声をかけられた彼女は、椅子に座ったままこちらに振り返る。長い髪を揺らし、そして自分ではとても考えられないほど豪快に大きく口を開けるのだ。
「おう、どうしたどうした! 無味から話しかけてくるなんて珍しいこともあるもんだな! はっはっはっ!」
思い込みの激しさやオーバーリアクションのウザさに定評のある平和さん。ちなみに彼女のあだ名の由来は知らない。いや本名かもしれないけれど。だとしたら正義感の強い親がいたものだ。
「うん、実は――」
「ああわかった! ボランティア部に加入したいんだろ? お前が私に用があるとしたらそれくらいしかないもんな! ちょうど人手がほしいと思ってたところなんだ! いやーよかったよかった。さぁ! 私と共に世を少しでも良い方向へと導こうじゃないか! なんせこの世界の法則に『ほんの少しのことが多大な影響を及ぼす』とあるからな! 何が起こるかわからん! 貢献する者が一人増えるなんて、今日は祝いものだな!」
指をパチッと鳴らしたり、ビシィっと窓に向かって指を指したりして満足そうに一人頷く平和さん。
「いや、祝いじゃないよ。加入しに来たわけじゃないから」
そう言うと、彼女は「ふむ違うのか。では一体……」と、首を斜めに倒して口元に手を宛がう。どうやら予測しているみたいなので、黙って待つことにした。
「――はっ、そうかわかったぞ! メラメラから文化祭関連の言付けがあるのだな! さっき話し声が聞こえてきたし、お前あいつと仲良いもんな~! クラスの出し物ってどんなのだろうなー、私はどんな役目であろうとやり通すつもりだ。クラスとの思い出作りのためにも、準備中も本番でも本気で取り組む。さぁ言ってくれ! 私の役割とはズバリ――!」
今度は前のめりになって、大きい瞳をキラキラさせる平和さん。しかし、
「それも違う。でもたぶん、そろそろ決まると思う。今話し合ってるみたいだから」
「なんだー違うのか。だとしたら残っているのは……」
額にぐりぐりと拳を当て、一生懸命に悩んでいるらしい。
やがて得意気な笑みを浮かべ、教室に響き渡りそうな声を発する。
「くっくっくっ、なるほどそういうことか。亀先生からの言付けだろ! あの先生は何かとめんどくさがり、しかし責任を放棄するような人間ではない。うむそうとしか考えられない! どうだ私の洞察力は! 問題はどんな内容の言付けかということだが、それはさすがにわからんな。探偵には憧れるがあいにく私は探偵ではない。一度なってみたいものではあるがね。して無味よ! 正解だろう?」
「違うよ。亀先生から言付けは預かってない」
「おや違ったか……」
それから何度か同じような、彼女が予測を立てて無味くんがノーと答えるやり取りが繰り返され、しばらくして彼女は両手を挙げてギブアップを宣言した。
この間、約十分間。
「……降参だ。教えてくれ。君はなぜ、私に声をかけにきたんだ?」
「実は、俺の友達が部活を立ち上げたいらしく、あと二人足りないから名前だけでも借りたいんだ」
「ほほう? 君の友達というと乾燥か鉛筆、ロメロメ辺りか?」
「ああ」
よく知ってるな、と思いながら続ける。
「実際には来なくてもいい。兼部してもらって構わない。申請書に名前を入れてくれるだけでいいんだ」
「ということは、是が非でも部活を立ち上げたい、という感じか。部活の内容は?」
「地球崩壊爆弾制作部」
「無理に決まってるだろうそんな部活」
呆れた顔で腕を組む平和さん。そんなに問題があるだろうか。
「あのなぁ……いいか無味。よく聞け」
彼の肩を掴み、真剣な眼差しを向ける平和さん。バックに青い宇宙のようなものさえ見えてくる。
「私はこの世界が好きだ。大好きだ。愛してる。それを冗談でも破壊しようなんて、お前は何を考えている。この世に生を受けた者として、地球を色鮮やかな草原と海を残したまま保管し、全人類、魚や動物を含む全ての生命と共存して安寧の日々を過ごそうと、そうは思わないのか?」
「あまり思わない」
「そう思うのも無理ないだろう。なにせ私が今述べた事柄は理想に過ぎないからだ。理想とは敬遠される、現実を見ろと説教を食らう。しかしよく考えてみろ。目を凝らして邪念を振り払い周囲を見てみろ。人の尊さと美しさに気付くはずだ。社会の闇がなんだ。腹黒いがなんだ。それだけのせいで平和を諦めるのか?」
「仕方ないんじゃないか」
そんな感じで大振りに手を大きく広げたり、仰いだり、握ったりと、かれこれ五分ほど語られた。
「――だから無味、地球崩壊爆弾制作部なんてやめるんだ」
「そうはいっても、この部活でないと承認されないんだよ。部活が多すぎるせいで被るんだ」
「……んん?」
と、そこで彼女は首を大きく傾げさせる。
「おいそれって、その言い方だとまるで部活が作れるならどんな内容でもいいみたいじゃないか」
「ああ、いいらしい」
「なんだよそういうことは早く言ってくれよ」
全く全く、という素振りを見せていたので、だったらと無味くんは訊いてみる。
「入ってくれるか?」
「それはできない。名前だけであろうとそんな部活に入りたくないからな。なんなら潰したいところだよ」
足を大きく組み、断る平和さん。
「そうか……」
あの二人も、こんな風に断られたのだろうか。これは確かに骨が折れそうだ。
「わかった。他を当たるよ。じゃあな」
「応援はできないが、まぁ、君がこうして行動することには感心するものがある。そういう意味では応援しているよ」
「ん」
頷いて、無味くんは部活の一覧表を見ながら教室を出ていく。その後ろ姿に、彼女は思った。
まさか彼が、人のために行動するような奴だったとは……と。
かれこれもう三件は回って、どれも断られてしまった。そこまで避けられるような部活内容だろうか。小説などでもよく地球は危機に陥るものだし、校長からも許可は得ている。名前を借りるだけ、ということが信用されてないのだろうか。
まぁなんにせよ、だからといって手伝うのを止める理由にはならないが。
そういえばあの二人は成功しただろうか。次を回った頃には三十分経ってしまう。今向かっている料理研究部がダメなら、あとは鉛筆くんか乾燥さんが成功するしかない。
成功しているといいのだが……そんな考え事をしていたからだろう。彼は三階へと上がり角を曲がると、油断していたせいか人とぶつかってしまった。
「いっ……」
「わわっごめんなさい!」
下の方から幼い印象を与える女性の声がする。聞き覚えのない声だ。
見れば、そこには小柄な生徒がいた。どこかで見たような気がするが……クラスメイトにこんな人がいた覚えはない。どうやら書類を運んでいたようで、ぶつかった拍子に乱雑に落としてしまったようだ。しゃがみこんでせっせと集めている。
遅れて無味くんもしゃがみ込み、散らばった紙を集めた。
「いえ、こちらこそ……」
言いさして、彼女の上履きのラインの色が自分と違うことに気付く。この人上級生だ。
「すみませんでした。考え事をしていたもので……俺も手伝います」
これだけの量の紙、先生から運ぶよう頼まれていたのだろう。内容は確認していないが、白いプリントに文字が書かれている。
「……優しいんですね」
「いえ、別に。俺のせいでもありますから」
ぶつかってしまったのはこちらの落ち度でもある。責任が生じているのだから拾うべきだろう。
無難にそう返すと、先輩がマジマジとこちらを見つめてきた。
何か気になることでもあったのだろうか。視線が気になるものの、放っておいてもいいだろうと三十枚ほどのプリントを回収し、差し出す無味くん。
「……あの、先輩?」
しかし、いつまでも受け取らない先輩に、無味くんは声を上げた。あまり時間はかけたくないのだが……。
なんて思っていると、彼女は勢いよく無味くんの手を掴み取ってこう叫ぶのだ。
「一目見たときからあなたのことが好きでした! 付き合ってください!」
「お断りします」
「ぎゃふんっ!」
そして今度は、勢いよく後ろへ倒れる彼女。
……なんだったんだ。今の。