鬱っぽいな、と。
そう思ったのは七月の事だった。
なんてことはない。私は高校二年生で、その夏の季節。
学校に行きたくなかった。
普段から学校に行きたいと進んで思うような学生ではなかったけど、それにしても変なぐらいには行く気が起きなかった。
学校で楽しいことがないわけじゃない。いじめに遭っていた訳じゃないし、クラスメイトとの仲も良好だった。
夏休みの前で、今学校に行かなければそのまま夏休みに入ってしまうな。
そういった思いがなかったわけではないけれど、私にとっては異常なこと。
私の中では、学校に行きたくないと思っても本当に行かないという事はとにかく変なことだったのだ。
夏休みに入っても、私は変わらずにベッドの上に転がってくだらないショート動画を見て笑いを零すという生活を続けていた。
友達からのメッセージにはそのうちに行くという特段当たり障りもないことを誰に対しても返しており、私はこの現状に対する解決策を見つけ出す事に諦めを抱き始めた。
カーテンから差し込む光に、私は何日外に出ていないのだろうとふと考える。
勿論お風呂には入っているし、スキンケアも欠かしたことはない。
それでも、流石に外にすら出ないというのはどうかと思って、近所に散歩に行くことにした。
日光は部屋の中に差し込む分で十分堪能していたけど、風が吹く中で歩く感覚や肌にまとわりつくような暑さは外でないと味わえない。
外に出たのは正解だったとすぐに思った。
暫く近所を歩いていると、廃工場から笑い声が聞こえてきた。
国道に出る細い道の横にあったその工場は、数年前に車が突っ込んでそのまま潰れてしまったところ。友達のお父さんがそこで働いていたから、当時クラス中の話題になった。
何人か死んだ事故だったから、馬鹿な男子が肝試しで行くくらいの場所のそこは昼間に声が聞こえるはずはない。
幼い笑い声が数人分聞こえてきたので、注意でもしてやるかと行ってみることにした。
普段だったら到底行くはずはなかったが、今の私は無敵だった。
工場への入口はチェーンで塞がれているだけで、高いフェンスや壁、鉄扉なんていうセキュリティとは無縁の様子だ。
動画で見た海外の工場とは違うなぁなんてことを考えながら敷地内に入ると、工場の隅にある扉が開いていることに気づいた。
扉は一部がガラスで出来ていて、おそらくは肝試しにきた学生がやったのか割れていた。
格子状の刺しが入っておりそれなりに補強がされている見た目をしていたので、そう簡単に割れないだろうと思えるが何をしたのだろう。
扉から中に入ると、埃っぽい内部では九人の小学生が戯れていた。
ゲーム機やスマホを持ち寄り、どこからか持ってきたのかベッドにソファーまであった。
どうやって持って来たんだろうと考えていると、小学生の一人がこっちに気づいて声をかけてきた。
お姉さん、僕らの秘密基地できたばっかりだから大人の人には言わないで。
子供にそう言われてしまったら、断るのは至難の業だった。
危ないと説教してやろうとしていた気持ちは何処へやら、私も仲間に入れてほしいとお願いする始末だった。
私はきっと、こういう関係を求めていたのかもしれないと思った。
対等な関係性でなく、上から押さえつけられるものでもない。かといって、自分が上に立つと引け目を感じてしまう。
私は、お姉さんぶって周りに尊敬されたかったのだ。
何ら気にすることなく上から目線にふるまって問題ない関係。
そういうものを私は求めていたのだと、彼らと過ごすうちに少しずつ気づいていった。
私はそれから毎日その秘密基地に通うようになった。
朝に出ていって夕暮れに家に戻るようになった私を親は心配したが、それ以上に外に出ていることに安心しているようで特に咎められることはなかった。
一日中ソファに座ってゲームを楽しむこともあれば、近くの小山まで行って虫取りに励むこともあった。
私はたしかにこの日常を楽しめているんだという実感。それがあった。
友達との日常ではこの感覚は味わえなかった。
私は正しい幸福というものを知れたんだ。
そう思うと、私はもう廃工場に行くことはなかった。
何か期待に満ちているような子供たちの目線は少し苦しかったが、もう私にこの場所は必要ない。
友達の誘いを暫く断っていたからグループに戻るのは少し勇気が必要だったが、皆特に気にもせずに迎え入れてくれた。
少し心配してくれていたし、むしろこっちが申し訳なくなるほどだった。
夏休みが終わるころには私は元の様に深夜まで遊び倒す模範的な女子高生に戻っていた。
その日も私は友達との遊びを満喫し、深夜にご飯を食べていた。
友達と談笑しながらテレビを見ていると、近所で死体が見つかったというニュースが流れてきた。
友達は何も気にせずそのまま話を続けていたが、私は何となくそのニュースを見ていた。
廃工場で八人もの死体が見つかったらしい。
肝試しの場所にもなっているぐらいだし、なんとも怖い話もあったものだ。