グラスアーカイブ   作:外神恭介

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わ、私は一体何を……!?

 ナギサは、上機嫌だった。

 鼻歌交じりに紅茶を淹れる身は、シャーレ執務室併設の給湯室。自称部員の常連達の私物スペース内、己の棚から取り出した茶葉のストックは山海経の高級品で、夏のバカンスでも使用した思い出の味だ。そんな特別な品を出す理由は、今のテンションに直結するもので、

 ……まさか、先生と二人きりの時間を得られるなんて。

 基本的に無人という概念が存在しない賑やかな場所であるシャーレも、極々稀にそのような状況は生じる。自称部員とて本来の所属団体に類する活動があり、役職持ちはシャーレの業務に駆り出される頻度も高いのだ。最近では仕事を貰うというより分捕るという表現の方が近い時間帯もあるが、月六百時間などというフザけた労働に勤しむ大人相手にはそのくらいで良いだろう。

 そういった事情で来客もナギサ以外になく、ミカを含めた役職持ちも全員出払っている。トリニティ内の問題について意見を仰ごうと会合のアポを取り付けた時には、こんなことになるとは思ってもみなかった。昨夜ミネやサクラコを交え遅くまで議論した意味もあるというもの。

 ……勤勉であった報奨、と考えるのは少々浮かれ過ぎでしょうか。

 内心で窘めてはみるものの、翼が揺れている辺り本心は雄弁だ。いけません桐藤ナギサ。確かにシャーレや先生の傍は肩肘張らず落ち着ける憩いの場ではありますが、今はトリニティの代表としての訪問、私情に現を抜かす姿を見せる訳には行きません。内心がどうあれ公的な立場で毅然と優雅に振る舞わなければ。

 よし、と気を引き締め直し、温めたミルクに紅茶を注いで行く。茶葉のみならず、ミルクの方も乳脂肪分高めな拘りの品。温度調整も完璧、持参した菓子折りに合うこと請け合いだ。こちらの嗜好が隠しきれていないチョイスだが、先生は好き嫌いがないので有り難い。

 ……ええ、同席者が一人増えるだけでも、考えることが増えますからね。

 趣味嗜好はまだしも、味覚の好みまで完全に同一な人間など存在しない。それ故夏のバカンスではミルクが先か紅茶が先かで護衛役のハスミと熱弁したものだが、飛び火を恐れミカ達が退避しようとする中、

「ならどちらも淹れれば良いだけの話ではないかね? 手間暇惜しまぬのが粋というものだよ」

 などと平然と宣い、慣れた手付きで紅茶を用意し始めた先生はやはりちょっとおかしいと思う。聞けば師の中に喫茶店の娘がいたらしく、その辺りも仕込まれているとかで、普段のコーヒーや紅茶の絶品っぷりに説明が付いた形だ。派閥の違いとはいえ自分で用意した紅茶と比べられる羽目になったハスミには悪いことをしたが、

 ……それすらも、楽しい思い出の一つですね。

 機会があればまたあの面々や、他の友人達とそういう場を設けられれば良い。その為にもまずは仕事だ。

 準備を終えたカップ類を盆に載せ、執務室の方へと向かう。応接用のテーブルセットで、ナギサの持ち込んだ書類を纏めている姿に、

「先生、お待たせしました」

 声を掛けると、青の瞳がこちらを見た。集中していたのか、一瞬の間を置いてから納得したように表情を緩め、机上のスペースを空ける。

「すまないね桐藤君。客人に茶の用意をさせるなど、シャーレの主としてお恥ずかしい限りだ」

「いえ、ご多忙なところ時間を割いていただいたのですから、このくらいは」

 笑みで応じ、テーブルに盆を置いた。カップの乗ったソーサーとクッキーの皿を配膳し、対面に腰掛ける。ソーサーを手に取り、しかしカップに手を掛けたところで止め、

「相談を持ち掛けた側が言うのもなんですが、もう少し生徒の皆さんを頼っても良いと思いますよ? ミカさんから昨夜も遅くまで執務室に篭っていたと聞いていますし……」

「であれば桐藤君ももっと己の業務を周囲に割り振るべきだと思うがね」

 正論でカウンターされては返す言葉もない。苦笑で言う辺り自覚はあるのだろう。世話になっている側であるナギサとしては、それ以上を言う権利はない。

 以前ミネを呼んだ件が効いたのか、比較的という前置き付きだが仕事のペースは落としている。その分役職持ちに皺寄せが行ってしまっているが、各々担当分野では相当な実力者達だ。どうにでもするだろうと、そのくらいの信頼はある。

 ……代表委員長の任を預けられたキサキさんが、随分と辣腕を振るっているようで。

 彼女もまた山海経のトップである為常日頃からとは行かないが、度々姿を見せ生徒会を補佐している。本来のトップであるシロコやホシノより既にある程度の知見があるユウカやアヤネの方が色々学んでいるのが気に掛かるところだが、その辺りは先生が上手くやるだろう。聞くところによると茶道を好むらしいので、いつか相席してみたいものだ。

 そんないつかを想像しつつ、カップを口元に運ぶ。気合いを入れて臨んだだけあり会心の出来だ。香りも味も過去最高級。これなら先生の反応も上々だろうと、酷く冷静にウキウキしながら前を見た。対面、カップを手にした先生は立ち上る香りに眉を上げ、

「あの時の茶葉か。比率はアレンジかね?」

「はい、以前淹れていただいたものを参考に、私なりに追求してみました」

 先生の異常な多才ぶりは承知の上だが、こちらも紅茶には拘りがある。そんな子供染みた対抗心から研究を重ね、どうにか編み出したのが今回のレシピだ。成程、と感心したように頷く姿を見る限り、反応は悪くない。

 内心で拳を握ると同時、先生が動いた。改めてカップを顔に近付け、口が薄く開き、

「────」

 口を付けようとしたまさにその瞬間、シンプルなベルの音が鳴り響いた。

 失敬、と目礼した先生がカップを置き、懐からスマホを取り出す。画面を見もせず耳元に当て、

「私だ」

 応じたのは爆発音だった。それもスピーカー越しではなく窓の外、比較的近い位置から。思わず振り向いた先を先生も一瞥し、聞こえる声に頷いて、 

「承知した。すぐに向かう。相手の戦力によっては無理せず引き撃ちで遅滞を重ねるように。地理的にヴァルキューレも遠からず駆け付ける、時間を掛ければ有利なのはこちらだということを念頭に、時間稼ぎをメインにしたまえ」

 では、と通話を切った先生が立ち上がる。タブレットを腰のケースに収めつつ、

「すまない。どうやら近場のケーキ屋で限定メニューを巡った暴動が起きたそうだ。チョイとシメて来るので気楽に留守番でもしていてくれたまえ。……ああ、そちらの山の書類は確認が終わったので持ち帰ってもらって問題ないよ」

 心の内に苦いものを覚えたが、ナギサはそれを表に出さないよう努めた。

 類稀な幸運で実現した二人きりの時間。しかしそれは公務であり、決して私情を優先すべき場ではない。いくらキヴォトスの住民が頑丈とはいえ、怪我をしない訳ではないのだから。

 何より、助けを求める生徒を放置し己と茶会に耽る彼女など見たくない。

 頼めば応えてくれるかもしれないが、心から楽しめる場にはならないだろう。

 だから、己の感情を押し込めて、気にしていないという笑みを作り、

「分かりました。お気を付けて」

「Tes.、三十分もあれば戻って来る。心配は無用だよ」

 弾薬や治療キットを纏めたバッグを肩に担いつつ、先生がカップを手に取る。あ、と声を上げるより早く、彼女はそれを一息に流し込んだ。

 一気飲む。

 吐息と共にカップを置いた。そのまま呆気に取られているこちらを見ると、

「ミルクインファーストの場合、茶葉は風味が強いものが好まれる。それは翻って言えば自己主張が強いということであり、ともすれば調和の取れていない味わいとなる難しい一面もある。故に扱う者次第で評価が割れやすい」

 だが、

「上手く扱えれば個性として昇華出来る、ということだ。そういう意味でもこの紅茶は良い出来だったよ。偏に桐藤君の手腕だ、誇るべき仕上がりだとも」

 言って、先生は笑みを苦笑に変えた。

「一息にいただく無礼は承知の上だ。だが口を付けもしないのもまた失礼だろう。ゆっくり味わえないのは遺憾の極みだが……」

 頭を下げ、

「機会があればまた振る舞ってくれるとありがたい。それとは別で、この埋め合わせは後に必ず。ごちそうさま」

 そう言い残し、クッキーを三つ程摘まんだ彼女は颯爽とした足取りで去って行った。無言で見送る形となったナギサは、ややあって苦笑を零し、

「……本当に、意地の悪い人」

 こちらの秘めた感情に応じ、しかし礼の一つも言わせてくれないのだから。

 気にするなということなのだろうが、彼女の抱える負担に何も思わずいられるなら苦労はない。先日だってユウカに正座で説教された後仮眠室に叩き込まれていた身だ。小娘一人の取るに足らない感傷など無視するのが正しいだろうに。

 ……正しくなくとも、間違ってはいない、でしたか。

 悪役を謳う彼女のモットー。その捻くれた真っ直ぐさに再度の苦笑を零しつつ、ナギサは執務用のデスクの上を見た。未処理のトレイには山と見紛う量の書類が積まれており、

「さて」

 三分の一程を手に取り、応接デスクに置いた。

 政治における成功とは、互いの均衡的上昇だ。一人だけ大勝ちして権益を得れば、損を被った相手から包囲網を組まれ袋叩きに遭う。自分と相手、双方が共に得することが、保身と成功に繋がる最善手となる。

 少なくともあの大人は、生徒に対し常にそうして来た。

 ……ならば、私がシャーレの業務を手伝っても不思議ではありませんね?

 ナギサは恩を返すことが出来るし、先生も負担が減る。どちらにとっても有益な、政治的にも理想的な解決だ。最近はシャーレに出入りする頻度も増えていて、書類の扱いには心得もある。

 理論武装は完璧。

 紅茶を口に含み、上がったテンションを集中力へと転化。自分で処理しても問題なさそうな案件から、手早く対応を進めて行く。

 多忙な中、些細な行動でも、こちらの意を汲み最大限に応じてくれたのだから、

「拗ねている場合ではありませんね」

 

     ●

 

 拗ねた。

 宣言通り三十分で戻って来た先生は、こちらの処理した書類を見て労ってくれた。礼代わりに試作中のタルトを振る舞ってくれるとのことで、出来上がりまでの時間を非常に楽しみにしつつ、本題であるトリニティの案件やシャーレの業務を捌いていたのだが、

「先生、温泉開発部がミレニアム外縁で活動を開始したらしいの。ユウカもノアも不在だから、調月リオか美甘ネルに取り次ぎを頼めるかしら」

 とか、

「主殿ー!! ミヤコ殿からのお届け物です!! 正義実現委員会との演習記録だそうで!!」

 とか、

「先生、ちびシロコより大物が釣れたからお裾分けに来たよ。ん、キッチン借りるね」

 とか、概ねそのような流れで席を外したり関係各所に連絡したりと、なかなか二人きりになれない。最後の一人は経緯を思えば日常を満喫しているということなのだろうが、よくよく考えると元が先生同様自由人なので大差ない気もする。まあいい。良くない。どっちですか。

 ともあれ横槍の頻度こそ高いが、仕事の方は順調そのもの。やはりフラストレーションの発散先は仕事に限る。書類の山がみるみる消えるし、先生のタスクも減って良いこと尽くしだ。先生の淹れ直してくれた紅茶も美味しく、文句など何もない。ええ、ありませんとも。

「桐藤君? 何やら凄まじい圧を感じるのだが、怒りの感情を持て余してはいないかね?」

「怒ってません」

 そう。怒ってはいない。拗ねているだけで。

 アポありその上公務だ。ナギサの案件が最優先ということは、先生の態度を見ていて分かる。だが、だからと言って顔を出す生徒達を無下に出来るような大人ではないのもまた事実。会話が弾んでいても、心地の好い沈黙があっても、乱入がある度に雰囲気がリセットされるのだからいじけたくもなる。

 以前はこうではなかった。ティーパーティーの代表という責務から、本心を偽り振る舞うなど日常茶飯事で、それこそミカやセイア、ヒフミが絡まなければ本心を見せることはなかった。だが夏のバカンスを終えてから、どうにもその辺り箍が緩くなっている気がする。もう三年生なのだ、昔のようなお転婆という訳にも、

「せんせーたっだいまー!!」

 現役お転婆娘が満面の笑みで駆け込んで来た。

「おや、聖園君? 確か今日は早瀬君の依頼で、小鳥遊君と共に違法ドローン群の破壊作業では?」

「うん、じゃないやTes.、最後の大型がユウカちゃんに怪我させようとしたからちょっと本気でシメたら予定時間大幅に縮んじゃった」

 一瞬動きが止まった。周囲の建造物などに被害を出していないか戦々恐々のナギサに対し、

「ははは、聖園君は友達思いだなあ」

「そ、そうかな? まあ、これでも副長だし? みんなを守るのがお仕事だもんね?」

 いかん、自由人が暫定保護者になったせいか幼馴染のアバウトぶりが増している気がする。緩み切った照れ笑いの表情が微笑ましくもあり、若干羨ましくもある。

「あ、それでね? この後ホシノちゃん達とお茶することになったから、お昼要らないよーって。一度シャワーと着替えの為に解散したから、直接知らせに来たんだ」

「うむ、承知した。楽しんで来たまえ。このパターンだと報告書は合流前に早瀬君が提出するだろうから、そちらは気にしなくて良い。ただ──」

 一度言葉を切った先生が、手を伸ばしミカの髪に触れた。ここまで走って来たせいか、或いは仕事故か解れた髪を手櫛で軽く整え、

「気が急くのも分かるが、余裕を持って行動したまえ。折角整えても乱れてしまうからね」

 苦笑と共に軽く頭を叩かれ、ミカが一瞬の間を置いてから破顔した。それはもう傍から見てモロバレなくらいのハイテンションで、踵を返すと手を目一杯振りながら、

「それじゃあ行って来まーす!! あ、ナギちゃんも先生もお仕事頑張ってね!!」

「うむ、気を付けて行って来たまえ」

 忠告が耳に入っていなかったような全力ダッシュで去って行くミカを、先生が手を振って見送った。そこまでを見届けたナギサは席を立ち、先生の隣に腰を下ろす。

 振り向かれるより、こちらの方が僅かに早く、

「む?」

 先生の背に額を当て、小動物がするように擦り付けた。

 

     ●

 

 ……あら?

 行動に移し、そこでようやくナギサは正気に返った。

 やったことは単純だ。拗ねて、構って欲しくて、甘えた。言うなれば、

 ……SKA……!!

 落ち着きなさい桐藤ナギサ。セイアさんが最近ハマっているゲームのように例える必要はありません。いえ、でも、改めて己の行動を振り返ると、

 ……わ、私は一体何を……!?

 ミカに悪気は全くない。シャーレの仕事を頑張っているし、その結果として汚名の払拭も進んでいる。その頑張りを知っているからこそ先生は労ったのだし、想い人に褒められて嬉しくなるのは自然の摂理。去り際にこちらを激励して行ったし、非のあることは一切していない。

 が、話の流れとは言えナギサそっちのけで談笑する先生に、何を思うかは別の話で。

 先程までは知己といっても外部の人間であり、故にこそナギサは自制出来た。公務で来ているのだから、迂闊な振る舞いはトリニティの評判を貶める。しかし気心の知れた幼馴染であるミカが来たことで、これまで溜まっていたフラストレーションが限界を迎え、

 ……いや冷静に分析している場合じゃありませんよ!?

 現状ナギサも先生も動きを止めている。ナギサは一時の感情任せな行動に対する気まずさから、先生は恐らく困惑からだろう。彼女の傍で、額とはいえ触れていて、しかし外から見た状況とは裏腹に先程から背に嫌な汗がこう。だからといってここからアドリブで誤魔化すにも無理があるし、何だかんだ言いつつ離れるのも惜しいし、ひょっとしなくても錯乱してますかね今の私。

 どうすべきか真っ暗な視界を前に真剣に考えていると、不意に上から苦笑が降って来た。

「もう満足したのかね? そのまま続けてもらっても私は一向に構わんが」

「……え?」

 予想外の言葉に額を離し見上げた先、先生がこちらに向き直った。先程ミカにしたように、こちらの乱れた髪を整えつつ、

「押し殺したところでなくならないのが感情というものだよ桐藤君。ならばあとは発散するか爆発するまで抱え込むかの二択だ。私としては前者を勧めるが?」

 完全にこちらの内心を見透かされていることに、知らず頬が熱を持つ。が、それでもナギサには言うべき事実があり、

「で、ですが、今の私はティーパーティーの公務で──」

「今は私と桐藤君の二人だけだ。ならばどのように振る舞っても、互いの秘め事として収めれば済む話だろう? この場で話し合った政策とて、その全てがトリニティ住民に明かされる訳ではないのだから。吹聴するメリットもないし、そのような趣味もないのでね」

 桐藤君、と青の瞳が真っ直ぐこちらを見た。

「君はティーパーティーのホスト代行であり、トリニティの代表でもあるが、それ以前に桐藤ナギサという一人の人間。二十にも満たぬ子供であることを忘れてはならないよ。己の感情から目を背け続けても、ロクな大人にはならない。──目の前にその最たる例がいるのだからね」

 髪を梳くようにしてこちらの頭を撫で、

「以前のバカンスのように数日、というのは難しくとも、こういった短時間の息抜きくらい許されるだろう。もし何か言う輩がいたら呼びたまえ。懇切丁寧に説得させてもらうのでね」

「……先生の説得はほとんど言い包めじゃないですか」

「見解の相違というものだよ。つまり交渉の余地アリだ」

 先生の交渉はいけない。とてもいけない。恨まれることすら是として無双するので非常にいけない。

 ……全く、もう。

 本当に、この人は。

 いくら己が公人として在ろうと、いとも容易くただの桐藤ナギサに戻してしまう。その是非は別としても、有り難い人であることに変わりはない。不慮の事態から代役として収まった立場ではあるが、それだけが己の全てではないと、そう思い出させてくれるのだから。

 一自治区の代表である己を、守ろうとする者は多々あれど。護衛とか忠誠とか友情を抜きに、ただ庇護しようという者など、思えばこの人くらいかもしれない。

 敵わないと、撫でられるがままにされつつ、改めてそう思った。

「で、どうするかね?」

 こちらが色々と考えているにもかかわらず、先生は相変わらずの調子で。だからナギサも深く考えず、抱いた欲求そのままに、

「……もう少し、このままでいても、良いですか?」

「無論である」

 笑みで言われれば遠慮する理由もない。引き寄せる先生の動きに逆らうこともなく、胸元に顔を埋めるように寄り掛かる。

 石鹸と桜の香り。ここ最近ですっかり覚えてしまった、安らぎの匂い。あやすようにこちらの背を叩く感触が、更なる安堵を生んでくれる。

 自分もまた誰かを頼り、任せて良いのだと。

 そんな誰かがいてくれるということに、ナギサはただ感謝した。

 彼女にとっての自分もそうであれば良いと、そう思いながら。

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