丙暖壬は足場の最上段に居座ったまま冷静に盤面を観察していた。
ベビィ・メタルの毒牙に
「だからこそッ!このおれがやる『必要』があるッ!!」
狼狽する露伴に向けて言い放った噴上の瞳には言い知れぬ含みと共に確固たる自信が込められており、それは丙暖壬の神経を大きく逆撫でた。吹けば飛ぶような死に体でありながら、いったいどこからその自信が沸いてくるのか丙暖壬には不思議でならなかった。これまで幾度となく自身を救ってきた〈嗅覚〉が「噴上から目を離してはならない」、「鍵となるのはその男だ」としきりに告げていた。
朝霧が晴れる気配は無い。丙暖壬は掴み所の無い〈違和感〉の正体を探ろうと思考を巡らせていたが、嗅ぎわけようにも臭いは淡く、見定めようにも霧が邪魔をし、輪郭をなぞろうにも手が届かない今の現状がどうにももどかしく、もういっそのことこのまま奴らの前に出向いて懐に忍ばせたナイフで
(そう急くことはない……。
丙暖壬は胸の中で独りごちて深呼吸し、ナイフに伸ばしかけた手を引いた。
霧によって多少視界が悪くなってはいたが、手前にいる噴上は勿論のこと、遠ざっていく露伴を見失うほどではなかった。〈
睨み合いが続く膠着状態の中で、本人の意思に反して露伴だけが冷戦の輪から徐々に外れつつあった。この
「露伴センセは
「それは
「ハッタリかましやがってムカつくぜええ~~~~!!」
(血を流しすぎてオカしくなっちまったのか?)
露伴は敵ながら丙暖壬の言う通りだと思った。方法と立場は違えど〈待っていれば勝てる〉と確信する二人を前に、露伴は疎外感のようなものを感じていた。到底理解できない噴上の〈勝利宣言〉を呑み込めるはずもなく、露伴は一人孤独と向き合いながら思い
「
『おれを信じてくれるだけでいいんだ』揺るぎ無く強い言葉は露伴を勇気づけるどころか新たな苦悩の種にしかならず、露伴は無意識に眉を
敵である丙暖壬も露伴同様に思考に耽っていた。歯牙にもかからぬ羽虫がいったいどのようにして一矢報いようとしているのかが気になって仕方がなかったのだ。一度沸いた好奇心を押さえつける術はなく、歯向かおうとする弱者に対する怒りと好奇心は
露伴はいよいよ庭の芝生を抜けて歩道に差し掛かろうとしている。丙暖壬が見つめる先で、それとは別の〈
「
「何を言っている?そんなこと言った覚えは無いぞッ!本当に……このぼくが……この『岸辺露伴』が言ったのか??」
噴上は完全に振り向くことなく、端正な横顔で〈肯定〉を唱えて見せたが、等の本人である露伴には一切の心当たりがなかった。見えない鎖で縛り付けられているかのように強ばった露伴の身体は、噴上の言葉に宿る妙な魅力に抗えず、馬鹿の一つ覚えのように後退を続けている。芝生を抜けた露伴の足の裏に冷たいアスファルトの感覚が染み渡っていく。
丙暖壬は勝利を確信しつつも警戒を怠ることはなかった。
ベビィ・メタルと
もしも露伴がヘブンズ・ドアーによって自身の記憶を
「……どうも辻褄が合わない」
丙暖壬が独りごちるのに合わせたかのように、中腰で立っていた噴上が重さに耐えかねて地面に這いつくばる。丙暖壬にはその様が王様に平伏す貧民のように見えた。越えられない壁。埋まることの無い身分の差。この世界は決められた筋書き通りに何もかもが上手くいくファンタジーの世界ではない。その日暮らしの
「『ハイウェイ・スター』」
最後の精神力を振り絞って具現化した噴上のスタンドが足場の最上段に現れる。銀色の足場板は一瞬にして〈黒い足跡〉によって斑模様となり、丙暖壬とベビィ・メタルを完全に包囲した。
「もう少し楽しめるかと思ったのですが……」
「クケケケケェ──ッ!!本当の大バカ野郎だぜこいつはよおお~~~~!!」
形勢逆転の
「カッコよくて美しいおれにも苦手なことがあってよ~~~~。自分以外の誰かを
そうして話している間もディバインアタックによる重力が絶え間なく浴びせられていたが、噴上がハイウェイ・スターを解除する気配はなかった。
「映画でも漫画でも脇役がいるから主役が輝くんだよなあ~~。『ダークナイト』でジョーカーを演じて助演男優賞貰ったヒース・レジャーみたいによォ~~~~」
路上を占拠する三羽のカラスが「早く止めを刺せ」と言わんばかりに騒ぎ立てる。露伴と噴上の末路を暗示するかのように無惨に食い荒らされたゴミが広がる道路に向けて露伴は霧の中を後退し続けていた。
「それならおれは
動き出した流星は燃え尽きるまで光り続ける。暗闇によって進むべき道を見失った迷い人の〈道標〉として。生きる意味を忘れてしまった人の〈希望〉として。最後の一瞬まで命の火を絶やすことは無い。
「露伴がいないッ!?」
足場板の上で蠢くハイウェイ・スターに気を取られ、ほんの一瞬目を離した隙に露伴の姿は綺麗に消えていた。焦りの色を隠せない声を丙暖壬があげたときには、その〈臭い〉さえも見失っていた。
「バカなッ!?姿と敵意を完全に消したとしても『臭い』は既に『記憶』したッ!」
『見失うはずが無いッ!!』風は噴上たちがいる方向から丙暖壬に向かってやや上向きに流れている。風下にいた丙暖壬は、例え露伴が隠れた場所から何かしようとも、その前に見つけて阻止することは容易だと高を括っていた。
「おいおい。噴上の野郎を攻撃するのか?しないのか?どっちにすんだよォ~~~~」
「待て……。迂闊に手を出すのは『
「あぁ~~ん?俺様が付いてるっつーのにビビりやがって!このフニャチン野郎がよォ~~~~」
「いいから少し黙ってろッ!!」
丙暖壬は腕を振り上げてベビィ・メタルを叩きつけようとしたが、丙暖壬自身はひとり歩きするスタンド──ベビィ・メタルから力を借りているだけでスタンド使いではないため、その左手は空を切るに留まった。
「
噴上の声を浴びて地上で光る星が空へと駆け上がる。
『本物の