岸辺露伴は揺るがない『特定危険用語保険』   作:甘草粥

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ベビィ・メタル その②

「金崎竜平と西園公隆は『死んだ(・・・)』。たった『()』な……」

「露伴てめえッ!こんなときにつまんねー冗談なんか言ってんじゃあ()えぞッ!!」

 力任せに露伴の肩を引き寄せたことで空いた空間に丙暖壬のページが映り込む。

 

27歳──M県S市内の風俗店の売上の窃取を指示。

     その後、実行役の〈金崎竜平〉と〈西園公隆〉に暴行を加えて殺害(・・)

 

 それまで〈暴行を加えて重症を負わせる〉と記されていた文字が、灼熱のアスファルトの上で(もが)くミミズのように身を捩らせて書き変わっていく。

「『ヘブンズ・ドアー』で読むことができるのは、嘘や偽りの無い(・・・・・・・)純度一〇〇%の『真実(リアル)』だ。どんなに残酷な『現実』であろうと、読み手に忖度して内容を書き替える人間(・・)らしさ(・・・)なんてのは備わっていないし、今後備わることも無いだろう……」

 嗚咽にも似た声にならない声を発する噴上を他所に言葉を言い切った露伴は丙暖壬のドレッドヘアに意識を向けていた。(今何か動いたような気がしたが……)と思ったのも束の間、丙暖壬の目が開くと同時に、ドレッドヘアから飛び出した〈何か〉が露伴を突き飛ばした。

「勝手に見てんじゃあ無えぞッ!このコソ泥があああ~~~~!!」

「な、何ィィィ────ッ!?」

 丙暖壬の頭上で泳ぐ〈銀色の物体〉を見た露伴の警戒心が最大まで引き上がる。寄せ集めた肉の塊から触手を垂らした姿は、見ようによってはクラゲのようにも見えた。触手部分を含めた全長は成人男性の上半身ほどで、銀色に染まった体表が妖しく煌めいている。

「ンッン~。ずいぶんと楽しそうな話をしてますねェ。私も混ぜてくださいよォ──」

 不意の出来事に精神力が途切れ、〈ヘブンズ・ドアー〉が解除されたことで意識を取り戻した丙暖壬が不敵な笑みを浮かべながら立ち上がる。物腰柔らかな口調や仕草とは対照的に、その瞳の奥からは抑えきれない〈悪意〉が滲み出ていた。

 宇宙から飛来した隕石で作られた〈聖なる弓矢〉に射ぬかれたことでスタンド能力を得た者たちは、矢じりに宿っていた〈ウイルス〉によって生命の進化が促されてその力が発現する。それと同時に、ウイルスの〈共鳴〉とでも言うべき副次的な効果により、スタンドから放たれる特有の〈エネルギー〉を感じとる力が身に付くのはスタンド使いの間では周知の事実だった。

「まさかてめーも『スタンド使い』だったとはな……」

 露伴に押される形で更に向こうへ突き飛ばされた噴上が顎を指でイジりながら呟く。そして点と点が繋がったと言わんばかりの自信に満ちた声色で付け加える。

「そーゆー事なら辻褄(・・)が合うぜ。露伴センセも一度は聞いたことあんだろ?ニュースでやってるのをよォ──」

「いったい何の話をしているッ!?」

 『連続圧死事件(・・・・・・)の犯人がこいつだってことだよ』真に迫った噴上の言葉に思わず露伴は息を飲んだ。

 噴上の言う通り確かに露伴もその事件のことを目にしたことがあった。一ヶ月前に杜王町から端を発した謎の怪奇事件。一貫していたのは、被害者は突如苦しみだし、時には救急車が現場に到着するよりも先に見えない(・・・・)〈何か〉によって圧し潰されて絶命するという点だった。被害者には警察関係者が多くみられたが、男子学生や妙齢の女性なども含まれ、科学では説明がつかない死体の特異性と謎の多さから都市伝説的な広がりを見せ始めていた。

 噴上の調べでは、被害者の行動履歴を辿っていくと必ず丙暖壬の影があったという。しかし、どの事件においても決定的な証拠は何一つとして挙げられず、事件は迷宮の深みへと()まってしまったのだ、と丙暖壬を()め付けながら噴上は淡々と述べた。

 世間に公表されることはなかったが、捜査本部が立ち上げられた一週間後、スピードワゴン財団から捜査の即時中止の要請があり、その二日後に捜査本部が解体され、謎に包まれた連続圧死事件は〈捜査凍結(コールドケース)〉となっていた。

 クラゲ型のスタンドの肉塊が大きくうねり、大人とも幼児ともとれる薄気味悪い顔面が中から現れると、顔の側面まで開いた口が大きく開き、気の抜けた声を出しながら丙暖壬の周囲を泳ぎ始めた。

「当たってる……当たってるよォ?イイ(・・)とこ突いてるよォ~~~~??」

 八の字を描いて空を泳ぐスタンドに目をくれることもなく丙暖壬が言葉を重ねる。

「だがまだ早い(・・)……。何事にも『順番』がある。①の次が②であるように……Aの次がBであるように……」

「『順番』を間違っちゃあイケるモンもイケねえよなああ~~~!?」

「まずいッ!!何か仕掛けて来るぞォォ──ッ!!」

「『ハイウェイ・スタ──』ッ!!」

「『ヘブンズ・ドアー』──ッ!!」

 文末に向けて凄みを増すスタンドの声にただならぬ恐怖を感じた露伴の叫びに応じて噴上がスタンドを発現させ、続いて露伴も再度ヘブンズ・ドアーを発現させる。しかしそれらよりも僅かに早く、丙暖壬の声が勾当台に響いた。

罪には罰を(ベビィ・メタル)』」

「なっ!!何ィ──ッ」

 『か、身体が……重い(・・)ッ!!』丙暖壬の周囲を浮遊していたスタンドが自分たちに向かって〈何か〉を吐き出したと露伴が認識した次の瞬間には、噴上と二人揃って地面に膝をついていた。スタンドから射出された〈物体〉は触手を巧みに使って露伴の身体のあちこちにしがみついていた。大きさは20センチほどで身体は半透明。触手の代わりに鎖のようなものが付いており、生物というよりも〈鎖の煮こごり〉というような見た目をしていた。〈ベビィ・メタル〉と呼ばれた本体と違って〈ソレら〉に瞳や口などは無く、無機質(・・・)そのものだったが、ゼリー状の肉体からは確かに生命の気配が発せられていた。(はた)から見れば(じゃ)れ付かれているだけのようにも思えるが、立っているのが困難なほどの〈重さ〉には明らかな〈攻撃の意志〉があった。

安全装置(・・・・)確かにかけた(・・・)ッ!もしかするとこのスタンドは──」

 『(ひとり歩きするスタンド……)』心の中で独りごちた露伴の脳裏に(きのと)雅三(まさぞう)に取り憑いていたスタンド──〈チープ・トリック〉の姿が浮かび上がる。

(本体がこの男でないのなら『安全装置(セイフティーロック)』も意味を成さないッ!そもそもこのスタンドの能力と発動条件は!?『順番』とはいったい何のことだッ!?)

 疑問点は多々あったものの、ベビィ・メタルがひとり歩き(・・・・・)するスタンドで、射出されたものが〈生命体〉であるならば、取り敢えず〈安全装置〉を書き込めば身の安全は確保されると考え、すぐさま行動に移した露伴だったが、身体に纏わりついているスタンド像を模した生命体は実体を持っておらず、書き込もうにも触れることさえ叶わなかった。それならばと、露伴は自身の左ふくらはぎに〈重さを感じなくなる〉と書き込んで重力に対抗した。〈重さ〉から完全に解放されたわけではなかったが、なんとか動けるまでには軽減することができた。

 丙暖壬の頭上に浮かぶ本体(大元)を何とかしなければならないと察した露伴は、〈安全装置〉をかけるべく間髪置かずに追撃をしかけたが、それは丙暖壬の一言によって阻まれることとなる。

ベビィ・メタル『第2の能力』ディバインアタック(不敬審判)

 不可視の〈重力〉が露伴を襲った。

 ヘブンズ・ドアーがベビィ・メタルに近付くほどにその重さは増加していき、1メートルほど進んだところで露伴はあまりの重圧に耐えきれず、ヘブンズ・ドアーと共に両手と両膝を地面につけるはめになった。

 ベビィ・メタルの〈分身〉が付与する〈重さ〉は、ヘブンズ・ドアーで対抗できる程度の謂わば見せ掛け(・・・・)()重力(・・)だったが、〈ディバインアタック〉が(もたら)す〈重さ〉は正真正銘の〈重力〉そのものであった。条件を満たした者が近付くことで発動する物理法則の根底にある絶大な重力()は、その起点を本体であるベビィ・メタル自身ではなく、第三者(宿主)とすることで実現を可能にしているのだと露伴は推察した。ベビィ・メタルが丙暖壬の側に寄り添って離れようとしないこともそう考えた理由のひとつである。

 ヘブンズ・ドアーのペン先がベビィ・メタル本体に届くことはなく、結局最後は重さに耐え兼ねて、無様に地面を這いながら、ディバインアタックの効力(攻撃)が比較的軽微な元いた場所へ戻ることとなった。

 ベビィ・メタルが持つ能力の発動条件と攻略方法を露伴が思案する一方で、丙暖壬は道路脇に植えられた街路樹の側に立ち、勝者の余裕をみせていた。その傍らではベビィ・メタルが木の幹をなぞるようにクルクルと回っている。

「『リンゴの木』ってよォ~~~。一本から『何個』の実が採れるか知ってるかああ~~~?」

「…………」

 唐突な問い掛けの真意が読めず沈黙を保った露伴の代わりに丙暖壬が口を開く。

「『500個』ですよ。尤も、途中で間引かれる(・・・・・)わけですから、実際に収穫()れる数はもっと少ないですがね」

「つまりだッ!1イコール1じゃあねえってことだ!ここまで着いてこれてるか?ああ~~?算数でも数学でもねえ。国語(・・)の話をしてんだよ俺はよぉ~~~」

「ろ、露伴……」

 ベビィ・メタルの声に続いて背後から聞こえた今にも消え入りそうな噴上の声に振り返ったことで、露伴は漸くそこで噴上に起きていた異変に気付く。

「い……いったいこの(・・)『攻撃』はッ!?」

「盗人には『』をッ!共犯者には『倍掛け(・・・)』だあああ──ッ!!」

 そこには露伴に絡み付いた〈二体〉を上回る〈七体〉のベビィ・メタルの虚像(・・)に取り憑かれ、その重さによってアスファルトへ圧迫されて今にも潰れてしまいそうな噴上の姿があった。丙暖壬はその光景に目を輝かせながら不気味な笑い声を溢すと、視線を露伴へと戻して問いに答えた。

ベビィ・メタル『第3の能力』METAL(メタル) KINGDAM(キングダム)(俺の俺による俺のための世界)

 〈キラー・クイーン〉の系譜を感じる音の響きに、忘れかけていた〈畏れ〉が沸き上がり、無意識に二歩後ずさる。必然的に噴上との距離が詰まり、それに伴って呻き声も近付いたが、その一連の流れが「おまえに逃げ場所など無い」と告げられているようで露伴の恐怖心は増加する一方だった。

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