子供たちが図工の時間になったところで、先ほどのようにクーリアとビブリオ、カタリナと俺は隣の教室に静かに移動する。
そして、クーリアとその妖精体が「浄化」の音色を奏で始めた。
ビブリオとカタリナは、黙ってその旋律に耳を傾ける。特別な力が込められているのは確かだが、普通に聞く分にはとても綺麗なバイオリンの曲だ。それでいて睡魔も湧かない、絶妙な強弱がついている。俺を含め、聞き入ってしまうのは無理もない。
そして、デュエルの結果もあり、ビブリオに憑いている「妖精伝姫」のお姫様たちは、演奏の邪魔をしたりしなかった。むしろ、クーリアの妖精体がバイオリンを弾いているのを興味深そうに観察している。
『妖精のくせにやるじゃない』
カグヤがそんなことを呟いたが、「ブーメラン」という言葉を飲み込む。
その演奏は、1回でおよそ10分ほど。それが終わるごとに休憩と微調整を兼ねた10分の小休止を挟み、およそ1時間でで演奏は完全に終了した。
それから俺たちは、先生に挨拶をして施設を後にし、ビブリオの仕事場へと戻る。
「今日はありがとう、と私が言うのも何だが……」
そしてビブリオは、封筒をクーリアへと差し出す。中身は「報酬」だろう。
「同時にすまなくも思う。君たちの仕事を邪魔してしまって」
「いえ。結果として、あの少年も変わるきっかけが作れましたから」
眉を下げるビブリオだが、にこやかにクーリアは否定する。最初こそ演奏は邪魔されたが、ビブリオと俺のデュエルを見た結果、少年・バートンは少しだけ心の向きを変えられたし、演奏自体も最後にはできた。紆余曲折があったとはいえ、依頼は無事に完遂したのでもう過ぎたことだ。
クーリアに同意する意味で俺も頷くと、ビブリオはふっと笑って俺を見る。
「……そうだな。そういう意味では、
作家として活動しているうえで、自分の作品で救えなかったバートンの存在は、後ろ髪を引かれるものだっただろう。何とかしてあげたいという気持ちも含め、それを払拭できたのなら良しとしたい。
「これから先、あなたにも幸あることを願っております」
クーリアが微笑み頭を下げる。
これで依頼は完全に終了となり、俺とクーリアはビブリオとカタリナに見送られながら、ビブリオの仕事場を出る。ついでに、背中に妖精伝姫の視線を感じながら。
「お疲れ様です、クーリア様」
「あなたもね」
その仕事場から少し離れたところで、クーリアを労う。クライアントの前で主人を労うのは場違いだと、俺は理解していた。そしてクーリアも、俺のデュエルの件について気遣いの言葉をくれる。
さて、「依頼」が終了したとなれば、後は帰るだけだ。
「ではクーリア様、ゲートは俺が――」
「あ、待って」
懐からタクトを取り出そうとしたが、その手をやんわりと押さえられる。見ればクーリアは、仄かに笑っていた。
「丁度いい時間だし、お昼にしましょう」
今まであまり意識していなかったが、もうそんな時間らしい。ただ、「依頼」の後で寄り道というのは――
「大丈夫。『依頼』の後は自由にしていい、ってミューゼシア様から言われてるし」
懸念していたミューゼシアの意向についても確認済みだったようだ。
そうなれば、俺としても反対意見はない。デュエルの後で少し空腹を覚えているし、こうしてドレミ界の外へクーリアと2人きりで出てきたのも久方ぶりだから、早く帰るのが惜しい気持ちがある。
なのでここは、クーリアに便乗する形で、もう少しこちらの世界に留まることになった。
◆ ◇ ◇
クーリアは、事前に弁当などを作ってきてはいなかったようで、近くの食事処へ入ることになった。
昼時ということでそれなりに賑わっているが、見るからに明らかな人外はいない。そして、誰も彼もが近代的なファッションなどではなく、絵画や史料で見るような1~2世紀ほど前の欧米風の出で立ち。中にはデュエルモンスターとして見たことがある人もいた。街並みと言い服装と言い、ファンタジー要素が強い世界らしい。
だが、おかげで俺とクーリアも浮くことなく、普通に席に通された。
「今日は私が出してあげるわ」
「いや、それは流石に……」
奢り発言は素直に受け取れない。デュエルアリーナでの賞金がまだ残っている(使う機会に恵まれない)ので、いくらクーリア相手でも自分の食事代は自分で出すのが普通だろう。むしろ、クーリアの分も一緒に俺が払うべきだとさえ思う。ヒモなんて絶対嫌だ。
だけど、クーリアは笑って首を横に振った。
「今日はそうしたい気分なの。だから、ね?」
言葉は多くない。けれど、気持ちは揺るがなさそうなのは感じ取れる。そしてその優しい笑顔に、俺は弱い。
だから今回は、その言葉に甘えさせてもらうことにした。かといって、それで高いメニューを頼めるほど俺も図太くはないので、相応の定食を頼むことにする。
「実を言うとね、こうしてあなたとの時間を少しだけ作れたのは、私がミューゼシア様に頼んだからでもあるの」
「?」
注文を終え、店員が席を離れたところでクーリアが切り出してきた。少し声量を押さえ気味なのは、周りへの配慮だけでなく、自分たちがどういう存在かを極力知られないためだろう。
「騎士様とのデュエル、あったでしょ?」
「ええ」
「あの時のあなた……『こちら』に来た中で一番生き生きした顔だった」
意味はないが、自分の頬に手をやる。
確かにあの時は、自然と笑ってしまうほど清々しい気分だった。その時の俺がどんな顔をしていたか、クーリアを含む他人の目にどう映っていたかまでは自分でも分からない。しかし、クーリアの言い方的にそんなに悪いものではなかったらしい。
「正直ね、そういう顔もするんだって、私は嬉しくなった。それと同時に、少し寂しくもなった」
「え……」
下がるクーリアの声と、形の良い眉。
爪で引っかかれたように胸が痛む。
「私でも見たことがない、あなたの『本来の』感情は、私が引き出したかった」
「……」
「そして、あなたについて知らないことがまだたくさんあることにも気付かされてね」
「知らないこと……?」
出されたお茶を啜るクーリアは、俺に視線を合わせなおす。
「例えば、デュエルのこと。あなたは『こちら』に来て、デュエルをする機会も多くあったと思う。そのほとんどに、自分や他人の命、世界の命運、罰が係り……とにかく軽い理由で戦ったことはないでしょう?」
「……そうですね。ほとんど、なかったかと」
おしぼりを手の中で握りながら、思い返してみる。
精霊界に来て最初のデュエルからして、ドレミ界がヴァーディクトの掌中に落ちるかどうかを賭けたものだった。それから色々な人とデュエルをしてきたが、クーリアの言う通り、軽い気持ちではできないデュエルが多かったと思う。本当に死にかけるほどのものまであった。
「では、それより前は?」
「前?」
「ええ。私たちの下へ来る前に、あなたはどんなデュエルをしていた?」
その質問に、視線が湯呑の中に溜まるお茶へ落ちる。
思い出す。ドレミ界に転生する前……いや、デュエルモンスターに触れた時を。
「……かなり、幼稚な答えになってしまいますが」
「大丈夫よ」
「楽しいものでした」
今度は分かる。今の自分が笑っているのが。
「友達と遊ぶ時もそうでしたが、構築にああでもないこうでもないと悩んでいる時も……楽しかった。俺はそんなに強いわけでもないので、勝ち負けは良くて五分五分ぐらいでしたが、それで十分でした」
「……あなたがいくつもデッキを持っているのも、楽しいから?」
「……ですね。楽しそう、とかそういう理由でデッキを組むことばかりでした。単純に『勝てるから』『強いから』って理由でデッキを組んだことはなかったかと」
自他ともに認めるほどに、俺はファンデッカーだ。勿論、極力勝てるように組んでいるが、デッキを組む理由はいつだって「気になるカードが活躍できるデュエルをしたい」「コンセプトが面白そう」「心にピンときた」というものばかりだった。愛用する【ドレミコード】さえ、無性に惹かれたから組んだものだ。
「だけど、ここに来るまで俺は、『楽しさ』にしか重きを置いていなかった。こちら側でのデュエルとは、そんな軽々しいものではない。それを認識するまでにそう時間はかかりませんでしたが……自分の命を何度も脅かされて、痛感するようになったんです」
「でも、そんなあなたの元々の気持ちを、騎士様は思い出させてくれたと」
「ええ」
命、使命、試練、世界の命運……とにかくそういうものが絡んだデュエルを繰り返してきた。それで俺は、デュエルを
けれど騎士は、それを思い出させてくれた。アニメの遊戯王ZEXALで幾度となく見た、主人公のエースモンスターである希望皇ホープ。さらにフィニッシャーとなったホープレイ・ヴィクトリー。彼女が使ったカードが、まだ人間だった頃に無邪気に遊戯王の世界を楽しんでいた時の、純粋な気持ちを蘇らせた。
「だから、あれだけの笑顔だったのね」
「……お恥ずかしい」
「いいえ。本当に、あの時のあなたの笑顔は見ていて清々しかったもの」
にっこり笑うクーリアを直視できず、お茶を少し啜る。
「今日のデュエルの前に、『大丈夫』って言っていたのは、その気持ちを思い出したから?」
ビブリオがデュエルを決めた際に、確かに俺はクーリアにそう言った。あの時は詳しく言えなかったが、その理由はクーリアの読み通りだ。
「こちらに来てから、何かを背負ってデュエルをすることが多く……。特にここ最近はあまりにも顕著で、心に余裕がなかった」
ヴァーディクトやエグザムの件に加え、明確に俺を殺すつもりで挑んできたネイロス。さらに天使族の体裁も気にするようになってから、俺は余裕を感じられないでいた。心が追い詰められたことだって、数え切れない。
正直、デュエルに対して後ろ向きになりかけてもいた。
「だけど、楽しむ気持ちを思い出せたことで……もっとやれる、戦える、そう思えるようになったんです」
その後ろ向きだった気持ちを、騎士はデュエルで変えてくれた。そう考えれば、騎士も恩人ということになる。
それは兎も角として、デュエルに前向きになれたからこそ、戦うことをもう迷わない。ドレミコードのみんなの負担を軽くし、守るためには、迷っていられない。
ようやく意思が固まったからこそ、今日はクーリアにああ言えたのだ。
「……それが、今のあなたの正直な気持ち?」
話を聞いていたクーリアが、何か別のことを確認するような訊き方をした。しかし、さっきの言葉は俺も心から思っていることだから、頷いてみせる。
しかしクーリアは、しばしのあいだ真剣な目で俺を見つめていた。
「……よかった」
やがてそう言って、クーリアはふっと笑う。
「あなたは、自分の本心を明かすこととかが全然なかったから。この間みたいに、無理に近づいたりでもしない限り」
俺の度が過ぎた寝不足を見かね、クーリアが風呂に入ってきたこと。エニアクラフトとの戦いを前に、クーリアの部屋で怖いと思っていたのを白状したこと。
追い詰められないと、俺は本音を話せないと思っているらしい。
それは少し違うのだが、話そうとしたところで店員が料理を運んできてくれた。クーリアが頼んだのはポークカツレツ定食、俺はポトフのような煮物の定食。一度話は中断して、昼ごはんにありつくことになった。
「本当にそれだけでいいの?」
「ええ、これで十分です」
量についてクーリアが尋ねてくるが、俺は元々そんなに食べる方ではない。ご飯も並盛で十分だし、おかわりなどはほとんどしないのだ。
デュエルで体力をそれなりに消耗していたので、温かい食事は非常に美味しく感じる。
「ふと気になったのだけれど……あなたの好きな料理って?」
「あー……」
食べ進めている間にされたその質問は、いつかされると思っていた。けれどそれは、不思議なことに今までなかった。ミューゼシアの作った空間で、クーリアと2人きりで過ごした時も聞かれなかったものだ。
そしてその答えは、ドレミコードのみんなの手前、大っぴらにも言えないもの。だけど、クーリアは俺のことを知ろうとしているのだし、秘密にしておくのも後味が悪い。
「……すみません。皆さんに料理の主導権があるのにこんなこと言うのも何ですが、和食が好きです」
「あぁ、だと思った」
気づかれていた。
微笑まれ、仕方なく煮込まれたニンジンを口に運ぶ。程よい歯ごたえと甘さが心地いい。
「もうちょっと、レパートリーを増やしてみようかしら。あなたに気に入ってもらえるように」
「いや、俺なんかのためにそれは……」
「小夜丸さんに聞いたんだけどね、和食ってカロリー控えめなものが多いらしいのよ」
一時ドレミ界に軟禁していた小夜丸だが、クーリアとそう言う話をすることはあったらしい。味噌汁や卵焼きの作り方を聞いた時に、そんな話をしたのだろうか。
「私たちはほら、和食とかはほとんど食べてこなかったから……その、ね」
「なるほど……」
今のところはクーリア以外知らないが、どうやらその辺りについてもドレミコードたちは気にしているのかもしれない。特にクーリアは、一時体重管理が上手くいかなかった時もあるから、殊更気にしているのだろう。
「だから、あなたのためだけじゃなくて、みんなのためにも和食はもっと勉強した方がいいかなって。その時は、あなたの意見も聞きたいわ。あなたの方が和食に触れる機会は多かったでしょうから」
「……力になれるのであれば」
答えると、クーリアは微笑んで、ポークカツレツを一切れ食べる。そして、咀嚼し終えたクーリアは続けた。
「それに、あなたも慣れ親しんだ料理を食べた方が、幾分気が休まると思うし」
ポトフのベーコンを掬ったスプーンを止める。食事の面でも、クーリアは俺のことを考えてくれるらしい。
「前にも言った気がするけれど……あなたは色々抱えすぎている。それを少しでも軽くできるように、私はあなたにできることを何でもしたい」
「……」
「そして、私ぐらいには頼ってほしい」
ナイフとフォークを置いたクーリアは、俺を見つめてきた。
「……これは、ほとんど性みたいなものですかね」
「?」
「人に頼ったり、本心を全て晒すのが難しくなってしまったのは」
俺もまた一度スプーンを置き、息を吐く。
窓の外は、穏やかな景色が広がっていた。
「皆さんの下に来る前も、色々あったものでしたから。どうしても人の手を借りないと無理、という時以外では……中々、頼ったり助けを求めたりというのに慣れていなくて」
主に仕事だが、報連相は怠ってはいなかった。難しい仕事とかはやり方を聞いていたし、期限内に終了が難しいようであれば相談もしていた記憶がある。
だが、仕事外だと他人に頼ることや真剣な相談をすることはとんとない。たまに会う友達や家族にも、「ちょっと悩みを聞いてくれよ」ぐらいのノリだった。
そもそも、自分だけではどうしようもならない、自分や他人の命、世界の命運がかかった状況など経験したことがない。その上で人に頼るなど皆無だ。
「そして、皆さんに仕えるようになってからは、せめて自分のことは自分で何とかしないと、と思うようになっちゃったんです」
「でも、私とあなたがどういう関係かは……わざわざ、ここで言い直す必要もないでしょう?」
クーリアに問われる。顔を上げれば、頬杖をついて笑っていた。
その通り、俺とクーリアの関係は最初とは全く違う。そしてそれは、わざわざ教えてもらうまでもないし、何よりこんな公の場で公言されるのはかなり恥ずかしい。
「……まぁ、さっき言った通り、慣れなくなってしまったものですので。すぐに、というのは難しいかもしれません」
お茶を一口飲んでから、クーリアを見据える。
「ですが、これからは頼らせてもらえればと思います」
「……うん、今はそれでいいわ」
今できる精一杯の答えだが、それでクーリアは満足したように頷く。
そしてまた、食事を再開した。
◇ ◆ ◇
言った通りに食事代はクーリアが支払い、それにしっかりとお礼を伝えてから、俺たちは店を出た。
さらにクーリアは、「折角だからもう少し町を回りましょう」と提案してくる。この状況、最早デートにしか見えないのだが、今更それを指摘するのも無粋だ。それに、それは俺としても願ってもいなかったので、それを受け入れる。
「ここは……魔法族の住む町みたいですね」
町を歩きながら、ふと思ったことを呟く。
ついさっき、デュエルをしたビブリオの使ったモンスターは、「自身」を含めて全て魔法使い族だった。
そして、度々すれ違ったりする人たち……ボリューミーな薄緑の髪の女性や、赤・白・黒・紫のカラーリングの服と帽子でまとめた4人組、「占い館」なる建物の前で世間話をしている人たちも、魔法使い族モンスターの覚えがある。偶然とは考えにくいし、この町は魔法使い族たちが暮らしているのだろう。もしかしたら、伝説の黒魔術師もいるかもしれない。
「ということは……あれは魔法都市か」
町から離れた場所に見える、巨大な塔。俺自身がカードとして使ったことがある《魔法都市エンディミオン》に非常によく似ていた。
そんなお上りさんな俺を見て、クーリアはくすりと笑う。
「あなたからすれば、魔法使いも見慣れないかしら?」
「ですね。前いた世界にはせいぜい『マジシャン』しかいませんでしたし、魔法使いはファンタジーの中のものでした。だからこそ、殊更現実味がないと言いますか」
マジシャンと魔法使いはこの世界で同じものかも知れないが、俺がいた人間界だとそのふたつは少し違った。前者は種も仕掛けもあるマジックができる人、後者は本当に魔法が使える人、という枠組みだったと思う。
魔法使いでも特に有名だったのは、額に傷の入った眼鏡の少年魔法使いの小説。昔いたとされる魔法使いの名前も聞いたことがあるし、デュエルモンスターにも魔法使いは大勢いた。しかし、人間界でそれらは所詮ファンタジーでしかなく、本当に魔法を信じる人はほとんどいなかっただろう。
だから、こうして実際に魔法使い族を目にしたり、先ほどみたく実際に話をするなど、考えもしなかった。天使族のドレミコードの世話になり、俺自身もまた天使族となってしまったから他人のことは言えないが。
「なら、魔法を使うのに憧れていたりもした?」
「いやぁ……便利そうだな、とは思いましたけど、『でも小説の話だし』って割り切っちゃってました。異能力なんかはカッコいいって思ってましたよ」
「そこはちゃんと男の子だったのね」
「まぁ、思春期特有なのもありましたが」
ドレミ界に来るまでは凡人だった俺だ。普通の男の子みたいに、バトル漫画や小説に出てくる超能力とか必殺技とか、そういうのが好きで真似などしたこともある(大人になった今思い出すと恥ずかしい)。
思えば、デュエルモンスターもそうだった。アニメで見たポーズを真似たり、召喚口上を考えたり、面白い台詞なんかは空で言える。それらは大人になってもあまり変わらなかったが、召喚口上に関してはクルヌギアスに指摘された点もあって、役立ったとは言える。
「クーリア様は、どうなんですか? その……かつては」
「あぁ……それね」
鐘の音が響く。近くの教会(らしき建物)の鍾塔が発信源のようで、時間を知らせるためのものだろう。
その鐘の音が収まるのを待ってから、クーリアは続ける。
「……ずっと前から、私たちは『使命』に従って生きてきたから。子供の頃がどうだったとか、そう言う話は当てはまらないのよ」
「あ……すみません」
「ううん、いいの。ずっとこうだったから、悲しさとか劣等感とかはないし、私たちは割り切っている」
どうやらこの話は、ドレミコードの間でも何度か交わされたものらしい。当事者だから、こういう摂理については早い段階で飲み込んでいるのかもしれない。だが、無理に話題に出すわけにもいかないデリケートな部分だろう。
「だからこそ、あなたという存在のそういう話を聞くと、何だか楽しくなるの。私たちでは決して知ることができない、新鮮な経験と、感情に触れられて」
「……」
「多分だけど、ファンシアやエンジェリアは興味を持っていると思うわよ。後、ドリーミアも」
「エンジェリア様相手に不用意な発言をすると、色々からかわれそうですがね……」
過去に色々なことをされた身として、エンジェリア相手には話題にも気をつけなければならない。その懸念を伝えると、クーリアも思い当たる節があるのか遠い目をした。
そんな風に話をしている内に、町の中心から少し離れた場所までやってきた。さらに、メインストリートから一本逸れたところに、工房のような建物がいくつも並んだ通りがある。どことなく、見覚えがあった。
「この香りと音……何か、作っているのかしら?」
「みたいですね」
クーリアの言う通り、耳を澄ませば鉄を打つような音や何かを裁断する音が聞こえ、炎と何か特殊な物質が混じった匂いも微かに感じる。見た通り、工房みたいな場所がいくつもあるようだ。下町、という言葉が頭を過ぎる。
その工房に足を踏み入れることは多分叶わない。しかし、近くに「工芸品」と看板を掲げたお店があった。折角なので、クーリアと一緒に入ってみる。
「いらっしゃいませ」
出迎えた店員は、白に近い金髪の女性。ゆったりとしたデザインの魔法使いが着るような服を纏い、眼鏡をかけていて、壁には私物であろう杖が立てかけられている。さらにレジと思しき場所には、賞状としての盾が置かれ、「魔法工房の高い技術力を評価するものである」と記されていた。
(そうか、ウィッチクラフトか)
魔法使い族で「工芸」となれば、思いつくのはそれだ。よくよく見てみれば、その店員も《ウィッチクラフト・ジェニー》だったはず。俺は【ウィッチクラフト】のデッキを組んでいないので詳細は穴あきだが、マスターデュエルでは度々目にする機会があった。であれば、外にある工房らしき建物も、ウィッチクラフトの作業場と見ていいだろう。
では、この店に並んでいる品物は、全てウィッチクラフト製のものだろうか。陶器、ガラス製品、織物、金細工、アクセサリー、果ては絵画と、芸術品寄りの品々が並び、どれもかなり値が張る。職人の作るものが決して安くないのは知っていたが、実際に値札を目にすると口の中が渇きそうだ。作っているのが本物の魔法使いという点を考えれば、値段相応かもしれないが。
「……すごい」
だけど、例え値が張って手が届かないにしても、こういうものは見ていると気持ちが穏やかになる。ひとつひとつに職人の技を感じるし、それでいて実用性も考えられている。同じ「人」が作ったものとは考えられない、精密なものだ。
よくテレビで、こういう品を見ていると感性が研ぎ澄まされる、という人がいるが、多分こういうことだろう。
「……」
しかし、どれだけ感心したところで、ぽんと買えるような値段でないのは変わらない。いくら金を使う機会がほとんどないにしたって、やはり即決即断できる代物ではないから、何も買わないでおく。奥に控えていたジェニーと目が合ったが、申し訳ないので愛想笑いを浮かべるしかない。俺のような客は初めてではないのであろう、気分を悪くしたようには見えなかった。
「こちら、よろしいでしょうか?」
「あ、はい」
と思っていたら、クーリアが何かを買い求めた。ジェニーはすぐにそちらの相手をしはじめる。
何を買ったのだろう、と思いつつ、俺は買い物を終えたクーリアに続いて工芸品店を後にした。
それから工房が並ぶ一角を抜けて少し歩くと、小さな川に突き当たる。この辺りに人の姿は全くと言っていいほどいなく、川を跨いだ橋の先は畑ばかりで、家らしきものがない。ここが町の外縁みたいだ。
「さっきは言えなかったことがあるんだけどね」
そこでクーリアが、話しかけてきた。
「今日……あなたは自らのデュエルで、人の心を少しだけ変えた」
ビブリオとのデュエルを見ていたバートンが、ほんの少し意識を変えたこと。俺自身には実感がなかったが、クーリアの妖精体、ビブリオに憑く妖精伝姫はそれに気づいていた。
「それは、やり方こそ違っても、私たちの『浄化』と同じで……人の心を変えるきっかけを作り出した」
さっきの工芸品店の紙袋を携えるクーリアの瞳が、揺れている。
「あなたを認めない、排除しようとする天使もいる。あなたの置かれている状況は、あまりよくない……。それでもあなたは、認められるようになると決意して……今日、その言葉通りのことを成し遂げた」
あの時、デュエルに持ち込まれたのは偶然だ。俺のデュエルを見てバートンの意識が変わったのも、狙ったわけではない。だけど、今そういうことを指摘するのは場違いだと、クーリアの顔を見て言葉を飲み下す。
そしてクーリアは、紙袋を差し出してきた。
「それが私は、たまらなく嬉しいの」
「……」
「これは、そんなあなたの新しい一歩のお祝いよ」
差し出された紙袋を、ここだけは遠慮せず受け取る。これは、他でもないクーリアが、今日の俺を見て、これを贈るに値すると思って買い求めたものだ。そこまでしてくれたものを突っぱねてしまうのは、流石に男が廃るだろう。
紙袋の中を覗いてみると、立方体の木箱が2つ入っていた。
「中身を、お伺いしても?」
「マグカップよ。いいデザインだったから、どうかしらって」
ドレミ界には既に俺専用のカップがあるが、それでもクーリアが俺のことを考えてくれたのだ。これまで使っていたものは、残念ながらお役御免となるだろう。ウィッチクラフト特製のマグカップだからお高いだろうし、使うには慎重にならなければ。
「あなたへの贈り物、って言ったけど……あなたと私でお揃いのものがほしくて」
「……なるほど」
だから2つあるわけか、とクーリアがはにかんでいるのを見つつ理解する。
いよいよもって、これを返すことはできなくなった。それに、高価だからと使うのを遠慮することもできないだろう。
俺とクーリアでお揃いのものと言えば【ドレミコード】のデッキぐらいだ。それがこうして、普段使いするアイテムとなれば特別感が増す。
「……では、帰ったら早速このカップでお茶にでもしましょうか」
「うん、いいわね。あなたの淹れるお茶、好きだもの」
受け取った時よりも慎重に、紙袋を手にして提案する。
幸い、丁度人目につきにくい場所だ。ここならゲートを開いてもいいだろう。
渡したマグカップの紙袋を、バトレアスが嬉しそうに見ている。
それを眺めるクーリアは、やっぱり贈ってよかったと思う。
しかし、少しばかり心残りもあった。
実はさっきの工芸品店で、マグカップよりも前に気になっているものがある。
それは、ペアリングだ。
クーリアとバトレアスは、ちょっとやそっとの薄い関係ではない。愛し合っているとクーリアは声を大にして言いたい。だから、そう言う特別なアイテムを身につけることにも抵抗はなかった。
しかし今日は、バトレアスがドレミコードの使命の一端を担い、実際に自分たちと同じような働きをして見せた。それについての評価という観点で見れば、ペアリングは違う。
だから、せめてものというつもりで、クーリアは2人でお揃いのマグカップを贈ることにしたのだ。
「……それは
「? クーリア様、何か?」
「ううん、何でもない」
少しだけ希望を口にすると、バトレアスがその呟きを拾いかけた。
だけど、そのクーリアの願いは、自分が望んでいる未来はまだバトレアスに言わない。
まだまだ、足りないものが多いから。
◇ ◇ ◆
天界のある場所に、アポロウーサが普段いる執務室がある。日夜多くの天使が活動し、その報告に目を通すのもこの場所だ。
そして、ひとつの報告書を見て、アポロウーサはひとつ息を吐く
「いかがされましたか?」
「……この報告書について」
同じ部屋で手伝いをしていた、使役する天使のひとり《ウィクトーリア》。彼女に聞かれ、アポロウーサは手元の報告書について大まかに説明する。
要観察対象でもあったバトレアスが、下界においてデュエルで人の心を変えるきっかけを生み出した。彼が仕えるドレミコードの「使命」のように。
これを提出したミューゼシアが、バトレアスをベタ褒めしているようなことは書いていない。あくまで起きた事実を書き記し、彼の上司として評価すべき箇所を適度に評価しているこれは、理想的な報告書と言っていいだろう。
「……何か問題が?」
「いいえ、まったく。何か問題を起こしたわけでもなく、むしろ仕事をこなしたわけですから」
ウィクトーリアがさらに問うが、今回は何もすべきではない。
以前、近代都市の世界でトラブルを起こしたバトレアスだが、今回は事情が全く違う。何も悪いことはしていないので、糾弾などしようものなら今度はアポロウーサの立場が危うくなる。それに、あの時のクルヌギアスの神たる力の影響も頭にちらついた。
「……多少は、評価を改めますか」
ため息交じりに、窓を振り返ってアポロウーサは零す。
星明かりが煌めいていた。
蒼をベースに白い幾何学模様が刻まれた、無限に広がる空間。
そこに揺蕩う砂色の正八面体……エニアクラフトは、ゆっくりと左回りに回転していた。
『彼を選んで正解だった』
不意に発せられたその言葉を聞けるのは、エニアクラフトの下にいるひとりの男。短い銀髪と白いコートが特徴の彼の名はウィズダム。エニアクラフトが創り上げた使者である彼は、世界を「等身大で」観測するために各地を巡っている途中だった。しかし、エニアクラフトから呼び出しを受け、一度この世界に戻っている。
「バトレアスですか」
『本当に、彼は我々の期待を裏切らない。我々にとって貴重な存在といえる』
エニアクラフトの中の輝きが、緑から黄色に変わった。
『しかも彼は、図らずもまた世界の危機を退けた』
バトレアスの夢、精神世界にネイロスという天使あるいは悪魔が入り込み、抹殺を目論んだ。
あの時、バトレアスがデュエルに敗北して死亡、あるいは心が折れてしまった場合、エニアクラフトは「活動」を多少再開するつもりだった。
罪の観測、人の評定は今なお続けている。その間にも、エニアクラフトからすれば看過できないレベルの罪を多く見てきた。しかし、心の弱いバトレアスが真っ向から自分を倒したことを受け、人の自浄作用と、人の可能性を信じ、攻撃はしていない。
それを示したバトレアスも、結局は
その上で、エニアクラフトが信じた彼が「罪」によっていなくなれば、あの時見せてくれた強さを失ってしまえば、エニアクラフトが攻撃しない理由もなくなる。何せ、これまでに観測してきた人の罪は帳消しにしていないし、エグザムを使った実験も全て記録している。
とは言え、バトレアスの示した可能性も考慮する余地がある。だから攻撃するにしても、標的はエニアクラフトが観測した「罪」の中で、特に重いものを観測した世界だけにするつもりだった。無論、仮にバトレアスが殺された場合、その張本人が住まう世界も例外ではない。
それを、バトレアスは無意識でも防いだのだ。しかも、ネイロスとの戦いを経てもなお前を向いている。
その上、彼は今日自分で決意した通りに、他者から認められるような行いをした。人を評定するエニアクラフトからすれば、これは注目すべき点である。
『一人ひとりの心が弱くても、誰かが支えてくれればきっと道は拓く、か』
「あなたとの戦いで、彼が告げた言葉ですね」
『ああ。実際、彼の隣には彼女がいる』
エニアクラフトの前にディスプレイが現れる。
そこに写っているのは、ドレミコードのリーダーであり、バトレアスにとっては唯一の心から愛している人、クーリア。
彼女もエグザムに汚染された「弱い人」。だが、彼女とバトレアスはお互いに支え合い、前を向くことができている。まさに、バトレアスの言葉を体現していた。
『この2人の存在がどれだけ貴重なのか……知るものはほとんどいない。自分自身を含めて』
「……嬉しそうですね」
見上げるウィズダムは、エニアクラフトを見上げて微かに笑う。
今のエニアクラフトの言葉は、バトレアスとクーリアにどれだけの価値があるのかを知っているのが自分だけであることに、どこか優越感を抱いているようにも聞こえた。
罪を観測するだけに過ぎなかった、プログラムであるエニアクラフト。それが、「人」のような反応を示したのだ。
指摘されたエニアクラフトは、回転を止めて内部の輝きを緑色に変える。
『嬉しい、か。このような構造なのだな』
感慨深そうに告げたエニアクラフトだが、やがて輝きは青に戻る。
『かといって、人の評定を緩めるつもりはない。それでは我々の存在意義も失われる』
「ええ、その通りです」
『我々のやるべきことは変わらない。彼もまた、我々を信用してくれているのだから』
エニアクラフトの使命は、人の罪の観測。
例え、自分たちの期待通りな逸材に巡り会えたからといって、罪を見過ごすような真似はしない。だから、これまで通りに感情抜きでシビアに観測は続ける。
そしてバトレアスは、以前真っ向からエニアクラフトとぶつかった際の別れ際に、エニアクラフトに礼を告げてくれた。結果を正当に受け入れたこと、信じてくれたことに対するそれが、エニアクラフトへの信頼の証だと、ウィズダムとエニアクラフトは思っている。
だから、それを裏切らないことが求められているという考えだ。
(人の心を変えるきっかけ、か)
ウィズダムはそんなエニアクラフトを見上げながら思う。
バトレアス、そして彼を擁するドレミコードという存在は、自分たちの奏でる旋律でそれを生み出し「浄化」するという。
バトレアスには「浄化」の力がない。しかし、今日はデュエルでそれと同じようなことができた。
ウィズダムは、エニアクラフトに背を向けて笑う。
(
あの時のデュエルで、バトレアスは人の持つ可能性を示し、エニアクラフトの考えを改めさせた。
それは、今日彼が成し遂げたこととほとんど変わらない。
その事実は、エニアクラフトにもバトレアスにも言うまいと、ウィズダムは自分だけの考えに留めておく。
そして菱形のゲートを開き、ウィズダムは世界の観測に戻った。
これにて第二・五部は終了です。
本作は第三部で完結の予定ですが、第三部は第一、二部よりもややコンパクトになる見込みです。
気長にお待ち頂ければと思います。
何卒よろしくお願いいたします。