丙暖壬を乗せた救急車を見送った数分後。噴上もまた救急車の中にいた。
丙暖壬同様にアドレナリンで痛みを緩和させて半強制的に身体を動かしていた噴上だったが、丙暖壬を解放して
品揃え豊富なホームセンターの如く壁一杯に所狭しと並べられた医療機器を見上げながら、噴上は意識を失う直前の会話を思い出していた。
「どうして
「フフ……全部お見通しってわけか」
脈絡の無い問いだったが、自身が襲われるきっかけとなった二つ森トンネルでの単独事故のことを露伴は言っているのだと噴上はすぐに分かった。十年前、ヘブンズ・ドアーによる取材を受けた際に知り得た真相の経緯を、体験の記憶からではなく当事者である自分自身の口から聞きたいのだと噴上は思った。
「別におれが『飲酒運転』したのは嘘じゃないぜ。事実じゃなくて
『自業自得以外の言葉があるかよ』事故の真相をその一言で片付けた察するに余りある噴上の心境を思って露伴は感傷に浸った。どのような事情があろうと人の命を奪おうとした噴上の行動が正当化されるべきではないが、そういった背景を慮って情状酌量の余地を与えることも時に必要なのだと露伴は思った。
救急隊員は忙しなく動いていたが、噴上にはその動きがやけに鈍化して見えた。救急車一台分の空気が世界から切り取られたことで、救急車の内と外で時間の流れも変わってしまったのかと錯覚するほどにすべてがゆっくりと流動する中で、車内に染み込んだ消毒剤が放つ病院特有の臭いが時の流れを乱し、噴上の中で眠っていた更に古い記憶を呼び起こす。
「ね~~裕ちゃんとびきりカッコいいんだしィ~~『役者』になればああ~~?」
「あたしも今言おうと思ってたのにィ──」
対を成すような金と黒のソバージュヘアを振り乱してヨシエとレイコが言い争う様子を看護師の女が
つい昨日まで意識不明の重体で集中治療室に入っていた身でありながら、既に完治の目処がつきつつある生命力の強さに畏怖の念を抱いたのだろうと、噴上は特に気にすることもなく取り巻きの女に意識を戻した。
争いの輪の中に入ることなく、備え付けの丸椅子に腰掛けて噴上の手を握るアケミが呆れたように呟く。
「裕ちゃんが将来何になるかは、アンタらじゃなくて裕ちゃんが決めるコトだもんねぇ~~♡あたしはどんな裕ちゃんも好きだけどォ──♡キャーッ」
顔を赤らめて手に頬擦りするアケミの温もりを感じながら噴上は数秒考えた。
「『役者』ってのも確かに悪くねえな。悪くはねえが……おめーらはそれでいいのかよ?」
質問の意図が読み取れず三人揃って首をかしげる。
「役者ってことはよォ──。当然
『おめーらはそれでいいのかって聞いてんだよォー』病室に響いた拒絶を示す和音に噴上は満足そうに聞き入っていた。
道路と橋梁の段差を越えた振動で再び現在に呼び戻される。あれほど失うことを恐れていた三人も今はいない。あれから何人かの女と付き合ったが、今思い返せば三人と一緒にいたあの頃が特別幸せだったと噴上は思う。だが、意外にも後悔は無かった。触れられないからこそ価値があると理解していたからである。
「
救急車の後部ハッチが開き、ストレッチャーが青空の下に放り出される。
十年振りに運び込まれた〈ぶどうヶ丘病院〉は老朽化に伴い、今から三年前に大規模な改修工事が入ったことで外観と内部の構造が若干異なっていた。見た目が変わろうとも本質は変わらない。あの頃と同じ名前を冠し、同じ役に徹するこの病院のように。