岸辺露伴は揺るがない『特定危険用語保険』   作:甘草粥

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ハイウェイ・キング

 露伴が強制的(・・・)に退院してから一年後。窓の外に広がる仄暗い空を覚ますような着信音が作業場に響き渡る。時刻は丁度六時を回ったところだった。

 丙暖壬と激戦を繰り広げた隣家とは反対方向の隣家で昨日から外壁工事が始まり、あのときと同様に騒音によって日中の作業が滞っていた。遅れた分を挽回しようと思い、早起きして原稿に筆を入れようとしたそんな折の電話だった。「こちらの事情などお構いなしにこんな朝っぱらから電話を掛けてくるのは〈彼女〉しかいないだろう」という露伴の予想は当たっていた。液晶に表示された〈泉京香〉の文字に溜め息を吐き、やむ無く電話に出た。

「あッ!露伴先生ですかああ?昨日連絡しようと思ってたんですけどォ、帰り際に急な仕事が入っちゃって結局この時間になっちゃいましたああ~~。先週も徹夜だったし何か最近疲れがとれなくてェ──」

「そいつは災難だったな、とでも言ってほしいのか?どうやら君の電話帳にはぼくのことが『友達』として振り分けられてるらしいな。いいか!ぼくたちは『漫画家』と『編集者』の関係であってそれ以上でも以下でもない。つまりお互い『プロ』なわけだ」

「そうですねェ──」

「プロとして仕事とプライベートを混同するのは意識が足りてないんじゃあないの?」

「でもお~~それはそーとしてェ──」

 十分前から会話をしていたと錯覚するほどに〈シームレス〉に本題へ移行する技は職人の域に達していた。それについては素直に称賛すべきだろうかなどと露伴が考えてるとも知らず、泉の一方的な会話は尚も続く。

「人の話を聞けッ!」

「そういえばあ~~先月発売された『読み切り短編集』の重版決まりましたよォ──。あたしのお気に入りは一番最後の話ですかねぇ~~~~。主人公がブラックホールに呑み込まれて潰されそうになるところとか、何回も読んで先を知ってるのに先が読めなくてドキドキするってゆうかああ~~。露伴先生の描く作品って、読めば読むほど主人公に感情移入しちゃう、みたいなところありますよねェ~~~~」

「気に入ってくれて良かったよ。他に用がないなら切るからな」

 何か言いかけた泉の言葉に耳を貸すことなく〈通話終了〉の表示を押し、これ以上邪魔が入らないようにすぐさまスマートフォンの電源を切り、引き出しの中に閉じ込めた。

「…………」

 泉が話題にあげたせいか、その〈読み切り〉のことが気になってしょうがなくなった露伴は、デスク横のワゴンに置かれた一冊のスケッチブックに手を伸ばした。〈読み切り〉の資料でもあるそのF4サイズのスケッチブックには、丙暖壬シスイ、ベビィ・メタル、そして噴上裕也とハイウェイ・スター。あの日起きた出来事の一部始終が収められていた。

 開かれたスケッチブックと露伴の間に〈読み切り〉の完成原稿が浮かび上がる。

 

 

 生まれてきた意味を知りたいんだ

  熱を帯びて溶けていく小さな身体で彼は言った

 

 

 底知れぬ神秘に包まれた宇宙を彷彿とさせる黒塗りのコマに浮かぶ星の台詞から始まる物語を反芻しながら露伴は思う。万物には役割がある。一見無価値に思える発明にも、宇宙を漂う名もなき星にも、地表を覆う流砂のひとつひとつにさえもそれは存在する。全人類が無価値だと決めつけたモノも、ただ単に皆がその価値(役割)を見出だせていないだけに過ぎない。自身に与えられた〈役割〉を炙り出すための灯火が〈黄金の精神〉と呼ばれるものであり、人はそれを見つけるために時に間違いを犯しながら生きているのだと。きっと噴上に与えられた役割は自分(・・)を倒すことではなく、丙暖壬に罰を与えることだったのだろう。

 (くう)に浮かび上がった漫画は、露伴が読み終えると再び露伴の脳内へと戻り、後にはスケッチブックだけが残った。ヘブンズ・ドアーは自分の〈遠い記憶〉と〈運命〉は読むことができない。だからこそ露伴は心を動かした出来事を忘れまいとスケッチブックに書き残す。それは漫画を描くためのネタである一方で、自身の〈役割〉を探すための手掛かりかもしれない。そうした無意識下の行動も全て〈黄金の精神〉によって導かれているのかもしれないが、それは確かめようのないことである。

 窓枠で切り取られた淡い群青の中で微睡む星と共に、世界は夜明けに向かいつつあった。露伴はスケッチブックに記した読み切りのタイトルを親指で撫でて、静かに閉じた。

 

ハイウェイ・キング〉。それは、自分の名前も知らない星が宇宙を旅する物語──。

 

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