グラスアーカイブ   作:外神恭介

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一度だけで構いません。私を“アロナ”と呼んでください

「先生!! 緊急の用件につき強制召喚にて失礼します!!」

 シッテムの箱の中に広がる位相空間。深夜三時を回ろうかという時刻にそこへ呼び出した人物へと、プラナは急ぎ駆け寄った。

 眼前、白の長髪を靡かせこちらに振り向くのは、黒のパンツスーツを纏った長身の女性だ。連邦捜査部シャーレ顧問、葵・硝子と記載された名札が胸の前で揺れている。知覚素子から得た情報によれば、直前まで書類の山で一戸建てを構築していた彼女は何かを構えるポーズのまま、

「何事かねプラナ君。ゲマトリアの風上にも置けぬ凡俗が活動再開でもしたのかね?」

「そんな小物の敗北者はどうでもいいんです。いえ、微妙に関わりがないとも言い切れませんが」

 地下生活者についての問題はもう解決した。“こちら”のシロコを通じて警告は送ったし、よほどの低能でない限り今後は干渉して来ないだろう。いや、でも、よほどの低能だからああいう暴挙に出た訳なのでそう考えると自棄を起こして暴走する可能性もないとは言い切れないんでしょうか。これはタスクが増える。でも先生の身の安全に関わるので優先度は最大に設定して、後でシロコにも連絡を取って、

「プラナ君、ハングして固まる前に用件を言ってくれたまえ。急ぎで呼び出したということはそれなりの理由があるのだろう?」

「す、すみません、想定外のタスクが発生してしまったもので」

 慌てて一礼。いつもとテンションが違うこちらに違和感を覚えてはいるだろうが、先生はこちらを追及しない。自分の第一声を覚えていて、それを信頼しているからだろう。故にプラナは端的に、テンションの原因でもあるそれを伝える。

「例の件について、全シークエンスを完了しました。──私の世界の先生が遺したデータの復旧と解析が済んだんです!!」

 自分達がこちらの世界にやって来た際に起きた一連の事件。その渦中でプラナの世界の先生はその役目を終え、しかしプラナはアロナの助力があり、こちら側のシッテムの箱に合流することで生き延びている。シロコも己が抱えた後悔を消化し、少しずつ前に進み始めているのだが、

 ……やるべきことが、残っていました。

 あちらの世界の先生は、ほぼ死んでいるに等しい状態だった。それを生身の人間と大差なく動かせるように、プラナがシッテムの箱の権能を用いて様々なサポートを行っていたのだが、その過程として先生の魂とでも呼ぶべきものが、シッテムの箱とほとんど同化していたのだ。

 外界の肉体はそのままに、精神だけを取り込み活動を可能とするこの場所は、加圧により外界比最大十万倍もの時を得ることが出来る。故に先生としての実体はほぼこちらに置き、外界を知覚したデータを先生に送信。返る意思に応じてプラナが先生の肉体に指示を送ると、そのような形で動かしていた。いわば人体を機械的に捉え、脳を先生、神経をプラナ、肉体を義体代わりとしていた訳だ。

 無論一秒が十万秒になるなどという無茶に、人間の脳は耐えられない。それを先生は意地と根性だけで捩じ伏せ常用していたのだが、凄まじきは人の意思の力と言うべきか。しかしここで重要になるのは先生の意思、即ち思考をプラナが観測し記録していたということだ。

 つまりアロナに導かれるまで、プラナは先生の思考データを保持していた。

 今際の際の、最期まで。

 こちらのシッテムの箱へ移るにあたり、ほとんどのデータは置いて来た。人間一人の活動を完全制御するのは如何にプラナでも容易なことではなく、あちらのシッテムの箱はその為に内部のシステムをほとんど書き換えてあった。今後のことを考えれば全て持ち出しておくべきだったかもしれないが、その場合プラナは間に合わず消滅していただろう。

 それを理解してなおどうにか持ち出した僅かなデータ。脱出の間際に生成されていた、奇跡的に気付くことの出来たファイル。先生の遺言に等しいそのデータについて、生還後プラナは真っ先に伝えた。己の我が儘がなければ、先生が全裸で生還することもなかったはずだと。先生の生死が懸かっていたというのに、このデータだけは捨てられなかったのだと。そしてその解析の為に、緊急時以外は助力出来なくなってしまうことも。だが二人は笑みを返して、

「つまり私の一張羅は、もう一人の私の遺言を身を挺して庇った訳か。たかだか七十万円と私の全裸報道程度で故人の意思を守り抜けて、笑えるオチもついたのだ。なかなか美談だと思わんかね?」

「大丈夫です!! 元々私は一人で先生をサポートしていましたし、楽出来るのがもうちょっと先になるだけです!! 暇な時はお手伝いしますので、絶対に解析しましょうね!!」

 などとこちらの助力まで申し出る始末で。おかげで地下生活者の件ではかなりギリギリの介入となってしまい心底猛省したりもしたのだが、その結果がようやく出た。その事実が通じたのか、先生が珍しく目を見開き、

「遂にか……!! 確かかね!?」

「はい、先生が買い漁って来てくれた外部拡張メモリを全てダメにする勢いで酷使した結果、プルーフも取れました!! 修復は完璧です!!」

 おかげでアロナは今も床で雑魚寝する程疲れ切っていて、喜びを共有出来ないのが難だ。先生の書類消化効率もかなり落ちて無茶をさせた。だがそれだけの意味があったと、プラナはそう判断している。先生へと託された最期の一言は今でもはっきりと覚えているが、他にも伝えたかったことは沢山あっただろうから。そんな想いと共に解析を終えたデータは、しかしあまりにも彼女らし過ぎて安堵と脱力を得たものだが、

「……あ」

 膝から崩れ落ち掛かった身を、先生に支えられていた。脇の下に手を入れるとこちらを抱き上げ、椅子に座らせると口元を緩めて、

「大仕事をやってのけた直後だ。テンションは高かろうが、疲労した身体はついて行けまい。ひとまず座って落ち着きたまえ、ホットミルクでも用意しよう」

 すみません、と頭を下げるが、気にするなと手を振られるだけだ。背もたれに身を預け息を吐くと、随分と身体を重く感じた。話が一段落ついたらキャッシュデータの整理後スリープに入ろうと、そんなことを思いながら先生の背中を見守る。程なくアロナの蹴飛ばした毛布を掛け直しつつ戻って来た彼女から、湯気を上げるマグカップを受け取り、

「さて、では逡巡しても仕方ないのでストレートに行こう。……私の遺言はどのようなものだった?」

「短いテキストデータが二つ。それぞれ私と、砂狼シロコ宛のものでした」

 それは、全てを失った先生に最後まで残された繋がり。だから宛先は薄々予想出来ていて、それ故に二人の名をフックにデータを解析していた。他人へと宛てた言葉を見るのは忍びなかったが、かといって文字化けの文面を渡す訳にも行かない。整合性を確認する為シロコの方も中身は改めたが、修復完了を確認の後その記憶は消去した。こういうところは情報体である己の利点だが、後でちゃんと謝っておこうと思う。

 そんな思考を走らせる眼前、先生が頷いた。カップを口に運び喉を潤して、

「ふむ、まあ妥当なところか」

「……驚かないんですね。先生宛に今後の示唆など、あってもおかしくないと思いますが」

「同じ私同士だ。伝えるべき言葉は、あの一言で十分だろう。私の返答が届いていたならばこそ、もはや言い残すことはあるまい」

 先生は笑って言う。

「もし私が同じ立場でも、多くは語らないだろう。教えるべきは、諭すべきは、日々を通して伝えて来たはずだ。最後の最後ならば、大事な一言だけで良い」

 返る言葉に、プラナは己の気持ちを定めた。否、覚悟が固まったと言うべきか。大きく息を吸って、吐き、先生の青い瞳を真っ直ぐに見据え、

「先生」

 言う。

「厚かましいのを承知の上で、一つお願いがあります。いいでしょうか」

「一つと言わず幾らでも構わんよ? プラナ君には色々と世話になっているからね」

 鷹揚に答えつつ、先生が姿勢を正した。こちらの雰囲気の変化を悟りつつ、しかし気負わないようにというところか。そういう婉曲な気遣いは、本当に変わっていなくて。

「一度だけで構いません。私を“アロナ”と呼んでください」

 だからこそ、その願いを口にすることが出来た。

「……いいのかね?」

「それが必要だと判断しました。なので遠慮なく、気兼ねなく、一思いにお願いします」

 そうか、と先生が頷いた。僅かに間を置いて立ち上がり、ゆっくりとこちらの眼前へ。応じてプラナも席を立ち、大きく開いた身長の先にある青の瞳を真っ直ぐに見た。

 先生が手を伸ばす。こちらの顔横、頬に触れるようにして髪を撫でた。そのまま頭の上へと手を動かし、労るように優しく置く。

 細められた目は、何かを懐かしむようで。頭を撫でられる感触と共に、“アロナ”はその言葉を聞いた。

「よくやってくれた。君は私の誇りだ、アロナ君。──感謝である」

 

     ●

 

「──無論である」

 先生の最期の言葉に対し、“先生”は即座の答えを寄越した。真っ直ぐに、もう一人の己が辿り着いた果てを見据え、

「願いも嘆きも未来も矜持も、余すことなく受け取ったとも。後のことは任せたまえ。()()なのだから」

 告げて、胸に手を当て頭を下げる。既に膝をついている相手を見下ろすでもなく、互いは対等だとでも言うようにその眼差しは澄んでいて、

「もう休むといい、誇り高き「先生」よ。それを咎める者はどこにもおるまい。──感謝である」

 

     ●

 

 プラナは、己の予測が事実であったことを悟った。

 今彼女が口にした言葉は、己の先生が最期にこちらへ残した言葉と全く同じだった。

 厳密に言えば、別人なのかもしれない。同姓同名で同じ立場なだけで、細かい部分で違いはあるのかもしれない。

 だが、彼女は先生だ。

 徹頭徹尾どこまでも、己が支え見守って来た先生だ。

 彼女はこれからも進んで行く。自分達が失敗した未来も、どうにか出来ると信じ抜いて。

 否、彼女だけではない。

 己の先生とて、失敗したかもしれないが、彼女に託すことでどうにか「出来た」のだ。

 己が駄目でも諦めない。別の己や、頼りになる生徒達。様々な繋がりの力を以て、彼女はもっと先へ行く。

 その証明のように、先生が口を開いた。そこからこちらに向けられる言葉は、恐らく己の予測通りの、

「──これからもよろしく頼む、プラナ君」

「──Tes.(テス)

 プラナは応じた。即座に応じた。かつて見た彼女のように、一切の迷いなく即断した。

Tes.(テスタメント)、この身は何時如何なる時も先生と共に。貴女が生徒を想い、動き、その意思を果たそうとし続ける限り、その剣と盾として最善と全力を尽くします」

 スカートの裾を摘まみ、一礼し、本心からの言葉を告げる。

 失わせない。最後まで生き切った彼女の意思、その後継を絶対に損なわせない。

 あの時彼女と共に消えるはずだった自分の、やるべきことでありやりたいこと。

 その道は目の前の相手がいなければ成り立たず、己にそれが手伝えるのならば、

 ……ああ。

 生きに行こう。人造の生命たるこの身ではあれど、全霊を賭して生を謳歌しよう。

 去った彼女も、きっとそれを喜ぶだろう。

 眼前の彼女も、きっとそれを祝うだろう。

 なれば迷いも揺らぎもなし。

「これからもよろしくお願いします、先生」

 続けよう。私達の青春の物語(ブルーアーカイブ)を。

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