岸辺露伴は揺るがない『特定危険用語保険』   作:甘草粥

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ぶどうヶ丘病院 その②

「『ACT(アクト)(スリー)FREEZE(フリーズ)』!!」

 『目標を捉えました。(エス)(エイチ)(アイ)(ティ)!』病室に振動が走る。〈重さ〉によってヘブンズ・ドアーと共にベッドごと床に押し付けられた露伴は声をあげることはなかったが、丙暖壬との戦いの中で足場に落下した際に折れたギプスの巻かれた両足が代わりに悲鳴を上げていた。

「念のため康一を呼んどいてマジに正解だったぜ……」

 見舞いのために露伴の元を訪れた東方仗助は、本へと変化した顔を押さえつけながら冷や汗を浮かべている。その一方で露伴に攻撃を仕掛けた張本人──広瀬康一は苦悩に顔をしかめていた。

「ぼくだってこんなことしたくないですっ!でも露伴先生のためなんですよ~~ッ!!」

「ちょ~~~~っちお話(・・)してるだけなんで邪魔しないでくださいよォ──」

 葛藤に苦しむ康一を他所に、仗助はただならぬ衝撃に何事かと駆けつけた看護師を追い返して入り口の扉に鍵をかけた。

「せっかく見舞いにきたっつーのに第一声が『何しに来たッ!?』だもんなああ~~~~」

「『警察』じゃあこれ(・・)が『病人』に対する正しい対応だ・って教えてるのか?」

 『おまえのようなやつが警察官とは世も末だな』痛いところを突かれたとばかりに頭を掻いて表情を曇らす仗助を露伴は下から見下した(・・・・)。皮肉を吐く露伴を諌めるかのように、仗助の左胸に付いた桜の代紋(識別章)が窓辺からの陽光を食んで、目を背けたくなるほどに輝く正義を病室中に散りばめる。

 仗助が警察官になったということは露伴も康一から伝え聞いていたが、こうして面と向かって話すのは吉良との一件以来であった。街中でそれらしき人物を遠目で見かけることはあったものの、「クソッタレ仗助の顔なんか見て漫画のネタが思い浮かぶわけでもないしな」と意識的に避けていた。

 仗助に命令を書き込まないことを条件に〈エコーズ〉の重力から解放された露伴は、手の感覚を確かめながら制服に身を包んだ仗助を下から上まで舐めるように見やる。

「しかし……馬子にも衣装(・・・・・・)というやつか」

孫にも衣装(・・・・・)おお~~?おれのじいちゃんは確かに警官でしたけど、別に制服はおさがり(・・・・)じゃあないっスよ?露伴先生って意外となぁんも知らねェーのな」

「おまえ……本当に公務員試験受けたんだろうな?」

 哀れみさえ感じる視線を送る露伴に、勝ち誇った表情で仗助が〈警察手帳〉を差し出す。露伴は「問いに対する答えになってない」と詰めることも無駄だと諦め、仕舞うように促した。

「警察官には間違いないんスけど、他とちょいと変わってるトコは『スピードワゴン財団』からの依頼に応えてスタンド(・・・・)絡み(・・)の事件を捜査することも多いってことくらいっスかね~~~~。正確にはスタンドだけに限らず、超常現象とかそーゆー科学で説明がつかない『モノ』が絡んでる事件全般を任されてる感じっスけど」

「もしかすると今回の丙暖壬の一件もそれに含まれてるのか?」

 予想していなかった答えにたじろぐ露伴に対し、仗助はあっけらかんとした態度で肯定した。

(だとしたらおかしい……)

 新たな疑問が露伴の胸に沸き上がる。スピードワゴン財団の職員と丙暖壬の情報をやりとりしていたとなると、ベビィ・メタルの〈能力〉が課せられるはずである。真実を暴こうとするならば必然的に〈特定危険用語〉と丙暖壬を結びつける回数も多くなり、メタルキングダムによって命を落とす職員も一人や二人で済むはずがない。いったいどのようにして情報を共有していたのかと露伴は仗助に尋ねた。

分散(・・)させたんスよ。こういう風に」

 仗助は卓上のメモ帳を手に取り、〈丙暖壬シスイと殺人の言葉を結びつけると攻撃を受ける〉と書き込んでから細かく破き、クレイジー・ダイヤモンドで治して(・・・)みせた。丁度文節のところで千切られた言葉たちが元の文を形成していく。これと同じことを複数の職員でやったのだと仗助は言った。

「なるほど。それなら直接教えた(・・・)ことにはならない。あえて全員を『第一発見者』とすることでメタルキングダムの発動を防いだのか」

 露伴はつい先程までの自身の考えを改め、仗助の体験の記憶を読んでみるのも面白そうだと思ったが、交わした〈条件〉を思い出し、またの機会に取っておくことにした。

 露伴がそのようなことを画策しているとは知らない仗助は、話が逸れたことをぼやきつつ、露伴を〈治療〉するためにここにきたのだといってクレイジー・ダイヤモンドを発現させた。

「必要ない」

「露伴先生ッ!!仗助くんだって先生のことを思って……」

「だが断る。断固としてな。康一くんには悪いがシンプル(・・・・)にこいつに『借り』を作りたくないんでね」

 自身を治療すると名乗り出た相手に、警戒と僅かな敵意に満ちた視線が向けられる。仗助は露伴に倣って皮肉で返そうと思ったが、祖父と過ごした日々の記憶が不意に甦り、言おうとしていた言葉を呑み込んだ。

「……おれはじいちゃんが守ってくれたこの町が好きなんスよ……。アンジェロや吉良の野郎が傷付けたこの町を治すためにこの『スタンド』を手に入れたんだ……なんてマジに思ってます。それが全部『善意』かって聞かれたらそーゆーわけでもなくて……。うまく言えないんスけど、じいちゃんを守れなかったことへの『償い』みたいな面もあるのかも知れないっス。それに人が困ってんのを見ない振りした、ってんで夢の中に化けて出られたんじゃあ目覚めも悪いっスから」

 自分で言っておきながら急に恥ずかしくなった仗助は咳払いをしてそれまでの空気を流し、こめかみを掻きながら更に続ける。

「別におれからお礼言われても嬉しくないことはよォーく分かってますよ。……ならせめて……その怪我だけはおれに治させてくださいよ。……命張ってこの町を守ってくれた『恩人』に何もしないなんて、んなカッコ悪い真似できっかよ」

 感情が昂り、昔の口調に戻りつつある仗助の言葉には確かな熱量があった。康一は口を挟むことなく、ただ静かに露伴に微笑みかける。露伴が心を開く数少ない人物だからこそ、説得するための言葉を付け加える必要がないことを知っていたし、露伴が正しい選択をすると確信していた。

「……好きにしろ」

「フッ……。グレートですよ」

 『ドラァッ!!』クレイジー・ダイヤモンドの拳が目にも止まらぬ早さで露伴の足を叩きつけたと思った次の瞬間にはギプスは外れ、足だけでなく丙暖壬戦で負ったすべての傷が完治していた。

 露伴は中央で折れ曲がったベッドから降りると、膝を屈伸させたり両手の動作性を確かめながら怪訝そうに呟いた。世界一優しい暴力と言い換えても言いかもしれない

「本当に一〇〇%正確に治せる(・・・)んだろうな?絵のタッチが変わってたらタダ(・・)じゃおかないからな」

「露伴先生ったら素直じゃないんだからぁ──」

「噴上の野郎みたいなこと言わないでくださいよォ~~~~」

 露伴を訪ねる前に立ち寄った噴上の病室で彼を治療(・・)した際に言われたことを思い出す。「こうも毎回イチャモンつけられたんじゃあ堪ったもんじゃねえぜ」と思ったが、それは心の中で仕舞っておくことにした。人は簡単には変わらない。だからこそ真に見るべきなのは外面ではなく、内側に隠された〈本質〉なのだ。

 仗助が壊れたベッドを治そうとする横で露伴がキャビネットの引き出しから何かを取り出すと、目にも止まらぬ早さで一筆入れて仗助に突きつけた。

「こ、これはッ!?」

 警察官の給料数ヵ月分の金額が記された〈小切手〉が仗助の瞳に映り込んだ。金額にも驚いたがそれよりも先に、初めて目にする小切手という存在への好奇心と本物なのだろうかという猜疑心(さいぎしん)が仗助に驚嘆の声を出させた。

 露伴はこの場から一刻も早く立ち去りたいと言わんばかりに荷物をまとめながら釘を刺す。

「勘違いするなよ。康一くんに弁償(・・)させるわけにはいかないだろ」

 意図が読み込めず顔に疑問符を貼り付けた仗助に、露伴は布団を捲り上げてくの字(・・・)に曲がったベッドを仗助に見せつける。

「寝ぼけてんじゃあないっスよね?おれのクレイジー・(ダイヤモンド)にかかればこんなベッドのひとつやふたつ簡単に……」

 同意を求めて康一に視線を送ると、首を横に降る康一の動きに合わせて、その背後に立ったエコーズが人差し指を振りながら「それはS・H・I・T(ナンセンス)だ」と無言で忠告していた。

「それと残り(・・)は仗助、おまえにくれてやるよ」

「なるほど。そーゆーことっスね」

 全てを理解した仗助がクレイジー・ダイヤモンドを引っ込める。ベッドの弁償代を名目に、本来払う予定だった入院費と治療費を自身に渡そうとする回りくどいやり方も、神経を逆撫でる憎まれ口も露伴なりの感謝の形なのだと思い、素直に受けとることにした。

「だけどよォ~~。完治したからってなにもそんな急いで帰らなくたっていいんじゃあねえの?どのみち休み(・・)貰ってるっつうんなら、もう二、三日ゆっくりしてったらいいんじゃないっスか?」

 露伴のためを思った何気無い一言が、帰り支度をほぼ終えてベッドに腰掛けていた露伴の逆鱗に触れる。

休む(・・)?せっかくいいネタ(・・)が入ったってのに、何もせず横になってろってそーゆーことか?漫画家であるこの『岸辺露伴』にそう言ってるんだな?」

「あ~~はいはい。すんませんでした。おれが悪かったっスよォ~~」

 無理に張り合っては事態を悪化させるだけだと判断した仗助は両手を上げ、制帽を振って降参(・・)の意思を伝えた。

「つーかよく小切手なんて持ってましたね?この機会だから聞きますけどォ~~やっぱ漫画家って儲かるんスか?」

「近々『』を買う予定があるんでな」

 仗助と康一は聞き間違いかと思い、声を合わせて聞き返したが、返ってきた〈答え〉は変わらなかった。露伴が二つ目の問いに答えることはなかったが、ほぼ答えは出たようなものだと仗助がそれ以上追求することはなかった。

「一応聞いとくっスけどそれってもしかして……」

「勿論取材のためだ。文句あるか?」

「ですよねェ~~~~」

 露伴はぶっきらぼうに言い放って病室を後にした。

 リゾート道路計画を阻止するために買い占めたその〈山々〉によって露伴は新たな〈怪異〉に巻き込まれることになるが、それはまた別の話である。

 最初から誰もいなかったように綺麗に整えられた病室は消毒剤の臭いを(くゆ)らせている。

「ねえ、仗助君。露伴先生って……」

「ああ、良くも悪くも変わんねーのな」

 

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