「無味くん無味くん、文化祭ですよ」
「そうだな」
「文化祭ですよ、文化祭。もっとはりきっていきましょうよ」
「はりきれたらな」
「もう、テンションが低いですね。頬を大きく動かし、金額と時間を考えずはっちゃけて、大の字になりましょうよ」
「できたら、な」
「自然にやれるのを待つのもいいですが、気概の問題でもあるかもしれません。仮初でも本物になることはあるのですよ。どんなに悲しい時も笑顔を大事にとよく聞きます。なので猛威を振るって、仕事も遊びも元気よく行きましょう」
「……なぁ、乾燥さん」
「はい何でしょう」
「このやり取り、昨日もやったよな。もう一度やる必要ある?」
文化祭二日目の朝。
クラスの出し物である喫茶店の開店時間も迫り、そろそろ厨房へ行こうかと思っていたところ、メイド服姿の乾燥さんに話しかけられた。昨日と全く同じように、同じセリフを、同じ発音で、同じ身振り手振りで。
ちなみに昨日は虎っぽい要素のあるメイド服だったけれど、今日はビーバーっぽい要素のあるメイド服だった。おそらく別の誰かと衣装を取り換えたのだろう。
それにしても、虎はまだやりやすそうではあるが、よくぱっと見でビーバーとわかるように衣装をアレンジしたものだ。こればかりは凄いと思う。
彼女はビーバーの尻尾を揺らし、頭につけたビーバー耳を動かし、裾部分にあしらわれた紙素材の出っ歯をひらっとさせて、人差し指を立てて言った。
「ですから、ムードの問題です。これから文化祭だと気分を盛り上げるために、わざわざこのようなやり取りをしているのです。何だか気分が上がってきませんか?」
「俺は上がらないし、君が上がっているようにも見えない」
「そうなんですよね。昨日も今日も、全然テンションが上がらないんですよね、これ。なぜでしょう?」
「そういうものなんじゃないか」
それくらいでテンションが上がったらとっくにできているだろうし、むしろ彼女が上がったら事件の前兆とさえ思ってしまう。もとよりそれくらいに難しいことなのだ。
「ですが無味くん、ともかく無味くん、我々の目的が文化祭を楽しむことに変わりありません。今日は二日目にして最終日。仕事が終わったら残りの出し物を全て回りますよ。全ての屋台を食し、アトラクションを体験し、劇を鑑賞するのです」
「ん、了解」
いつものようにそう返事をすると、彼女が自分の瞳を眇めてきた。ただ見つめるというより、じっくり観察するような――どんな些細な変化も見逃さないというような、そんな目つきだ。
「……どうかしたか?」
そろそろ厨房に向かわないとならないし、彼女にそう尋ねてみる。
「いえ、少し心配していたので。大丈夫そうで何よりです」
「……」
昨日の――あのことか。
何も言わなかったけれど、本当をいえば大丈夫というほどではなく、異変はあった。
夢を、見たのだ。
とても久しぶりに、もう聴きたくないと思っていたあの機械音を聴いた。そのことによるショックがないかと訊かれれば、自信はない。
けれどこうして身体を動かすことはできるし、劇が見れないというほどでもなかった。
「調子が悪くなったらすぐ言ってくださいね。メラメラくんならきっと、休ませてくれると思いますから」
「うん、気を付けるよ」
「それでは、調理頑張ってください。じゃんじゃん運びますので」
「そっちもな」
言いながら、定位置に向かう無味くん。早歩きしながら少し思った。
――あれだけ声が跳ねそうなセリフを練っても感嘆符や小さい「つ」が一度もつかないなんてな。うーさんや平和さんと関わった後だと違和感がある。
それから滞りなく午前は終わり、制服に着替えた四人が集まった。
そして開口一番に、乾燥さんが口を開く。
「思ったんですけど、よく考えたら全部の出し物を回るのって不可能ですよね。三年は出し物をせず、文化祭を主催するための手伝いをさせられてるボランティア部などを差し引いても、うちの学校って部活が異常に多いですし」
「今気付いたんだ。てっきりわかってて言ってたのかとばかり……」
先日、乾燥さんに振り回され過ぎて疲れ気味の鉛筆くん。メラメラくんは運動部に所属しているだけあって、無味くんは彼女の行動力のせいか、体力がついていてあまり疲れていなかった。
「というわけで、みなさんのおすすめの場所に行きたいと思います。三人とも、この二日間で何か噂は聞きませんでしたか? どこどこの出し物は面白かったなど。あるいは興味が出てきた場所はありますか?」
パンフレットの両端を持ちながらそう問う乾燥さんに、まずメラメラくんが答える。
「俺は特に聞いてねぇな。忙しかったし、それどころじゃなかったから。目を付けてたところも昨日大体回ったし、お前らの行きたい所に付いて行くぜ」
「俺も特には」
二人の淡泊な返答に、彼女はパンフレットを凝視している鉛筆くんに訊いてみる。
「鉛筆くんはどうですか?」
「うーん……そうだね。出し物についてはこれといって聞いてないけど、気になるところはある」
「ほほう、どこですか?」
すると彼は、一瞬ニヤリと唇を歪ませて、言った。
「新聞部の出し物」
「やめよう。ここはやめよう。行くとしても俺以外で行ってくれ後生だからッ!」
「そんなに嫌なのか? お化け屋敷」
あまりのメラメラくんの焦りっぷりに、無味くんは疑問に思う。
目の前の教室は、黒いカーテンで中が見えずいかにもな雰囲気を醸し出していた。が、恐怖感はない。というのも、彼女に付き合って心霊番組を視聴したり怪談話を聞かされたことがあるけれど、怖く感じたことがなかったからだ。
「そうそう、こいつ普段は頼もしいけど幽霊だけはダメなんだよね。すげー反応面白いんだよ」
「ならば連れて行くしかありませんね。行きましょうメラメラくん。存分に怖がってください」
「ふざけんなっ! 行くならお前らだけで行けよ! 俺はここに残る!」
だが、そんな彼の左腕を引きずる者が一人。
「ほらほら行くぞー、案外怖くないかもしれないしさー」
悪魔のような笑みを浮かべる鉛筆くん。メラメラくんは抵抗する。
「おま……いい加減にしろよ! このまま離さないってなら力づくでも逃げ――」
「乾燥さん右腕を封じてくれ! こいつ女には手を上げられないから!」
言われてガシッと、か弱い両手でメラメラくんの右腕を掴む乾燥さん。
「おや、どうやら本当のようですね」
「は、離せ乾燥! 鉛筆てめぇぇ!!」
周囲に構わず叫ぶメラメラくん。何とか現状を打破するには……! と視線をあちらこちらに移動させて、ある人物に目を留める。
「無味! 乾燥を離してくれ! マジでこういう系のアトラクションは無理なんだ!」
「ああ、わかった」
そして、彼は乾燥さんの下へと寄る。
「無味くん、メラメラくんの反応だけで楽しめる可能性があるんです。止めないでください」
「ああ、そういうことなら」
が、結局何もしない。
「はぁ!? ちょっ、なんて変わり身の速さだよ畜生っ! そういやそんな奴だったなお前は!」
そうして三人に教室の中へと引きずられるメラメラくん。中に入ってからというもの、彼の美味しい悲鳴が教室にこだました――。
――あれから、もう何時間経っただろう。騒がしい四人でいたのが、現在は無味くん一人になっていた。
はぐれたとかではなく、乾燥さんが『一人で楽しむ時間も設けましょう』と言い出したためである。反対する者もおらず、一旦散ることにした(ちなみに言わずもがな、乾燥さんは彼の反応を楽しめず、うるさいと感じたとのこと)。
とはいっても、無味くんに行きたい場所というものはない。何ならどこかでゴロゴロと転がっていてもいいくらいに。だが、出し物と人でごった返しているこの学校にそんなところがあるはずもなく、あてもなく校庭を彷徨っていた。できるだけ人が少ない場所に……ということを意識しながら。
別れた彼らが何をしているのかはわからない。けど、何らかのイベントをしていることだろう。
先ほど時計をちらりと見たら、あと二十分ほどで文化祭が終わろうという時間であった。残り時間、何をして過ごそうかなと歩いていると……どこからか泣いている声が聞こえてくる。
素通りしようかとも思ったが、アクシデントが起こっているかもしれないし、別段急ぎの用事があるわけでもない。その声を辿ってみることにした。
すると……
『うぅ……どうしぇ……なんで一度も成功しないんですかぁ……文化祭では絶対にカップルが成立するジンクスまであるというのにぃ……』
嗚咽の混じった声で、そんなセリフを口にする人物に無味くんは心当たりがあり――体育倉庫の裏側に行ってみる。