妖術使いだよ in 真・恋姫†無双   作:槇村 a.k.a. ゆきむらちひろ

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03:Catch me if you can

 怒りの表し方にはいろいろなタイプがある。多種多様、人それぞれといっていい。傍から見て爆発したかのように激昂する者もいれば、青い炎の如く静かに静かに怒りをたぎらせる者もいるだろう。

 青年は、後者だった。

 怒りの手綱を握りながら、爆発させることなくその密度を上げ、解放する時をうかがっている、と評せばいいだろうか。

 

「曹操さんよ。意図はともあれ、あんたは会話を成り立たせようとしてたわけだが。部下があんなで良いのか?」

 

 その原因を作った女性・夏侯惇を指さしながら、青年は曹操に尋ねる。

 周囲の雰囲気が重くなっていくのが分かる。

 彼のせいだ。

 穏やかささえ見られる物言い。だがそれでいて、恫喝しているかのような鋭さを帯びているそれに、この場にいる人間は背筋が冷たくなるのを感じる。

 

 年若くも太守という地位を得ている曹操は、それなり以上に場慣れをし、不慮の事態でも対処し得る胆力も持ち合わせている。その彼女に仕える夏侯惇、夏侯淵もまた、負けず劣らぬものを持っていた。

 だがそれも、あくまで"人"を相手にしたものだ。

 彼女たちはまだ、幸か不幸か"化物"の類を相手にしたことはない。

 

 曹操は、彼が醸し出す得体の知れない不穏さを感じ取った。

 夏侯淵も、及ばずながら彼を相手取る危険さを察知していた。主である曹操の静止もあって弓を下ろしていたが、再び狙いを付けようと構えかけてしまうほどに。それも、理性か本能か分からぬ何かによって押し留められている。

 だが夏侯惇は違った。ふたりと同じく"強者の威圧"に似たものを感じながらも、愛すべき主君を蔑ろにされた怒りの方が上回った。むしろ彼の発するものが夏侯惇の感じる不穏さを助長させ、青年に対する反発をより強いものにしている。

 どれほどのものだとしても、この私が斬り倒してくれる。

 盲目的な忠心と、自分の持つ武に対する自負。そんなものが夏侯惇に、対話を試みようとしていた主・曹操を遮るようにして、青年を見下すような言葉を掛けさせた。

 

 青年と曹操が言葉を交わしている間も、夏侯惇は剣を手にしたまま、じっと彼を睨み付けていた。

 そもそも彼女は頭を働かせて動くということが苦手な人間だ。これまでに培った感覚と、主である曹操への忠誠と思慕。それが彼女の行動原理の大多数を占めている。考えるよりも前に行動、を地で行く夏侯惇に対し、思慮が必要な部分は妹の夏侯淵が補う。それで問題らしきものが起こることもなかった。何とかなっていた。

 

 しかし今、問題が起きている。

 夏侯惇は、この青年が取る横柄な態度が許せなかった。主である曹操を想うが故の憤り。一個人として見るならば、その心根は尊いものだろう。しかし、部下が取る態度としては決して褒められるものとは言えない。

 ほかにも理由はある。青年がもたらした攻撃的な雰囲気を前にして、「主を守らなければ」という本能のようなものが湧き上がったことも理由だろう。

 夏侯惇には、曹操のために威を振るう大剣としての自覚がある。そして目の前に不穏な存在がいる。彼女の中で、「害になるならば排除せねば」という結論に至るのに時間はいらなかった。

 

 一方で、青年にしてみれば夏侯惇のそんな想いなど知るはずも、また知ったことでもなく。彼はただ、理性的な対話で収めようとしていた面倒事が、些細なケチで掻き回されたことに不快さを感じただけ。

 もっと言えば失望も覚えた。

 あぁ、大多数は他人の話を聞こうともしない脳筋の獣なんだな、と。

 

「俺はさ、部下の粗相は基本的に上司の責任だと思ってるんだ」

「面白いわね、貴方。その言葉だけで、理性のほどが量れて嬉しいわ」

「大変だなあんたも」

「こんなところで、流れ者に同情されるとは思いもしなかったわ……」

 

 曹操は溜め息を吐いた。対して青年は意地の悪い笑みを浮かべる。

 そんなやり取りと会話を交わしながら、実情はさておき互いの内面を推し量るふたり。

 傍らに立つ夏侯淵も、姉の言動のまずさを理解すると同時に、目の前の男が主・曹操に対して物怖じしないことに目を見張っている。

 危険な人間ではあるが、対応次第では害にならない。

 姉の夏侯惇と違い、夏侯淵はそう判断する。もっとも、油断はできないし、警戒を緩めようとも思っていない。

 

 曹操も、彼に対して夏侯淵と同じような印象を得ている。

 先入観はあった。今にも人を殺そうとしていた男。その矛先が自分たちに向けられ、難は逃れたものの馬を一頭駄目にされた。「どちらが先に手を出したか」という話になってしまうが、互いに死に掛けたのだ。良い感情を持てないのも無理はない。

 だが面と向かってみれば、物騒ではあるが話の通じる相手だった。

 害があるなら即処断、となっても、曹操としては問題ない。だがそう簡単にいかないだろうことは、信頼する部下・夏侯淵が射た必殺の弓を掴み取ったことを見れば分かる。

 ならば、相手の考えていることを汲み取りつつ、自分の思うように話を持っていけば良い。少なくとも敵対することはないだろう。

 青年も同じような考え方をする人間だったことは、彼女にとって誤算でもあった。資質のある人間を見れば食指が動く曹操にとって、目の前の青年は少なからず興味が掻き立てられる。自分の心情を慮ることのできる貴重な人間が、よりにもよって敵対しかけた人間だったというのも、彼女にしてみれば笑うに笑えない。

 

「でもまぁ、殺すぞみたいなことを面と向かって言ってるんだ。

 もちろん、逆に殺されたって文句は言えないよな?」

 

 そして、状況は敵対する寸前になっている。

 自らの持つ最も大きな戦力が、潰されるかもしれないのだ。

 本当に、笑い事ではない。

 

 彼女の部下・夏侯惇を殺すと大言を吐く。

 ありえない、と、思う。夏侯惇が持つ武のほどは曹操とて自信を持っている。妹である夏侯淵も同じだ。共にいて、武においては負け知らずなのだ。負ける姿を想像できない。

 だが一方で、目の前の青年の不気味さに「もしかして」という怖れを感じる。

 本当に殺されてしまうのではないか、と。

 

 夏侯惇の武への信頼。暴言を吐く青年に対して生まれた軽視。それでも拭いきれない、彼に対する不穏さと未知の力。

 知恵が働くがゆえに、曹操と夏侯淵の行動がわずかに遅れる。

 

「華琳様に対する不敬、その命で贖うがいい!」

「春蘭!」

「待て姉者!」

 

 ふたりは制止の声を上げるが、遅かった。

 

 

 

 

 

 感性と衝動に任せ、夏侯惇が青年に向けて突貫する。気合を込めた声を上げ、剣を振りかざし襲い掛かった。

 

「死ねぇっ!」

 

 彼女はすべて砕けよと言わんばかりに剣を振り抜く。

 だが彼は身をよじらせるだけでその一撃をかわし、彼女の斬撃をやり過ごす。

 かわすと同時に青年は距離を取った。逃がすものかと、夏侯惇は剣を構え直し再度切り掛ろうとするが。

 

「ぬおっ!」

 

 何かが飛んでくる。

 避けることができず、彼女は飛んできたものを受け止めてしまう。

 それは、彼が転がしていた白い服の女性だった。

 不意に人の身体を投げつけられれば、さすがの夏侯惇も面食らう。体勢を崩しもする。つまりは隙が生まれてしまう。

 時間にすればわずかなもの。

 いつの間にか彼は夏侯惇の目の前にまで距離を詰めていて。

 彼女は横殴りにされた。

 脳が揺さぶられるほどの強い衝撃そのままに、彼女は吹き飛ばされる。

 身体のみならず、意識も一瞬宙に浮き遠のく。

 だが幸い、と言うべきか、地に叩きつけられたことで意識をはっきり取り戻した。

 激しい痛みを頭と身体に残しながら、体勢を整え、敵とみなした男の姿を捉えようし。

 

 離れた場所で、振りかぶる姿を見た。

 

 青年が、大上段から何かを殴るように拳を振るう。

 途端、夏侯惇の顔が弾けた。再び殴られたかのように。

 彼女の口元と鼻からわずかに血が流れた。

 呆然としながら、手で拭う。

 やはり血だ。

 

「……何が起きた?」

 

 何をされたのか、彼女にはさっぱり分からない。

 だが、夏侯惇の思考は簡単だった。

 理屈はどうあれ、あの男の振るった拳が当たったのだろう。

 曹操の大剣として武を振るい続ける彼女にとって、血を流すということがどれだけ久しいことなのか。思い出すことができなかった。

 

 

 

「歯向かう獣は、躾けてやらないとな」

 

 もし知識があるならば「シャドーボクシングをしているようだ」と言うだろう。打ち倒すべき相手が目の前にいないまま、青年はひたすら拳を振るう。そのひとつひとつが、夏侯惇の身体に傷を付け、翻弄する。

 明らかに届いていない拳。それが振るわれるたび、彼女の腕に、足に、腹に、頭に食い込み、激しい衝撃と共に弾かれていく。

 

 夏侯惇は、己の武に自信を持っていた。これまで敵として相手取ってきた輩は手にした大剣ですべて斬り伏せ、なぎ倒してきた。

 そう。これまでは。

 彼女にとって、何をすることもできずに嬲られることなど初めての経験だった。想像さえしたこともない。すべて己の武でねじ伏せる。それしか考えたことがなかった。

 それが今はどうだ。ねじ伏せるどころか、相手に近づくこともできないまま翻弄されている。ひどく重く強い何らかの力が、彼女の身体に次々叩き込まれていく。

 

 何とかして青年を剣の間合いに捉えようとする。そうすればこちらのもの。当たればあんな男のひとりやふたり、簡単にボロくずのようにしてくれる。

 彼女はそう思っている。

 確かにそのとおりだろう。

 

 ただしそれも、当たればの話だ。

 

 振るわれる見えない拳をすべて食らい続け、それを耐えながら少しずつ青年へと近づいていく夏侯惇。剣の間合いへと踏み込み、砕け散れとばかりに剣を振るう。

 

「ぬあっ!」

 

 横薙ぎに一閃。速く、重い一撃。そこらの兵ならば、近付いてくる彼女の威を前にしただけで身をすくませて散ってしまうことだろう。

 これまではそうだった。これからもそうだと信じて疑わない。

 彼女のそれが青年の身体を真っ二つにする。

 見ろ、やはり私の剣にかかればあんな男など他愛もない。

 真っ二つにされれば人間は死ぬ。

 生意気なこの男も死んだ。

 彼女はそう思った。

 

 だが彼はまだ生きている。

 五体満足な身体を夏侯惇の懐まで運び、直接、拳を、腹へと叩き込んだ。

 

 たった一撃で、夏侯惇は内蔵を軋ませる。

 悲鳴を上げようにも、身体中の空気が体外へと絞り出されて呻き声さえ出てこない。息の根こそ刈り取られなかったものの、彼女はすべての動きを奪われた。

 

 青年の攻めはまだ終わらない。

 夏侯惇の腹部をえぐった右腕。よじった身が戻る反動に乗るようにして、次は左腕が振るわれる。拳は突き出された彼女の顎を捉え、振り抜かれた。

 砕かれていてもおかしくない威力のそれ。打ち上げるような一撃に夏侯惇の身体が飛ぶ。浮くという言葉では生ぬるい。言葉の通り、飛ばされた。

 仰け反るような体勢で空を舞った夏侯惇は、宙を回転し身を投げ出すようにして落ちる。それでも勢いは殺されず、転げるようにして地を舐め、その身を土だらけに汚す。

 さらに追い打ちをかけるようにして、見えない拳が彼女に振るわれる。青年は容赦なく、ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつと、離れた距離から確実に、重い攻撃をねじ込んでいく。当たるたびに上がる、肉を叩き弾けるような不快な音。そのたびに夏侯惇の身体が、まるで陸に上がった魚のように飛び跳ね、踊る。

 

 ボロくずのようにされ、息絶え絶えとなった夏侯惇。倒れ伏し動けなくなったと判断し、青年はようやく彼女へ近づいていく。

 彼女の利き腕を踏みつけた。大剣から手が離れたところで、蹴り飛ばし、得物を奪った。

 彼は改めて腕に足を掛け、背中も踏みつけ動きを抑えようとするが。

 

「ぬがああああああああっ!」

 

 夏侯惇が抗う。

 咆哮を上げながら、彼女は一矢報いようと渾身の力をもって立ち上がろうとした。

 一時重心を彼女の身体に乗せていた青年は、そのまま身体を持ち上げられてしまう。突然のことと、彼女が見せた馬鹿馬鹿しいほどの力に、さすがの彼も面食らった。

 

 だが、それだけだ。

 

 足蹴にされたことへの憤怒が、夏侯惇に力を沸き立たせた。立ち上がり、あの男を殺す、と相手の姿を視界に入れるよりも前に。

 彼女は吹き飛ばされ、再び地を舐める。

 青年の蹴りが、夏侯惇の顔面をえぐったのだ。

 

 宙に浮かび、自由を失った青年。呆気にとられはしたが、それもわずか一瞬のこと。彼は足を地に着かせるよりも前に、空中で体勢を整え、そのまま夏侯惇の顔面に蹴りを見舞った。

 彼が着地するまでのわずか数瞬。その間に夏侯惇は2度3度と地を転がり、その身を痛め付け血だらけにする。

 頭を激しく揺さぶる一撃を受け、全身を万遍なく強打した彼女は意識を落とし。

 

 今度こそ動かなくなった。

 





当たらなければどうということはない。
槇村です。御機嫌如何。



春蘭さんがヘマをして、魏の面々が何やら面倒なことになる。
そんな展開はある種テンプレートと言ってもいいのではなかろうか。
でも状況の転び方次第じゃ、丸く収まらないこともあるだろうさ。うん。

もっと長くするつもりだったんだけど、
"彼"が長引かせるのを想像できなかったのであっさり目に終了。一方的に。

最初は3人全員と険悪になって、
フクロにしようとした華琳さんたちが逆にフルボッコにされる、
というのを考えていたんですけど。
ちょっと変えてみた。

言葉のキャッチボールで初めて手応えのある球が返ってきた。
となれば、無碍に叩きのめすようなこともしないだろうと判断。
彼が一番求めていたものを、華琳さんはくれたわけですからね。

……これが、恋か。(違います)


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