岸辺露伴は揺るがない『特定危険用語保険』   作:甘草粥

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ベビィ・メタル その⑦

 戦いは〈勝利〉で幕を下ろしたが、露伴と噴上にはやるべきことが残っていた。

「うぎゃっ!!」

 静けさが戻りつつあった庭先に丙暖壬の声が響く。意識を取り戻した丙暖壬はその場から逃げ出そうとしたものの、砕けた脊椎から生じる痛みによって上手く歩くことができず、庭の片隅に置き去りにされた子供用のゴムボールに足を取られて花壇の縁に頭をぶつけて(うずくま)っていた。

「クソっ!クソっ!クソッ!!……始末()ってやる……絶対絶対始末()ってやる……。挽き殺せないなら刺し殺ォォオオ──すッ!!」

 バネでも付いているかのように勢い良く振り返り、ナイフを振りかざして牽制の構えをとる。

「役立たずのナメクジ野郎が寄って(たか)って『正義の味方』気取りですかああ~~~~??悪者の俺を『裁こう』って言うんですかああ~~~~??泣いて謝って欲しいんですかああ~~~~??」

 丙暖壬が人の皮を被った悪魔であったことを示すかのように、余裕を感じさせる穏やかな口調は崩れ去り、ナイフの切っ先によく似た鋭い〈悪意〉が双眸から放たれている。

「熱くなってるところ悪いが、そもそも裁く(・・)とか裁かない(・・・・・)だとかを決めるのは法の番人である『裁判官』の仕事(役割)であって『漫画家』であるぼくの役割じゃあない。そして謝る必要もない。謝らせることは簡単(・・)だが、見せ掛けの謝罪にはなんの『価値』も無いからな」

「それじゃあ余裕ぶっこいてくだ巻いてねーで舌巻いてとっとと死にやがれ──ッ!!」

 アドレナリンで痛みが消えつつある丙暖壬は大きく二歩踏み出し、露伴と噴上に向けてナイフを左右に振って威嚇する。既に書き込まれた命令(・・)により、露伴には傷ひとつ付けられないことは理解していたが、無尽蔵に湧き出る〈激情〉を吐き出し続けなければ、内部から破裂してしまうのではないという〈恐怖〉が丙暖壬の理性の(たが)を外していた。

 幾百、幾千の無辜(むこ)の人々を暴力によって恐怖の底に沈めてきた丙暖壬が、沈殿していた恐怖に絡め取られて身動きがとれなくやっていく様を〈哀れ〉以外の言葉で表すなら何が一番適切だろうか。露伴はそんなことを考えながら、右肘を上げ、腕で日差しを遮るような独特(・・)()構え(・・)で〈判決(決断)〉を言い渡す。

「だがおまえは言ったな。『行動』には『責任』が伴うと……『』には『』が必要だと……。ときには法で裁かれない悪もあるだろう。正義が必ず勝つのは物語の中だけで、現実はいつだってそう甘いワケじゃあない。……それが事実なのだとしたら『私刑』があるのもまた事実(・・)だ。そうやってこの世界の均衡は保たれている」

 『世の中は不公平(・・・)だからな』露伴の言葉によって着火したかのように熱を持って再び痛みだした部位に丙暖壬が目をやると、足跡型のハイウェイ・スターが自身の手足に食い込んで血中からアドレナリンを吸い出していた。

「『探偵』って言っても仕事はピンキリ(・・・・)でよォ──。デカい依頼もたま~~に入るが、ほとんどが『浮気調査』やら『迷子』になったペットの捜索だとかでどーも張り合いねえんだよなああ。探し物を見つけるのはドンドン上手くなるけどよォ~~~~」

 無限に湧き出るアドレナリンを吸収した噴上の傷が徐々に癒え、語気に〈凄み〉が増していく。

「だから代わりに見つけてきてやったぜ。てめーが落とした『忘れ物』をッ!てめーがこれまで受け取らなかった『』をッ!!」

 スタンドはスタンドでしか倒せない。近付いてくるハイウェイ・スターに丙暖壬はナイフで対抗しようとしたが、その攻撃のどれもが空を切るに終わった。大振りな動きに合わせて弾けた冷や汗が芝生に付着した朝露と共に地面を跳ねる。

「ケガ人をブチのめすのは卑怯だと思うか?おれもそう思うぜ。だから前もって呼んでおいた(・・・・・・)

 救急車のサイレンの遠鳴りが夜明けの冷えた空気を震わせて近付いてくる。

「『救護義務』は果たした(・・・・)わけだから、これでぜんぜん卑怯じゃあねーわけだよな?それじゃあよォ~~~~…………てめーが犯した罪を過去に戻って『精算(払い)』やがれッ!!」

 『ドラララララララララララア────────ッ!!』けたたましいサイレンと共に噴上の背後から現れた鮮烈な赤を纏ったハイウェイ・スターの怒涛の拳が丙暖壬の意識を打ち砕くのに時間はかからなかった。

 

 杜王町は変わっていく。人も、街並みも、自然も。形ある全てのものは周囲の環境に合わせて〈最適化〉され、まだ見ぬ明日へ続いていく。〈完璧〉を追い求めて判断を誤ることもあるかもしれない。そうしたときに正しい道へ導く存在が必要なのだ。自分の命を懸けてでも他者を救おうとする〈黄金の精神〉を持った者が────。

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