妖術使いだよ in 真・恋姫†無双 作:槇村 a.k.a. ゆきむらちひろ
気が付けば、彼は荒野にひとり佇んでいた。
「……は?」
まるであやかしの類に拐かされたかのような心持ち。右を見ても左を見ても、何もない、寂寥たる地が延々と続いている。
意味が分からない。理解が追いつかない。もっとも、理解を促すほどの情報が何もないために判断しようがないというのが正直なところだ。青年は混乱している。
混乱はしているものの、そんなことを考えられる程度に彼は落ち着いていた。とはいえ、落ち着けているということ自体が不自然だとまでは思い至っていなかったが。
そんな青年の状況など知ったことかとばかりに、新たな難事が降り掛かる。
「金目のものを出しな」
追い剥ぎに絡まれた。
大雑把に言うならば、黄色が印象的な服装のヒョロ、チビ、デブ。そんな3人の男たちが、剣を突きつけながら彼に凄みを掛けている。
一度周囲を眺め、何もない周囲を確認した後、彼は目の前の男たちに視線を戻す。
「今時、追い剥ぎなのか?」
いろいろな意味で、彼は衝撃を受ける。
時代錯誤な輩に出会ってしまったことや、突き付けられている剣が本物らしいこと、そもそもここは何処なんだよ、などなどなど。ツッコミが追い付かないくらいトンチキな状況に、彼は頭が痛くなってくる。
まずは現状把握からしよう。
改めて、目の前の追い剥ぎ3人組に目をやる。彼がいろいろと考えを巡らしている間も、3人組は声を荒らげ続けていた。それを無視されていることが分かり、さらに激高してみせる。
もちろん、彼はそんなことは露ほども知らない。
「てめぇいい加減にしやがれ!」
「ちょっと考え事に耽っちまったな。すまんすまん。謝ろう」
軽い調子で謝罪の言葉を述べる。自分の非、と言うには状況が殺伐としたものだが、無視するのはよろしくないと考えて素直に謝った。
だがそんな口調が、かえって相手を煽ることもある。
「ちょっと話を聞かせて欲しいんだが。内容次第じゃ、メシ代くらいは出してやってもいいぞ」
「いちいち気に障る野郎だな。自分の立場ってもんが分かってんのか、あぁ!?」
態度が悪いというよりは度胸があると言った方が適切だろうか。良くも悪くも態度が変わらない青年は、普段から少なからず周囲と摩擦を生んでいる。自分の態度が人によっては不快になるだろうことも理解していた。それでも、不用意な諍いが生まれないように気をつけていたりしたのだ。
この3人も、"気に食わない"という範囲に引っかかったのかもしれない。
だが「沸点低すぎだろ」と、思わずにはいられなかった。そもそも剣を突きつけられ脅されているのだから、こちらの方がキレてしまっても文句は言えないだろう?
内心、苛立ちで感情をホットにさせながらも、何とかそれを押さえ付ける。クールに行こうぜ、と、落ち着いて会話を交わそうと試みるのだが。
「ごちゃごちゃ言ってねぇで身ぐるみ出しな!」
「ひとの話を聞けよ」
うるせぇ黙って金を出せ、と繰り返すばかり。
溜め息がこぼれる。
言葉での意思疎通は人間のコミュニケーションの基本だというのに、まるで獣が吠え掛かるかのように一方的に喚き散らす。その様を見て青年は嘆息を禁じ得ない。
つまりは、こちらの都合など一顧だにしないということか。
そう考えた彼は、相手にするのを諦めた。
人として相対そうとしない輩は獣と一緒。人に害をもたらす獣なら、しっかり退治しておかないと後々面倒になるに違いない。
青年は一歩、踏み出す。そして手を振るった。
何やら喚き続けていたチビの男が、何かの力で吹き飛ばされた。顔が原型を留めないくらいにひしゃげ、しばし痙攣を続けた後に動かなくなる。
「あれ、脆すぎない?」
男を振き飛ばしたのは、彼だ。
だが想像以上にダメージを与えてしまったことに眉をひそめる。思ったよりも力を込めすぎたか、と、具合を確かめるように手を握る。
「て、てめぇ何をしやがった!」
男のひとりが叫ぶ。威勢はいいが、声音が震えている。
そんな男たちを気にも留めず、彼は手の具合を確かめるかのように握ったり開いたりを繰り返す。
「まだ話を聞きたいんだから殺しちゃダメだろ」
力の加減が分かったのか、青年は残ったふたりに向き合った。
ヒョロとデブは、そんな彼の態度に圧されたかのように一歩後ずさる。それ以前に、彼が漏らした言葉に恐怖を感じたのかもしれない。
青年は口に出したつもりはまったくなかったのだが。
彼は荒野にひとり佇んでいた。
先程までと違うのは、足元に傷だらけの男たちが横たわっていることと、青年の頭の混乱が収まっていること。
いや、彼の頭の方はまた違った意味で混乱を増していた。
ここは少なくとも日本じゃない。
おまけに時代も現代じゃなさそうだ。
それなのに言葉が通じるってどういうこと?
夢か、夢なんだな?
現実逃避に似たものをぐるぐると頭の中でこねくり回していると。
「そこの男性」
青年は新たに声を掛けられる。
「こんなところで、何をされているのかな?」
我に帰り、彼は声の方へと顔を向ける。
女性だった。
青みがかった髪に、白を基調とした服。美人。それが初見の印象だ。
だが直ぐにそれも上書きされる。
ミニスカートに胸元を開けた姿。それは男の劣情を煽っているかのような、少し動いただけでいろいろなところが見えてしまうのではないかと、男の方が心配になってしまいそうな格好。そして槍を持っていた。
そんな女性が、声を掛けてきた。
あぁ、美人局だな?
場所が異なるなら、そんなことを思っても不思議ではない。
だが青年のいるこの場所は、周囲に何もない荒涼とした荒野のど真ん中である。もし客引きをしているというのなら「お前才能ないからやめとけ」と忠告したくなるだろう。加えて、脅し役も自分でやるなら獲物は見えないようにしろとも。
彼はそんな想像をおくびにも出さず、新たに現れた見ず知らずの人間に不信感丸出しの目で向き合った。
「あんた、見て分かんねぇの?」
「想像はできるのだが、どちらが被害者なのか一見、分からなかったのでな……」
冷静にその場を見れば、彼女の言い分も分からないではない。無傷の男性がひとり。その周囲には満身創痍の男ふたりと事切れた男がひとり、転がっているのだから。
「賊に襲われている者、かと思ったのだが」
「間違ってねぇぞ。危うく身ぐるみはがされるところだった」
「とてもそのようには見えませんぞ?」
これも無理はない。青年はあれこれと考え事をしながら、男たちの懐を漁っていたのだ。傍目にはどちらが賊か分かったものではない。
「こっちも困ってたからな。こいつらが持っていても役に立たないものを、俺がありがたく使わせてもらおうとしてただけ。奪おうとしてた奴らなんだから、奪われたって文句は言えないだろ」
それとも仲間の敵だー、とか言うのか?
血まみれの3人を指さしながら、青年は女性に向けてニヤついた顔を向ける。
「私を賊の一味と言うか?」
「俺にしてみりゃあ、見ず知らずの人間から突然"お前は誰だ?"なんて聞かれればあやしまない方がおかしい。襲われた直後だからなおさら、な」
お前こそ誰だ、賊だと思われたくなけりゃ身分と立場をはっきりさせろ、と。彼は暗に言っている。
捉え方次第では彼自身にも当てはまる言葉だが、彼は気にした様子はない。
「まぁいいや。
ちょっと聞きたいんだけどよ。一番近い町ってどっち? 気が付いたらこんなところにいて途方に暮れるは、追い剥ぎに襲われるは、もう散々だ。無害な人間のいる場所に行きたい」
「気が付いたら、ここに?」
青年の言葉に、女性は反応する。
「尋ねるが、貴殿は"天の御遣い"か?」
「どうしてこうも会話をキャッチボールしようとしない奴らばっかりなんだよ」
本当に何様のつもりだ?
青年が取り繕っていた不信感は本物に変わり、不愉快さを隠そうともせずに表情を歪める。
「先に質問したのはこっちだろ?まずこっちの質問に答えろよ」
「済まないがこちらの問いに答えて欲しい。貴殿は"天の御遣い"か?」
「嫌だね。先に答えな」
道理を知らない奴に譲るモンは何もねーな。
そんな青年の態度に、女性の方も剣呑な雰囲気を醸し出してくる。
端的に言えば、不愉快さ。
だが青年はとうに、そんなものは彼女と比べられないほどに感じている。殴り掛からないだけ紳士的だ、と思っているくらいだ。
「天の御遣いか妖術使いか、と聞いていたが。まさか妖術使いの方か」
「あん?なんだよそりゃ」
知らないのか?と、彼女は怪訝な顔をする。
今、どこの町や村でも取り沙汰されている予言。「空から天の御遣いが現れる」というそれは、各地に広がるとともに、虐げられていた民の願望などを取り込み大きくなって、収拾のつかないものになっていた。
同時に、"天の御遣い"など認めない支配層の人間は「そんなものは妖術師の類で、世を乱す要因でしかない」と否定し、これを広めている。
「そんな中、空に美しい流れ星が現れた。それを追ってこの地まで来てみたところ」
「俺がいた、ってか」
青年は呆れていた。
そんな噂ひとつで振り回される輩に対して。それ以上に、話に聞いたバカバカしいことの中心に自分がいることに対して。
「改めて聞くが、お主は"天の御遣い"なのか?」
「……お前さんさ、それ本気で聞いてる?」
彼女の質問の仕方が、いつの間にか相手にを下に見てするものに変わっている。
だがそんなものはどうでもよかった。
「知るかよそんなこと。分かるわけねーだろ」
おめでてーな、とばかりに呆れた声で彼は言う。
「天の御遣い?そんな大仰なモンなわけあるかバカ。まだ妖術使いって言われた方が分かるわ」
「ほぉ?」
女性の気質、雰囲気が変わる。
何より態度が変わった。下に向けていた槍を上げ、切っ先を青年へと向けた。
「妖術使い、と言うのか?」
彼は心底、もうどうでもいいや、と、面倒そうに言う。
「あぁ。妖術使いだよ」
槍を構えた女性は、踏み込みひとつで青年の懐近くまで移動する。
後は薙ぎ払うだけ。慣れたように槍を振るおうとする。
だが彼の方が速かった。
獲物を持った腕と無手。どちらが速いかなど誰でも分かる。
とは言え。
「ぬぅっ!」
その結果までは分からないだろう。
先にいち速く振り抜かれた青年の腕。そこから生まれた謎の力に、彼女は吹き飛ばされる。
なぜ。どのようにして。
彼女には、理由も原因も分からない。
だが何かの力によって自分は吹き飛ばされ、少なからず身体が軋み、痛みに悲鳴を上げている。
この男は妖術師だ。
彼女はそう確信し、遭ったことのない強者の存在に少しばかり胸を高鳴らせる。
もう一度、青年へ向かい槍を突き立てるべく突貫した。
問答無用で振るわれる槍。ことごとくを面倒そうに捌く彼。その様に楽しそうな笑みを浮かべる彼女。
強い相手との立会に喜びを感じる、といったところだろうか。彼女にしてみれば思わぬ出会い、と言えるかもしれない。
だが彼に言わせれば降って湧いた厄介事でしかない。さらに言えば、立て続けに起きた訳の分からない状況に苛立ちを募らせていた。
それが、彼女が現れたことで臨界点を超える。
端的に言えば、キレた。
「なっ!」
振るわれる槍の隙間を縫うようにして、彼は一歩踏み込んだ。
彼女は驚き、わずかな焦りを覚えながら鋭く槍を突き込む。
慌てることなく、彼は身を逸らすだけでそれを避け。
「がっ!」
伸びきった槍を掴み、引き寄せる。そして重心を崩した彼女に裏拳を振るった。容赦なく、顔面へと。
避けること叶わず、鼻先に拳を叩き込まれたことで血を噴き出す。衝撃で頭を振られ、数瞬、彼女の視界が瞬く。
力が緩み、槍が奪われた。
獲物を手放したと気付いた時には既に、槍は彼の手の中に有り。青年はその石突を抑え、槍先を地に付け、柄に足を掛けてひしゃげるほどに体重を乗せ。
折った。
その所業に彼女が驚愕する暇もなく、ふたつに折られた槍が投げつけられる。止まらない血を抑えながら、辛うじて避けてみせるも。
「ぐあっ!」
向き合い直す間もなく、彼女は懐に入り込まれ、顔面を鷲掴みにされたまま地面へ叩きつけられる。後頭部がひび割れたかと思うほどの衝撃。頭が朦朧となりかけたが、喉に足を入れられたことで無理やり覚醒させられた。
立会というにはあまりに一方的なもの。一方的に求めたのは彼女の方だったが、内容は彼が一方的に叩き潰したことで終わってしまった。
もっとも、武と武の立会だ、と考えていたのは彼女だけだ。彼にしてみれば、突然刃物を持って襲い掛かってきた輩に対処しただけ。
即ち、殺される前に殺せ、だ。
捉え方の齟齬は、完全ではないながら彼女の方でも察することができた。
だが、遅きに失する、としか言い様がない。
殺されてしまう。
誇張ではなく、心からそう思う。感じる。
自らの武にいささか自信を持っていた彼女だったが、時間にしてみればほんのわずかの間に無力化されてしまった。今も、地に落とされた彼女は喉を踏みつけられ、呼吸ができなくなるほどに圧迫されている。
「意味もなく他人を襲うと返り討ちに遭う。勉強になったな」
何ら気負うことなく、彼はさも当然のように彼女を足蹴にする。
内心、止めを指し損ねたと舌打ちしていた。
先ほどの男は想像するよりも簡単に死んでしまった。そのために、この女性を相手に少しばかり手加減をしてみたのだ。
とはいえ、結局は殺すつもりで相手をした。にも関わらずまだ息がある。あの男たちより地力があることに、青年は何度目か分からない驚きを感じる。
死ぬのが早いか遅いかの違いだから関係ないか、と、それ以上考えるのを止める。
「勉強料はお前の命だ。生まれ変わったら活かせ」
聞いているかどうかなど関係ない。
返事を待つこともなく、彼女の喉を踏み抜こうとする。
その時。
「待ってください!」
声を掛けられた。
足に力を込めたまま、彼は声のした方へ顔を向ける。
女性が、ふたりいた。
ひとりは、茶掛かった髪、眼鏡を掛け、理知的な雰囲気を持ちながらも必死な形相を浮かべている。もうひとりは、長い金髪、背の低さもあって幼く見えるが、やはり焦燥の表情を見せている。
「何だお前ら」
「貴方が足蹴にしている女性の連れです。そうなった経緯は何となく想像はできるのですが」
「彼女を、放してもらえませんかー?」
表情同様に切羽詰まった声で言う眼鏡女性と、焦りを見せている割にはゆったりした口調の幼い風貌の金髪女性。
傍目には、女性を足蹴にしている彼の方が悪者に見える。連れだという彼女たちから見ればなおさらだろう。何とか助け出そうとするのは当然だ。
だが彼は、女性の首を踏んだままどかそうとはしない。力を緩めようともしない。ふたりが何か動きを見せれば即、踏み抜くつもりでいる。
「地べたに這いつくばってるコイツはな、突然俺に武器を向けて飛び掛ってきた。下手したら俺は死んでた。つまりコイツは見境なしの人殺しなわけだ。
そんな危ない奴を取り押さえたのに、お前たちは放せと言う。
ってことは、お前たちは見境なしの人殺し一味ってことなんだな?」
彼は畳み込むように言葉を述べる。
ふたりから視線を外し、足元の女性を潰すべく力を入れようとする。
「それならお前らも潰してやるから、ちょっと待ってろ」
「ま、待ってください!」
「少しは話を聞いてくれてもよいのでは?」
「聞かねぇよ。今寝てるこいつは、俺の話を聞こうともしないで槍を振り回してきた。話をしようってんなら最初から聞けよ、ひとの話をよ。
相手を殺し損ねたから、泡食って"話し合おう"?
言ってることとやってることが噛み合わねぇザコの言い逃れなんて、聞く耳持たねぇな」
足に体重を乗せ、彼は今度こそ女性の喉を踏み抜いた。
地面をえぐる音がひとつ。ひめいがふたつ。
そして、何かが飛ぶような、空気を切り裂く音がひとつ。
どこからか射られた矢が、彼の頭を狙って襲い掛かった。
だがそれは、慌てた様子も見せないまま彼の手によって掴み取られる。その拍子に、足は女性から外れてしまった。本当にわずかな運で命をつないだ女性だったが、それを喜べるほどの意識を保っていなかった。
命を奪う目的で射られた矢。彼はその出処に目を向ける。
遠く離れた場所に、馬に乗った人間がいた。顔までは分からないが、やや大柄な女性がふたりと、小柄な女性がひとり。大柄のひとりが、弓を手にして残心の状態でいる。彼を狙ったのは彼女だということが分かる。
その3人が、馬を走らせ近付いてくる。
「まだ面倒事が続くのかよ」
青年は舌打ちをし、訳の分からない状況のすべてに呪いの言葉を掛けた。
でも続かないんだな。
槇村です。御機嫌如何。
『華琳さん別ルート(仮)』を無理やり終わらせてから、
ずっとオリジナルものを書いていました。
仕事の合間に書いたり書かなかったりを続け、
10万字オーバーで完結を目安にして、
半年で6万4000文字くらい。
遅いな。
んで。
ちょっと気分転換に思い付いたものを書き殴った。
ゲスくゲスく、原作を蹂躙するようなつもりで。
二次小説界隈では嫌われることが多い"最低系"という奴にチャレンジしてみたのさ。
……結構、難しいな。
といっても、
第2話で華琳さんたちが"彼"に翻弄されるところまでしかネタがない。
気が向いたら続きを考える。