無色な二人が無彩色になるまで   作:零眠れい(元キルレイ)

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23話 うーさんは恋愛なんて安いと言う

 

「うぅ……うぅ……」

 

 案の定そこには、両手両膝を地に付けて涙を流すうーさんがいた。先ほどのセリフから察するに、また告白して振られたのだろう。おそらくは自分の時と似たようなシチュエーションで。

 彼はうーさんに近寄り、同じ目線になろうと膝を折る。しかし、彼女が低身長のためそれでも同じくらいの目線になれなかった。

 

「また振られたんですか? うー先輩」

「うぅ……無味くん……」

 

 身体は起こせずとも、顔は何とか起こすうーさん。この人なら放っておいてもすぐに回復するだろうし、涙声の正体は突き止められた。これといって話があるわけでもないが、何となく声をかける。

 まぁ、これから作られるかもしれない部活で顔を合わせるし、無難に交流しておいた方がいいだろう。名前を借りさせてくれた恩もあるし、彼女に対してはあまり冷淡な態度は取りたくない。ここで声をかけるべきか、そうしない方がいいのかは、彼女の場合よくわからないが。

 それにしても、学年が違うこともあってしばらく会っていなかったが、まさかこんなところで再開するとは。しかも、こんな振られて傷ついている状況に居合わせるなんてこと、普通はないと思うのだが。彼女の告白する頻度を考えればむしろ必然かもしれない。

 

「五十五回目って言ってましたよね。俺の時は確か、五十三回目と聞いたような気がするのですが……」

「正確には五十二回目です……あれから三回、告白してどれも失敗に終わりました……」

 

 ぐすんぐすんと、両目を手で隠しながらうーさん。感情が多彩だな……と、どこか遠くから彼は思う。

 

「おかしいですよ……一回くらいは成功するはずですよ……これだけ告白してるんですから……」

「ちなみに先輩、その三回とも一目惚れってやつですか?」

 

 するとうーさんは、涙を止めてハンカチを握りしめていた指を丸める。

 

「し、失礼なっ! いくらなんでも外見で判断しませんよ! ちゃんと内面を見て判断してます!」

「先輩のそれは一目惚れに近いですよ。俺の時なんかまともな会話してないじゃないですか。これは恋愛に乏しい自分の勝手な意見ですが、その調子だといつまでも成功しないと思いますよ」

「むきーっ! いつまでもはないでしょういつまでもは! 私の未来を決めつけないでくださいっ!」

 

 彼からの配慮のない意見には、さしものうーさんも丸めた指を上下に振った。涙はどこかへ飛んで。

 

「それにっ! 私はこの人はいい人だと確信を持ってから好きだと伝えています! 無味くんはいい子だからあれ以上の会話は不要だったんですよ!」

 

 いい子『だから』……か。過去形ではなく、現在進行形で言う彼女のことを、さてどう捉えるべきか……。

 ――嬉しがって受け止めるべきだろうか。

 ――無知な彼女を哀れに思うべきだろうか。

 結局その答えが見つからず、無味くんは彼女の脇にある大きい箱や道具を見ながら返答をずらす。

 

「……ところで先輩、もしかしてその荷物を片付けるために体育倉庫に?」

「あ、はい。急遽先生に頼まれてしまって……これでも文化祭実行委員なので」

「そうだったんですか」

 

 最初は彼女に生徒会は合わない、とすら思っていたけれど、今では彼女に合っているだろうとさえ思ってしまう。この前の発揮していた行動力を知った後では。そう思うと随分印象が変わったな。

 それにしても、文化祭実行委員はとことん忙しいらしい。本当にそんな肩書きを得られて楽しめるのだろうか。現にやりたがる人間が三人はいるし、人によるだろうが。

 

「よければ手伝いましょうか? やることもないので」

「え? いいですよ。やることはなくてもやりたいことはあるでしょう。無味くんのような人たちに楽しんでもらいたくてこういう雑用を引き受けてるんですから」

「楽しめないので」

「――ん?」

 

 聞き取れなかったのだろうか。うーさんが訊き返すものだから、もう一度彼は言った。

 

「俺、こういうの楽しめないので。手伝わせてください」

「……」

 

 その時の彼女の眼は、驚きの念があったけれど、それ以上にもっと別の何かが秘められているような気がした。

 

 

「――では、半分に分けたのでそちらにまとめた荷物を仕舞ってください」

「はい」

 

 暗い体育倉庫であるが、扉を開けて何とか陽の光を入れることによって明るくする。彼女から受け取った道具を、彼はコツコツと仕舞っていった。

 彼女もまた、何も言わない。独り言は時節口ずさむものの、自分に話しかけてくることはなかった。目は相変わらず、泣いていたせいか少し腫れているくらいで、何を物語っているのかがよくわからない。

 ――ふと、気になった。あれは、自分にはどうしても理解できない行動だからだ。

 

「うー先輩はどうして、あんなにも気軽に告白するんですか? ああいうのはもっと、よくよく考えてからやるものなのでは?」

 

 誰かを好きになるということは、きっととても特別な気持ちだろうし、大事に扱うものだろう。

 それを性懲りもなく、あんな何回も、何十回も、無造作に思い伝えるのは少しどうかと思う。

 

「……」

 

 彼女は一度振り向いて、淡々と苦も無く作業する無味くんの姿を視界に収めた。それから、視線を戻して、じっくり言葉を選ぶ。

 

「……無味くんは真剣なんですね。好きという気持ちを真剣に、深く考えて……それはいいことだと思います。少なくとも、ぞんざいに扱ってはならないものですから。……けどね、私思うんです」

 

 うーさんの口から発せられたそれは、

 

「『好き』は、軽く捉えていいんじゃないかなって」

 

 彼には衝撃が大きく――信じ難いものだった。

 

「ちょっとやそっとのことで、好きと認めてしまっていいと思うんですよ。だって好きは感情で、感情は形を持てないほどに軽いもので、繊細なんですから。繊細なものは大切に保存して、否定してはならないと思うんです――どれだけ小さなものでも、大きなものでも、無理に押し込んでしまったら潰れてしまいますから」

 

 うーさんは苦笑する。はにかむように、眼を瞑って。

 その顔は――彼には到底、できない表情だった。

 

「それとね、無味くん。無味くんはストックホルム症候群という現象を知っていますか?」

「いえ……知りません」

「簡単に言うと、犯罪に巻き込まれて拘束されてしまった被害者が、加害者と時間や場所を共有することによって加害者を好きになってしまう現象なんです」

「……恐ろしい、ですね」

 

 お化け屋敷では一度としてビビらなかった彼ですら、なぜか得体の知れない寒気がした。

 そしてうーさんは告白する。

 

「私、あれになったことがあるんですよ」

「……」

「あれって要するに、被害者が加害者にしか頼れなくなって、それで起きてしまう現象なんですよね。息をするのも、食事をするのも、言葉を発するのも、全て加害者の意に合わせなければならなくなって、他の人は止めてくれない。だから仕方なく好きになるんですよ。だって他に頼れる人がいないんですから」

 

 加害者以外の人たちが誰一人として頼りにならないんですから。

 そりゃあこの世で唯一頼りになる加害者を好きにもなるでしょう。

 そうでもしないと――やってられなくなる。

 

「……」

 

 抑揚なく紡がれたうーさんのセリフは、正直なところ、ぞくりとした。あまりに的を射すぎていて。

 犯罪に巻き込まれた覚えはないけれど、でも、それに似た心境を無味くんは知っている。

 

「犯罪……なんて大袈裟な表現をしてしまいましたが、拉致や誘拐のみならず、いじめや虐待とかでもありますよ。こういうの。学校では教師は加害者を庇い、他の人は加害者に騙されて、家庭では怒られるかもしれない……加害者の下でしか居場所がないのなら、加害者を嫌いになれるわけないじゃないですか」

 

 それは……実体験なのだろうか。

 節々に見える現実味を帯びた言い方から、そう推察する無味くん。

 それまでトーンが低かった彼女の声が、明るみを思い出す。

 

「……あ、だ、脱線してしまいましたね! ここまで言うつもりはなかったのですが……ともかく、あれ程度で『好き』という感情が働いてしまうほどに、恋愛というものは軽いんですよ。愛なんてものは超安くて、人間ってちょろいんです。ちょろちょろです」

「ちょろい――ですか」

「はい」

 

 そうかもしれないと、思ってしまった。

 それだけの根拠を、彼女は並べたと思う。

 人間にとって好きが軽いものであるということを、彼女は証明した。

 

「だから私は良い人だなーと思ったらすぐ告白します。安いなら何回やっちゃってもいいでしょう。めげずにいつかは成功すると信じてっ」

 

 彼女のそれは極端すぎるような気がするが。

 

「……でも、うー先輩。好きがどれだけ軽いものかはわかりましたけど、俺、何かを好きだと思ったことがありません」

 

 いや、あるのかもしれないけれど。

 あの機械のことを、好意的な目で見ていた時期があったかもしれないけれど。

 そんなの抜きにして――ない。

 あいつも――見つけられずにいる。

 

「認めてないだけだと思いますよ。ちょっとのことでいいんです。些細なことでも――この人と一緒にいたいなとか、この人と離れたくないなとか、それってもう好きでしょう」

 

 ここにいたい。こうしていたい。無性に、ついそっちのことを考えてしまう。

 ということは、実感はないけれど、俺はあの河川敷が好きなのだろうか。素朴な風景が好きなのだろうか。

 それしかできないからかもしれないけれど、少しでも行きたいと思えるならば。

 あの場所のことを、時々考えてしまうならば。

 ……なら。

 あの空間が好きならば、あの静けさが好きならば――ならば、共にいてくれる彼女のことは……?

 

 

 彼女は、とある部室で机に並べられた原稿用紙を読んでいた。文芸部の出し物である。

 至ってシンプルに、文芸部らしく文化祭に向けて部員それぞれが小説を執筆したらしい。本の形をしていないのは、間に合わなかったからか、部費が足りなかったからか。

 それはさておき、彼女は数人しかいない部室の中で、とある生徒が書いた小説を読んでいた。

 それを趣味としているからか、よくできていると思う。躓きも感じず、スラスラと読み進めることができた。読みやすい。

 特にこれを選んだ理由はなく、しいて言えば比較的短めだったからだが、後から思えば正解を引き当てたと思う。

 恋愛小説、だった。

 女主人公が彼を思う気持ちでいっぱいになり、飽和して、心境がころころと変わる様が描かれ――告白シーンで締めくくられた短編。

 読み終わった乾燥さんは、原稿用紙を机に置きながら一言呟く。

 

「……恋、ですか」

 

 その音の響きは。

 いつまでもいつまでも、彼女の中で糸を引いた。

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