無色な二人が無彩色になるまで   作:零眠れい(元キルレイ)

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20話 うーさんは直談判する

 

「まさかとは思うけど……本気で言ってる? うーさん」

 

 言うが早いか、校長室に訪れた無味くんたち。他の先生を通してからではなく、うーさんが先頭に立って告知も何もなく校長室に直行し、唐突にノックをして入ったのだ。給食校長はたまたま用事が済んだ後だったらしく、奥にある大きい椅子に座っていた。訝し気な顔をして、だが。

 ちなみに給食校長の性別は、校長という職位ではあまり見かけない女性であり――亀先生などにあだ名をつけた張本人である。それから広まって生徒同士でもあだ名をつけるようになったが、流されずに本名で呼び合う生徒ももちろんいる。

 

「はい。本気です。部活関連の規則改変を要求しに来ました」

 

 毅然とした態度を崩さず、プリントを抱えながらうーさんは言う。その後ろに無味くんたちも立っていて、鉛筆くんは彼女の行動力に唖然としたままだった。というか何で他の人は驚かないんだろう。

 

「……えっとね……そう簡単には変えられないよ。君たちの一存だけで学校の規則を変えるだなんて。たとえそれがどれだけ小さなことでもね。体調不良とか、そういう仕方のない理由で例外的に認めることはあるが」

「私たちも仕方のない理由で立ち上げられずにいます。何でも、期限を設けられたそうですね? 時刻はあと少しで六時半を過ぎようとしていて、部活を立ち上げるにはこれまでにない斬新なものでなければならない。そのようなマイナー過ぎる部活に賛同してくれる者を集めるのは、今日一日では不可能です」

 

 先ほどまであんなに悪徳さんに振り回されたり泣いたりしていたのが嘘のようにはっきりしているうーさん。さすが書記を務めているだけのことはあるな……と鉛筆くんは評価を改めていた。

 

「しかしね、文化祭の部活の出し物における予算配分など、今日中に大まかにでも決めなければならないんだ。今日集められないなら文化祭での部活の出し物は諦めて、文化祭後に先送りしてくれ。明日からは本格的に私も、君たちも、準備で忙しくなるだろう?」

 

 給食校長からの真っ当な主張に、しばし逡巡するうーさん。斜め後ろへと目をやる。

 

「乾燥さんは、部活の出し物をしたいですか?」

「できることなら、したいです。難しいのであれば断念しますが」

「いえ、わかりました。任せてください」

 

 安心させるように穏やかな表情を向け、給食校長の方へとうーさんは向き直る。こういう面倒見のいい面は、ただの良い先輩だなと思った。自分とは大違いだ。同じ先輩である悪徳さんとも大違いだ。悪徳さんは何しに来たんだ? 本当にただの興味本位で来たのか?

 

「というわけで、給食校長先生、特例として認めてください。一年の思い出のためです」

「それだけじゃ弱いな。転校する、または二年の思い出ということであれば認めてやってもいいよ。四人は集められたんだからな。だが一年である彼女ならば、来年になってもできることだろう。これくらいで認めてしまっては贔屓することになる。立場上それができないことくらい、君ならわかるはずだ」

「……」

 

 ……まぁ、こうなるだろう。面倒見がいいのは良いことだが、この人は偏りすぎている。目の前にあるものを助けようとして、公平になるのは難しいんだろうな。その方が自分としても好感あるけれど。

 特例として認めてくれという主張を取り下げようとしているのも安心できる。無茶な行動ではあるけれど、その中でも譲歩できる範囲を探っている感じだ。

 しかし……給食校長とのやり取りは彼女に任せるとして、それ以外のことが気になった。悪徳さんは彼女らのやり取りではなく、わかりにくくはあるが、無味乾燥ペアの方に視線を移しているように見える。

 そしてその無味乾燥ペアといえば――喜ぶでもなく、沈むでもなかった。雰囲気があっさりし過ぎて、すぐにでも引き下がってもいいという感じだ。あんな滅茶苦茶な部活内容の案を出しておいて、これだけ部室を回って声をかけておいて、そんなあっさりと諦めていいのか? 乾燥さん。数少ないやりたかったこと何だろ?

 それと無味……お前は今、何を考えてるんだ……? 協力したいのかそうでもないのか、僕には判断がつかないよ。

 

 

 ……二十分後。

 

「期待させてしまったようですみません……やはり無謀だったようです……」

 

 無人と化した廊下、校長室の前でしんみりと面持ちを落とすうーさん。しかしそんな彼女に乾燥さんは礼を述べる。

 

「いえいえ、むしろここまで協力してくださり感謝しています。うー先輩は十二分に頑張ってくれました。できることなら、程度の気持ちでしたし、文化祭後に部員を集めようと思います」

「乾燥さん……」

 

 それでも申し訳ない、という色が隠しきれない彼女に、無味くんもフォローする。

 

「うー先輩、本当に気にしなくていいですよ。どうしてもやりたい、なんてそこまで思ってませんから」

「……本当にすみません」

「おいおいうー、また悪い癖だなー。こういうのは素直に受け取った方がいいんだよ。あんまり後輩に気を遣わせすぎるなって。それこそ失礼だよー」

 

 この人でもまともなことを言うのか……と、驚く鉛筆くん。彼女も彼女でよくわからない。

 

「そう……ですね。あなたに指図されるのはとても癪ですが、素直に受け取ります」

 

 そう言って、ようやく面持ちを上げるうーさん。罪悪感はまだ残っているようだが、持ち直したようだ。

 

「それではみなさん、地球崩壊爆弾制作部の部員集めは、文化祭後にやりましょうか。こちらでもクラスメイトなどに声をかけてみますね」

「はい、よろしくお願いします」

「じゃあ話もまとまったようですし、帰りましょうか。時間も結構遅いですし」

 

 乾燥さんに続いて、すっかり暗くなった窓を見ながら鉛筆くん。かなり話し込んでいたため、そろそろ七時に突入しかけている。

 

「そうですね。それでは三人とも、気を付けて帰ってくださいね」

「はい、うー先輩も」

「それでは」

 

 うーさんは微笑を返し左側へ、鉛筆くんと乾燥さんは言葉をかけ、無味くんは軽く頭を下げて左側へと歩き出す。置いてけぼりになりかけた悪徳さんも駆け足気味にうーさんの下へと付いて行った。

 

「あれ? あたしはあたしは?」

「あなたも誰かに心配されたければ、それ相応の人間になるよう努めてください」

「嫌われてるねー」

 

 飄々と笑いながら、腕を上へと伸ばす悪徳さん。それを横目で見ながら、うーさんは問いかけた。

 

「結局、なぜ私たちに付いてきたんですか?」

 

 最初はなにかのネタを掴むため、あるいは邪魔をしに来たのかと警戒していたが、自分の把握する限りシャッター音はしなかったし不審な行動もしていなかった。しかし取材という割にはインタビューらしきこともしていない……。

 すると彼女は、もう隠す必要がないと思ったのか、「ああ、そのことね……」と白状する。

 

「興味で付いてきたってのは本当だよ。ただし……対象は部活ではなく無味と乾燥だけどね」

「……あの二人、何かあったんですか?」

 

 聞いたことのない名前であったし、大人しくて感情が乏しいだけの一般生徒かと思いきや、過去に事件を起こしたことがあるのだろうか?

 

「いいや、何もないよ。何もなさすぎて不気味だったから、元々いつかは話してみたいと思ってたんだ」

「不気味? それってどういう……」

 

 上げていた腕を下ろして、悪徳さんは声のトーンを落として語る。

 

「私は全校生徒の顔と名前、大体の性格を頭の中にインプットしている。だから当然、あの二人のことも知っていたよ。表面上のことはね。誰と会話していることが多いとか、どういう空気感とか」

「……」

「んで、あの二人の空気感は――あまりに、虚無すぎたんだ。ちょっと信じられないくらいに。そして実際、あの二人の様子を観察してみて確信したよ。何もないんだって」

 

 ……彼女の言い分は、理解はできる。鉛筆くんはよく口元などの動きが変わっていたというのに、彼らの表情はピクリとも変わることがなかった。

 そして、何より――

 

「自分の弱みを渡そうとする――ありゃあ決定的だね。あんなの自殺願望者しか言わないと思ってたよ」

 

 最初は熱意が高いから、なりふり構わずそんなことを言い出したのかと思っていたけれど……あの態度を見るに、違うのだろう。心の底から自分のことをどうでもいいと思っているからこそ、出てくる発想だ。

 

「あの子たちがいないからはっきり言うけどさ――異常だよ。普通ではないだろうし、ましてやいい子なんかじゃない」

「……そうでしょうか」

 

 ここに来て、それまで黙って聞いていたうーさんが反論した。

 

「少なくとも、悪い子ではないと思いますよ。だって悪い子なら、あんなことは言わないと思いますから」

 

 そしてうーさんは、つい一時間前のことを思い出す。

 

『――それにおそらく先輩の好みに合いませんよ。俺』

 

 あの言葉を、悪徳さんが聞いたのかはわからない。けれど、あんな他人を騙したくないからこそ言えるセリフは、悪い人ならきっとできないはずだ。

 悪い人は、他人を騙したり心を操るのが得意だから。

 

「それに彼も、完全に何もないってわけじゃないと思いますよ。少なくとも――トラウマは、誰にでも持っているものです」

 

 そう、うーさんは断言する。

 

「ふーん、そういうもんかねー……」

 

 適当に打った悪徳さんの相槌に、うーさんは「はい」と寂しげに答えた。

 この世に何もない人間なんて、存在しませんよ、と。

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