無色な二人が無彩色になるまで   作:零眠れい(元キルレイ)

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13話 無味乾燥は映画を見終わる

 

 立派に建てられた城が破壊される爆発音がする。

 崩壊し、キャラクターたちが慌てて城の出入り口を目指していた。

 聞き覚えのないアニメ声が耳に入ってくる。

 魔物を焼き払い、あるいは凍らせ、ギリギリのところで破片を避けていた。

 そうして命からがら逃げて――出入り口に辿り着いてから、城が崩れ去る。

 安堵する吐息。静かでありながら始まりを想起する音楽。眩い日の光の描写。

 笑い合い、互いに労いの言葉をかけあっていた。

 ――そんな映像と音が、かれこれ一時間半ほど流れている。

 スクリーンに表示される画像が彼の瞳に映り、終始、姿勢を崩さない。

 呆れもなく、緊張もなく、馬鹿にするでもなく……ただ淡々と、無味くんは見入っていた。

 感情移入する気分にもなれず、そもそも空気感が伝わってこない。

 その感情の色は何色なのか。

 その表情は何を表しているのか。

 その掛け合いによって、何が生み出されているのか。

 それらの存在意義が、理由が、読み取れずにいた。

 唯一関心が持てそうな背景の描写でさえも、魅力がわからない。

 綺麗は綺麗だ。あの河川敷よりも断然――草についた水滴は光を反射し、影が書き込まれ、鮮やかな色彩の美しい青空と草原。

 だけど……そんなのは、求めてない。そんな綺麗さは、あまり好きではなかった。

 これから来るらしいどんでん返しとやらが未だに予想できないけれど、今ではもう完全に予想する気さえ失せている。

 なぜ――この作品は人気なのだろう。

 逆になぜ――自分はこれほどまでに面白味を感じれずにいるのだろう。

 そんな疑問ばかりが、頭の中で飽和する。正直映画の内容は、あまり入ってこない。

 それとなく視野を動かし、左の座席に座る人物を一目見た。

 固唾を呑んで見守る――知らない大人だった。自分と違い、すっかり映画に魅了されているようだ。

 本気で、楽しんでいるのだろう。たぶん。

 次に右へと――乾燥さんを見れば、乾いた瞳をしていた。

 ――ああ、いつもの彼女だと。

 そう思いながら、無味くんは再びスクリーンの方へと向き直る。

 

 

「惨敗です」

「いつの間に勝負してたのか? 誰と?」

「無味くんとです。映画を一本観て、心境に変化があれば二本目も観ると約束したではありませんか」

「勝負じゃないと思うけど」

「ともかく惨敗です。完全敗北です。何か驕らせてください。敗者として」

「別にいいよ。帰ろう」

 

 あれから三十分後にエンディングテーマが流れて終わり、館内の入り口に向かおうとしたら、立ち止まってそんなことを言い始める乾燥さん。なぜただの約束事を勝負という形式に変えたがっているのか、自分には思い当たらない。また彼女独自の思考回路が働いてるに違いない。

 自分としてはそんな、勝者としての愉悦感や勝負の成り行きが予測できないハラハラ感など味わうつもりはないのだが。味わえないし。

 

「よくありません。せっかく映画館に来たからにはポップコーンとドリンクを買って食しましょう。食しながら感想を言い合いましょう。それが礼儀というものです」

「食しながら語るって言っても、どこで? 座れる席はなさそうだし、他の映画を観る気もない。それが約束だ」

「わかってます。ですから持ち帰りで買って、私の家で語り合うのです。最後の驚きのどんでん返しや、キャラクター。メッセージやテーマなど、ざっと一時間話し合うのです」

「そうは言っても、俺に話せる感想はない。あってもきっと、三行で終わる」

 

 すると乾燥さんは、首を傾げた。

 

「おや? では読書感想文はどうしてたんですか? 原稿用紙数枚分も文字で埋める必要がありますよ?」

「だから国語は苦手なんだ。あの宿題が一番苦手だ。調べたり、誤魔化せる範囲で本文を引用したり、苦労したよ」

「本当に苦手な教科があるんですね。無味くんにも」

「ああ、だから俺に感想を述べるなんてことをさせないでくれ。できないから」

「ならば私が引っこ抜いてあげます。その固くなった引き出しを叩き割ってでも中身をさらけ出してみせます」

「壊されるのも困る」

「では壊しません。鍵を作って心の扉を開いてみせます」

「それはもっと困る」

「困るんですか?」

「……」

 

 きょとんとした感じで問いかけられ、彼は目を逸らした。無自覚の内に――何か危険さえも感じながら、歩き出す。彼女も少し遅れて追いかけてきた。

 

「あ、待ってください無味くん。ポップコーン売り場はそっちではありませんよ」

「だから、やらない。やれない」

「不器用でも構いませんよ。私は気にしません」

「俺は気にするんだ。悪いけど、そんな高度な手伝いはできないよ」

 

 あの映画だけで一時間も話せることはない。何一つ、ない。

 ――他人の意図とか、感情とか、そういうのを読み取るのは苦手だ。もはやできないといっていい。

 自分にできないことを、悠々と当たり前のようにこなす他人の姿は、見ていてあまり良いものではなかった――特に、感受性を使う話は。

 どうせそれで、楽しみなんて得られるはずがないだろう。映画は面白くなかったのだから。

 

「……そうですか。そうですね。確かに難しいことを要求しました。ならばここは、引き下がりましょう」

 

 諦めたように、乾燥さんは言う。

 

「……君は、そんなに一時間も話せることがあるのか? あの映画だけで」

 

 たった百二十分の、映像と音だけで。

 しかし聞こえてきた返事は、少し意外なものだった。

 

「わかりません。できないかもしれませんね。原稿用紙一枚ですら埋めれる気がしないので」

「そう……なんだ。乾燥さんでも」

 

 逆にその発言に、驚いたように彼女は口にする。

 

「おや、もしや私ができるだなんて思っていたのですか? そんなこと一言も明言していないでしょう?」

「そう、だけど……」

 

 じゃあなんで……そう訊こうとする前に、彼女の答えが返ってくる。

 

「試したいからですよ。もしかしたら案外盛り上がって、楽しいかもしれません。私たちは意見が合いやすいので。盛り上がらなかったら話題を変えて、ポップコーンを食べ終わったら解散するつもりでした」

「……そっか」

 

 無理してでも話すつもりはなくて、期待半分……いや、期待の度合いなんて関係なく、やろうとしたのだろう。つくづく彼女らしい行動力だ。

 学校では本ばかり読んで大人しく見えて、その反面行動力が凄い。不思議なくらいに。

 ……。

 

「……わかった。そういう事情なら、いいよ。五分も持たないと思うけど」

「一分持てばいい方です。というわけで早速、ポップコーンを買いに行きましょう」

 

 言うが早いか、彼女は売り場の方へと方向転換する。彼も遅れて進む向きを変えた。

 

「うん、割り勘で」

「ですから、私が払うと言っているでしょう。罰ゲームです」

「賭け事に金を使いたくない。そんなに罰ゲームしたいなら別のにしてくれ」

「思いつきません」

「じゃあなかったことにしよう」

「……不服ですが、そうします」

 

 表情を動かすことなく、乾いた眼を閉じる乾燥さん。そんなにもやりたかったのか、なんて思いつつ、そんな彼女にふと気になっていたことを質問した。

 

「そういえば、二本目は何を観るつもりだったんだ?」

 

 不服と言いつつ、そこまで頓着がなさそうな乾燥さん。スラスラと質問に答える。

 

「タイトルは忘れてしまいましたが、アンドロイドものを観る予定でした」

 

 ……え?

 

「知名度はそこまでないんですけど、何でも感動するとかなんとか。人では実現できないアクションが素晴らしく、感情が持てなかった機械種族がある人間と出会うことによって、感情が芽生えるらしいですよ。全米が泣いたそうです」

「……そう、か」

 

 良かった……と、ハラハラして、心の底から安堵した気分だった。

 二本目の映画を観ずに済んで、本当に良かった……と。

 

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