「お、無味くん、成功したんですね」
「やるじゃん。こっちはどっちも全滅だったから心配してたけど、どうやら杞憂だったみたいだね」
教室には現在、計五人の生徒しかいなかった。
内二人――乾燥さんと鉛筆くんは、入ってきた三人を見て思い思いに口にするが、先導していた無味くんが否定する。
「いや、それが……」
告白されてから一瞬で振った経緯を省き、要点だけを説明する無味くん。
「――というわけなんだ」
「では、あと一人捕まえなければいけない、と……」
「そ、それより……」
冷静に状況を把握する乾燥さんとは正反対に、眼を見開いて鉛筆くんは無味くんの後ろにいる二人を見る。
「悪徳先輩とうー先輩って……お、お前、よくそんな大物と鉢合わせたな……」
「知ってるのか?」
「有名だよ。僕の耳にも入ってくるくらい。というか……」
今度は微妙に、冷や汗を滲ませながら悪徳さんの方へと視線を流す鉛筆くん。すると見つめられた彼女は、ニコニコと笑顔で手を振った。
その隣にいたうーさんが、次第に気付いたように声を張り上げる。
「ま、まさかあなた……! こんなところにまで手を広げていたんですか!?」
「だってー、そこに弱みになりそうなネタがあったら撮りたくなるじゃん?」
「そのカメラはやはり危険です! 生徒会権限で没収します!」
悪徳さんの手に握られているカメラを取ろうと、うーさんがぐぬぬ……と手を伸ばした。がしかし、高身長の彼女に小柄なうーさんが太刀打ちできるはずもなく……。
「……」
「あの、鉛筆くん」
「え!? な、なに、乾燥さん」
「あの人たち、そんなにも有名なんですか?」
普段ならば平穏な日常とも思えるその光景が、今はその成り行きを見守るのに必死だった鉛筆くん。気が気でない心臓を止める勢いで押さえ、乾燥さんからの質問に答える。
「あ、ああ……有名人だよ。どちらかといえば悪い意味で」
「乾燥さん、うー先輩に見覚えない?」
無味くんからの助太刀に、乾燥さんは眼を細めてじーっとうーさんの顔を眺め、首を捻る。
「いえ……ないですね。無味くんはあったんですか?」
「うん、薄っすらとだけど」
言いながら、悪徳さんのカメラを取ろうとぴょんぴょん跳ねてるうーさんに視線を移しながら解説する。
「彼女は生徒会の書記。うー先輩。幼くて可愛らしいとか、すぐに告白するとか、本に異常に執着するとか……そんな噂を聞いたことがある」
「へぇー……無味くんは詳しいんですね。てっきりこちら側の人間かと……」
「僕やメラメラが時々話してるからね。勝手に嫌でも耳に入ってくるさ。……んで、あっちが悪徳先輩」
鉛筆くんがげっそりとした目を落とし、顎で示すのは――うーさんからプリントをごっそり奪い、「返してください!」とポカポカ叩かれている悪徳さん。
「名前の通り悪趣味でね……特技は盗み聞き、隠し撮りなど。機材を使いこなし他人の弱みを握るための技術は全て網羅してるらしい。僕も名前だけで、容姿までは知らなかったよ。確か新聞部の部長だったかな。はは……」
苦笑いして誤魔化すも、彼の目は「新聞部終わってんな……」と物語っている。十中八九、新聞部の部員を脅迫して黙らせたのだろう。
「ふむ……なるほど。少し交渉してみますね」
「――って、乾燥さん!?」
ひとしきり頷いて、乾燥さんはそそくさと悪徳さんの方へと移動した。鉛筆くんが止めようかと声をかけ、手を伸ばす。
すると彼女に付いて行きそうになった無味くんが足を止め、きょとんとしたような顔で問いかけてきた。
「何か問題か?」
「問題っていうか……普通これ聞いて話しかけに行く? しかも交渉って……」
「交渉材料ならあるだろ。さっきの話が本当なら、割と簡単に」
「え? あるの?」
今度は鉛筆くんの方がきょとんとしたような顔をして、無味くんに訊いた。
「だって、要するに……」
「お忙しいところすみません。悪徳先輩、少しいいですか?」
「うん? いいよ。大事な大事な後輩からの言葉だ。いくらでも耳を傾けるさ」
「その大事な大事な後輩の秘密を握り込んでるのはどこのどいつですかっ!」
ポカポカと叩いていたうーさんだが、今は悪徳さんの右腕一本で額を押され、近寄れなくなっていた。
代わりに叫ぶ。
これでもかというほどに叫ぶ。
――しかし、それを涼しい顔でやり過ごす悪徳さん。乾燥さんもさして気にすることなく、ならばと本題に入る。
「では悪徳先輩、私の決定的な弱みを教えるので、地球崩壊爆弾制作部に入ってくれませんか?」
「……」
途端に、それまでへらへらとしていた悪徳さんは――思考停止に近い真顔になった。
「か、乾燥さん!? 部活を立ち上げたいという気持ちの大きさは理解しましたが、だからといってこの人にそのようなことを教える必要はありませんよ! どうしても集まらないのであれば私に考えがあるのでここは引いて――うぎゃん!」
悪徳さんの右腕によって支えられていた額が、何も言わずに急に右腕を外されて盛大にずっこけるうーさん。うぅ……こんなはずじゃ……とめそめそと泣き始める。
そんな彼女に構わず、悪徳さんは真剣な口調で答えた。
「なるほど、君の考えと熱意は理解した。この人は他人の弱みを収集するのが趣味だ。だから自分の弱みを利用すれば交渉成立するだろう、と……」
「はい。私程度では足りないでしょうか?」
彼女からただならぬ不穏を感じ取った乾燥さんは、そう問う。無味くんから説明を受けていた鉛筆くんも、なぜそうも消極的な反応なのだろうと疑問に感じていた。
確かに本当に弱みを教えてくれるのか信用ならない発言かもしれないが、旨味ではあるだろう。
「そういうことじゃないよ。ただ、そんなので手に入った弱みは弱みではない、ということだ。本人が死んでも隠したいもの、あるいは本当に信用できる相手にしか言えないもの、それが隠し通したい事柄なんだから。こんなにもあっさりとバラすものは弱みとはいえない。それに、他人から聞いたものより自分で奪い取りたい質でね」
十分最低じゃないかと鉛筆くんは思う。
「そんな訳で、悪いけど交渉は蹴らせてもらうよ。部活に入れない理由は他の人と同じだ、同情で入ったりはできない。他を当たってくれ」
きっぱりとそう示され、乾燥さんは「そうですか……」と返事をして、今度はうーさんの方へと移動した。
「うー先輩、傷心しているところすみません。お尋ねしたいことがあるのですが……」
「んへ? はい何でしょう」
目尻に涙を溜めたまま、こちらに振り返るうーさん。素早すぎる切り替えである。
「先ほど私が悪徳先輩に声をかけた際、『私に考えがある』と言っていましたよね? それってどのような考えなのでしょうか」
「ああ、そのことですね」
目に溜まっている涙をゴシゴシと腕で拭き取り、うーさんは立ち上がる。
「試す価値がある策ですが、最終手段といってもいいほどに無謀で、限りなく成功率は低いです。しかも結構手間がかかります。それでも聞きますか?」
「はい、聞かせてください」
その返答に、うーさんは口元を綻ばせる。こんなにも一生懸命な後輩は、やはり応援したくなるものだ。
しかし彼女の口から出た発言は、鉛筆くんはともかく、常識から外れた悪徳さんや無味くんですら思いもつかないものだった。
爆弾に詳しい彼女は、爆弾ともいえる発言を紡ぐ。
「本来五人以上で部活を立ち上げるところを、四人でも立ち上げられるようルール改変を給食校長先生に直談判します!」