無理は禁物! お大事に。 |
| 分かりました | 19:47 |
| ごめんなさい。まだ足に違和感があります。 |
| 今日は、トレーニングお休みしてもいいでしょうか? | 07:15 |
了解。しっかり治そう! |
| こんにちは。 |
| 今日は、朝は大丈夫でした。けどまだ、力をいれると少し痛む感じです。 | 12:42 |
"これ"が
それは、最後まで分からなくていいと思っていた。
ヒシミラクルと契約を結んで、トレーニングをつけ始めたばかりの頃。彼女は捻挫をしてしまった。
もちろんトレーニングは中止、幸いにも軽度とのことで、数日間の休養を挟めばトレーニングは再開できると思っていたけれど……。
結局、彼女の休養は1週間を優に越える期間となってしまう。
『そろそろ、次の担当ウマ娘を探したほうがいいかもな』
先輩の助言には、助言そのものには感謝している。
実際、些細な怪我をきっかけとしてトレーニングをやめてしまうウマ娘はいる。それどころか、怪我という
「……けれど、ヒシミラクルはそうじゃなかった」
彼女は帰ってきた。それが全て。
僕にはそれで十分だった。
「なあ、どうして無理なんかしたんだ?」
もっと早く気付いてやるべきだった。
最近のヒシミラクルはトレーニングに真面目に取り組んで、いや真面目に
『もう少しだけ、トレーニングつけてもらうとか……どうですかね?』
『えっと、今週の目標タイムって。まだ、なんですよね。だったら私、ちょっと奮発しちゃおうかな~、なんて』
『ふふん。私だってこのくらい、もちあげ、られっ! ますよぉ!』
期待された分しか頑張れない、と彼女は言った。
期待してくれたから頑張れた、と彼女は言った。
そして彼女は、期待されただけ頑張らなきゃ、と。
『ミラクル、休もう』
『え、それは。それはイヤ、です』
『……』
『だって。もうすぐ、宝塚記念があるのに……!』
「僕のせい、だよな」
なんとかなだめて、落ち着けて。
保健室のベッドで横になる彼女を、僕は見下ろす。
頑張るしかなくなってしまったヒシミラクル。
僕の、皆の期待に応えようとしてくれた彼女。
そんな彼女が今、怯えている。
「(何に怯えているかなんて、分かりきっている)」
彼女は見捨てられることが怖いのだろう。
期待されて、期待を背負って。それでダメだった時に、期待してくれた「みんな」から失望されるのが。
言ってやりたかった。
誰もみんな、失望したりなんかしないと。
でも、現実がそうでないことを僕は知っている。
「お前、本気か?」
先輩の顔は、心配一色で呆れの入る余地もなかった。
「はい。菊花賞に登録します」
「それがどういうことかは……」
「分かっています」
ヒシミラクルは菊花賞への優先出走権を持っていない。獲得賞金も十分ではない。
「でも、今回の菊花賞はチャンスです。彼女の実力なら十分に制覇圏内です」
「……言いたいことは分かるけどな」
今年の菊花賞は、チャンスだ。
シンボリクリスエスに、タニノギムレット。同期の有力ウマ娘が不参加。そしてエンジンがかかるのが遅いヒシミラクルにとって、長距離レースは得意に違いない。
「だが、ヒシミラクルの獲得賞金は圏外だろ?」
「抽選枠なら、なんとか」
それは、菊花賞に出走できるかは抽選の結果次第ということを意味している。
「お前……そういうのを、ギャンブルって言うんだぞ」
「それでも、僕は獲れるって信じてますから」
抽選枠を、ではない。
もちろん菊花賞をだ。
「ヒシミラクルは、菊花賞を獲れる」
僕の言葉に、先輩はため息ひとつ。
「登録料はどうするんだよ」
レース運営費捻出の都合、出走ウマ娘は登録料を支払う必要がある。
「もちろん、自分が出します」
信じることには、コストがかかる。
僕はヒシミラクルを信じた。自分の持てる時間の全てを彼女のトレーニングに注いだ。ヒシミラクルには悪いけど、勝手に菊花賞の登録料も払った。
そして、ヒトはコストに対する対価を求めるもの。
「でも」
僕はヒシミラクルの背を、保健室のベッドの中で丸くなった彼女の背中に触れる。疲れ果てた彼女は、まるで息を潜めているかのように静か。
「期待するのは、僕の勝手なんだよ。本当は」
ヒシミラクルという少女は、きっと期待と責任を混同している。
期待されたからって、応える必要はないのに。
責任とは本人が求めて相手が応じたものに生じる。
ヒシミラクルがいつ、誰に、期待してほしいなんて言った?
「菊花賞の抽選が外れてたとして、僕が『金返せ』なんて言うと思うか? 君は借りた覚えなんてないだろ?」
けれど、こんなに期待されることなんてなかったヒシミラクルは、僕の期待に応えなくてはと思うようになってしまった。
だからこれは、僕のせいなのだ。
「せめて、責任は取るからな」
「おーい、ミラ子~。様子見に来てやったぞ~?」
声が聞こえる。
知ってる声、幼馴染みのツルマルボーイちゃん。同じウマ娘同士、サッカーとかして遊んだ仲。
今は誰とも話したくなくて、私は黙ったまま。
「……寝てんのか? いや、これは起きてるな」
なんで気付くかなぁ。そんな私の心のぼやきが聞こえる筈もなく、彼女の気配が背中の後ろにやってくる。
ぎしりと軋むベッド。腰かけたらしい。
「なあ、申し訳ないとか思うくらいなら。最初から無理すんなよ」
「……」
「そんなに勝ちたいのかよ、宝塚記念」
「……」
「ちょっと頑張ったぐらいで勝てるレースじゃねえだろ」
うるさいなぁ。知ってるよ、そんなこと。
「勝てないくらいで、トレーナーに見捨てられるとか考えてんのか?」
びくり。
「……図星かよ」
勝手に決めつけないでよ。
私、まだなんも言ってない。
「ミラ子に全賭けのアイツが、そんな生っちょろい覚悟でいるワケないだろ」
知ったような口を聞かないでよ。
トレーナーさんは、私なんかと専属契約を結んでくれて。
本気出す出す詐欺な私をじっと待ってくれて。
熱血なんてタイプじゃないのに、私の背中をアツーく押してくれて。
私に、全部を賭けてくれて。
『せめて、責任は取るからな』
そんな、大きな覚悟を載せないでよ。
「……私、G1になんて出る気なかったのに」
トレセン学園は、規定タイムを満たせそうだったから受験した。
学園の推薦枠でいい大学に進学して、いい会社に就職して……いい大学もいい会社も決まっていない、そんなフワフワした未来計画を携えて。
「模擬レースだってロクに勝てなかったし、菊花賞まで重賞勝てたこともなかったし」
けれどここまで来てしまった。
人気投票で選ばれなきゃ出られない宝塚記念に出られるんだよ? こんなのデビュー前の私に言っても絶対信じない。
なのに、ここまで来てしまった。
だって。
「トレーナーさんの覚悟に、こたえかったんだもん」
でも。
「こたえられる自信がないよ」
もしこたえられなかったら?
負けてしまったら? がっかりさせてしまったら?
トレーナーさんに失望される……そんな覚悟、私にはない。
「相変わらずちっさい肝っ玉だなぁ」
「うっさい」
「よくそれで菊花賞勝てたもんだよ、ホント」
「それは」
トレーナーさんがいてくれたから。
「だから、そーゆーことなんじゃねーの?」
ツルマルボーイちゃんの言葉に「え?」と声が出る。
狸寝入りも忘れて起き上がった私に、彼女はにやりと悪い笑み。
「ミラ子はトレーナーに足りないもの、借りてきたんだろ?」
「……」
トレーナーさんが私にくれたもの。
――――覚悟。
「ミラ子は図太いからな。最後まで借りるしかないだろ」
阪神レース場。
『あなたの夢、わたしの夢が走ります。宝塚記念!』
レース場には夢が走る。夢が走れば、その次にはまた夢。
どこまでも走り続ける夢の先へと、彼女は向かおうとしている。
未来を掴むために、誰かの期待を背負って。
「トレーナーさん」
小さな痛みと、大きな覚悟を抱えて。
「私、勝ってきますね」
地下バ道の向こうから歓声が聞こえる。
「ミラクル」
輝く世界へと進む君を。
「いってこい!」
「はいっ!」
「メダリスト」のコーチがヒシミラクルのトレーナーみたいだな、と思ったので書きました。アニメ序盤なのに続きを見るのがもう怖い。夢を「追わせる」って怖いことなんです。
(追記)登場人物全員強火で怖いよあの作品!!!
もちろん作業BGMは「BOW AND ARROW」。
ツルマルボーイについては、ヒシミラクル号と同じサッカーボーイ産駒。あとARROWと聞いて思い起こされるのは彼の母父だよねということでお名前をお借りしました。