岸辺露伴は揺るがない『特定危険用語保険』   作:甘草粥

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ベビィ・メタル その③

「他人の秘密を盗み見る(・・・・)のも悪いけどよォ──。それを誰かに言いふらす(・・・・・)ってのはもっと悪いことだよなああ──?『口は災いのもと』って言うだろお?災いの()は素早く・確実に摘み取らなきゃならねえ。ちんたらしてたらすぐに()をつけちまうからなァ──!!」

「なるほど……そうか、読めてきたぞ。おまえの能力がッ」

 丙暖壬の掌の上で転がるベビィ・メタルが不敵に笑う。自らの能力に関連するヒントを口走り、露伴に答えを導き出させる悪手とも思える一連の言動も、敢えてそうしているものであり、ベビィ・メタルと丙暖壬は命懸けのやり取りそのものを楽しんでいた。

「能力は『③つ』だ」

「ろ、露伴センセーよォ……悪ィがなるだけ早く(・・)してくれよなああ。思った以上にこいつは『限界(ヘビー)』な状況だからよォ──」

 『分かってるッ』血反吐で染まったアスファルトを虚ろな目で見つめながら声を振り絞る噴上に露伴は強い口調で答え、膝を支えに立ち上がりながら人差し指を立てた。

①つ。スタンドが発動する条件(・・)……それは、特定の語句とおまえを結びつけること(・・・・・・・・・・・・・・・・・)ッ!恐らくは『保険』のようなもので、対象の『秘密』が明るみになる度に『重さ』を持った実体の無い『分身』を放ち、真実に到達した者に取り(・・)憑か(・・)せる(・・)。ただ単に結びつけるだけでは感染しない……重要なのは確信することだ」

「『カゲロウ』というんですよ。その子たち(・・・・・)の名前は」

 二人に取り憑いた〈カゲロウ〉を指差しながら丙暖壬が呟いた。あれほど饒舌だったベビィ・メタルと丙暖壬は意外にもそれ以上口を挟むことはなく、木に寄りかかりながら、まるで自宅のリビングでクラシック音楽でも聞いているかのようにリラックスした表情で露伴の推理を聞いていた。

②つめ。①つめの条件(・・)を満たしたうえでおまえに近付く者に『重力』を与える。①つめの重さを『重圧(プレッシャー)』と例えるなら、こっちは紛れもなく文字通り『重力』だ」

 露伴は振り返り、自身に取り憑いた右肩の分身越しに噴上を見やる。

「……そして最後……。①つめで知り得た情報を他人に共有すれば、相手も巻き添え(・・・・)になる。最初に秘密に気付いたヤツよりも数倍重い(・・)『罰』が下される……」

「ンッン~~。あなた……探偵にでもなったらどうです?」

 ゆっくりと手を叩きながら露伴を讃える丙暖壬の顔に焦りの色はない。寧ろ、「知ったところでどうするんです?」というどこか他人事のような冷めた色をしていた。

 もしもこの場にいたのが露伴一人だけであったならば、露伴は丙暖壬を倒そうとは思わず、逃げ帰って事を終えていたかもしれない。しかし、事実として露伴の背後には〈噴上裕也〉という〈要救助者〉がいた。〈漫画〉という媒体を介して数千、数万の読者に向けて〈友情、努力、勝利〉を説く者として、助けを必要とする者を見捨てて逃げることは、読者への背反行為に他ならない。露伴はそれだけは許せなかった。

 露伴が己の行動を悔いている裏で噴上は攻撃の機を伺っていた。露伴が言い終えるよりも数秒早く丙暖壬の足元にハイウェイ・スターの〈足跡〉を出現させて攻撃を仕掛けようとしたものの、ディバインアタックとメタルキングダムによる合い掛け(・・・・)された重圧によって攻撃が遮られる。丙暖壬の肩に乗るベビィ・メタルどころか、丙暖壬の膝より上に登ることができず、一秒と経たずして歩道の上へと叩きつけられた。一方攻撃を受けた丙暖壬はというと、コロナ禍においてよく見られた対人距離の確保を促す〈ソーシャルディスタンス〉の表示の如く、突如として地面に現れた足跡に足を重ね、スタンド越しに本体である噴上を踏みつけて微笑を浮かべていた。

 超法規的措置(・・・・・・)によって護られた丙暖壬(犯罪者)はかくも厄介(・・)な存在に昇華し得るのか、と露伴は己の見積もりの甘さを悔いた。無尽蔵の殺戮衝動を編み込んで作り上げられたベビィ・メタルという名の受動的(・・・)な〈罠〉。踠くほどに手足が絡まって雁字搦めとなり、最後には全てを諦めて身を捧げるしかなくなるその罠は蜘蛛の巣を想起させた。

 スタンド使い同士の戦いにおいて相手に倒す方法は〈本体を直接戦闘不能にする〉か〈スタンドを倒すことで間接的に本体を倒す〉かの大きく二つに分けられる。本体とスタンドの間に切っても切り離せない〈繋がり〉があるから成り立つ後者の特性は、攻撃の場面では作戦の幅を広げる大きな〈強み〉となるが、防御の際は弱点が増えるという〈弱み〉にもなり得る。しかし、精神エネルギーによる直接的な繋がりがない丙暖壬とベビィ・メタルにはその原則は当て(・・)はま(・・)らな(・・)()。つまり両者を同時に戦闘不能にする必要があるわけだが、露伴には無敵とも思える共生関係を崩す方法がどうにも思い付かなかった。「仮に片割れを失ったとしても、自分自身は痛くも痒くもない。ならば最大限に利用してやろう」という両者の強欲な思惑が、流れるように繋がる会話の妙を作り上げているのだと思った。

「口が軽いやつが一番嫌いなんだよなああ~~~~。知ったふりしてベラベラベラベラとよおお~~~~」

「そんなときに出会ったのがこの『能力』。どうやら私は少し難しく考えすぎていたようだ。もっと『簡単』に、もっと『シンプル』に考えるべきだった」

「人の口に戸が立てられねえのなら、喉奥に()っといナニ(・・)突っ込んで死ぬまで喋れなく(・・・・)しちまえばいいッ!死人に口は無えからなあ~~~~!!クケッ!クケケケケッ!!」

 声を荒げて勢いよく回転しだしたベビィ・メタルに連動して、噴上に取り憑いたカゲロウが回転する。遠心力によって円盤状の〈凶器〉と化した鎖が、既に息も絶え絶えとなった噴上に容赦の無い追撃を食らわせた。勢いよく弾け飛ぶ噴上の頬には、丙暖壬が踏みつけているハイウェイ・スター越しに付けられた靴裏の模様が刻まれており、皮肉にもそれは自身の名刺に施された〈エンボス加工〉のようであった。

 〈ハイウェイ・スター〉は、本体である噴上裕也の健康状態とスタンド像のパワーが〈反比例〉の関係にある稀有なスタンドである。二つ森トンネルで露伴や仗助を襲った際、噴上自身は全身打撲の重症を負っていたにも関わらず、クレイジー・ダイヤモンドの攻撃を難なくあしらっていたり、ヘブンズ・ドアーが弱点を見つけられなかったことからもそのことは明らかである。つまり裏を返せば、万全の状態ならばそのパワーは生身の人間とさほど変わらず、純粋な〈殴り合い〉には向いていないということを意味していた。しかし、その〈反比例〉には時差(ラグ)が生じるため、今この瞬間のハイウェイ・スターのパワーは、つい数分前まで擦り傷ひとつ無かった噴上の健康状態が反映されたものとなっていた。ハイウェイ・スターと丙暖壬は直に触れあっていたが、そうした理由から対象を踏みつけることで養分を奪う効果は当然発動することはなく、その状況から逃れようにも足跡(・・)一枚(・・)()のスタンド像に丙暖壬を押し退けるほどの力はなかった。

「噴上クン……貴方、変わってしまいましたねえ……。このまま『手』も『足』も出せずに死んでしまうんですか??」

「そいつより自分の心配をした方がいいんじゃあないのか?」

 

丙暖壬シスイとあらゆる犯罪を結びつけない

丙暖壬シスイとベビィ・メタルは敵だ!

 

 捲れあがった露伴の左腕に書き込まれた二つの命令。必勝の文字列が朝日を浴びて燦然とした輝きを帯びる。

「『ヘブンズ・ドアァァー』!あのスタンドに書き込めッ!!今すぐにだッ!!」

 能力が解かれるのを待たずしてヘブンズ・ドアーはベビィ・メタル目掛けて夜明けの空気を裂いて空を駆けた。

「ハッ!?」

 次の瞬間、露伴は宙を舞っていた。脚と胴体に走る鮮烈な痛みを感じるよりも先に地面に落下した露伴は、何が起きたのかも分からず瞳を動転させていた。

露伴(ロハン)さん……でしたっけ?貴方のその『能力』……。書き込んだことを強制的に実行させる、といったところでしょうか?」

「だがなッ!関係ねえーんだよッ!!忘れた(・・・・)やら覚えてません(・・・・・・)で『減刑(見逃)』してくれるようなそんな生易しいモンじゃあねえんだよ俺の能力はッ!!てめえが忘れようが忘れまいが、一度やっ(・・)ちま(・・)った(・・)モンは償わなきゃなんねえんだよッ!このダボがッ!!」

 噴上に憑いた個体同様に、回転して露伴を弾き飛ばしたカゲロウたちが回転をやめ、再び露伴の身体にしがみついて逃れられない重圧を与え始める。

「貴方たちがどこに逃げようとベビィ・メタル(カゲロウ)離れない(・・・・・)。おっとッ!安心してください露伴さん。死ぬことはありませんよ……」

 『共犯者(そいつ)はどうだか知らねえがなァァァ──』ベビィ・メタルの(あざけ)りの声に身を包みながら、丙暖壬は朝霧(あさぎり)が充満する住宅街の中へ溶け込んで消えた。

 

 極度の緊張状態に晒されていたせいか呼吸をするのを忘れていたことに気付き、露伴は荒い呼吸を繰り返して落ち着きを取り戻しながら、沸々と沸き上がってきた後悔を謝意()に変えて噴上に告げた。

「すまない……」

「フフ……随分としおらしい(・・・・・)じゃあねーか」

 噴上は既に満身創痍の身であったが、謝罪の意を口にする露伴に対して明るく気丈に振る舞ってみせた。

気休め(・・・)程度だが無いよりはマシだ」

 露伴は自身と同じように〈重さを感じなくなる〉の文言を噴上に書き込んだが、やはり露伴のその言葉(・・・・)以上の効果を(もたら)すことはなかった。取り憑いた七体のカゲロウたちは何を考えているのかさっぱり分からないあっけらかんとした表情で噴上に鎖を食い込ませている。

「役に立たねえかも知れねーし、もう読んだかも知れねーが、ひとつ『忠告』しておくぜ。認めたくはねえがヤツの危険(・・)()対する(・・・)嗅覚』はおれ以上の『超一級品』だ。例のトンネル事故のときも、あとちょっとのところで逃げられちまったしよォ……」

 噴上は乾いた笑いを溢すと、露伴からアスファルトに視線を落として自嘲気味に呟いた。

「ヤツをブチのめす策のひとつも思い浮かばねえこんな情けないナリで言うのもなんだが、生半可な策であいつを追い詰めよう……つったってその前に気取られて逃げられるのがオチ(・・)だぜ?」

「だが……」

 露伴は言いかけた言葉を自ら殺し、考えあぐねた様子で顔に手を当てて眉を寄せた。

「おいおい。さっきかららしくねーぜ露伴センセーよォ──。よーするに『行き当たりばったり』だとか『出たとこ勝負』みたいなのが一番効く(・・)ってことなんだぜ」

「『出たとこ勝負』……か」

 自身の言葉を反芻(はんすう)する露伴に噴上は満足そうに笑ってみせた。

「おれがハイウェイ・スターを出せるのはあと『一回きり』だ。それ以上は付き(・・)合い(・・)きれ(・・)ねえ(・・)。だからよォ──」

 『後は任せたぜ。岸辺露伴(・・・・)』噴上はそう言いきると、重力に身を委ねて瞼を閉じた。それは僅かでも体力を温存させることを目的とした行動であったが、露伴にはそれが、目覚めることの無い永遠の眠りにつく数分先、或いは数十分先の〈未来〉を暗示しているように思えてならなかった。

 幾多の物語を解決に導いてきた〈漫画家〉としての才腕に全幅の信頼を置き、あえて()を省略して呼んだその名前には、噴上なりの最大級の〈敬意〉が込められていた。

 自分に関わったばかりに人が一人死ぬかもしれない。

 自責の念に身を焦がそうとも噴上の命の灯火が勢いを増すことはない。生命線の先端が刻一刻と燃え尽きていくのを肌で感じながら、露伴は攻略の一手を導き出すため、思考を走らせた──。

 

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