無色な二人が無彩色になるまで   作:零眠れい(元キルレイ)

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1話 無味乾燥な帰り道

 

「無味くん無味くん」

「なんだよ乾燥さん」

「お金を貸してください。コンビニでソフトクリームを買いたいんです」

 

 彼女は、平坦な声でそう言った。

 

「嫌だよ。自分の金で買いなよ」

 

 彼は、表情を変えることなくそう言った。

 

「それがですね。大変なことに家に財布を置いてきてしまったのです。ここにはありません」

「じゃあ家に帰って財布を持ってくればいい。確か、君の家はここからそう遠くなかったはずだ。徒歩十分くらいで着くはずだ」

「いえいえそれがですね、更に大変なことに鍵を落としてしまったのです。母が帰る時間まで、私は暇を潰さなくてはなりません」

 

 そんなわけでと、彼女は改まって彼を向いて言った。

 

「どうか怒涛の不幸に見舞われた私を哀れに思って、お金を貸してくれませんか? 明日ちゃんと返しますし、百二十円ほどでいいのです。ジュース一本と同じ値段です」

「だが断る。財布を持っていないわけではないし、余裕がないわけでもないが、それでも金の貸し借りはしたくないんだ。これを機に紐が緩んだら自分の責任として片付けることになる。それは嫌だ」

「……」

 

 彼女は少し間を開けた。それは確かにと納得したのかしてないのか、ともかく彼への視線を切って前を向き――前方で流れる川の方を向く。この河川敷の傾斜に座るときは、よく二人で川を眺めていた。

 そして彼女は、お決まりのセリフを口にする。

 

「相変わらず情がないですね、無味くんは」

「相変わらず感情が死んでるな、乾燥さんは」

 

 互いにそれは否定しない。自分にも言えることを、あえて指摘もしない。

 名詞が逆であっても通用するこれは、暗黙の了解として、ただこの会話のみ二人は空気を読んで、何も言わなかった。

 

「しかし困りましたね。このままではここから一番近いコンビニの、あの一番安いソフトクリームが買えません」

「一番安いソフトクリームでいいの?」

「はい。興味がおありで?」

「まぁ、動機は気になる」

 

 彼女は彼に視線を投げるようにして、しかし彼は前方の川を眺めるばかりである。

 「……」彼女は少し考えるように黙って、棒読みの声を発した。

 

「実はですね、財布を家に置いてきたのはわざとなんです」

「へぇ」

「鍵も落としていません」

「ふぅん」

「今朝に耳にしたある人の言葉が頭に残り、こびりついて、確かめたくなりました」

「なにを?」

「『他者の金で食う肉は美味いぜ』とのことです。本当なのでしょうか?」

「なら、ますます金を貸すわけにはいかないな」

「私が所望しているのはソフトクリームですよ?」

「そういう問題じゃない。動機が不純だからだ」

 

 かぶりを振る彼に、彼女はやや俯く。困ったように腕を組む。

 

「よし」

 

 しかし、やがて思いついたように、彼女は音を出した。

 

「では、あなたが挫けるまで耳元で囁いてあげましょう。鬱陶しくなるほどに」

「いいよ。俺は夕方になったら帰るから。ここでひとりごつといいよ」

「ならば付いて行きます。人生で初めてあなたの部屋に勝手に上がり、ぶつぶつぶつぶつと夕飯を食べている最中、宿題中にも耳元で囁いてあげましょう」

「俺はいいよ。両親はダメだって言うかもしれないけど」

「む、あなたはまだ説得の余地がありますが、御両親を説得するのは難しそうですね。成功する未来が見えません」

「そうか。意外だな。お前の中の俺の評価は簡単な部類に入るのか」

「簡単ですね。楽勝です」

 

 浮き沈みのない声で、彼女は区切る。

 

「だってあなたは、同類ですから」

 

 だから思考はまるっとお見通しですと、彼女は言った。

 

「……」

 

 彼は何を思ったのか、立ち上がる。自らの制服のポケットをまさぐった。

 

「おや、もう帰るのですか? まだ夕方ではありませんよ」

 

 分かってるくせに、と彼は思う。

 

「ほら、きっかり百二十円。明日返せよ」

「おぉ、ありがとうございます。私は約束は破りませんよ。このお金で買ったソフトクリームの味をとくと堪能し、明日必ずお返します」

「じゃあ行くぞ。今日は自転車もあるし、二人乗りしよう」

「おや、付いてくるんですか? まぁいいですけど」

 

 時々――本当に時々、乾燥さんは無味くんのことがわからなくなる。

 

 

 彼女は店内で最も安いアイスを買って、外に出たらすぐ、止めていた自転車の近くで袋を破った。

 彼は問う。

 

「ソフトクリームじゃなくて良かったのか?」

 

 彼女は答える。

 

「いいんです。冷たくて甘いものならば何でも。飲み物は消費するのが地味に時間がかかりますし、夏の時期が続いていたというのに食べていなかったんですよ。これは由々しき問題です。そんな事情です」

「そんな事情か」

「さてさて、他者から借りたお金を使うだけで、本当に美味しくなるんですかね?」

 

 彼女は袋から棒アイスを取り出し、一口分を齧った。

 

「で、どうよ」

 

 彼は彼女の顔つきを見ながら、訊いた。

 そして彼女は感想を口にする。

 

「あっっま。つめっった」

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