良秀が例のセリフを言うだけ。
...だったらいいなあ。

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良秀「エ・駄・死」

それは突然のことだった。

その日はねじれ関係の話もなく、時折採光で人格学習チケットや紐を集めながら、ダラダラと雑談していた。それだけの、他愛もない日常のはずだった。

 

《そろそろ鏡ダンジョンにも行こうか。》

 

私は規則正しい管理人。しっかり毎日鏡ダンジョンに行っているのだ。

...主に戦うのは囚人だから付き合わせてしまって申し訳なく思う気持ちもあるが、暇な日常よりもスリルを求めるのが人間の性というものらしく(ヒースクリフが勝手に言ってたことだけど)、囚人たちが良いならそれでも良いかと思っている。

 

閑話休題。問題...と言っていいのかは分からないが、事が起こったのはその時、私が沈潜とつぶやいた時のことだった。

 

「エ・駄・死。」

 

突如、良秀がそう言いながら刀に手を掛け始めた。

 

《良秀!?》

 

他の囚人(主にイサン)が慌てて止めに入ってる間に、おびえた顔のシンクレアにこっそり近づいて聞いた。

 

《シンクレア...さっき良秀は何て言ってたの?》

 

そう、シンクレアは何故か良秀の話す圧縮言語を瞬時に理解する能力を持っているのだ。初めは大げさに驚いた仕草とともに出力していたが、最近は落ち着いたまま直ぐに翻訳するようになった。

...のだが、この時のシンクレアは違った。理解できないものを目の当たりにした、例えるならあの時人魚を目の前で見たときのような、未知に対する恐怖の顔色だった。

 

「えっと...その...」

 

《...もしかして分からない?》

 

まさかとうとう良秀翻訳機が壊れてしまったかと思ったが、そうではないらしい。

 

「いえ、その...何を言ってるのかは分かるんですが、分からないというか...。」

 

《...取り敢えず、そのまま伝えてみて。》

 

いまいち要領を得ないが、きっと何を言っているか自体は分かれどその意味が分からないということだろう。

私にも理解できるかは分からないけれど、停滞よりはマシだろうと思った。それが間違いだったかもしれない。

シンクレアは意を決したようで、ゆっくりと良秀の言葉を解凍し始めた。

 

「えっと、その...。」

 

エッチなのは駄目、死刑だ、だそうです...。

 

《...何て?》

 

「僕に聞かないでくださいよぉぉぉ!!」

 

とうとうシンクレアが泣き顔で怒り出してしまった。ロージャやドンキホーテは慰めにかかった為分からないが、他の囚人は皆あの翻訳を聞いていたらしく、一様に理解できないという顔をしていた。

...尤も、当の良秀はあの後から一切喋らずに泰然と佇んでいるのだが。

 

 

 

 

――暫くして

 

 

「はぁ、はぁ...。」

 

《シンクレア、落ち着いた?》

 

「はい、何とか...。」

 

こうしている間に、囚人の間では、良秀の言っていたことの意味についての話題で持ちきりになっていたようだ。

だが、結局は字面通り「卑猥な文言を言ったら殺す」と捉えるしかないという結論に達していた。

となると次の話題は必然、「何が琴線に触れたのか」だ。

 

「...さっきまでの会話でそういう単語ってありましたっけ。」

 

「特段卑猥な単語や会話は無かった。」

 

「私もそう記憶しています。」

 

ムルソーやファウストすらそう答え、まるで手詰まりだという雰囲気に陥ってしまった。無論良秀はこの間ずっと無言。聞いても返事をしなかった。

バス全体がお通夜ムードになりつつあるその時、突然ロージャが何かを思いついたように立ち上がった。

 

《何か思いついたの、ロージャ?》

 

「うん、もしかしたらだけど...。」

 

そう言いながら彼女は良秀のもとに近づき、耳元でこう囁いた。

 

「マ・ン・チ・カ・ン♡」

 

「チッ...エ・駄・死だと言っただろ。」

 

「...やっぱりね。」

 

《何が!?》

 

思わず驚いて叫んでしまったが、凡その囚人は少し納得したような顔をしたり声をあげたりしていた。

 

「うむ...当人には分かりませぬ...。」

 

「...さなり。」

 

「僕にもさっぱりですね~。」

 

ドンキホーテやイサン、ホンルは私と同じで何もわかっていない顔をしていた。

ロージャは呆れたような顔で、少し口ごもりながら教えてくれた。

 

「その...多分なんだけどね?」

 

ロージャは少し咳き込んで続けた。

 

「一瞬下ネタに聞こえる単語に反応してるんじゃない...?」

 

その言葉に、グレゴールが激しく咳き込んだ。

 

「ちょっとグレッグ~、私は真面目に考えたんだよ!?」

 

「いや、だからといってそんなこと...。」

 

そうやって言葉を濁すグレゴールの後に続いたのは、意外にもファウストだった。

 

「ふむ...興味深い考察ですね。」

 

《そ、そうかなぁ...?》

 

「ですがまあ、これが異常であることに変わりはありません。」

 

「お呼びかね?」

 

「...まあ間違ってはいないでしょう。イサンさん、恐らくこれは鏡に不具合が生じたものだと推算されます。解析及び修復の補助を申し出ます。」

 

「うむ、朋にかかる異常起こらば、須らく対処せん。」

 

そう言いながら、二人はメフィストフェレスの奥に引っ込んでいった。

 

《...大丈夫かなあ...。》

 

私は、その後姿を眺めながら、私は何だか不安な予感を取り除くことができなかった。

 


 

...そして、私は今、目の前で起こっている惨状に、頭を抱えるしかなくなっていた。

ここまで荒れているのは、私がバスに初めて乗った時ぐらいじゃないだろうか。

 

「Oh, oh, oh, oh, oh, oh.California girls, we’re undeniable.

Fine, fresh, fierce, we got it on lock...」

 

ドンキホーテは、普段からは考えがつかないほどの流暢な英語で歌いながら踊っているし。心なしか顔も少し大きいが、多分気のせいではないのだろう。

 

「はい、ドンキホーテさんを殴ります!」

 

ホンルはそう言いながら、にこやかな顔を崩さないまま拳を握りしめている。多分そのまま拳が振り下ろされたら、ドンキホーテの顔面がへこむどころじゃ済まない気がする。何というか...今のホンルには、200kgはある鉄の塊をそのまま持ち上げそうな、そんなオーラがあるのだ。

 

「動いてないのに熱いよ~ダンテ~~~!!」

 

そのすぐ足元で、ロージャが呻き声を上げながら倒れていた。

 

《って言うか、何でリウ協会の人格を着てるの...?》

 

「暑くて干からびそう...。」

 

《当たり前じゃない?》

 

そう言いながら、pdaを弄ろうとするが、何故かロージャの人格は剥がせない。

 

「管理人さん...。」

 

イシュメールが、不意に言葉をかけてきた。

 

「良かった、イシュメールは無事――」

 

「鯨は、長い旅の末にようやく連れ会う相手を見つけるらしいですが...。」

 

いや、様子がおかしい。それも今度はまずい方向に。

 

「私は、鯨ではありませんので...。」

 

その言葉と共に、イシュメールがネクタイをゆっくりと外そうとした。

 

《ま、待ってイシュメール!これ以上は子供に見せられない内容になる!》

 

「そもそもこのゲーム自体対象年齢が17歳以上じゃないですか、大丈夫ですよ今更。」

 

いや、そこの間には大きな壁があると思うんだけど...

 

そうこうしている間にも、イシュメールは私の体を押し倒していた。

ああもう助からない、このまま大人しく食われるしかないのか...そう思っていると、また横から声が飛び出してきた。

 

「おい、時計ヅラ。」

 

ヒ、ヒースクリフ...!!

ありがとう、こんなにも君のことが頼もしく思ったことは無

 

「俺ともあっち向いてホイをしろ。」

 

《...。》

 

どうして...。

 

《ヒースクリフは参加者じゃないでしょ...。》

 

何故か口(口なんてないが)をついて出た言葉に、ヒースクリフはやけに大人しく引き下がった。

 

「お前達、笑うなっ!」

 

ウーティスの声がこの喧しい空間をつんざいた。

というか、誰も笑ってないと思うけど...

 

「管理人様は毎日、誰も知らないところで

過酷な」

 

《待ってウーティス!それ以上はなんかまずい気がする!》

 

「...はっ、申し訳ありません、管理人様。管理人様の寛大な心に免じて、管理人様の過酷な」

 

《もう、もう良いから、黙ってもらえる?》

 

「...。」

 

こういう時にウーティスは言う事を聞いてくれはするから、一応安心と言えるかもしれない。

 

《あとついでに、このイシュメールを引き剥がしてくれると助かるんだけど...》

 

「了解しました。」

 

ウーティスは頷きながら、私に乗っかっていたイシュメールを強引に退けた。イシュメールは不満そうだったが...このままではシンクレアが見せられないよ!してた気がする。

 

《そういえば、シンクレアは...》

 

「FATALITY...。」

 

そのドスの効いた声に振り向くと、両手に斧を持ったシンクレアが佇んでいた。

 

《し、シンクレア...?》

 

「I'll skewer her chest with a stake, over and over again...」

 

でもまあ、シンクレアならこうなってもおかしくは無いか...

 

《ムルソー、この状況理解出来る?》

 

「理解出来ぬ。」

 

ムルソーは腕を組みながらそう答えた。多分いつもと違うのだろうが、普段の言動と殆ど変わらないからもう放置でもいい気がしてきた。

 

そんな所に、カツカツと二人分の足音が聞こえてきた。

イサンとファウストが、目の前に現れた。

 

「解説や説明ぞ要るや?」

 

《うん、欲し...》

 

イサンのその言葉に軽々しく同意しようとして、直後に口を噤むべきかと察した。

だが、既に遅かった。

 

「では解説して進ぜよう。」

 

その直後にイサンの口からなだれ込んで来た説明の数々を、はっきり言って私は覚えていなかった。

ただ、「イサンってこんなに息続くんだなあ。」と見当違いな事ばかり考えていた。

 

「ふむ、この状況を解決するには...。」

 

《おお、ファウスト、君だけは》

 

「銀行強盗をすべきだと、ファウストは判断しました。」

 

《何で?》

 

どうしてそうなったんだ?

 

《というか、ファウストが?》

 

「はい。」

 

《君じゃなくて?》

 

「ファウストが、です。」

 

この囚人だけならまだしも、ファウストそのものにも影響を及ぼしているのか...?

 

「おい時計ヅラ、俺とも銀行強盗すべきじゃないか?」

 

《どうして...。》

 

もう絶望感しかなかった。

 

《そういえば、良秀は...。》

 

彼女なら、こんな状況を一番嫌いそうなものだが。ついでに言えば、彼女がこの騒動の始まりとも言えるだろうし。

 

「アイツなら、なんだ、エ駄死とか何とか言いながらバスを降りて裏路地に向かったぞ?」

 

グレゴールが隣でそう説明してくれた。

裏路地になにか琴線に引っかかるものでもあったのだろうか。

 

《...あれ、もしかしてグレゴールは...。》

 

「管理人の旦那が思ってる通りだと思うよ。こん中じゃ俺だけがマトモか。」

 

そう言いながら、グレゴールは煙草に火をつけた。普段なら一人ぐらい注意するが、この騒ぎの中では誰もそんなことをしなかった。

 

《ありがとうグレゴール、君だけが心のオアシスだよ...。》

「よせよ管理人の旦那、おじさんを褒めても何も出ないぞ〜?」

 

...うん?

 

《...グレゴール、今のもう一回言ってみて?》

 

「うん?だから、おじさんを褒めても何も...。」

 

《...グレゴール、君の一人称って俺だよね?》

 

その瞬間のグレゴールの表情は、多分ずっと忘れられないだろう。

 

「うへ、おじさんもついにヤキが回ったか...。」

 

《うん、そうだね...》

 

「ひぃん...。」

 

《それは別人じゃない?》

 

そういえば、ヴェルギリウスは何処にいるのだろうか。こんな状況が一度起これば、一瞬で全員を面談送りにしてもおかしくないだろうに。

 

「私はここにいますよ、ダンテ。」

 

PDAから、突如その声が聞こえた。

何だか嫌な予感がして、目を向けたくなかった。

 

「いえ、こう言うべきでしたかね。」

 

 

 

「おはようございます、先生。」

 

 

 

「今日も先生の案内用AIであるヴェ・ル・ギ・リ・ウ・スが、あなたの業務をサポートしましょう。」

 

 

 

その瞬間。

いつかの夢の記憶が、どっとなだれ込んできて。

そのまま、意識が黒まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《...はっ!》

 

ゆ、夢か...。

 

「大丈夫ですか管理人さん、お疲れなら部屋で休んだ方が...。」

 

 

「そうです。もし管理人様の体調に異変が生じれば、我々の統率も不可能になるので。」

 

《あぁ、うん、ありがとう...大丈夫だよ。》

 

見渡しても、他の囚人達に変なところはない。

 

《とりあえず、鏡ダンジョンに行こうか。》

 

今日はどう言った編成で行こうかなと、いつも通りの思考に切り替えてPDAに向き合った。

 

《うん、今日は沈潜で》

 

「エ・駄・死。」

 

その瞬間、突如良秀がそう言いながら、刀に手を掛け始めた。


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