放課後。無味くんの机にて。
「ではこれより、地球崩壊爆弾制作部の部員集め大作戦を始めます」
「通っちゃったよ……なんで校長通したんだよ……」
「理由は絶対に作れないから、だそうです。どこかネタ的に聞こえるので許したとか何とか」
「それより鉛筆、部活はいいのか?」
「今日は休み。というか文化祭までしばらく休み。作品は先週に完成したから、あとはクラスの出し物を手伝えってさ。肝心のクラスの出し物はまだ決まってないみたいだし、部員集めに協力するよ」
のどかで平穏なはずの無味くんの席だが、今は騒がしかった。噂好きの生徒たちが一瞥するくらいである。ただ、噂になるほどのことでもなく、珍しいといえば珍しい程度の光景であった。
近くにいたメラメラくんですら、あの三人の組み合わせはあまり見ないな、といった感想を抱くほどである。席を立ち、実行委員としてクラスの出し物を決めるためヒヤヒヤさんのところへ向かおうとすると、ちょうど彼らから声がかかった。
鉛筆くんだ。
「あ、メラメラ、ちょっといいか?」
「ん? いいけど、あまり長い時間は取れないぞ」
「大丈夫大丈夫、メモ見せてほしいだけだから」
「メモ?」
メモ……それ自体には、もはや馴染みがあるといっていいほどに最近使っているけれど、なぜ彼らがそれを欲しているかには皆目見当がつかない。どのメモを、しかも何に使うつもりなのだろう。
「誰がどの部活に入ってるのか一覧したやつ。誰が帰宅部なのかを知りたいんだ」
「はぁ……別に構わないが」
個人情報といえば個人情報だが、調べればすぐにわかることだし見せもいいだろう。それに、こいつらはどんな情報であれ悪用するような奴らではない。そう思い、メモを取り出すメラメラくん。そのページを開いて無味くんの机の上に置く。
「……俺と乾燥さんも含めて四人、か」
「……あれ、うちのクラスにこんな人いましたっけ」
「まぁ、それよりも……」と、きょろきょろと目線を左右に移動させる乾燥さん。
……まだ教室にいるようですね。
「あとは今日休みの美術部や文芸部……うん。大体把握した。ありがと」
言いながら、鉛筆くんがメラメラくんにメモ帳を返す。
「見せたはいいが……急にどうしたんだ?」
「詳細は省くけど、新しく部活を作るため部員集めをしてるんだよ。名前を借りるだけだけどね」
立ち上げようとしている部活が地球崩壊爆弾制作部、なんて言ったら唖然とするだろうな……。
「そういうことか」
そんなことは知らない無知なる彼は納得して、顔を綻ばせながら鞄を手にする。
「じゃ、頑張れよ。人手がほしいときは遠慮なく言ってくれ」
「ん、困ったらそうさせてもらうよ」
「おう」と返しながら、おもむろに歩き出すメラメラくん。実行委員の仕事をしに行ったのだろう。相変わらず人望の厚いやつだ。頼りになる。
ふと――鉛筆くんは思った。あいつは、ああいう人柄を求めていたのだろうか、と。なぜ人柄の悪さに自負すらある自分にそんなものを求めたんだか……肩を竦めずにはいられなかった。
だが、そんな感傷とは無関係に話は進んでいく。
「さて、名前はたぶんきっとおそらく覚えました。私と鉛筆くんでまだ校内に残っている今日お休みの部活動をしている方々に訊きに行ってみるので、無味くんは帰宅部の方をお願いしてもいいですか?」
「ああ。そっちこそ大丈夫か? 名前覚えるの苦手だろ?」
「だからこそ鉛筆くんに補助してもらうのです。では、十分後に教室で落ち合いましょう。健闘を祈ります」
「別に戦いに行くわけじゃないけどね」
歩き出す乾燥さんに、突っ込みながら付いて行く鉛筆くん。
……それから十分後。
「戦果なしです」
「右に同じく」
「……同じく」
再び無味くんの席に集まった彼らは、揃って口にする。
「一人くらい捕まえられると思ったんですけどね……そうしたらあとは一人だけですし」
「そうだね――え? もしかして僕も頭数に入れてる?」
沈んでいた面持ちをふっと持ち上げ、乾燥さんの方へ向ける鉛筆くん。そんなの聞いてない。
「すみません、勝手に入れてました。協力してくれるとのことだったので……問題でしたら入れませんが」
「ああいや、いいよ。驚いただけだから。兼部していいことになってるし、どうせやることはほとんどないんでしょ?」
「そうですね。爆弾関連の調べものをするとか、それくらいだと思います。それも任意にする予定ですし」
静かな女性声で語られた部活内容は、やはりろくでもなかった。
「そんなんだから誰も入ってくれなかったんだろうな……」
呆れの混じった声に、しかし思わぬところから反論がくる――無味くんからだ。
「こっちは別の理由だったぞ」
「帰宅部組が? 一体どんな理由で……」
「片方は部活に入ったら呪いが降りかかる一族で、もう片方は入った瞬間に余りある力が暴走して学校が崩壊するからって言ってた」
……。
あまりに馬鹿すぎて一瞬声を失い、子を見守る親のような表情を浮かべる鉛筆くん。
「鵜呑みにするなよそんな話。でたらめに決まってるから」
「そうなのか?」
「無味くん、そんな嘘はさすがに私でも騙されませんよ。ただの建前です」
「建前にすらなってないような気がするけど……」
「……そうか。乾燥さんでも……」
そうぼやく彼の態度に、鉛筆くんは思う。やっぱりこいつは――何一つ理解してないと。自分より頭いいくせに、なんでこんなことも理解できないのか。頭良いのに頭が悪い。
「ともかく、こうなったら手当たり次第に部室にお邪魔させてもらい勧誘しましょう。どれだけこの部活が何もしないでいいかを口説けば、二人くらい集まるはずです。なにせこの学校には三百人もの生徒がいるのですから」
「三年の先輩は受験だけどね」
「なにせこの学校には二百人もの生徒がいるのですから」
「今のは言い直さなくていいんじゃないかな……」
「では、運動部は私と鉛筆くんで、無味くんは文化部を担当してください」
鉛筆くんからの指摘を見事スルーし、そう二人にお願いする乾燥さん。
彼は半笑いしながらも、懲りることなく指摘する。
「そんな曖昧な分け方じゃ混乱するよ。先生から一覧表を貰って、ここからここまでって区分けした方がいいと思う」
「あ、それならちょうど貰ってます。それを運動部文化部関わらず、三等分にしてしまいましょう」
言いながら、乾燥さんは自分の机から一枚のプリントを出して、三枚に折り始めた。
「僕がやろうか? 下手に破くと混乱するし」
「問題ないよ。あいつの器用さはお前にも引けを取らないから」
「……へぇ」
自分と同等の器用さであるという彼女と――彼女を援護した彼への感心を声に乗せる鉛筆くん。
びりびり……と大人しい音がして、丁寧に破けたかを確認してから乾燥さんは「どうぞ」という言葉と共にプリントを二人に手渡しした。
「ほんとだ。綺麗に破いたねー」
「ありがとうございます。では、渡した紙に書かれた部室を訪ねてみてください。二人捕まえられたらそれでいいです。成功したかどうかはともかく、今度は三十分後にここで集合で」
本心からの褒め言葉だったのだが、彼女はそれに重みを感じないようだ。ひとまず受け取ってもらえたものの、響いてない感じだった。こりゃあお世辞は一切効かないかもしれない。
配られた一覧表を見れば……知らない部活もちらほらと見られた。こんなにあったなんてな……まずはこのオカルト研究部に行くとするか。
これは勧誘であって勧誘ではない。言うなれば名前を借りに行くようなものである。とはいえ、活動の邪魔をしに行くのだから邪険に扱われたら素直に引こう。
なぜ明日の昼休みに回さないかといえば、それは期限が設けられているからであった。そしてその期限というのが今日、なのだ。今日中に残り二人を埋めなくてはならない。遠回しに部活を承認できないと言われてるとも取れなくはないが、おそらく近日中に文化祭でどの部がどの教室を使うかなど、予定を立てるためだろう。
教師からしたら、なんて時期に新しい部活を立ち上げようとするんだ、と内心不満を抱いているかもしれない。そう考えればよくオーケーしてくれたものだ。
「ところで二人とも、扉越しから熱意を感じたらすぐに引きなよ。絶対に話通じないから」
「「……ネツイ?」」
「……まぁ、うん、とりあえず運動部と吹奏楽部は声をかけにいかないこと。それと、引き抜きではないことを明確にするんだよ」
「わかった」
「わかりました」
二人が頷いたのを確認して、「それじゃ」と我先に教室を出て行こうとする鉛筆くん。続いて乾燥さんも出て行った。しかし無味くんは教室に残り、少し遠めの斜め前の席に座るとある人物の下へと歩き出す。
渡された紙に真っ先に目に入った部活――ボランティア部。その部活に入っている人物がクラス内にいることを、無味くんは知っていた。話したことはないが、とても特徴的で嫌でも耳に入ってくる悪目立ちしている生徒である。良い奴、ではあるらしいのだが。
その自分から見たら小さくも大きくもない背中に向けて、無味くんは声をかけた。
「なぁ平和さん、少しいいか?」