「他人の秘密を
「なるほど……そうか、読めてきたぞ。おまえの能力がッ」
丙暖壬の掌の上で転がるベビィ・メタルが不敵に笑う。自らの能力に関連するヒントを口走り、露伴に答えを導き出させる悪手とも思える一連の言動も、敢えてそうしているものであり、ベビィ・メタルと丙暖壬は命懸けのやり取りそのものを楽しんでいた。
「能力は『③つ』だ」
「ろ、露伴センセーよォ……悪ィがなるだけ
『分かってるッ』血反吐で染まったアスファルトを虚ろな目で見つめながら声を振り絞る噴上に露伴は強い口調で答え、膝を支えに立ち上がりながら人差し指を立てた。
「①つ。スタンドが発動する
「『カゲロウ』というんですよ。
二人に取り憑いた〈カゲロウ〉を指差しながら丙暖壬が呟いた。あれほど饒舌だったベビィ・メタルと丙暖壬は意外にもそれ以上口を挟むことはなく、木に寄りかかりながら、まるで自宅のリビングでクラシック音楽でも聞いているかのようにリラックスした表情で露伴の推理を聞いていた。
「②つめ。①つめの
露伴は振り返り、自身に取り憑いた右肩の分身越しに噴上を見やる。
「……そして最後……。①つめで知り得た情報を他人に共有すれば、相手も
「ンッン~~。あなた……探偵にでもなったらどうです?」
ゆっくりと手を叩きながら露伴を讃える丙暖壬の顔に焦りの色はない。寧ろ、「知ったところでどうするんです?」というどこか他人事のような冷めた色をしていた。
もしもこの場にいたのが露伴一人だけであったならば、露伴は丙暖壬を倒そうとは思わず、逃げ帰って事を終えていたかもしれない。しかし、事実として露伴の背後には〈噴上裕也〉という〈要救助者〉がいた。〈漫画〉という媒体を介して数千、数万の読者に向けて〈友情、努力、勝利〉を説く者として、助けを必要とする者を見捨てて逃げることは、読者への背反行為に他ならない。露伴はそれだけは許せなかった。
露伴が己の行動を悔いている裏で噴上は攻撃の機を伺っていた。露伴が言い終えるよりも数秒早く丙暖壬の足元にハイウェイ・スターの〈足跡〉を出現させて攻撃を仕掛けようとしたものの、ディバインアタックとメタルキングダムによる
スタンド使い同士の戦いにおいて相手に倒す方法は〈本体を直接戦闘不能にする〉か〈スタンドを倒すことで間接的に本体を倒す〉かの大きく二つに分けられる。本体とスタンドの間に切っても切り離せない〈繋がり〉があるから成り立つ後者の特性は、攻撃の場面では作戦の幅を広げる大きな〈強み〉となるが、防御の際は弱点が増えるという〈弱み〉にもなり得る。しかし、精神エネルギーによる直接的な繋がりがない丙暖壬とベビィ・メタルにはその原則は
「口が軽いやつが一番嫌いなんだよなああ~~~~。知ったふりしてベラベラベラベラとよおお~~~~」
「そんなときに出会ったのがこの『能力』。どうやら私は少し難しく考えすぎていたようだ。もっと『簡単』に、もっと『シンプル』に考えるべきだった」
「人の口に戸が立てられねえのなら、喉奥に
声を荒げて勢いよく回転しだしたベビィ・メタルに連動して、噴上に取り憑いたカゲロウが回転する。遠心力によって円盤状の〈凶器〉と化した鎖が、既に息も絶え絶えとなった噴上に容赦の無い追撃を食らわせた。勢いよく弾け飛ぶ噴上の頬には、丙暖壬が踏みつけているハイウェイ・スター越しに付けられた靴裏の模様が刻まれており、皮肉にもそれは自身の名刺に施された〈エンボス加工〉のようであった。
〈ハイウェイ・スター〉は、本体である噴上裕也の健康状態とスタンド像のパワーが〈反比例〉の関係にある稀有なスタンドである。二つ森トンネルで露伴や仗助を襲った際、噴上自身は全身打撲の重症を負っていたにも関わらず、クレイジー・ダイヤモンドの攻撃を難なくあしらっていたり、ヘブンズ・ドアーが弱点を見つけられなかったことからもそのことは明らかである。つまり裏を返せば、万全の状態ならばそのパワーは生身の人間とさほど変わらず、純粋な〈殴り合い〉には向いていないということを意味していた。しかし、その〈反比例〉には
「噴上クン……貴方、変わってしまいましたねえ……。このまま『手』も『足』も出せずに死んでしまうんですか??」
「そいつより自分の心配をした方がいいんじゃあないのか?」
丙暖壬シスイとあらゆる犯罪を結びつけない
丙暖壬シスイとベビィ・メタルは敵だ!
捲れあがった露伴の左腕に書き込まれた二つの命令。必勝の文字列が朝日を浴びて燦然とした輝きを帯びる。
「『ヘブンズ・ドアァァー』!あのスタンドに書き込めッ!!今すぐにだッ!!」
能力が解かれるのを待たずしてヘブンズ・ドアーはベビィ・メタル目掛けて夜明けの空気を裂いて空を駆けた。
「ハッ!?」
次の瞬間、露伴は宙を舞っていた。脚と胴体に走る鮮烈な痛みを感じるよりも先に地面に落下した露伴は、何が起きたのかも分からず瞳を動転させていた。
「
「だがなッ!関係ねえーんだよッ!!
噴上に憑いた個体同様に、回転して露伴を弾き飛ばしたカゲロウたちが回転をやめ、再び露伴の身体にしがみついて逃れられない重圧を与え始める。
「貴方たちがどこに逃げようと
『
極度の緊張状態に晒されていたせいか呼吸をするのを忘れていたことに気付き、露伴は荒い呼吸を繰り返して落ち着きを取り戻しながら、沸々と沸き上がってきた後悔を
「すまない……」
「フフ……随分と
噴上は既に満身創痍の身であったが、謝罪の意を口にする露伴に対して明るく気丈に振る舞ってみせた。
「
露伴は自身と同じように〈重さを感じなくなる〉の文言を噴上に書き込んだが、やはり露伴の
「役に立たねえかも知れねーし、もう読んだかも知れねーが、ひとつ『忠告』しておくぜ。認めたくはねえがヤツの
噴上は乾いた笑いを溢すと、露伴からアスファルトに視線を落として自嘲気味に呟いた。
「ヤツをブチのめす策のひとつも思い浮かばねえこんな情けないナリで言うのもなんだが、生半可な策であいつを追い詰めよう……つったってその前に気取られて逃げられるのが
「だが……」
露伴は言いかけた言葉を自ら殺し、考えあぐねた様子で顔に手を当てて眉を寄せた。
「おいおい。さっきかららしくねーぜ露伴センセーよォ──。よーするに『行き当たりばったり』だとか『出たとこ勝負』みたいなのが一番
「『出たとこ勝負』……か」
自身の言葉を
「おれがハイウェイ・スターを出せるのはあと『一回きり』だ。それ以上は
『後は任せたぜ。
幾多の物語を解決に導いてきた〈漫画家〉としての才腕に全幅の信頼を置き、あえて
自分に関わったばかりに人が一人死ぬかもしれない。
自責の念に身を焦がそうとも噴上の命の灯火が勢いを増すことはない。生命線の先端が刻一刻と燃え尽きていくのを肌で感じながら、露伴は攻略の一手を導き出すため、思考を走らせた──。