「先生ってさ、……無駄に多芸だよね」
不意のミカの一言に、周囲の視線が集まった。
トリニティ総合学園、ティーパーティー執務室。いつものテラスを茶会や普段使いに振り切った場とするならば、こちらは完全に実務用の一室だ。広い室内には大量のデスクや棚が並び、ティーパーティー所属の行政官が引っ切り無しに行き交う多忙の場。以前はナギサが缶詰めになっていたものだが、最近は補佐として各派の実力者が出入りすることも増えている。
その一人であるミネが、手にしていた書類を決裁済みのトレイに入れつつ、
「無駄かどうかはさておき、芸達者なのは確かかと」
「この紅茶も茶菓子も先生のお手製ですからね……」
「セムラのような高級志向には及ばぬまでも、市販品に迫る出来映えではあるね」
ナギサとセイアも作業の手を止め肯定の一言を告げる中、あ、と不意の声を上げたのはサクラコだ。彼女は軽く手を挙げると、一度室外へ通じる大扉の方を一瞥してから、
「先日、シスターフッドの皆さんに土産のケーキを購入した際、恥ずかしながら小銭を散らばせてしまいまして」
「あー……、めっちゃ焦るし恥ずかしいやつ」
ティーパーティー特権が使えなくなり、慣れない現金払いをする中でミカもたまにやった。特に何を言われる訳でもないが、周囲から集まる無言の視線は居た堪れなさを刺激するには十分過ぎる。一種の凶器だと思うのは被害妄想だろうかと、そんな嫌な思い出を振り返るミカに構わず、サクラコは両の手をデスクの上で揃え、
「たまたま居合わせた先生がカウンターから落ちる小銭を全てキャッチしただけでなく、代金ピッタリ分の硬貨をこう、片手で縦に積み重ねまして」
ちょっと待って、とミカは平手を向けて制した。そのまま己は肩掛けのポーチから財布を取り出し、小銭を数枚掴み取って、
「……一枚立てるのすら難しいんだけど?」
両の人差し指で左右から支えた円形の硬貨は、手を離すと即座に倒れてしまう。それを見たセイアもポケットからシャーレのゲーセン用メダルを二十枚程テーブル上に広げ、一礼しつつメダルを手に取った周囲も挑戦してみるが、
「い、意外と難しいですね……」
「ミネさんは力み過ぎではないかと。心を落ち着けて、焦らず静かに……」
「……サクラコさんも自信満々に言いつつ倒れてますが」
ナギサが半目を向けているが、ぶっちゃけこの二人については出来るイメージが全く湧かなかったので想定の範囲内。逆に出来そうだと思っていたナギサも苦戦していて、残る一人はと視線を向けてみれば、
「出来たよ」
自慢するでもなく、普段通りの淡々とした声と共に示された先、デスク上に直立した状態のメダルがあった。
おお、と感嘆の声と拍手が送られ、セイアが芝居掛かった動きで一礼。しかし不満を漏らすような吐息の後、
「だが、サクラコの話ではコレを縦に積み上げたのだろう? それも瞬時に片手で、となるとさすがに難しいと思うね」
唯一の成功者であるセイアの証言に、皆揃って俯いた。ややあって、周囲を窺うように顔を見合わせつつ、
「……そういえば以前、一緒にお菓子作りをさせていただいた際、当然のように卵を片手で割っていたような」
「……ボランティア活動に同席いただいた際も、菓子類の空き箱を用い即興で子供達用の玩具を作っていましたね」
「……話題振った私が言うのもなんだけど本気で一人雑技団というか、天は二物を与えずじゃなかったっけ?」
「……ああ、だからその代償に人格がああなのか。得心が行った」
セイアの頷きに誰も反論しない辺りがさすが過ぎる。というか当人に問題があるとはいえ満場一致でこの扱いって教職者として良いのだろうか。似たような感想を抱いたのかじんわりと鈍い汗を掻き始める一同の中、手を打ったのはサクラコだった。
「皆さん、例え事実でも言って良いことと悪いことがあります。確かに先生は時折、というよりほぼ常時我々の理解を飛び越えた行動をなさる突拍子もない方ですが、心根は善良ですし、見知った仲とはいえ最低限の礼節は必要です。このように陰で言うのではなく、ご本人のいる場で堂々と発言しましょう」
「フォローに見せ掛けたディスりが来たぞ!!」
ええ!? と本気で困惑している天然シスターはさておき、少し冷め始めた紅茶を口に運ぶ。淹れてからそれなりに時間が経っているのに風味が落ちていないのは一体どういう仕掛けなのやら。敵わないなあ、とぼやきつつデスクに身を伏せると、視界の隅でセイアがメダルの縦積みに根気よく挑戦しているのが見える。先の雑談で集中が途切れたのか、他の面々も茶菓子を摘まんだり軽く伸びをしたりと休憩ムードだ。だが、
「毎度毎度疑問なんだけどセイアちゃんはそのダボ袖でどうやって生活してるのかな?」
「野暮な詮索はよしたまえミカ、世の中の全ての物事が道理に従って存在しているとでも思っているのかい? ──先生が良い例だろう」
「うわー超腹立つけど反論出来ない……!!」
まあまあ、と周囲に宥められる中、倒れたメダルを回収したセイアが面を上げた。こちらを見遣ると小首を傾げつつ、
「それで、一体何の前振りだい? 先生が頭のおかしいお人好しだということは、既に我々の共通見解だと思ったが」
「あー……」
見抜かれていた。やはり勘が鋭いというか、隠し事は出来そうもない。私が分りやす過ぎるというのはナシの方向で。まあ口にするのを渋る内容でもないので、持ち上げた手の平を前後に振りつつ、
「先生に限らず、総長連合生徒会もそうなんだけどさ。実力は当然として、何かそういう一芸? 持ちギャグ? みたいなの持ってる人多いよね、って」
類は友を呼ぶ、ということなのか。個性的という表現では到底足りない先生の周囲、相応の濃い人材は枚挙に暇がない。
例えばナギサのお気に入りであるところの第二特務のヒフミは、自称平凡ながら数々の逸話を残している逸般人だし、第五特務のアリスは勇者キャラが立ち過ぎている愛され枠だ。第三特務のハルナは爆破芸、第四特務のアルは窮地で輝く割に普段は白目剥いてるか悪役の先生に熱を上げているかの二択で、副長補佐であるサオリも生真面目天然のギャグブレイカーとして先生に膝を着かせること多々。
生徒会側に目を向けてみても、ユウカは狼狽え赤面ムーブのツンデレ風味オカン枠、書記のノアも最近書記補佐となったミヨと何かを共謀しては先生に返り討ちにされソファーに突っ伏す流れが定着化しているし、生徒会長のシロコちゃんは銀行強盗やらフィジカルお化けやら先生のノリに素で付いて行けたりネタに事欠かないよねー……。
と、そんな人間性のバリエーションが豊か過ぎる面々に混じっていると、時たま思うことがあるのだ。
「冷静になって考えるとさ、……私って割とフツーじゃない? ナギちゃんみたいにロールケーキブチ込んだりもしないし」
「いえ、あの、私のアレは芸という訳では……」
ナギサの反論は全員が無視した。が、こちらに促しを送ったところのセイアは身体ごと首を傾げて見せる。はて、と前置きまでした上で、
「何を嘆くのか理解に苦しむね。君には既にキヴォトスでも有数のフィジカルという一芸があるじゃないか」
「そんな可愛くない一芸やだー!!」
さすがに物語の中の姫君のように、とまでは言わないまでも、年頃の女子としてパワーキャラのレッテルを張られるのは誠に遺憾。事実な辺り尚更タチが悪い。と、名案だとばかりに両の手を合わせたサクラコが満面の笑みで、
「では、破砕機要らずのシャーレ副長、という宣伝はどうでしょうか。コハルさんを助けに行った際や、シャーレの活動で事故現場の瓦礫撤去作業などでもご活躍されていますし」
「もっと可愛くなくなった……!!」
頭を抱えて突っ伏すと、何事か理解していないサクラコの肩を掴んでミネが部屋の隅まで引きずって行く。「いいですか」とか「例え事実でも言って良いことと悪いことがですね」とか「ミカ様の立場的に力を誇示するようなイメージは」とか漏れ聞こえて来る辺り、真っ直ぐ過ぎるだけで悪い人じゃないんだなあと改めて思う。融通が利かないだけで。
……それ言ったらサクラコちゃんも善意百パーだろうけどね……!!
思いだけではどうにもならない世界の縮図が垣間見えてビミョーにゲンナリしつつ身を起こす。同時、サクラコを引き連れ戻って来たミネが、胸に手を当て一礼して、
「事実はどうあれ、副会長であるホシノさん共々、有事において救護騎士団へご協力いただいていることは感謝しています。その点については誤解なきよう」
「前半の追撃は無視するけど、後半はまあ、役に立ててるなら何よりかな」
元より戦闘能力を除けばさほど取り柄もない身だ。情報系を担う第一特務のミヤコや、シャーレの内務全般を扱う生徒会のような専門技術もないとなれば、身体を張る以外にないだろう。総長のヒナ含め、各自己の所属団体のタスクが山積していることもあってか、もっぱら実働はミカの担当になっていて、副次的にこちらの評判回復に貢献していて一石二鳥ではあるのだが、
……あれ、よくよく考えると物理系の評価を自分で盤石にしてない?
嫌な現実が見えた気がしたが、かといって抜けると先生も困るだろうし見なかったことにしておく。
しかしそう考えると、この場にいる面々も濃さで言えば相当だ。先に挙げたナギサは勿論、サクラコも天然過ぎて事態を混迷させる達人だし、ミネもミネで救護という圧縮言語で全てが説明出来てしまうシンプルなスタイルが知れ渡っている。セイアもエキスポ以降はアクティブになったというかはっちゃけたというか、
「何か先生からミョーなスキル教わってなかったっけ」
「ああ、歩法のことか」
セイアの口にしたワードに、ナギサがデスクへ突っ伏した。何事かという表情のミネ達に、セイアは気にするなとばかりに手を振って、
「護身用も兼ねて個人的に教わった体術でね。普段使いとしては護衛を撒くとか、このように狙いの菓子をさりげなく確保するのに有用させてもらっているよ」
「あー!! 最後のチョコチップクッキー!!」
全員の知覚をすり抜けて茶菓子を掻っ攫って行った悪戯狐に、サクラコが感心したように頷いている。が、隣のミネはナギサ同様、額に手を当て俯くと軽く手を挙げ、
「お言葉ですがセイア様、護衛を撒くというのはさすがにご自身の立場を弁えていただかないと……」
「気配を断つのは護衛に限った話ではないよ。ネルやリオ、デカシロコクラスでもないと察知は困難だ。そういった実力者が至近にいればこちらも気付くし、その場合は私も大人しく退散するとも」
ミネが渋い顔をするが、エデン条約時にセイアを救護した身としては当然だろう。が、当の本人が自由人だし、黙認する形になっているのが現状だ。セイア自身もその辺りは弁えているのか、こういった身内の場以外で使用することはほとんどないのが不幸中の幸いだが、よくよく考えるとこんなトンデモスキルを生徒に平然と伝授する先生も大概なのでは。今更か。
……まあ先生だし、で流しちゃう私達も毒されてるなあ……。
慣れって怖い、と思い黄昏れていると、不意に木を打つ低い音が響いた。ナギサが視線を向けた先、入口の両開きの扉をゆっくりと押し開け、一人の生徒が姿を見せる。
「ミネ団長、注文していた医療機器が納品されました。受取印をお願いしたいのですが……」
一礼しつつそう告げるのは、シャーレ保健委員長として医療系を取り纏めている救護騎士団のセリナだ。聞いた話ではホシノ救出の先生ワイヤーバンジー事件でチャーシュー状態になった先生の治療に当たってからの付き合いだとか何とか。文字だけ見ると何言ってるか分からないのに事実しか言ってないのが最大の恐怖なのだが、そういった事情や同学園ということもあり、シャーレ内ではそれなりに言葉も交わす仲だ。ボランティアの斡旋とかもしてもらったし。こっちの立場が立場だから恐縮されるのが難だけど。しかし、
「セリナ、と言ったか。今は実質休憩中だからミネを連れて行くのは構わないが、その恰好は……」
言われ、セリナが己の姿を見下ろす。彼女の装いは救護騎士団仕様に改造されたトリニティの制服ではなく、マントに三角帽子という仮装用の衣装だった。
今は秋、トリニティ謝肉祭の準備期間ということで、見慣れぬ衣装を纏っている生徒は多い。しかしそのまま生徒会に顔を出すのはさすがにマズいと気付いたのか、慌ててセリナが頭を下げ、
「す、すみません、合わせ中に届いたのでつい……」
「いえ、構いませんよセリナさん。今はどこの団体も準備で忙しいでしょうから」
ナギサのフォローにセリナが恐縮したように幾度も頭を下げ、ミネも礼を言うように軽く一礼。気にするなとばかりに微笑で返すナギサを横に、しかしミカの脳裏に一つのアイディアが浮かんだ。故に彼女は反対側、シスターフッドと連絡を取っていたサクラコに、
「先生と正義実現委員会の打ち合わせって、そろそろ終わるはずだよね?」
「え? あ、はい。五分程前にこちらへ向かうと連絡がありましたので、もうじき到着されるのではないかと」
そっかそっか、と頷きつつ立ち上がる。集まる視線の中、ミカは入口の方へと歩を進め、
「セリナちゃん、ちょっと一つお願いしたいことがあるんだけど、いいかな?」
●
トリニティの校舎内を、足早に進む一つの影があった。
白の長髪を流す、黒のスーツに身を包んだ女。腰のホルダーに収めた白のタブレットを一瞥する瞳は青く、肩の力を抜くように、
「期間中の巡回スケジュールは大方纏まったな。巡回担当もまた参加者である生徒というのが難だが」
警備回りも学外に委託出来れば良いのだが、保安的にも予算的にも不可能だろう。シャーレで人員を都合するにしても、他校の生徒なら参加の叶わぬ祭りを横に警備へ当たらせて良いのかということになる。謝肉祭は幾つかのイベントで他校の生徒も参加が許されている以上、内心不満を得るのは想像に難くない。本来こういった時にこそPMCなどを利用するのだろうが、その筆頭であるカイザーがアレではな……。下手に契約を締結すればコネの始まりで、カヤの一件のようになる可能性も否定出来ない。結局はトリニティ内で纏めるしかないだろう。
「私が複数人いれば、などと言ったところで詮無きことか。……薬師君辺りに聞かれたら本気で実現しかねんな」
苦笑と共に階段を上がり、目的の階で進路を変更。目指すのはティーパーティー執務室、そこで謝肉祭関連の書類を捌いている五人の生徒達の元だ。
……規模や役割を考えれば、正義実現委員会もあの場で業務を行っても問題ないように思えるのだがね。
エデン条約の一件以降、シスターフッドと救護騎士団がティーパーティーを補佐することとなったが、両者は元々ティーパーティーに参画するだけの歴史と権限があった。他にもそういった組織はあるようだが、少なくとも己はそれを知らないし、正義実現委員会の名がそこに挙がったこともない。複数の派閥が纏まって出来上がった故の弊害と言えばそれまでだが、規律と伝統を重んじる校風のトリニティではそういった改革も一苦労だろう。当の正義実現委員会が自分達をティーパーティーの下部組織と定義している以上、己に出来ることは何もない。強いて言えば彼女達を手伝うくらいだ。
「その一環で学園祭の準備手伝いというのも因果なものだね。現役の学生時代には見向きもしなかったイベントに、十年もの時を経て参加しているのだから」
窓外に見える活気ある光景に口元が緩むのを自覚しつつ、興味を惹かれる屋台や出店はしっかり控えておく。生活安全局の二人はともかく、対策委員会やエンジニア部は土地勘もないだろうし、幾つか目的地を見繕っておくだけでも違うだろう。余裕があれば自分も回りたいところだが、マリーの手伝いを鑑みるに時間的余裕はあまりないかもしれない。
そういった意味でも、ミネやサクラコの拘束時間を減らす為、事前の準備は大切だ。
決意を新たに、ティーパーティー執務室の扉の前で足を止める。ノックは要らない。私と桐藤君達の仲だ。同性故サブカル的ラッキースケベに遭遇しても問題なし。完璧だね?
という訳でいざ突撃。
「待たせたね諸君。そろそろ休憩がてら外の空気を吸いに行くというのはどうかね?」
両開きの大扉を押し開け、そう告げつつ入室した先、こちらを迎えるように立っている影があった。
紫を主体としたマントと三角帽子。いつもの制服の上からそれらを纏ったミカが、やや俯いた姿勢で正面に立っている。見れば苦笑で会釈を送るセリナと事態が呑み込めていないらしきサクラコを除き、他の面々は形容し難い表情でミカを見ていた。
何事だろうかと首を傾げる眼前、ミカが口を開き、沈鬱な声音でこう言った。
「でも私は、魔女だから」
懐かしい言葉だと、そんな感慨を抱くより早く、ミカが満面の笑みで両腕を振り上げ、
「でも私は!! 魔女だから!!」
ナギサが無言でソファに倒れ込んだ。
●
やりおった、というのがセイアの正直な感想だった。
……お転婆娘とはいえ、こんな出オチそのものの不謹慎ギャグをブチ込むとは……。
経緯が経緯故、基本対外的には大人しくしている。しかし一連の事件を経て心を許したということなのか、身内の場では素の面も多く見せるようになっていた。
良いか悪いかは時と場合によるが、彼女は元来物事を深く考えず感情で動くタイプだ。その場の勢いで突っ走り後から頭を抱えるという流れを見たのも、決して一度や二度ではない。
それをここでやらかした。
自分達以外この場にいないのは僥倖だった。仮にこれをティーパーティーの行政官達に見られたら、どんな噂が飛び交うか分かったものではない。シャーレの活動で評価が持ち直したとはいえ、彼女に否定的な派閥も決してゼロではないのだから。
そういった心配や根回しを陰で行っていたであろうナギサの心情を思うとこのお姫様は一発殴られても文句を言えない気がするのだが、
……まあ、悪気がある訳ではないし、先生の行状に比べれば可愛いものか。
何か人として慣れてはいけないものに順応してしまっている気もするがまあ良い。良くない。どっちだい。ともあれ、
「出し物が終わったので口を挟ませてもらうが、先生、これは──」
「違います」
フォローを入れておこうと口を開いた瞬間、凛とした声が室内に響いた。
全員の注目を浴びる中、しかし物怖じせず一歩前に出たサクラコが、ミカを真っ直ぐに見据える。気圧されたように身じろぎする彼女に構わず、サクラコは胸の前で領手を握り、
「ミカ様は魔女ではありません!! ティーパーティーの一員で、シャーレの副長です!!」
やりおった、と再度の感想をセイアは抱いた。
●
ギャグにマジ返しされちゃったかー……、とミカは内心で零した。先生に対するサオリのカウンター染みたムーブを、まさかここで食らうことになるとは。前シロコちゃん辺りにも思ったけど天然って怖いね!! 解説しても通じなさそうな辺りが特に!!
どーしたもんかなー、と頭を悩ませていると、不意に先生が身を折った。笑いを噛み殺し、指で目尻を拭いつつ、
「いやはや、歌住君のソレはもはや天賦の才の領域だね。さすがの私も予想出来ずツボに入ってしまったよ、クク……」
共同漫才ということでウケは取れたらしい。個人賞ではなかったのが不満だが、まあそこは追々。と、場の緊張が緩んだからか、額を押さえたミネが俯き混じりに、
「あの、先生、先生の立場上、こういったセンシティブな話題は大人として諫めるべきではないかと思うのですが……」
……あっ。
言われて自分も今更気付く。よくよく思えばこの場にいるのはエデン条約で重傷負って寝込んだ人とそれを助けた人と、ミサイル叩き込まれて入院してた人、そして銃弾ブチ込まれて生死の境を彷徨った人とそれを看病した人だ。利用された形とはいえその一因である自分がカマすには問題のあるネタだったかもしれない。うわ、今更冷や汗凄いんだけど。思い付いた時は自分の天才ぶりにテンション上がってそこまで考えてなかったよホントごめん。
「良いではないかね」
やっちゃったー……、と沈み掛けたメンタルが、しかしそんな一言を聞いた。隣、帽子の隙間から手を差し込み髪を掻き混ぜながら先生は笑みを零しつつ言う。
「一連の出来事を、己の中で飲み込めたということだよ。自虐ネタとして自ら披露するなど、当時は冗談でも口に出来なかっただろうに」
いいかね? と前置きして大人は言う。
「過去から目を背けたとて、起きてしまった事実を変えることは出来ない。それでもなお向き合い、前に進もうとするならば、僅かなりとも結果は必ず伴って来るものだよ。自分自身を諦めず、生きに行こうとするならば、私はそれを肯定する。失敗することを恐れず、気の済むまで挑戦したまえ」
ただ、と笑みを苦笑に変えると、
「次は自分で衣装から用意して披露すると良い。鷲見君もなかなか忙しい身の上だからね」
あー……、とセリナが苦笑混じりに頬を掻く。そこに嫌気の色はなく、だからと言うように肩を竦めたセイアが、眩しいものを見るように目を細め、
「君という人は、本当に甘いね」
「生憎と現実は苦いことも多いものでね。釣り合いを取ると考えたらこのくらいは許されるだろう。あと──」
一度言葉を切った先生は、ゆっくりと身を起こしたナギサに向き直り、拝むように片手を挙げ、
「桐藤君は後日茶会で持て成させてもらうので、それで勘弁してくれたまえ」
「……それで断ったら私がミカさんのような駄々っ子みたいじゃないですか」
「だ、駄々っ子じゃないもん!! ちゃんと良い子にしてるし!!」
「二分前の己の言動を顧みてから言いたまえよ」
それを言われるとぐうの音も出ない。否、これはセイアが気を利かせてくれたと言うべきか。先生が上手く纏めてくれはしたが、まだ言うべきは残っているのだから。
故にミカは帽子を外し、一同の顔を順に見てから頭を下げ、
「不謹慎なギャグ言ってごめんなさい」
「公的な場でさえなければ、私は構いませんよ」
「先生のエクストリームっぷりに比べれば可愛いものだからね」
「付き合いの長いお二人がそう言うのであれば、私からは何も」
「私もその、先生やシロコちゃんの自由人ぶりに比べればこのくらいなら、はい」
「では一息入れられたということで、お仕事の方再開しましょうか」
微笑や苦笑で済ませてくれる面々を見て、本当に良い友人を持ったと、改めてミカはそう思った。
●
やれやれ、と言わんばかりの弛緩した空気の中で、セイアはミカがセリナに衣装を返すのを見ていた。シャーレを通して面識はあったようだが、立場の違い故気軽に話すのも難しい二人だ。これをきっかけに打ち解けてくれれば、ミカも学内に居辛さを覚えることが減るだろう。
……シャーレに協力と言えば聞こえは良いが、他に時間を使わないということでもあったからね。
自分やナギサが政務に拘束されているのも理由の一つだが、ホシノやヒナという学外の友人とは別で、学内でもそういった輪が広がれば良い、というのはお節介が過ぎるだろうか。まあその辺りは先生も見ているだろうし、あまり心配は要らないかもしれない。頭おかしい上に奇行も多いが、人を見るにおいて過つことはない人だ。現に今も紅茶を淹れ直しつつ、
「で、一体どういう経緯で今のネタを? 聖園君も奔放なタチだが、理由もなくあんなネタをカマすとは考えにくい」
「この場で一番奔放な人に言われたよ私!!」
君も大差ないだろう、とは思うが確かに比較対象が悪い。何しろおもむろに電柱上ったりガチャポン筐体にセミを敢行したり猛烈な女走りで寄って来るような大人だ。同性でも絵面が最悪過ぎる。そんなことを思っていると先の意趣返しのつもりか、ナギサが微笑と共にミカを横目に見て、
「シャーレの面々が個性的な方ばかりで、自分の影が薄いのではないかと要らぬ心配をしていたのですよ」
「ちょっ、ナギちゃん!?」
ミカが慌てて口を塞ぎに掛かるがもう遅い。おや、と首を傾げた先生がティーカップをサーブしつつ、
「おかしなことを言うものだね。聖園君がいると空気が華やぐという無二の個性があるだろうに。仕事柄一人寂しく書類やPCと格闘するのが日課となっているのだが、同じ場に聖園君がいるだけで能率が二十六パーセントは上がるよ?」
しれっと言われミカがフリーズした。理解が追い付くのを可視化したように頬が赤く染まって行き、先程までの騒がしさが嘘のようにしおらしくなった彼女は消え入るような声で、
「……ありがとうございまひゅ」
この大人は……、という呆れと冷やかしが混じった視線が全員から向けられるが、それに気付いていないのか先生は肩を竦めつつティーポットを置いて、
「大体個性云々を言うのであれば、私の方こそ問題だと思うがね。何しろ私は頭が良く運動神経抜群で事務も実働も完璧にこなすが、──驚く程無個性で地味な人間だからね」
ははは、と笑みまで付けて言われた台詞に、全員の目が据わった。冷えた沈黙の中、一同の前に出たセイアは先生に背を向け、音頭を取るようにさん、はい、と手を挙げ、皆で、
「ない!!」
納得行かないように首を捻っているこの大人、どこまで底が知れないんだろうか。