「うぅ……また振られてしまいました……これで五十二回目……何がいけないのでしょう……?」
涙で声を滲ませながら膝を抱えて座る小柄な先輩。先輩が倒れた際に散らばってしまった紙を再び回収し、話しかけようにも意気消沈としているようなので脇にそっと置いておいた。
「では」と一応一声かけてから無表情でその場を去ろうとする無味くん。
「ちょちょちょ、待ってください! 振られた理由を教えてください!」
がしかし、腰をがっつり掴まれる。するとまた紙が散乱してしまった。また拾わなければ……。
彼はまたもしゃがんでプリントを拾いながら、思いつくままに振った理由を述べる。と、いっても……
「特に理由はないというか……名前も知らない先輩から急に好きですと言われましても、断るのが普通なのでは? それにおそらく先輩の好みに合いませんよ。俺」
すると、先輩は立ち上がって声を大きくした。
「そんなの付き合ってみないとわからないでしょう! こっちは本気なんですよ! 覚悟を持って言ってるんですよ! それをおそらくで振るだなんて……」
信じられない、という形相で涙目の彼女。だがその程度で動じる無味くんではない。
「おそらくっていうか、確実です。俺より優しい人間はそこら辺にいますから」
「あわわっ、もっと自信持ってください! そんなつもりで言ったんじゃないんです。えーっと……後輩くん!」
「先輩も俺の名前知らないんですか? 本当に初対面であれば告白するのは早すぎると思いますよ」
「あうっ!」
クリティカルヒットを受けたみたいな、そんな悲鳴を上げる先輩。実は自分が覚えてないだけで、小学校や保育園の頃に会ったことがあるのかと思いきや、そうでもなかったようだ。よくそんな見も知らぬ男に告白したな。
告白の重みくらい、自分でも理解しているつもりである。少なくとも軽々しくやっていいものではないことくらい。
だから本気で振った。知らない人とは付き合えないと。ましてや大して知らない他人を励ますような良識的な人間と自分では釣り合うはずがないだろう。騙すような真似はしたくない。
「で、でもでも、断るにしてもじゃあ友達からとか、彼女いるから友達までならとか、好きな人がいるから友達ならいいよとか、そうやって好意的に返そうとは思わないんですか!」
「友達いらないので」
「なっ――!?」
先輩からの指摘は、一刀のもとに切り伏せられた。それを受けた彼女はがっくりと膝を落とし、両の手を地面につける。
なぜそんなにもダメージを負ったのかはよくわからないが、ともかくプリントを集めたので渡そうと試みる無味くん。
「先輩、このプリント……」
「うーと呼んでください……それが私につけられた名です……」
うー……彼女の顔といい、それってどこかで聞いたような……。
だが、思い出せずに結局彼は続けた。きっと気のせいだろう。
「ではうー先輩、俺そろそろ行かないといけないので、これここに置いておきますね」
「はい……ありがとうございます……」
弱々しいうーさんの返事を聞いて、料理研究部の部室である家庭科室に向かおうとする無味くん。彼女を部活に誘うことも少し考えたが、今は話を聞ける状態ではなさそうだ。
がしかし、第三者の快活な女性の声によって思わず足を止めた。
「おいおいなんだよ、せっかく誰かが振られる現場を押さえられると思って急いで来たってのに、またうーか。懲りないなーお前も」
「悪徳さんこそまた来たんですかっ。いい加減にその趣味やめてくださいよ。生徒会の者として取り締めますよ」
……生徒会?
その単語に、無味くんは思考を働かせて想起する。過去のこと、この学校での出来事、深く深く――ついでにこの前乾燥さんが風邪をひいて看病してくださいと頼まれて行ったら次の日に仮病だということが判明したことなど、どうでもいいことまで思い出した。
ああそうか、どこかで見覚えのあると思っていたらこの人、生徒会の書記の人だ。副生徒会長よりも有名人だったような気がする。
無味くんはそれとなく、突如として現れた第三者とやり取りする小柄な彼女を一瞥した。
子供っぽく腕を上下に振り、眼をギュッと瞑り、小さい体型をより一層幼くさせる仕草。
……まぁ、書記だからいいか。
「ちょ、ちょっとあなた、今私に対して失礼なことを考えたでしょ!?」
心を読んだのだろうか。人差し指をこちらに向ける彼女。
「すみません。そういうつもりではなかったのですが……」
「もうっ。いいですか。いくら小さいからといって、外見で判断してはいけないんですよ。甘く見ないでくださいっ」
頬を膨らませて、人差し指を上に上げながら教師じみたことをするうーさん。彼はすかさず反論する。
「いえ、外見ではなく幼さを強調する仕草が気になったんです。生徒会長がそういう態度だと問題が発生しやすくなると思ったので」
「ふぇっ!」
途端に、膝から崩れそうになる彼女。またダメージを負わせてしまったようだ。気にしていたことなのだろうか。
その光景に目を見開きながらも、揶揄するように笑う女性……この人も二年らしい。先輩だ。悪徳さん……と呼ばれていたか。は言う。
「わーお、初対面の人相手にここまで正直にズケズケ言う後輩は初めて見たよ。君やるねー」
「はぁ……」
うーさんとは対照的な印象の女性だった。口調は平和さんと鉛筆くんの間、という感じがする。
「君、無味くんだよねー確か」
「はい、そうですよ」
「やっぱり」
「……あの、そろそろ行ってもいいですか? 俺用事があって……」
家庭科室に行こうかと思っていたが、もう三十分経っているだろう。諦めて教室に戻った方が良さそうだ。
……しかし、悪徳さんが行く先を阻む形で立っていて進めない。
「何の用事なのー? 職員室は二階だし、ここは一年がそうそう来るところじゃないよねー? しかも放課後に残ってさ……聞かせてよ」
うずくまるうーさんがいるにも関わらず、ニコニコと笑顔を絶やさない悪徳さん。別に隠すようなことでもないので、無味くんは用事を話した。もしかしたら誘えるかもしれないし。
「実は……」
……。
…………。
「ふぅん」
「地球崩壊爆弾制作部、ですか?」
「はい。よろしければ入ってもらえると嬉しいのですが……」
いつの間にか回復しているうーさん。プリントを抱えて普通に立っている。悪徳さんも話している内に笑顔をやめていた。
「あたしはパス。面白そうではあるんだけどねー」
まずそう言ったのは、悪徳さんだ。
「でも君たちの行き着く先が気になるから同行させてよ。これでも新聞部の者だからさ」
「いいですよ」
拒否する理由はないだろうと頷く無味くん。しかし、彼女の隣にいたうーさんは目を光らせる。
「……あなたがまともに部の活動をするのは珍しいですね。何を企んでいるのですか?」
「なに、ちょっとした興味本位だ。これでも好奇心がないわけではないよ」
「……」
嘘ではなさそうだ。しかし後輩を巻き込んでいいほど信用できる相手でもない……と、眼をじろじろと不審者の如く動かしていると、その後輩から声をかけられる。
「うー先輩は?」
「あ、私はいいですよ。困ってる後輩を助けないわけにはいかないですから」
「ありがとうございます」
ようやく一人成功したことに、安堵という息はないが、感じる無味くん。礼を述べる。
「いえいえ。それに私、爆弾には詳しいですし。力になれると思いますよ」
「……え?」
悪徳さんは絶句した。何があったら爆弾に詳しくなれるのだ。
「いや、本当にほとんど部活はしないですし、できるかどうかもわからないので……」
「そうですか……でも、案外ハマるかもしれないですし、レポート課題があるかもしれないので」
「スルーするの? 君たち危ない会話をしてることに気付いてないの?」
「? あなたが余裕をなくす表情をするのは初めて見ますね。どうしましたか?」
可愛らしく小首を傾げるうーさんと、何を考えているのかわからない表情の無味くんに黙る悪徳さん。
この部活、止めないとネタではなくなるのでは? と半ば本気で思案し始める。
「うー、本当にいいの? 生徒会に属してるんだから、悪い噂が広がるかもしれないよ?」
「む、それはあなたが流す予定がある、ということですか?」
「そうじゃなくて」
ダメだ。常日頃から他人の弱みを握ろうと画策している自分には到底説得することができない。あとそれ誤解だって。弱みは握っても広めたことはないって。広めたら意味ないじゃないか。
そして、悪徳さんが黙ったことをいいことに、
「ともかく無味くん、長々と時間をかけてすみません。教室に行きましょうか。案内してください」
「ですがうー先輩、そのプリントを運んでいる最中だったんですよね? いいんですか?」
「急ぎではないのでいいですよ」
「わかりました。こっちです」
いいというなら、いいのだろう。言って、階段を降り始める無味くん。その後ろをうーさんと悪徳さんが付いていった。
「悪徳さん? だからどうして付いてくるのですか?」
「興味本位だって言っただろう。大丈夫、邪魔したりはしないからさ」