グラスアーカイブ   作:外神恭介

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記憶を失っているのか自分が馬鹿だと宣言したいのか私の胃と精神を破壊したいのかどれですか

「……平和ですね」

 青空を見上げ、ティーカップ片手にナギサはそう零した。

 場所はティーパーティーのテラス。先行して進めていた仕事が順調なので、休憩も兼ねてアフタヌーンティーと洒落込んでいる最中だ。そんな中自然と漏れた独り言に、言葉を返す者はここにいない。

 ミカはアビドスへ遊びに行っており、セイアもシャーレのゲーセン行き。両者に誘いは受けたのだが、クリスマスや年末年始に時間を空けておきたいので遠慮した。ミカは間違いなく連日シャーレで夜更かしコースだろうし、セイアもセイアで日帰りスキー旅行の準備中。それらに交じって心から楽しむ為にも、後顧の憂いはなくしておきたい。ミネやサクラコも同様の考えらしく、怖いくらいに進みが早い。これなら数日どころか二週間くらいは羽を伸ばせそうで、色々と手を回してくれた先生には感謝しかない。

 ……きっと大晦日から三が日は、シャーレも大賑わいでしょうね。

 表立ってパーティーなどのイベントは発表されていないが、いつ誰が立ち寄っても楽しめるよう、食事も娯楽もふんだんに取り揃えているだろう。それ故生徒の側も都合のつく範囲で、自由に出入りしては充実した時間を得て帰る。それがシャーレのスタイルだ。泊まり込みでゲーム大会を催すミレニアムなど、大人数が集まって時間を共に出来る場の提供という面もある。恐ろしいことに事前の届け出さえあれば、場所も備品も無償で使い放題、加えて食事まで出る辺り、もはや保養所かホテルかという感じで、

 ……私も、泊まりで滞在してみるのも良さそうですね。

 夏のバカンスは楽しかった。また似たような催しがあれば、というのは至極自然な発想だ。ミカ達もリフレッシュ出来たようで、普段以上に業務に励んでいる。だからこそナギサも時間を遣り繰りしてここまでやって来た訳だが、根を詰め過ぎるのも効率が悪い。休憩した分は集中して取り返せば良いのだから。故に、

「ナギサ様!!」

 そう、例えティーパーティーの行政官が慌てた様子で駆け込んで来ても、動じることはありません桐藤ナギサ。いつだって想定外は想定内。先生の奇行に比べれば可愛いものでしょう。淑女たる者、余裕を持って気品に溢れた振る舞いであるべきです。なので優雅な所作でカップを置き、視線と共に微笑を向けて、

「急ぎの用件と見ましたが、何かトラブルでも?」

「は、はい!! 休憩中のところ申し訳ありませんが、ナギサ様でなければ判断が付かない案件で……!!」

 一体何が? と先を促した先、返って来た言葉は、

「セイア様がD.U.シラトリ区で暴走行為に及んでいるとの情報が!!」

 盛大にむせた。

 

     ●

 

 D.U.シラトリ区。キヴォトスの首都と言っても良い区画は、その評価に見合うだけの発展した街だった。

 天辺を過ぎ、微かに傾き始めた日の光を浴びて輝くビル群が密集したオフィス街。窓ガラス越しに見える内部では午後の労働に勤しむ市民の姿や、昼食時のラッシュを終え一息ついている店主達の姿が見える。

 だが、普段とは一つだけ異なる点があった。

 人影がない。通行人どころか鳥のような小動物さえ、街中での姿が見られないのだ。

 商店街やブティックなど、各種の店は開いている。中にもきちんと人はいて、しかし表へ出て来る様子はない。外を窺う表情は概ね困惑の色を持っており、時たま期待や呆れの顔をした者が、前者に事情を伝え同じ表情を伝播させて行く。

 その原因は程なく彼らも目の当たりにすることになった。

 ビルの立ち並ぶ街中、谷底のように張り巡らされた街道を疾走する影があるのだ。

 白のオープンカー。トリニティ製の車体に乗っているのは都合四名。

 運転席でハンドルを手繰る金髪に狐耳の少女。

 助手席で頬杖を着く白い髪に黒いスーツの女。

 後部座席に並んで座る瓜二つな白黒の少女達。

 見た目も年の頃も纏う衣装もバラバラな女達には、示し合わせたように一つだけ共通点を持ち合わせていた。

 全員が黒のサングラスを装着しているのだ。

 季節は冬。ところどころ雲のある空模様ということもあり、陽光は目を焼く程ではない。だが何の違和感もなく堂に入った佇まいは、自分達の在り方こそが正しいと雄弁するようにも見えた。

 そんな中、不意に電子音が鳴り響いた。

 スマホの着信音。助手席の女のものだった。

 

     ●

 

 セイアの視界の端、先生が懐からスマホを取り出した。こちらに一度目配せした後、通話状態にしたそれを耳元に当てる。

「私だ」

『先生!! 先生!! もしかしなくても今セイアさんとご一緒ですよね!? そうですよね!?』

「おやおや桐藤君、もしや千里眼にでも目覚めたのかね? 確かに現在法定速度超過でトバしてる最中だとも」

『あのっ、あのっ、仮にもティーパーティーの一角がそのような暴挙に及んでいてはトリニティの評判がっ』

「気にすることはないよ、シャーレの依頼の一環なのでね。ヴァルキューレとの共同作戦故、法的な追及はないから安心したまえ」

『既に通りすがりのうちの生徒が目撃して騒ぎになっているのですが!?』

「ではその辺りは折衝だね。上手く纏めるので気にせずアフタヌーンティーを楽しんでいたまえ。すまないが今は急ぎなのでまた後程」

『え、ちょ、ちょっと先生──』

 先生が通話を切った。懐にスマホを仕舞い、サングラスを掛け直す。モデルか何かのような洗練された動きに、前を見たままセイアは言葉を飛ばした。

「先生も律儀なものだね。緊急の案件に対応中だとでも告げてすぐに切れば良いだろうに」

「いや何、日々トリニティの運営に心を砕いている桐藤君に負担を掛けるのは私も望むところではないのでね」

「……本気でそう思って今のやり取りをしていたなら頭の病院に行くべきでは」

 新たな声は後部座席、先生の後ろに座るケイのものだ。ずり落ちたサングラス越しに、呆れ全開の半目を向けている。が、当の狂人はいつもの調子で、

「天童妹君、何故そのように苦虫を噛み潰したような顔をしているのかね? ちなみに苦虫というのはあくまで形容であって特定の虫を指している訳ではないそうだよ」

「雑学を披露しているような状況ですか!? 下ろしてください!! ミレニアムに帰ります!!」

 外したサングラスを足元に叩き付けつつ言うケイに、先生が雷に打たれたように動きを止める。が、すぐさまハンカチを取り出しわざとらしく目元を拭いながら、

「すっかりミレニアムを我が家と思うように……、涙がちょちょ切れるとはこのことだね!!」

「満面の笑みで何を言ってますか!? アリス!! アリス!! やっぱり私この人嫌いです!!」

「Tes.、これがツンデレというやつですね!! モモイに習った通りです!!」

「モモイぃ──!!」

 

     ●

 

「っくしゅん!!」

「え、お姉ちゃんもしかして風邪引いた?」

「き、昨日遅くまで、シャーレの飾り付けやってたから、かも……」

「大丈夫大丈夫!! 先生が「才羽姉君が風邪を引くなど天地がひっくり返ってもあり得ないとも」って断言してたし!!」

「……知らぬが仏、で良いのかな」

 

     ●

 

 まあまあ、とアリスが宥めに入るのと同時、先生が嘘泣きをやめてハンカチを仕舞った。不規則言動中はいつものキチガイだが、こうして動きを止めると見た目の威圧感が凄い。同様の感想を抱いたのか、サングラスを額に上げたアリスが満面の笑みで臆面もなく、

「それにしても、今日の先生はスジモノみたいですね!! 「ドラゴンのように」で見ました!!」

「またモモイはアリスの情操教育に悪いゲームを……!!」

「TSCが原点の時点で並大抵のゲームでは動じまいよ。アセット突っ込んだだけのナニカでなかっただけ幸いだと思うがね。面倒なことに世界は広く、見渡せば上も下もキリがないものだ……」

「強引に話を戻すが、確かに先日のバカンスでハスミやイチカがコメントに困っていた姿は印象的だったね」

 真夏のビーチで全身黒のスーツに身を包んだヅカ系言動のサングラス女。これで近くに海の家でもあったら完璧だっただろう。何も知らない者が見たら一発アウトだし、知っている自分達が見てもギリギリアウトだと思う。中身はキチガイなので更に危険だ。その後スーツを脱ぎ捨てて中から水着姿が出て来たのも大分印象的ではあったが。主に脳を焼かれたミカとナギサのリアクションが面白いという意味で。

 ……二人がああも取り乱してくれたおかげで、私は動揺を表に出さず済んだのだが。

 付き合いの長さ故慣れがあるハスミはともかく、イチカも表向きは平静を装っていた辺り、さすがは正義実現委員会といったところか。ハナコやノア辺りが見たらどんな反応が飛び出すか興味は尽きないが、それはまた別の機会とすべきだろう。

 眼前、目標の現金輸送車が見えて来たからだ。

 先生のナビに従い追っているその車は、中堅規模の地方銀行のもの。スモーク付きの窓はしかし全開で、窺える人員はヘルメットを被った学生ばかり。

 強盗である。

 元々は先生を交えて四人対戦という楽しい昼下がりを過ごしていたのだが、ヴァルキューレからの連絡を受け緊急出動と相成った。本来であればRABBIT小隊の管轄だが、彼女達は現在ゲヘナで風紀委員会と演習中。呼び戻していては間に合わない。他役職持ちも同様で、先生の目の前にいた第五特務であるアリスに白羽の矢が立ったという訳だ。

 ただ見送るのも薄情なので、自分も同道を申し出た。そしてシャーレ保有の装甲車ではなく、乗り慣れた自前の車で追跡を開始した訳だが、

「公権力とは有り難いものだね。危急の事態とはいえ、公道をこれだけの速度で走れるとは」

「はははティーパーティーという最高権力者の一角が言えた義理かね」

「権力があるからといって無法に振る舞えば人心は離れて行くものだよ。なればこそ日頃から気を張らねばならない訳だが、今回の私は雇われの身。仕事だと理解していても気が楽で有り難い」

「充実しているなら何よりだよ百合園君」

「呑気に談笑してますけど今フツーに百二十キロ出てますからね!?」

 分かっているから落ち着きたまえよ。

 ……まあ、まずは距離を詰めねば始まらないのだが。

 あちらは現金搭載の大型車両。楽に追い付けるかと思えば、ヴァルキューレの人払いが成された大通りを一直線に突っ走る構図の為、なかなか差が縮まらない。こちらは小回りと加速が売りだが、ルートの選択権は向こうにある。付かず離れずの追いかけっこも既に十分強、本来ならとっくに銃撃戦が始まり事態が大きく動いているところだが、

「とりあえず私が広義の盾になっているおかげか、迎撃の動きは今のところないようだね」

「或いはこちらを警戒して敢えて、という可能性もあるね。先生の不規則言動はキヴォトス中の知るところだ。こんな堂々と姿を晒している以上、何か裏で策を弄している、と思うのは自然な成り行きだろう」

「こんな善良かつ真面目な一般市民を捕まえて酷い言い草だね。どう思う天童妹君」

「記憶を失っているのか自分が馬鹿だと宣言したいのか私の胃と精神を破壊したいのかどれですか」

 引き攣った笑みで返すケイに何となくナギサを想起しつつ、先生がこちらに向けたタブレットの画面を横目で確認。小さく頷きを返し、速度を上げ相手の左側へ付けようとする。

 反撃を考えれば運転席のある右側から行くべきだが、向こうもそのくらいは考えているだろう。加えて助手席に座っている先生を危険に晒すことにもなるし、左から行くしかない。

 アクセルを踏み込み、掛かるGに負けぬよう身を前傾に。だがこちらの動きを悟った相手の車両が、割り込むようにして左へ、こちらの正面へと車線を移す。

 先頭は譲らない。そう態度で示された形だ。

「釣られてはくれないか。体当たりを掛けたところで重量差を考えると効果は薄いし、先生が乗っている以上無茶も出来ないね」

「……あの、先生がいなかったらやるんですか」

「乗っていてもやってくれて構わないよ? いざとなったら天童君に担いで退避してもらえば問題なかろう」

「はい!! 先生はアリスが守ります!!」

「意気込みは買いますが万が一にも先生を危険に晒す訳には行かないので却下です!!」

 ツッコミに次ぐツッコミで先生への扱いが雑かと思えば、素直じゃないだけで相当過保護らしい。まあ人誑しに定評のある大人だからね……、と内心半目になりつつ、無理に追うことはせず等速で追跡を続行。先の誘いで相手が「予想通り」に動いてくれたことに安堵しつつ、

「先生、そろそろだよ」

「承知している。そして天童君、君の出番だ。三つ先の十字路、左手側に工事中のビルが見えるね?」

 先生の指差す先、口にした通りのものがある。パイプや板で簡易な足場を組まれ、一部にビニールシートが掛けられた五階建ての一棟。そんな建物を前にして、先生は笑顔でこう言った。

「あのビルを光の剣でブチ抜いてくれたまえ」

 

     ●

 

 ケイは思ったことをシンプルに口にした。

「──気が狂いましたか?」

「あれだけ狂人やキチガイ扱いしておいてまだ私がマトモのカテゴリに属していたとは驚きだが、至極本気だとも」

 皮肉の一つも効きやしない。身体をこちらに向け、ワイヤーフレームで表現されたビル構造図を映したタブレットを見せつつ、

「狙いは手前側の支柱。倒壊させることで退路を右折に限定し、郊外へ追い込む。天童妹君には重力制御による弾道補正と、出力調整の補助を頼みたい」

 言葉に合わせ弾道と威力、弾速などが計算された計算式が併記された。倒壊のシミュレート映像と解説によれば、

「あのビルは老朽化による解体工事中でね。威力を絞った精密狙撃なら、角地故に倒壊しても周囲への影響は少ない。付近の住民は先行して避難するようヴァルキューレが手配済み、連邦生徒会のネットワークから検知したが生体反応もなしだ。業者との交渉も……、締結完了。これで条件はクリアだ、躊躇う理由は何もない」

「Tes.!! アリス、クエストを受注しました!!」

 親指を立てて言う先生と、いそいそと靴を脱ぎシートの上へ立ち上がるアリスを見て、ケイは深々と溜め息を零した。先生の提示した指示を再計算し、万が一にも失敗しないよう演算を重ねつつ、

「セイアに時折示唆を飛ばしていたのは、このポイントに誘導する為ですか」

「一番リスクの低い策で助かったとも。一応、周辺情報を洗ってあと十六パターン程考えてはいたが」

「その場合、誘導と先回りで些かばかり派手なドライブになっただろうね。私としてはそれもまた心弾む道行きだが」

 平然と言うセイアも割と先生の同類ですね……、とケイは内心で頭を抱えた。アリスは純真無垢過ぎるし、ストッパーとして機能するのが己しかいない。侍女としてアリスを補佐すべく様々な知識を与えられてはいるが、その中にキチガイの対処法など入っていないのだ。自分一人でキチガイと自由人の相手は手に余る。加えて今回はアリスがノリノリなので退路もない。

 光の剣を構え、目を輝かせながらこちらを見るアリスに再度内心で溜め息を零してから、ケイは両の手で銃身に触れた。銃口側に重力制御を集中し、弾道安定化と出力の調整を掛け、

「……準備完了。アリス、いつでも良いですよ」

「Tes.、ありがとうございます、ケイ!!」

 満面の笑みで、アリスが光の剣を構え直した。青と白の光が迸り、駆動音と共に高まる圧が周囲を震わせ、

「魔力充填三十パーセント、行けます!!」

「アリス、ちょっと待ちたまえ」

 不意の静止に何事かとアリス共々振り向けば、セイアが左の親指で隣を示す。

 キチガイが己の頭上を渡される砲身を呑気に見上げ、スマホのカメラを向けていた。

 ややあって、こちらの視線に気付いたキチガイは悪びれもせず、

「おや、気付かれてしまったか。あまりにも良い画角だったのでこれは撮っておかねばなるまいと使命感に駆られたものでね。……無論後程撮影データは送らせてもらうよ!?」

 襟首掴んで引っ張ってやった。

 ぐえ、という声が上がるが無視一択。改めてアリスにゴーサインを出すと、それを確認したアリスが苦笑混じりに頷いた。同時、表情を真剣なものへ切り替えて、

「光よ──!!」

 

     ●

 

 破壊は迅速かつ正確に為された。

 飛翔した砲撃は目論見通りビルの手前側支柱を一発で粉砕。一個人の携行武器としては規格外にも程があるその火力は、欠片どころか塵一つ残さず目標を消滅させる。

 建造物というのは緻密なバランス計算の上で設計されており、倒壊についてもその限りではない。経年劣化が避けられない以上、どのような条件でどこがどう壊れるのか、その際の被害を軽減する為にはどうすれば良いか、最悪のケースを想定した上で建築される。車やバスなどが突っ込むことによる破損や、自然災害による全体への均等なダメージへの対策は講じられていても、バランスの要となっている支柱をピンポイントで破壊されることなど想定の範囲には含まれていない。

 そのあり得べからざる事態が発生した。

 元より老朽化した、一部は既に解体が始まってもいた物件だ。支柱を失ったビルは瞬く間にバランスを崩し、支えの存在しない手前側、道路へ向けて傾いた。スケール故にゆっくりとした動きに見えるものの、落ちる影の移動速度を見ればそれが錯覚だと嫌でも分かる。

 現金輸送車を運転するヘルメット団も、不意に自分達を覆った影を見て事態を把握した。

 その時には既に数百トンを超える鉄骨とコンクリートの混合物が、天を隠す程の至近に落下して来ていた。

 現金輸送車は慌てて、白のオープンカーは悠々とハンドルを右に。十字路をやや下向きの斜めに倒れて来るビルだ。その真下を突っ切るのは博打でしかないし、追跡者であるシャーレは現金輸送車の左を取っている。

 距離を離すには右折しかない。

 曲がった。

 アクセルベタ踏みで破壊の二文字そのものから逃げる両者の背後、五十メートル程の位置で轟音と衝撃が響く。車両がバウンドし、搭乗者達も僅かに浮く程の、真下から殴り付けられたような一発だ。やや遅れて砕けた瓦礫や粉塵が広がり、しかし白のオープンカーの周囲だけはそれらが避けて通って行く。

 後部座席に座る白い髪の少女が、重力制御で防護壁を張っているのだ。

 直撃しそうな瓦礫は見えない壁にぶつかったように跳ね返り、白い車体に傷どころか汚れの一つも与えない。侍女の如く洗練された無駄のない捌きに守られつつ、この破壊を起こした黒髪の少女がゆっくりと武器を下ろし、後部座席に座り直した。

 それをサイドミラー越しに確認した運転席の少女が一つ頷き、ギアを上げ速度を追加。現金輸送車への距離を詰めに掛かる。

 追走劇は、続いているのだ。

 

     ●

 

「こええええええ!! 何あのデカい大砲!? 一発でビル崩れたんだけど!?」

「どどどどどどうすんだよ!? 今のは威嚇だ……、的なアレじゃねえの今の!?」

「や、やっぱり反撃した方が良いんじゃねえか!? ヴァルキューレだって追って来てるんだろ!?」

「馬鹿野郎!! 相手はあの先生だぞ!? 迂闊に手を出したら死ぬより恐ろしい目に遭わされるぞ!?」

「ああ、うん、この前よその支部が真っ当な稼ぎ方を知るべきだってバイト先斡旋されてたな。──コスプレ喫茶だったけど」

「その直前に総長連合が出張って来てボコボコにされたの忘れてねえ!?」

「えーと、あの時は確か転売目的でゲーセンのプライズ根こそぎ掻っ攫ったんだっけ? それも先生の目の前で」

「そうそう、んで鬼ダッシュで追って来る先生に釣られて大鳥と姫君のいつものコンビと、銀狼と黒狼に魔王まで参戦してなあ……」

「でも今回は勇者以外二つ名なしだぜ!! 一人だけでもクソ強いけど!!」

「詰んだ!! 詰んだよあたしらの人生!!」

「叫んでる暇あったらアクセル踏めェ──!!」

 

     ●

 

「先生!! クエスト達成しました!!」

「うむ、良い感じだよ天童君。ご褒美にスモークチーズをプレゼントだ」

「わあい!!」

 自分達が引き起こした惨状を完全に無視して餌付けする先生を見て、このキチガイとの付き合いを断つべきか否かケイは真剣に考えた。アリスが満面の笑みで燻製を頬張っている辺り答えは一つしかないのだが。

 ……安全に配慮しているとはいえ、フツーに考えてビル壊してまで退路遮断しますか?

 する派が目の前にいるのだからどうしようもない。倒壊し砕けたビルの構造材、その破片が時たまこちらを追い抜くように飛んで来ても顔色一つ変えないのは頭おかしいだろうどう考えても。指先大でも人体には致命傷ですよね? 今掠ったのフツーに人の頭くらいのサイズでしたけど? といくら正論を唱えようが暴論と屁理屈の達人に通じる訳がいないので内心に仕舞っておくしかないのが凄まじくストレスフル。

 後でゲームか何かで発散しよう、とケイは己の心の安寧の為に固く誓った。兎にも角にも目の前の状況を収めない限り、ストレスの原因が消えないのは事実なので、

「……ひとまず、郊外へ誘導することには成功したようですね」

「街中で民間人を巻き込む確率が下がったのは有り難いね。心なしか逃走速度は上がったようだが。謎だね?」

「……アレを見て動じないようなら生物として間違っているでしょう」

「……その理屈で言うとこの場には間違った存在しかいないようにも思えるがね」

 言われてみれば呆れはしても動じていない自分達も大概な気がして、慣れとは恐ろしいものだと心底思う。正気と狂気の境界は母数次第というのもむべなるかな。頭おかしいのが多いキヴォトスにおいて、常識人たる己は肩身が狭い。止めきれずキチガイ共が被害を被るのはまだしも、アリスがそっち方面に染まってしまうことだけは何としても阻止せねば。友人や庇護者が最大の敵なのが問題過ぎるが。しかし、そんなこちらの内心を知る由もないキチガイの親玉は口の端を緩め、

「良いではないかね」

 何が? と心底本気で半目を向けるこちらに対し、助手席の大人は肩を竦めた。サングラスを上げ直し、また何かタブレットで怪しい計算を始めながら、

「生まれてこの方、正しいと言い切れる生き方などして来た覚えはない。後悔や慚愧の念を抱かぬ人間などそうそういないよ。ならば誰もが正しくないし──」

 一息。

「己の選択は間違っていなかったと、そう思える生き方の為に全てを賭せる」

 本音のように零された先生の言葉に、セイアもアリスも口元を緩める。が、ケイだけは半目のまま小さく手を挙げると、

「……良い話風に纏めようとしても、ビル壊すのは明らかに間違いでは」

「……天童妹君、何故にそう君は私を疑うのかね? もっと他人を信じることを覚えたまえよ。全く信じ難い子だね」

「二秒で矛盾してるじゃないですか!! 言葉の前後を顧みてください!!」

「ナイスツッコミだよ天童妹君!!」

 笑みで親指を立てられ、もう何もかも放り出して気絶したくなった。

 

     ●

 

 遠くを眺めルールー口ずさみ始めたケイだが、しかし本気で嫌がってはいないのだろうということを、セイアは言葉の節々から感じ取っていた。

 ……感情表現が素直じゃないというのは、傍から見るとこうも悪戯心をくすぐるものか。

 ミカのように素直過ぎるのもまた問題だが、これもこれでどうなんだろうか。自分はどちらかと言えば激しくないケイ寄りだと思っているが、それでも先生の手の平の上で転がされる事態は少なくない。あの大人に一矢報いれる生徒がいるかどうか果てしなく疑問というのはさておき、何だかんだといい時間を得ているのは確かな事実で、

 ……彼女もまた口では反発しつつ、先生との時間を大事に思っているのだろう。

 純粋さ故に、周囲の感情に敏感なアリスが笑みを絶やしていないのがその証拠だ。自分とミカが一見喧嘩とも思える言葉の応酬を日常としているように、彼女達の間ではコレがフツー。忌憚なく、己の思うところを素直にぶつけられるというのは、婉曲的な表現がデフォルトの自分からしてみれば少々羨ましくもある。

 ……まあ、その辺りは追々、だね。

 楽しみは後に取っておくとして、今は先に為すべきがある。眼前、動きを見せるヘルメット団の意図を直感で見抜き、

「先生。アリスとケイも。少し荒れるからしっかり捕まっていたまえ」

 言い終えるより早くアクセルを踏み込み、ほぼ同時にヘルメット団が発砲した。

 こちらにではない。左右に立ち並ぶビルや建物、その張り出した屋根や看板を狙って、だ。

 建造物との接続部を破壊された装飾類は、当然重力に引かれ落下する。それらの多くは車道の中央を走るこちらにほとんど届かないものの、バウンドしたり砕けた破片が散らばって、こちらの進行を妨げに掛かった。

 迂闊に踏み越えればパンクするだろうし、かといって無理に避けようとすれば車体が制御を失って事故一直線。それらを避けるには落ちるより早く駆け抜けるのが最適だ。

 つまり状況の続行可否は、己のドラテク次第。

 ……面白いじゃないか。

 挑戦心に火が付いた。ゲームと現実は違うが、片方で得たものがもう片方に活きることはある。FPSのやり過ぎで視界内の単発射撃なら絶対に避けられる大人とか、音ゲーをやり込んだ結果ダンスの指導が可能になった馬鹿とか、落ちものパズルゲーによる鍛錬で戦闘指揮の瞬間的な判断力を磨いているキチガイとか、何だか特定の個人ばかり挙がっている気がしないでもないが、決して巷で言われる程無駄ばかりの遊びではない。ああ、エキスポでの段ボールを用いた潜入活動もそうだったね。

 そして昨今のセイアの趣味は、妨害ありのレースゲームだ。

 故に気負わず、いつものことだと理解の上で、

「行こうか」

 

     ●

 

 白の車体は悠然と舞うような、しかし激しい動きで掛かる障害を乗り越え続けた。

 撒き菱の如く散らばる落下物を避け、降り掛かる破片の合間を縫い、だが速度は一切緩めることなくただただ前を望む。直向きとも愚直とも言える進行は、セイアの勘の良さと反射神経によってのみ織り成され、無傷という成果を以て止まらない。

「いやはや見事なものだね。お相手の必死の妨害に少々申し訳なくなって来る」

「アリス知ってます!! マキコカートで見ました!! 積み上げられた缶詰を崩して後続の進路を妨害するアレですね!!」

「ああ、買い物カートに乗って店内を爆走するIZUMO製のレースゲームだったか。バナナの皮で滑るという古典的なネタをスーパーマーケットという会場に落とし込むことで不自然さをなくす手法は見事なものだったね。──トマト投げたり生魚でチャンバラしたり他にも色々やりたい放題だったが」

「先日ミカやナギサとプレイしたが、マジックハンドで先頭から引きずり下ろしたり、シャボン玉で視界を塞いだりと童心溢れる良い作品だったと思うよ。一歩間違えるとリアルファイトものだけどね」

「また情操教育に悪そうなゲームを……。というかIZUMOはそんなのばかりで採算取れてるんですか? 以前チゲ鍋アイスとか正気を疑う製品見ましたけど」

「獅子堂君には好評だよ? ゲームもまあイカれたネタが多いが、衣類や日用品などは質の高い堅実な作りで市民の皆様に喜ばれているね」

「それらのフラストレーション発散に需要が迷子のチャレンジブルな品を作る……、というのはある意味で合理的とも言えるね」

「改めてこの世界のカオスさを実感して嫌になります……」

「ちなみに吊り看板を使用したショートカットの発見者は何を隠そうこの私でね」

「こ、こんな身近に革新的ブレイクスルーの始まりが!! さすがはシーフ王です!!」

 セイアがグッと親指を立ててからハンドルを左へ切る。狭い隙間をブレーキングドリフトで抜け、スピンターンで落下物のバウンドをやり過ごし再加速。被弾こそしていないものの、少しずつ彼我の距離は離されつつあり、

「こちらへの迎撃ではなく、そもそも追撃を断念させる方向にシフトしたようだね。良い発想だが……」

 呟き、視線を巡らせた先生がふとある一点に目を留めた。すぐさまタブレットを確認し、僅かな思案の後にこちらへ振り向いて、

「天童妹君」

 言って、彼女が指し示した先には、路駐しているキャリアカー。ミレニアムでもよく見掛ける、自動車を運搬する為のアレだ。五台以上積載可能な大型タイプ。作業中に避難勧告が出たのか、上層へと繋がるスロープが路面へと降ろされた状態になっている。それもこちらに向かって。

 嫌な予感がした。

「……え、あの、本気ですか」

 頼むから否定してくれと思いつつ問い掛けた先、キチガイが尤もらしく腕を組んだ。そのまま傍ら、運転席のセイアを横目に見て、

「百合園君、例えばの話だがこの車、数メートルの高さから落ちても平気かね?」

「曲がりなりにもティーパーティーの一人が乗り回しているのだよ? ──当然だとも」

 嫌な予感が倍増しになった。

 冷や汗が止まらないケイの眼前、よし、と狂人が頷く。そのままこちらへと振り向いた狂人は、口の端に笑みを浮かべ、

「空飛ぶ車、といえば古典的SFの代名詞だろう。最先端の科学技術が集うミレニアムの生徒として、一つ挑戦してみるべきではないかね?」

「……何を馬鹿なことを──」

「先生!!」

 アリスの慌てた声に遮られ、指差した方に視線を向ける。ほぼ同時に轟音が響き、前方へ転がったものがあった。

 給水タンクだ。

 見上げれば近くのビル上、破損した立方体のフレームがある。恐らくはヘルメット団の射撃によって壊されたのだろう。内部の円形タンクは自重で転がり、こちらの進路を塞ぐ形で止まる。周囲には他の落下物もあり回避は不能、ブレーキを掛けても恐らく間に合わない。

「……どうやら選択の余地はなさそうだね?」

 苦笑で振り向いたキチガイの台詞に、ケイは深々と溜息を吐いた。ウキウキでこちらを見るアリスと、催促するようにこちらを一瞥するセイア、そして発案者のキチガイに警告の意味も込めて、

「どうなっても知りませんからね……!?」

 

     ●

 

「……なあ、あたし疲れてんのかな。先生の乗った車が空飛んでるように見えるんだけど」

「飛んでるというか……、走ってるなあ、空中」

「……これ、大人しくヴァルキューレに捕まってた方がマシだったんじゃね?」

「黄昏れてないで前見ろォ──!!」

 

     ●

 

 キャリアカーの作る斜面をジャンプ台として跳んだオープンカーは、壁を行くように車体を垂直にして突っ走った。

 ヘルメット団の迎撃による落下物は上から来る。ならば横倒しにした方が被弾面積は少ない。合理的な、しかし無茶に過ぎる走法を支えるのは速度によるダウンフォースと、ケイが重力制御で生み出す空間を固めた路面だ。

 ケイの重力制御は一見陽炎のような歪みしか見えず、高速域のやり取りで見切るのは不可能に等しい。自身から数メートル範疇という制限はあるものの、数百キロの重みを支えるだけの力がある。それらの補助を受け、しかし見えない足場を進むという難行をこなすのは並大抵のことではないが、

「未来は見えずとも、勘働きは些かも衰えていないよ」

 と零すセイアが手繰るハンドルは、ケイが生成する僅かな場を的確に捉え続けた。四つの車輪は透明な足場をしっかりと噛み、ドライバーに応じ速度を返す。給水タンクを筆頭とした障害物が山積する一帯を抜け、やがてスロープを下るように垂直のオープンカーはアスファルトの上へと舞い戻った。

 バウンドはない。四人の命を預かるケイが、そのような雑な仕事をする訳がない。それ故にセイアも緩むことなく速度を累積させ、現金輸送車への距離を詰める。

 詰め続けて行く。

 

     ●

 

 車体に何のダメージもなく、正常に走行を続行しているのを確認し、そこでようやくケイは身の力を抜いた。

 かなり集中したせいか疲労感が凄まじい。だが、隣のアリスが抱き着くようにして、

「凄いですケイ!! 空飛ぶ車に乗ったってモモイ達に自慢出来ます!!」

「よもや現実で壁走り染みた真似が出来るとはね。貴重な経験でなかなか楽しかったよ、ケイ」

「見事だ天童妹君。君の性格上緻密さが問われる重力制御と相性が良いとは思っていたが、想定以上の手並みだ。その身体の用意に携わった一員として私も誇らしい」

 投げ掛けられる称賛の言葉を思えば、この程度苦でもない。零れ掛けた笑みを内心で満面とし、しかし咳払いと共にケイは身を起こした。現金輸送車はもはや目の前と言って良い至近だが、

「そろそろD.U.の外縁に出ます。他自治区に逃げ込まれると厄介ですし、この辺りで決着をつけないと面倒なのでは?」

「フフフ抜かりはないよ天童妹君。あと一分もしないうちに状況は終了する。賭けても良いよ?」

「はっ、今先生に負けフラグが立った気がします!!」

「……モモイは後で超叱るとして、どうやって事を収めるつもりですか。アリスの一発で向こうも警戒しているでしょうし、簡単に当てられるとは思えませんが」

「いや、十分だよ。逃走ルートを誘導しつつ、彼女が合流するまでの時間は稼げたのだからね」

 彼女? と先生の台詞に首を傾げれば、現金輸送車に程近いビル横の脇道から、高速で飛び出して来る影があった。

 サイクリング用の黒い車体。細身のフレームに跨がるのは一人の少女。青の覆面を被り、銀の長髪を靡かせる制服姿は、

「……デカシロコ!?」

 

     ●

 

 瞬間の動きが全てを制した。

 ケイの重力制御に自転車の確保を任せ、シロコは宙へと跳んだ。後方から派手に追い回す先生達に意識が向いていたところに、曲がり角からの急襲だ。

 咄嗟に反応出来るものではない。

 窓からスモークグレネードを叩き込んだ。

 助手席の上縁に手をつき、空中で側転。身を回し姿勢を制御、反対側から突入する。

 気を引いて、本命は別方向。セオリー通りだ。

 その通りにした。

 狭い室内に煙が充満し、向こうは何が何だか分かっていないだろう。だがこちらは匂いで分かる。伊達に狼の姓を持っている訳ではない。遠間に嗅ぎ取れる先生の石鹸と桜の香りが正直辛抱堪らないが、今は仕事の時間なので我慢。

 フラストレーション発散も兼ねて迅速に叩く。

 まず運転席。ハンドガンの銃床で後頭部を叩き、露出した首筋に手刀を打ち込みワンダウン。

 残り三人。相手は事態の進行に理解が追い付いていない。しかも至近。撃てば馬鹿でも当たる。

 当てた。

 ヘルメットのバイザー破壊に一発、次いで眉間に一発。弾倉の弾は六発分。空になったマガジンを排出するのと、ヘルメット団が昏倒するのは同時のこと。

 後はハンドルを操作し道路上から逸れないようにしてやれば、加速力を失った現金輸送車はやがて止まる。

 止まった。

 そこまで確認してから、シロコは運転席に貼り付いていた身を剥がす。道路に降り立つと、白のオープンカーが傍らに止まった。

 あとは助手席で片手を上げる姿に、親指を立てつつこう言ってやるだけだ。

「ん、覆面ライダー、参上」

 

     ●

 

 十分後、ヴァルキューレの護送車が去って行くのを見送って、先生がこちらへと戻って来た。近くの自販機で購入したスポーツドリンクのボトルをもう一人のシロコに渡し、

「お疲れ様、砂狼君。最近は自転車でシャーレに来ていたからと連絡を取ってみたがドンピシャだったね」

「ん、連絡を受けたのがコンビニに停まったタイミングで良かった。走ってたら気付かなかったかも」

「結果オーライなのだから気にせず行こう。──感謝である」

 笑って言う先生に、デカシロコが目を細めた。キャップを開け、中身を呷り始めたのを区切りとし、先生がこちらにもペットボトルを配り、

「皆もよくやってくれた。給金はシャーレに戻ってからになるが、それとは別でコイツは奢りなので安心したまえ」

「……いつの間に援軍の要請なんてしてたんですか」

「人聞きの悪いことを言わないでもらいたいものだね。シャーレに来訪する生徒達の行動パターンは概ね把握している。ならばその中で寄り道可能な心当たりに、ヒットが出るまで片っ端から声を掛けただけだよ」

「相変わらずの口車はさておくとしても、私達にも知らせるくらいはしても良かったんじゃないかい?」

「相手を騙すには味方から。余裕カマしていたら向こうに気取られる可能性もあったからね」

「どんな状況でも平然とキチガイブチかましてるじゃないですか先生は……」

 違いない、とセイアが肩を竦めると皆が笑った。一息ついたデカシロコが、ペットボトルをバッグに仕舞い自転車に跨って、

「先に行って報告書とか、細々した依頼は片付けておくね」

「うむ、こちらは百合園君の車に異常がないかチェックしてから戻る。破天荒なドライブの後だ、帰りに事故っては申し訳が立たん」

「あの程度で壊れる程ヤワではないがね。それで先生や皆に万が一があっては困るというのは同感だ」

「先生がアレ過ぎるだけでセイアも割と大概ですよね……」

「お褒めいただき恐悦至極だよ」

「褒めてませんよ……」

「そうですか? 先生と並べて語られるとアリスは嬉しいですよ?」

 頭を抱えて座り込んだ。まあまあ、とセイアに宥められていると、小さく笑みを零したデカシロコが地を蹴り、

「じゃあ、また後で」

「Jud.」

 全員で応じると、デカシロコが軽い動きでペダルを漕ぎ、去って行った。その後ろ姿が見えなくなるまで見送り、先生が伸びと共に空を見上げ、

「さて、戻ったら各方面への報告を済ませた後、対戦の再開と行こうか。百合園君へのリベンジも図りたいところだね」

「ふ、いつでも挑戦は受けるとも。今の高揚した私なら、普段の倍近い手腕をお見せ出来るだろう」

「アリスも負けません!! 勇者はいつだって、最後には必ず勝ちますから!!」

「……あれだけ好き放題やらかしたのにどうしてそうタフなんですか全員」

 呆れ混じりに問うた先、三人が顔を見合わせる。ややあって頷き合うと、何を言っているのかとばかりに、

「何だかんだと言いつつも、こういった馬鹿な時間を楽しんでいるから、だね」

「楽しい時間はあっという間に過ぎてしまいますが、だからこそ終わるまで全力で行かないともったいないですから!!」

「Jud.、如何なる経験も己を形作る糧となるものだよ。食えるかどうかは個人次第だが、過程として楽しめるならなお良しだ」

 天童妹君、と先生がこちらを呼んだ。空のように澄んだ瞳が、真っ直ぐな視線を向けて来て、

「天童妹君は、楽しくないかね?」

 珍しく真面目な声音に、彼女や皆と出会ってからのこれまでを思い返してみるけれど。

 応じる答えは決まり切っていて、だけど素直に言葉にするのも何となく癪で。

 だからケイは顔を背け、零すように小さく、

「……嫌とは、言ってないです」

 三人揃って生温かい笑みを向けて来たので、とりあえず先生だけ張り倒しておいた。

 

     ●

 

 その後、先生の計らいで仮釈放されたヘルメット団は崩落したビル建材の撤去作業や破損物の修復に従事。正当な労働への対価としてシャーレ名義で賃金が支払われ、打ち上げで焼き肉を奢られたりしたと、現バイト先で彼女達の面倒を見ているサオリに聞いた。

 先生にしょっ引かれれば仕事先を斡旋した上に飯まで奢ってもらえると聞いた一部の不良が騒ぎを起こそうとしてワカモに張り倒されたりもしたそうだが、それはまた別の話。

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