持ち方を変え、ガラスを鏡代わりに浸って楽しむ。そんな自分をちょっと離れて見守っていたモモイが、今更のように先生へと振り向き、

「当時はそれどころじゃなくてスルーしてたけど、結局コレって何なの?」

「企業秘密、ということにしておいてくれたまえ。まあぶっちゃけ天童君の複製ボディと同じルートなのだが」

「デザインとしてはシンプルですね……。いやでも、実際に振り回すことを考えたらこっちの方が良いのかな?」

「うちのデザイン担当も似たようなことを言っていたよ。見た目と機能の擦り合わせが一番面倒だ、と」

 確かに……、と剣を荒くスケッチしつつミドリが零す。ゲームにおける武器は現実とは違い、見た目はどうであっても構わない。ソーセージや冷凍マグロですら剣として成立し得るのがゲームだ。ユーザー楽しませるという一点において、現実味がないというクレームは一切無視出来る。

 そういう意味でこの剣は、王道を行くロングソード。現実に持っていても違和感がない。きっと腕の良い職人が作り上げたのだろう。いつかお礼を言う機会があるとアリスは嬉しいです。

 モモイの向けて来るスマホのカメラに思い思いのポーズを取っていると、視界の端でユズが先生の袖を引いた。彼女はこちらを心配げに見遣り、

「これ、本当に切れちゃうんですよね……?」

「そこのデスクやソファーくらいは豆腐より簡単に両断するだろうね。とはいえ今は訓練用の展開なので、刃が接触する寸前にドックタグへと戻る設定になっている。心配は要らないよ」

「えっ」

 

     ●

 

 思わず、という声が聞こえてユズは振り向いた。

 見ればポーズを取っていたアリスが、こちらを見て動きを止めている。

 彼女はそのままモモイを見て、ミドリを見て、頷き合い、剣を逆手に持つと恐る恐る切っ先で床を小突いた。

 光と共に剣がドックタグに戻る。

 手の中に残った鎖を握り締め、膝をついたアリスは呆然と、絞り出すように、

「アリスの星の剣が……!!」

「心配ないとは言ったが本当にやる辺りさすがだね天童君!!」

 親指を立てた先生が再度訓練用で展開してくれて、悪いことしちゃったかな……、とユズは思った。半目で見てるケイちゃんはもうちょっと慣れた方が良いんじゃないかな、とも。

 

     ●

 

 曖昧な苦笑を浮かべつつも安堵したように胸を撫で下ろしたユズに手を振って、アリスはゆっくりと立ち上がった。

「ねえねえアリス、さっき星の剣って言ってたけど……」

「流星も彗星も星に纏わる名前だけど、そこから取ったの?」

「はい、それもありますけど……」

 一度言葉を切り、思い返すのはかつての戦い。満身創痍としか表現出来ない、絶望的な戦場の中。青の光と共に飛び込んで来た記憶は、何よりも鮮烈だ。そう、

「この剣は先生やアリス達のピンチに、まるで流れ星のように駆け付けてくれました!!」

 だから、

「星の剣、シューティングスターです!!」

 言うと、先生が噴き出した。何か変なことを言っただろうかと、若干の不安と共に視線を向けた先。先生は口元を押さえつつ、謝罪するように片手を立て、

「いや、すまない、……あまりにも出来過ぎていたものでね」

 何故なら、

「その剣の設計に関わったのも、星に縁の深い者なのだよ。故にその名を聞いたらきっと喜ぶだろうな、と。そう思ってね」

 そう口にする先生の笑みが、あまりに柔らかくて。だからアリスも満面の笑顔で応じ、

「ではその人に、ありがとうと伝えておいてください!! いつか直接お礼を言いに行きます、と!!」

「うむ、伝えておこう」

 笑みで頭を撫でられた。髪を梳くような心地好い感触に目を細めていると、ふと対照的な表情が目に留まる。

 ここまでずっと眉を寄せ、難しそうな顔をしているもう一人の己が。

「ケイ? どうかしましたか?」

「……いえ、まあ、我ながら心配性だとは思うのですが」

 吐息して、ケイが隣の大人を見上げた。

「ついテンション上がって力を引き出し過ぎて、一度この身体から離れる羽目になった私が言うのもアレですけど。……その剣を使って、アリスに危険はないんですよね?」

「そこについては何よりも優先して改修済みだよ」

 即応が来た。

「砂狼君達に預けている六番目で、生徒の実戦データは取れている。それらを元に天童君用にカスタマイズしていた訳だが、天童妹君の変化はさすがに想定外だったようでね。結果、天童妹君が望むだけの力を与え、……過剰出力から肉体にまでダメージを与えてしまった、と」

「つまりケイがやらかしたんだね!!」

「そうとも言うね!!」

 ケイが握った拳を振り上げると先生とモモイがダッシュで逃げた。三分後、補充用の茶菓子を持って帰って来るまでが一ターン。

 モモイとミドリが同時に付属のシールを開封し、レア度の高さで勝った負けたを議論しているのを横目に見つつ、先生が安心させるようにケイの頭を軽く叩いた。

「ともあれ初陣となる鋼鉄大陸で無茶苦茶やらかした分、十分な計測が出来た。天童君は元より、天童妹君の今の身体にも合わせた再調整を施してある。仮に超過駆動したとしても、以前のようなことにはならない。そこは絶対の保証をしよう」

 大丈夫だ。

「あの馬鹿共は度し難いレベルのキチガイ集団だが、己の役割は必ず果たす。その一点に関しては信用して良い」

 それは先生もなのでは、という感想は誰もが思いつつ口にしなかった。

 

     ●

 

 さて、と先生がタブレットを手に取った。

「説明続きで申し訳ないが、これから最も大事なことを伝えなければならん。……ほらそこ、才羽姉君、ムキになってシールだけ開封するのをやめて視線、視線こっち」

 言い訳しつつ手を止めないのでケイが無理矢理引きずって来た。

「あぁー!! 私のスーパーレアがー!!」

「レアシールが引きたいなら先生と買いに行きなさい。ほぼ確実に最上級レアを引けますよ。先生はダブりかコモンですが」

「天童妹君の言葉のナイフが鋭過ぎるね!?」

 うるさいです、とケイが適当に選んだウエハースを重力制御で先生に放った。流れるように開封したシールの柄を、全員で覗き込む。

 コモンだった。

 沈黙する先生を中央に置き、全員がケイに温度のない目を向ける。ややあって、両の手の平を立てたケイが顔を背け、

「……正直、悪いことをしたとは思います」

「いーけないんだーいけないんだー、せーんせーにいってやろー」

「そ、その先生がクリティカル食らってダウンしてる、けど……」

「せ、先生!! 元気出してください!! 私の引いたウルトラレアあげますから!!」

「大丈夫です先生!! 後でアリスの花丸シールを持って一緒に買いに行きましょう!!」

「すまない才羽妹君、天童君……、箱買いしてもウルトラレアを引けないダメな大人ですまない……」

「い、いつまでもいじけてないで話を進めてくださいよ!!」

「元凶が言うなぁ──!!」

 総ツッコミにケイがたじろいだ辺りで、ようやく先生が復帰した。

「……さて、いい加減真面目な話をしようか」

「誰のせ──」

 ツッコミを入れようとしたケイの口をモモイが塞いだ。話が進まなくなるからだ。そして先生は、こちらが手にしたままだった星の剣に視線を送ると姿勢を正し、

「では、連邦捜査部シャーレ顧問、葵・硝子がその権限を持って通達する。同部所属、総長連合第五特務、天童アリス君。──君にその武装を貸与する」

 一息。

「天童君がそんなことをするとは思っていないが、仮にコイツが生徒に向けられた場合、システム側が強制的にロックを掛ける。それこそ黒崎君でも突破不可能な、ウトナピシュティムの本船をダースで揃えて百年掛けても破れないレベルのセキュリティを、だ。ドックタグに戻り、私が解除手続きを進めるまで、何があっても機能しなくなる」

 つまり、

「以前アビドス砂漠でやり合った黒い預言者や、デカグラマトンのような埒外の存在。そういった相手にのみの使用を前提としている。……そもそもの話として、使用すること自体私の認証が必要だ。預けはするが、自由に使える訳ではない。そのことを念頭に置いておいてくれたまえ」

「Tes.!! アリス、勇者として、シャーレ第五特務として、これからも頑張ります!!」

 返す言葉は、思った以上に気負いのないものだった。

 力はそれを扱う者の心持ち次第。かつてエリドゥにおいて、彼女が自分を諭してくれた時の言葉だ。それを今一度認識した上で、改めて手の中にある剣を見る。

 これは、力だ。

 鋼鉄大陸という広大な土地をも一刀で割る、そんな馬鹿げたレベルの力。かつて箱舟への道を切り開いた巨大な光の剣に、勝るとも劣らない強大な力。

 それを託されたという意味を、理解出来ない程馬鹿ではない。

 皆を守る力。涙を拭い、哀しみを止め、失わせない為の力。

 そう在ろうと、幾度目かも分からぬ決意を抱いた。

 己が憧れた悪役(勇者)のように。

 真っ直ぐな視線を返すと、先生が口の端を緩めた。そのまま視線を横、ケイの方へとスライドさせ、

「引いては天童ケイ君、君に第五特務補佐の役職を預けたい。天童君のサポート役としても、また実力においても申し分ないだろう」

「──Tes.」

 ケイが応じ、胸に手を当て頭を下げた。

「リオやヒマリと同等か、それ以上の知識を持つのが私です。有事の際、役に立つことも多いでしょう。新参者ではありますが、全力を尽くします」

 Tes.、と先生が息を吐いた。肩の力を抜くように、自然な動きで頭を下げ、

「──感謝である」

 言い終えるや否や、拍手の音が三重に響いた。

「二人共おめでとー!!」

 満面の笑みで祝うモモイを始め、ミドリもユズも笑っている。

 自分がゲーム開発部に加わってから様々な事件を経験したが、こういった普段付き合いは全く変わらない。

 帰って来るべき居場所なのだと、理屈ではなく感情で理解出来る。

 戸惑ったように眉を寄せているケイも、遠からず分かるだろう。そう確信出来ることが嬉しくて、アリスもまた笑った。同時、先生が手を打って、注目を集め、

「それでは堅苦しいのはこの辺りにして、一つゲームをしようか」

 唐突なその一語に、全員が目を細めた。それを知ってか知らずか、先生は引き出しを漁りながら続ける。

「以前の鬼ごっこの時にも言ったと思うが、天童君はフィジカルの高さに反して技術的にまだまだ未熟な面がある。なのでその辺りを埋める訓練として、ちょっとしたゲームを用意した」

 それは、

「──モグラ叩きだ」

 

     ●

 

 ルールは至って単純明快。

「シャーレの演習場に、一辺二メートル四方の枠を縦横三マス、全部で九マス設定してある。中央に天童君が立ち、周囲八マスに出現するエネミーのホログラムを、制限時間内にどれだけ倒せるか。そういうゲームだよ」

 言って、先生が右手を振るった。宙に放られるのはリモコンに似たコントローラー。三つのそれは綺麗な放物線を描き、それぞれモモイ、ミドリ、そしてユズの手元へと至る。

「モグラ叩きとは言ったが、大上段から叩き切る必要はない。横薙ぎ袈裟切り刺突に峰打ちと何でもありだ。そしてホログラムの出現パターンとタイミングは、今三人に渡したコントローラーと連動している。目標は……、そうだね。今日は初回だし、三十秒で五十体としておこうか。天童君以外の三人が交代で三連戦。クリアボーナスはおやつの自家製焼きプリンがサイズアップ、という辺りでどうかね?」

 振り向くと、キャッチしたリモコンを眺めていた三人と目が合った。

 その目に闘志の炎が燃え上がっているのは言わずもがな。元よりゲーム大好きなゲーム開発部、先生のお手製プリンまで付くとなれば、やる気にならない訳がない。そんなアリスの内心を見越してか、先生がこちらに向けてカードキーを放り、

「私と天童妹君は役職者向けの軽い説明があるので、少し遅れて合流する。気にせず先に始めていてくれたまえ」

「Tes.!!」

 キャッチすると同時、四人で一斉に駆け出した。

 

     ●

 

「……それで、一体どうしたのかね?」

 我先にと飛び出す四人に手を振り見送ってから、先生がゆっくりとこちらに振り向いた。だからケイは、

「……まずは、ありがとうございます」

「その身体のことなら、気にする必要はないよ?」

「そっちの件もですが、上手く皆を別行動させてくれたことですよ。……アリス達がいる前で話すのも、躊躇われるので」

 こちらの用件をおおよそ悟った上でこう返して来るのだから、本当に食えない大人だ。

 胡散臭いこと極まりないが、信頼に値する人物であることも事実。現に彼女は立てた手の平を前後に振りつつ、

「念の為言っておくが、第五特務補佐の件は本気だからね?」

「分かってますよ。……あまり遅くなってもいけませんし、本題に入りましょうか」

 吐息。これから口にする内容は、ともすれば彼女の地雷を踏み抜くことになりかねないが、それを理解した上で問うておく必要がある。

「先生。……貴女は、一体何者なんですか」

 それは要領を得ないようでいて、しかしシンプルな問いだった。

 かつて古聖堂に撃ち込まれた巡航ミサイル、秤アツコが付けていた仮面、トキやアリスの纏ったアビ・エシュフ、アビドスの火種となった列車砲シェマタ、そしてシッテムの箱とクラフトチェンバー。キヴォトスには幾つかのオーバーテクノロジーが存在し、その中には名もなき神々の遺産と呼ばれるものも含まれている。

 ……でも、あの剣は違う。

 今のキヴォトスどころか、かつての技術すら総動員したところで足元にも及ばない代物。それこそアトラ・ハシースの箱舟や、ウトナピシュティムの本船と同等か、それ以上の技術で作られている。

 ドックタグから剣への形状変化は、プロトコル:アトラ・ハシースと同じ物質変換かつ質量を無視したもの。

 動力源は神秘や恐怖、そして名もなき神々の力。そして担い手の神性や実力、何より感情と意思に反応し出力を跳ね上げる。

 デカグラマトンとの決戦でケイが振るった際には、光の刃を全長五百メートルまで伸ばし鋼鉄大陸の二割程を一発で割った。

 あの一件以降アリスの神秘が弱まったとはいえ、完全開放すれば望むままに事象を書き換えることすら出来るかもしれない。

 連邦生徒会長のいない今、キヴォトスのあらゆる情報に最も精通していると言える己の、断片的な見立てですらこのレベルだ。

 しかも先の口ぶりだと、先生はあの剣の製作者と知己のようだった。

 事情があるにしてもシロコ達にも似た武装を貸与していて、つまりワンオフではなく複数の製作、事によっては量産さえ可能かもしれない。

 ……リオが聞いたら卒倒しかねませんよ?

 名もなき神々の遺産に最も詳しいリオの手掛けたアビ・エシュフは、ユズの作戦とC&Cの死闘で辛うじて打ち負かせた。

 エリドゥのサポートがなかったとはいえ、そのアビ・エシュフを纏うトキをマルクトは事も無げに一蹴して見せた。

 そんなマルクトですら抵抗を諦め、己を生贄とすることを是とし、自分達を完敗に追い込んだデカグラマトン。

 そのデカグラマトンを相手に、三つ子の「反抗期」より先に攻撃を通したのが、あの剣だ。

 神そのものと言って良いあの相手に刃が通るなら、神殺しの概念が付加されているとしか思えない。

 そんな代物を、茶菓子でも与えるようなノリで預ける馬鹿がどこにいる。

 いくら外の存在で、大人であるとしても、異常だと言う外ない。

 キチガイは置いておいても、これまで得体の知れない面や不可解な面、底知れない面は幾度か見て来た。だが今回のこれについては、あまりにも質が違う。話を聞いている限り、彼女の協力者はこちらに好意的なようだが、政治的な判断やその他の理由からそれがいつ覆されるのかも分からない。

 だからこそこれはアリスやゲーム開発部ではなく、自分が問うておかねばならないこと。

 真剣な眼差しを向けた先、先生が肩を竦めた。普段と変わらず、煙に巻くように、両の手を肩の高さまで持ち上げて、

「私は私だよ。連邦捜査部シャーレ顧問、葵・硝子。悪役を任ずるしがない先生だ。何なら明星君らしく美辞麗句で飾り立てた自己紹介でも披露しようか?」

「ふざけないでください……!!」

 気が付けば大声と共に詰め寄っていた。

 

     ●

 

 どうにもこの人を前にすると感情的になってしまうと、頭のどこか冷静な部分でケイは思った。

 眼前、先生が浅く首を傾けて真っ直ぐにこちらを見ている。向こうはケイと比べ三十センチ近く背が高い長身だ。自然、生徒達の顔の位置は低くなりがちだが、思えばこの人はいつもこうだった。

 屈んで高さを合わせたり、角度調整として首を動かすことはあっても、見下ろしたことは一度もない。

 回りくどいどころか、紆余曲折という四字熟語が霞んで見えるくらいヒネた振る舞いをしつつも、彼女はいつだって真っ直ぐ目の前の相手を見ていた。

 だからこそ、憤る。

 正直に言ってしまえば、先生が本当は何者かなど、ケイにとってはどうでもいいのだ。

 彼女は神でも救世主でもない。自分に出来る範囲のことを、全力で遂げようとしているだけの人間だ。アリスのことを抜きにしても、その一点だけで絶対の信を置くことが出来る。例え彼女が元の世界において王族や罪人だったとしても、ケイはこれまでと変わらず一片の疑いもなく信じ抜くだろう。

 だがそれ故に、彼女が裏で何をしているのかも想像出来てしまうのだ。だから、先生のジャケットを掴むようにして、

「また危ないことに首を突っ込んでいるんじゃないんですか……!?」

 かつてもう一人の先生が従える箱舟への道を切り開く際、ケイは己を犠牲にした。

 それはアリスを救う為であり、そうしていなければアリスが消えるか、或いはキヴォトスが滅ぶという未来しかなく、結果として今無事なのだから、最善の手だったと言える。

 だが、それはあくまで遺す側の視点であり。遺される側からすれば、何一つ許容出来ない最悪の選択肢だ。

 だから、仮にもう一度同じ事態に直面した場合、同じ選択は絶対にしないと断言出来る。

 誰一人犠牲にならない最良の選択をする為に、限界まで抗うと誓うことが出来る。

 何故なら己はもう、知ってしまった。

 自分の大事に思う人が、自分達を生かす為とはいえ、何の躊躇いもなく自身を犠牲にする姿を見てしまった。

 知識として知ってはいた。もう一人のシロコを生かす為に、脱出手段のない箱舟に残ることを選んだと。

 何を馬鹿な、と思ったものだ。本人の性格や矜持を鑑みれば予測の範疇ではあるが、本当にやる馬鹿がどこにいるのかと。

 だが実際に我が身の出来事として降り掛かってみれば、想像を絶する程の恐怖だった。

 自分だってギリギリの癖に。前に出て、反撃の機を掴む為、交渉や挑発などあらゆる手を尽くして。

 なのに自分は、指一本動かすことさえ出来ず。

 彼女から零れた赤が、己の手を浸して行くのを見ていることしか出来なかった。

 今でもまだ覚えていて、時たま夢に見て跳ね起きる程に、忘れ難い記憶となっている。

「散歩にでも行くように死地に飛び込んで、何食わぬ顔で命を削って!! 失わせないと叫んでおきながら、その貴女が一番失われやすい身だということくらい分かっているでしょう!?」

 もう一人のシロコの世界においても、先生の昏睡から全てが瓦解した。

 ならば今回の一件とて、一歩間違えればそうなっていたとしても何らおかしくはなかったのだ。

 事の顛末を聞いたもう一人のシロコは勿論、ホシノやヒナも数日セミになって先生から離れなかった。トラウマとなっているこの辺りの面々はともかく、ユウカやノア、他の自称部員達も、心配や安堵から様々な感情を露わにしていて。

 知っていたつもりで、しかし理解出来ていたとは到底言えなかった。

 かつての己もまた、これと同じことを彼女や皆に対してしたのだと。

「私は……!! 先生に傷付いて欲しくない!! 危険な目に遭って欲しくないんです……!!」

 言う言葉は本心だ。しかしケイは、それが叶わないことを知っている。

 先生という役目に対して、文字通り自身の全てを賭しているのが葵・硝子という人間だ。大人のカードを用い己の可能性を支払ったのも、一度や二度の出来事ではない。

 奇行からキチガイ扱いされる彼女だが、その本質は「先生」であることにどこまでも狂っている。我が身可愛さに助けを求めている生徒を見捨てるようなことがあれば、それは彼女の在り方を完全否定するもの。

 ケイの願いは、そんな「先生」としての葵・硝子が死ぬことと同義だ。

 何て偽善。押し付けがましい上に相手の感情を慮っていない。それでも願わずにはいられない、矛盾した衝動が胸の内で燻っている。

 星の剣が間に合わなかったら。

 三つ子の「反抗期」が遅ければ。

 銃弾一つで生死の境を彷徨うこの大人は、確実にこの世の存在ではなくなっていた。

 そんなもしもの未来を思うだけで、この身は容易く震えを得る。

 視界は滲み、呼吸は荒れ、触れた感触が夢幻ではないと確かめたくなる。

 そんな己を俯瞰して、思うのは一つの厳然たる事実。

 出自故に長い時を過ごしただけで、結局は自分も子供でしかないのだと。

 子供扱いするななど、どの口で言えたものか。情けない。俯き、零れる涙を堪えようとして、

「……天童妹君、一つ良いだろうか」

 頭に、温かな手が乗った。

 面を上げれば、そのまま頬に触れられた。目尻を拭い、雫を払って、

「鋼鉄大陸ではそれどころではなかったし、帰還以後も編入手続きやらボディの修復手配、十文字君達の処遇など何かと多忙だったもので、すっかり失念していたのだが」

 首を傾げつつ彼女は言った。

「ぶっちゃけ私、天童妹君に慕われる要素が微塵もなくないかね?」

 

     ●

 

「……は?」

 過去一低い声が出た。

 完全に据わった目でケイが見る先、キチガイは腕を組むと不思議そうに首を傾げ、

「鋼鉄大陸での記録を纏める際、改めてゲーム開発部との出会いからエリドゥの一件に至り色彩戦まで見直してみたのだが……、今更のように一つの気付きを得たのだよ」

 それは、

「調月君と明星君が天童妹君を蘇らせるまで、私達はロクに言葉も交わしていなかったのだな、と」

 この女、私にとって最も大事なやり取りをロクに言葉も交わしてない判定しやがりましたよ。

 いやまあ、確かに彼女からすれば、アリスを諭した言葉から続けての派生だから、明確にこちらと一対一で会話したとは言い切れない面もあるのだが、大事なのはそういうことではなく。

「当時の天童妹君からすれば、私は君の目的を阻害し、天童君を君の望まぬ方へ進ませた挙句、もう一人の私の本陣へ乗り込む為知らぬまま危険な橋を渡らせたとんでもない悪印象の塊ではないかね? 実際その代償として長い眠りに就かせた挙句、調月君謹製の愉快なボディに収まることとなったのだから」

 最後については全く以てその通りだが、そうじゃないでしょう色々と。

 色に例えるなら黒とか赤とか、そういう感情がゲージを超えて溜まって行くのを自覚しつつ、ケイは深く息を吸った。最後に残った冷静な部分で、薄々答えが分かっている問いを、確認の為に目の前の狂人へ投げ掛ける。

「……アリスへの色々や、私に便宜を図ってくれた件については、どういう考えで?」

「どうと言われても、先生として生徒を助けるのは当然だろう。天童妹君に新しいボディを用意したのも、今のその身体の為に諸々の調整を図ったのも、世界を救ったことを考えれば正当な対価だと思うが? 私が天童妹君に感謝こそすれ、天童妹君が私に恩を感じる必要は全くないよ?」

 腰の入った手刀をブチ込んだ。

 

     ●

 

「あああああああもう!! ああもう!! これだから先生は!! 本当に!! 本ッ当にそういうところですよ!!」

「何が気に障ったのか皆目見当もつかないがひとまず落ち着きたまえ天童妹君」

 収まりがつかないので追加で十回くらい手刀を叩き込んでからケイは離れた。気の立った猫のような荒れた息を整えつつ、

「何なんですか!? 本気で何なんですか!? 何で緊急事態や馬鹿やる時は信じられない程頭が回る癖にこういう時に限ってクソボケなんですか!?」

「はははははさすがの私も面と向かってクソボケと言われるのは初めての経験だね。おめでとう天童妹君、私のクソボケ処女は君のものだ」

 膝蹴りをブチ込んだ。

 

     ●

 

「ま、待ちたまえ天童妹君!! 段々手加減のタガが外れて来ていないかね!?」

「誰のせいですか誰の!!」

 我慢の限界だったので追加で三回程蹴飛ばして床を転がしてからケイは離れた。フルマラソンを全力疾走したような荒れた息を整えつつ、

「先生と出会って以降、私の人生は忍耐力の限界を試されてばかりの毎日なんですけど!?」

「ストレスかね? それは良くない。私で良ければ相談に乗るよ?」

 無言で足を振り上げると馬鹿が這って逃げ出した。深々と溜め息をつきながらそれを見送り、ケイは一つの事実を思い出す。

 そうだった。この大人、自分の最も近くにいた妹の尊敬や敬愛を、当時全く理解出来ていなかったくらいには好意に対して鈍感なのだ。

 なまじそういった過去がある分、容姿や才覚についてはともかく、人格や情緒面に対する自己評価が死ぬ程低い。

 そんな自分に好意が寄せられることなど有り得ないだろうと、そういう認識がデフォルトになっている。

 シロコのような押せ押せアピールや、ミカくらい分かりやすいならともかく。まだ付き合いの長くない上に、一度失わせてしまった負い目のあるケイについては、距離感を測りかねているのかもしれない。

 ……いえ別に好きでも何でもないですけどね!?

 誰にともなく言い訳してしまい思わず嘆息。心の中でくらい素直でも良いとは思うのだが、性格というものはそう簡単に変わらない。どうしてこんな面倒くさい気質になってしまったのか。いやまあ、目の前のキチガイに比べればまだマシな方だと思いたいが、そのキチガイに泣かされている時点でもうダメかもしれず。

 思わず黄昏れて窓の外を見ていると、身を起こしたキチガイが戻って来た。服の裾を叩いて埃を払いつつ、

「まあ、何だ。話を戻して答えるが、心配は無用だよ天童妹君。私が傷付くことで哀しみを得る者がいるということは、君に限らず口を酸っぱくして言われたのでね」

 頭を撫でられた。こちらの不安を払うように、荒っぽく強めに掻き回され、

「君の言う危ないことへのカウンターとして、馬鹿共が寄越したのがあの剣だ。私がキヴォトスで戦っているのと同様に、馬鹿連中も抵抗を止めていない。そしてこの世界に生きる君達生徒が諦めないのなら、道はどうとでも拓けるよ。救いは容易にやってこないが、望んで動けば奇跡は起こせる」

 世の中そんなものらしいからね、と先生は苦笑した。

「私の身についても、即死さえしなければどうにかなる。シャーレの地下には馬鹿連中が運び込んだ色々が設置されていて、その中には治療系のものも含まれていてね。エデン条約で負った銃創も、綺麗サッパリなくなるレベルの理不尽具合だ。アロ……、シッテムの箱の防護加護もある。滅多なことにはならないと、私はそう思っているよ」

 それに、

「もし危険な目に遭ったとしても、天童妹君が守ってくれるのだろう?」

 あっけらかんと言われ、思わず肩の力が抜けた。脱力し、先生の身体にもたれかかる形になり、しかし一応言うだけ言っておく。

「……答えを聞いてもいないのに、信じ切ってるのはどこの馬鹿ですか」

「それは当然、信じているからね。生徒を守るのは私の責務だが、同様に私を守り、寄り添おうとしてくれる物好きな生徒もいる。……砂狼君や和泉元君のおかげで、最近ようやくその辺り確信出来るようになってね」

 遅過ぎます、と言ってはみるが口だけだ。先生の胸元に押し付けた自分の顔が、緩み切っていることなど鏡を見なくても分かる。

 ……全く……。

 分かっているのだ。確かにこのキチガイは時たまクソボケだが、決して単なる馬鹿ではない。

 湿っぽくなった雰囲気を切り替える為とはいえ、やり方は無茶苦茶で。だがこちらも言いたいことを言えて発散出来たし、欲しかった答えもきちんと返してくれた。

 本当に、キチガイでさえなければ聖人と言って良いのに、どうしてこう悪役ムーブに走るのか。

「とはいえ、君達が私を守ることは義務でも責務でもない。その礼については追々、ということで勘弁してくれたまえ」

 笑ってこちらの頭を叩く先生に、馬鹿、と小さく零す。礼を求めるものではないと分かっていない時点で、完全に的外れだ。それに何より、

「……とっくの昔に、返しきれないくらいもらってますから」

 ゲーム開発部の皆は、ケイという一個人としてこちらを認めてくれた。

 元々は読み間違いから生まれた名前。侍女でも鍵でもない、しかし自分自身を表す言葉。

 大事な名前だ。アリスの存在と同等に、自分にとって大事なもの。

 だが、覚えていることがある。

 今の名前が定着する前。敵対していた時点ですら、同じ様にこちらを認めてくれていた馬鹿がいた。

 単なるアリスの縁者として、天童妹とこの身を呼んでくれたのは、彼女だけなのだから。

 リオとヒマリがこちらを蘇らせる時も、アリスと先生の言葉が標となり、現世へと連れ戻してくれた。

 アリスの対。それ故の今の外見だ。だがこの白く長い髪にはきっと、彼女のイメージも組み込まれている。

 生きることを諦めず、失わせない未来の為に抵抗する。そんなケイの生き方も、彼女に教わったものだから。

「天童妹君、顔を埋めてモゴモゴ言われても聞き取れないのだが」

「二度と言いません」

 一度顔を離し、そう口にしてから再度身を寄せる。今度は顔を埋めず、頬擦りするように横向きで体重を預ける。

 廊下からこちらを見ているゲーム開発部と目が合った。

 動きを止めるこちらの眼前、ノリノリなモモイとアリス、半目のミドリと苦笑いしているユズが両の指でこちらを指し、

「ヒュウウウウウウ──」

 人生史上五指に入るレベルのダメージを食らった。

「……おや、もうノルマ達成かね? まだ飛び出して五分と経っていないが」

 やや遅れて事態に気付いた先生が、呑気に手を上げて四人に挨拶。合わせて執務室内に入って来た面々の内、ミドリが姉を指し示し、

「お姉ちゃんがスッ転んでアリスちゃんを巻き込んだ結果、星の剣がドックタグに戻ってしまって……」

「そ、それで、ついでだから二人を待とう、という流れに……」

 視界の端、ユズが両手を合わせて謝罪の意を伝えて来ているが、もはやそれどころではない。既にモモイがこちらの周囲を回りつつ下から見上げるようにして、

「いやー、役職者の話って随分密着する必要があるんだなー」

「一応身体のスパンは把握しているので、抱き締めるだけである程度の採寸は出来るよ?」

「お、思わぬところでまた先生の無駄なスキルが明らかに!!」

「フフフ当然だよ才羽姉君、何しろ私は出来る大人……!!」

 親指立てて笑ってるこのキチガイは、自分が当事者だという自覚があるのだろうか。

「それはさておき天童君、怪我はないかね? 才羽姉君は見る限り普段と変わらず健康優良児のようだが」

「はい、モモイと団子になって転がっただけでダメージはありません!! 仮にHPが減っていても大丈夫です!! だって──」

 と、アリスが眩い笑顔でこちらを見て、

「──先生とケイが仲良しで、アリスはとっても嬉しいですから!!」

 その一言で、ギリギリのところで堪えていた何かが決壊した。

「……せ」

「せ?」

 首を傾げながら問い返して来る先生を、己は勢い良く振り仰ぎ、

「先生を殺して私も死にます!!」

 握った拳で胸を叩く。ポカポカ叩く。胸部装甲が完全に衝撃を緩和するどころか弾性を以て弾き返して来ることに別種の苛立ちが湧きもするが、そんな己を見た先生は深く頷いて、

「つまり私が殺されなければ天童妹君も死なずに済む訳か。ならば意地でも生き残らねばならんな」

「な、なっ……!?」

 思わぬカウンターに動きが止まった。のみならず、馬鹿はこちらの肩に手を置くと真剣な眼差しで、

「一度のみならず二度までも天童妹君を失わせてしまえば、もう一人の私に会わせる顔がない。全身全霊を以て天童妹君を守り抜くとも」

 何でそんな恥ずかしい台詞を人の目がある中平然と口に出来るんですかこのクソボケは。

 頬どころか顔全体が急速に熱を得て行く中、しかし事態は止まらない。ゲーム開発部の面々が、次々にこちらへと、

「ケイも先生もいなくなったら、アリスはとても哀しいです……」

「ところで前々から思ってたんだけど、ケイちゃんのそれって遠回しなプロポーズ?」

「……ミドリや、心中のセリフを告白と捉える感性にお姉ちゃんはビックリだよ」

「え、えと、ごめんね……? お話終わるまで席外す、ね……?」

「うがあああああ!!」

 クッションを頭から被りながら、ソファーへと突っ伏した。

 この大人には一生勝てまいと、心底本気で思いながら。

 

     ●

 

「私だ」

『あ、硝子さん? 久しぶり、元気にやってる?』

「おかげさまで充実の毎日だとも。……例の武装、助かった」

『うん、間に合ったみたいで良かった。奏ちゃんにもお礼言っておいてね?』

「あの性悪AIに頭を下げるのも癪だな……。世界の壁を抜いて、戦場のド真ん中にコンマ以下の誤差で神格武装を砲撃配送する辺り、有能なのは事実だが」

『照準術式を改修した担当を考えると全然驚かないかな……。でも、あんまり嫌わないであげてね? 奏ちゃん、難しいところもあるけどすごく良い人だから』

「知っているよ。人格についてのコメントは避けるが。私はああならないよう、自分に素直に生きて行こうと強く思ったものだ……」

『えーと……、コメントはしないでおくね』

「何だその間は一体。……ああ、それとあの剣だがね。早速天童君が名前を付けていたよ」

『気に入ってもらえたんだ、良かったあ』

「目を輝かせっぱなしだったとも。それで、こう呼んでいたよ。流れ星のように助けに来てくれたからシューティングスター、と」

『────』

「因果なものだね。君の愛剣をベースに作られた剣が、君の二つ名で呼ばれるのだから」

『私はコンセプトの提示とテストをしただけで、実際に作ったのはお兄ちゃんだけどね。……だけど、うん、嬉しい』

「眩しいばかりの真っ直ぐさは君とそっくりだな。それと、礼と共に伝言も預かっているよ。いつか直接礼を言いに行く、と」

『……うん。楽しみに待ってる、って伝えておいて』

「承ろう。……ところで後ろ、何かやたら騒がしいようだが」

『え? ……あ、お兄ちゃんが両手両足で四画面四キャラ操作とか無茶やってる』

「途中経過スッ飛ばすとビジュアル面が最強なのは姉同様かあの馬鹿は。……まあいい、死なない程度に働けと罵っておいてくれ」

『あはは……、一応伝えておくね。そっちもお仕事頑張って』

「Tes.、言われるまでもない。他の馬鹿共にもよろしく頼む」

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