注:この作品は浦島太郎原作の10割パロディで構成された短編となります
やりたかったことは導入でほぼ全て、残りは惰性
むかしむかし、浦島太郎という若い漁業監視員がいました。ある日、太郎が浜辺を歩いていると子どもたちがカメをキャッチボールして遊んでいました。この地域ではウミガメには漁業権が設定います。心優しい太郎はこれを見逃すことができません。しかし子どもたちの動きも機敏です。立ちふさがる者を突き飛ばし逃走を図ります。太郎も負けず、なんとか子どもの一人を捕まえることに成功しました。
「密漁と盗みの現行犯で逮捕する!」
子どもの胸ぐらを掴む太郎ですが、次の瞬間別の子どもからの投石を頭部に受け失神してしまいます。
どれだけ時間が経ったのでしょうか、太郎の意識が戻るとすぐそばで女性と男性の声が聞こえます。
「ええ、そうです。眠っています」
「どんなことがあっても、お前はあの男から離れてはならない。最後まであの男と行くのだ。決して悟られてはならぬ、それが、お前の役目だ」
「はい、わかっています」
薄らぼんやりと声の主を探るため、太郎は体を起こす。
「あら、どうかしたの?」
「いや、あ、あの、変な声が聞こえたもんで、その…… って、あ、君はさっきの亀じゃないか!?」
なんと、女性の声の主はいじめられていた亀でした。しかし太郎が周りを見回しても亀以外の存在は見えません。しかし心優しい太郎は男の所在より亀の安否のほうが大事でした。
「それで君、大丈夫かい?」
「ええ、おかげさまで。ありがとう。ええと、あなたのお名前は?」
「浦島太郎だ」
「浦島太郎…… 男らしい名前ね」
「父さんが付けたんだ」
「そう…… お父さんが……」
亀は優しそうな声で応対します。
「きみは……何者なんだ」
「私の名前は、タートル、永遠の甲羅の中で生きる女」
「タートル……?」
「あのとき放っておかれたら密漁されるところだったわ。だから、お礼がしたいの」
「亀がお礼を? オレをからかってるんじゃないだろうね」
「もちろんよ、これがその証拠よ」
タートルは甲羅の内側から真紅に輝く美しい珊瑚の宝玉を取り出しました。ここ数年、漁協の資金繰りは資本力に物を言わせたアンドロメダ水産の安価な干物に押され、芳しくありません。太郎もまた苦しい生活を強いられていました。
「はい、本物よ」
「本当にもらっていいのかい!?」
「条件があるの」
「条件?」
「あなたは海中の、金銀財宝をタダでくれる竜宮城へ行く。私と一緒に行ってくれるのであれば、その宝玉をあげるわ、それが私の条件よ」
「そうか、また密漁されでもしたら、物騒だもんね」
「じゃ、一緒に行ってくれるのね。よかった」
宝玉に目が眩んだ太郎の決断は迅速でした。それを受けてタートルは姿勢を整えて、続けます。
「太郎、私の背中に乗りなさい」
「うひゃあ、亀の背中に乗るなんて、昔のおとぎばなしみたいだね」
「二度と帰らない若者のためには、こんな心休まる演出じゃないとダメなの」
「オレは金銀財宝をもらって必ず帰って来るさ!」
「そうだったわね」
太郎を乗せたタートルはのっそのっそと海へ入水していきます。
「タートル、海には空気がない!」
「私はウミガメよ。陸を這うのは最初の少しだけ。絶対安全の対エネルギー無限電磁バリアーで守られているから水は通さないわ」
「そうなのか」
普段素潜りするときとはまるで別世界の、まるで硝子を通して見えるような美しい水中の光景に太郎は目は思わず見とれます。
「うわーきれいだなー」
タートルはぐんぐんと海の中を進んでいきます。何時間ほど海中を旅したでしょうか、タートルが提案します。
「疲れたでしょう? 休憩しましょう」
「いいね、どこで休憩するんだい?
「鯛炭、この海で一番美味しい炭火焼の鯛が食べられるところ」
タートルは浮上すると、島の岸辺へと上陸しました。水晶のように透き通って煌めく海、緑溢れる海岸に色とりどりの百花繚乱、蝶が舞い小鳥が囀り、まるでこの世のパラダイスです。人々は長閑に散歩をしています。
――風切り音
太郎の眼の前で通行人が矢で撃ち抜かれます。
「こ、殺された!」
とっさに後ろで待っているタートルのほうへと振り返ります。
――再び風切り音
タートルに矢が迫ります。
「あっ!」
矢はタートルに命中しましたが、硬い甲羅に阻まれ矢尻はあっさりと砕け散ります。
「タートル、ここで休憩はやめにしよう」
再び太郎を乗せ進むタートル。
「なんてところなんだ、鯛炭という場所は」
「鯛炭では何をしてもいいの、個人の望むままに、したいと思ったことをしたいように自由にやってもいいのよ、それが鯛炭の決まり……楽園法。次は、もう少し安全なところで休憩しましょう」
「いや、休憩するともっと疲れそうだ。一気に頼むよ」
「分かったわ」
太郎の要望に合わせ、タートルは一路竜宮城へと加速します。
一体どれほど泳いだでしょうか、太郎はタートルの背中でぐっすりと眠ってしまっていました。一方で旅の終わりは確実に近づいています。薄暗い海藻の林を抜けた先に眩く輝く竜宮城。色とりどりの超高層珊瑚がそびえ立ち、イソギンチャクがしなやかに触腕を揺らし、鮮やかな魚たちが軽やかに泳ぎ回ります。まさに魚たちの都と呼ぶにふさわしい絢爛な市街地を抜け、太郎を乗せたタートルは宮殿へと入っていきます。
「ここが、竜宮城」
目を覚ました太郎はタートルから降りて周囲を見渡します。ほどなくして5匹ほどの良型の鰆や太刀魚、梭魚といった魚達が出迎えにやってきました。
「おかえりなさい、タートル王女」
「……タートル王女!?」
太郎は驚いてタートルを振り返ります。タートルの表情は硬いように見えました。
「王女、よくご無事で、しかもお連れになったこの人間の勇猛果敢さ、責任感の強さは一切コンピューターでコントロール・センターに送られて来ておりました。王女をよくぞ救ったと、女王様も太郎様には謝礼をしたいとおっしゃられております。ぜひこの竜宮城で第一級のおもてなしと、第一級のお食事をお楽しみになられてください」
太郎はタートルと一時分かれ、親衛隊の魚たちに案内されて、宴の会場へとやってきました。様々な海の幸が並び、踊り子の鯛や平目による舞い踊りによってもてなされます。食事についてはどこかで食べたことがあるような気がしましたが、それでもこの歓待ぶりにいたく感動し、特に踊り子達の物静かな表情に心を奪われました。
タートルの命の恩人である太郎に対するもてなしは三日三晩続きました。いよいよ明日帰宅の予定で、太郎がたっぷりのごちそうを平らげ、お土産として玉手箱をもらい、用意された客室で眠りに就こうとしたところです。
「太郎、太郎、入るわ」
部屋に入ってきたのはなんとタートルでした。竜宮城に着いて以来太郎はタートルと顔を合わせることができていませんでした。王女としての職務が忙しく時間が取れないと親衛隊達から聞いており、寂しさを覚えていた太郎は思わぬ再会に喜びの表情を隠せません。
「タートル、忙しいんじゃ、いいのかい?」
「ええ、太郎、見せたいものがあるのよ、私と一緒に来てくれるかしら? 玉手箱を持ってね」
「うん、いいよ」
タートルに連れられて部屋を抜け出すと、宴会場とはまったく別の今まで訪れたことのない区画へと進みます。太郎がもてなしを受けていた綺羅びやかな雰囲気はそこにはなく、本来の海底らしい陰鬱な空気に太郎は思わず押しつぶされそうになります。
「タートル、一体どこへ行くんだい? なんだか気味が悪いよ」
「もうすぐそこよ」
タートルが柱のボタンを押すと、床が光り、そのまま太郎たちを乗せて下へと下がっていきます。
「うわ、なんだこれは!?」
「オプチカル・エレベーターよ。大丈夫、すぐに慣れるわ」
降り立った先はまさしく海の底でした。
「ここよ」
タートルが示したその場所は、まるでなにかの巨大な工場のようでした。中では無数のベルト・コンベアーが魚をいっぱいに載せて動き続けています。載せられた魚たちはエラが動いており、生きていることは明らかですが、小刻みに痙攣しており、およそ異常な光景です。
「タートル、ここはなんだい?」
「竜宮城の水産加工場よ」
「水産加工場!?」
「そう、竜宮城のさらなる繁栄のためにと女王、つまり私のお母様が命じて作られた施設。竜宮城は人間たちの企業、アンドロメダ水産と契約して、国民たちを捕らえて商品として出荷しているのよ」
「そんなばかな!?」
しかし太郎には心当たりがありました。竜宮城で食べた海の幸の数々、今思い返せばあれは確かにアンドロメダ水産の味です。干物、瓶詰め、真空パック。太郎たち個人経営の漁師たちでは価格も品質も敵わない、自分たちの苦しい生活の元凶の商品の味。
「あれを御覧なさい。あの光を浴びた魚たちは一瞬で神経締めされたのと同じことになるの。ここは冷酷で非魚道的な殺戮工場」
タートルの示すところを見ると、アーチ状の構造物がベルト・コンベアーに取り付けられており、魚が通過するごとに光っているのが見えます。光を浴びた魚たちはひときわ大きく痙攣すると、いよいよ本当にぐったりと動かなくなります。
「太郎、玉手箱はね、一種の時間を操る装置なの。玉手箱を開けたときに発生する煙を浴びている間は10億倍のスピードで時が流れるのよ。お母様は太郎を地上に返すつもりなんてないの、ここで殺すつもりよ。万が一逃げられても、逃げた先で玉手箱を開けると一瞬にして老衰で死に至ってしまうわ」
一呼吸置いて、タートルは続けます。
「太郎、あそこが龍宮城の動力源よ。あそこに玉手箱を投げ入れれば竜宮城はたちまち機能を喪失して、ベルト・コンベアーの魚たちを拘束している電気ショックも停止するし、竜宮城を覆っている白色中性子ガス帯も消えて出入りが自由になるの」
話をすべて聞き終わるまでもなく、太郎は体が先に動いていました。
「くそ、アンドロメダ水産め!! 貧乏は全部お前らのせいだ!!」
投げられた玉手箱がエネルギー・コアにぶつかって砕け散ると、たちまち白い煙がエネルギー・コアを覆い、エネルギー・コアはみるみると朽ち果てていきます。ベルト・コンベアーも停止し、自由になった魚たちは我先にと逃げていきます。
「タートル、行こう」
動力源を失った竜宮城はその都市機能を維持できず、またたく間に崩れ去っていきます。珊瑚が白化し、イソギンチャクは腐って溶け落ち、海底火山から濃硫酸のマグマが噴き出します。火山の噴火口に天井から岩盤もろとも崩れ落ちた第三艦橋が沈んでいきます、もはや竜宮城の命運が尽きたのは明らかです。
太郎を乗せたタートルが竜宮城から脱出するのが先か、竜宮城が崩壊するのが先かというぎりぎりのところで、太郎たちは無事に竜宮城から離れることができました。
タートルと太郎は、2人が出会った砂浜へと戻ってきました。日は傾き、海も空も一面茜色に染まっています。
「どうしても行くのか?」
「……ええ、私は永遠の甲羅の中で生きる女、でも昔の体に戻るためには……」
「じゃあやっぱり機械の体をタダでくれる星へ…… 俺、待ってるよ」
タートルは何も言わず、ずっと太郎を見つめます。
「もう、逢えないのか……」
「いつか私が帰ってきても、あなたは私に気が付かないでしょう」
唇をかみしめてタートルを見つめる太郎に、タートルは顔を近づけます。そっと唇に嘴をかさねる。
「私はあなたの思い出の中にだけいる女、あなたの少年の日の心の中にいた青春の幻影……」
「私はあなたの思い出の中にだけいる女……」
タートルは振り返らず、海へと戻っていきます。
「タートル……」
太郎はなすすべなく立ち尽くします。しかし次の瞬間、猛然と海へと駆けだす。
「タートルー!!」
波に足を取られ、走ることが叶わなくなれば歩き、そして泳いでタートルを追いますが、もとより人間と亀、水中での移動速度で勝ち目はありません。タートルは沖へ沖へと泳ぎ去り、いよいよ見えなくなってしまいました。
「タートルーー!!」
太郎は沖に視線を向け続けますが、やがて踵を返し丘へと戻ります。
今、万感の想いをこめて亀がゆく…… ひとつの旅は終わり、また新しい旅立ちが始まる。さらばタートル、さらば浦島太郎。さらば貧困の日よ。
「あ、宝物もらって帰るの忘れた」
END
原作は浦島太郎で問題ないと思うんです
パロディ元のほうのセリフだいたいまんまなので許されるのか心配