「……ねぇ無味、あれどうなってんの?」
問われた彼は、視線を右にさせる鉛筆くんの手札から一枚のカードを引いた。
「どうも何も、見ての通りだろ」
ダイヤの二が揃い、机の中央に捨てる。
「そうだけどそうではなく……あの二人が昼休みにああも長時間話し込んでるのって見たことないんだけど。前代未聞だよ」
「今回ので前代未聞じゃなくなったな」
「そういう意味じゃなくてさ……あ、ジョーカー引いちゃった」
でもまぁ、どうせすぐ無味くんに引かれるだろうと、そこまでの悪態はつかない。二人でやるババ抜きなんて、ジョーカーはちょくちょく移動するものだ。
そして次は、無味くんが鉛筆くんの手にあるトランプのカードを一枚引きながら答えた。
「乾燥さんの目的のためだ。別におかしいことじゃない」
「……うん、その発言に納得してる自分がいる。言われてみればあんなめちゃくちゃな部活を立ち上げようとした後だし、むしろ衝撃に欠けるか」
よく思い返してみれば、メラメラくんと乾燥さんは文化祭では共に行動していたし、そう驚愕するほどのことではないか。短時間でなら話してるところは何度も見かけてる。
――いやしかし、今度は何をしようというのだろう。メラメラくんと乾燥さんが長々と話し込むなんて。
「それで、今回の目的って?」
彼の手札にあるカードの中から一枚を選びながら、鉛筆くんはそう訊いた――並外れた回答が返ってくるとは知らずに。
「恋を知りたいらしい。だからそのために、付き合うことにしたんだって」
よしこのカードにしよう――と引こうとしたまさにその時、しかし鉛筆くんの動きは硬直する。
「――なんだって?」
「だから、恋愛心を知るために、まずは付き合ってみることにしたんだと。その相手がメラメラ。恋人ってよく会話するものだろうし、恋愛は好きって感情が原動力になってるし、別に不思議じゃないだろ」
「摩訶不思議だよ!」
バンッ! と音を立てて勢いよく立ち上がりながら、鉛筆くん。持っていたトランプが無味くんの机の上で散乱した。
昼休みのため、半分くらいの生徒が教室にいたが、そんなことは知ったことではなかった。これに比べたらどうでもいい情報だ。
「おい、場に捨てたカードとごっちゃになってるぞ。もう一度最初からやり直すか?」
「それがどうした! ババ抜きやってる場合じゃない! え、じゃあなに、あの二人って――」
「彼氏と彼女(仮)」
「お前はなんでそう冷静でいられんだよ! 衝撃すぎるわ!」
頭痛が痛くなるほどに叫ぶ鉛筆くんの一声に、教室中がざわついた。
「え、誰と誰の話?」「嘘~! もう成立した人が現れたの~!?」「ともかく亀先生には隠し通せ! あの人が何をやらかすかわからん!」「バレちゃいましたね、メラメラくん」「だな」
そこさり気なくいちゃついてんじゃない腹立つから……!
名指しはしないが、自分の心境などそっちのけではにかむカップル(仮)への怒りで拳を握る鉛筆くん。
「お前の分のカード集めたぞ。たぶんこれで合ってると思うが……」
「だからババ抜きしてる場合じゃないって! そんなもん捨てろ! 窓から放り投げてしまえ!」
「……そうか」
「なんだよその『お前から言い出したことだろう』って間は! お前はいいのかよ!」
……と、つい叫んでしまったが、彼の場合いいのだろう。
誰と誰が付き合おうが。それが乾燥さんであろうが彼自身であろうが。そういうのは総じて、彼にとってはどうでもいいことだから。物事に、人に、無頓着な奴だから。
――だからこそ、意外だった。
「……」
黙り込んだのである。何も返答ができない様子だった。
却って冷静にさせられて、座ってカードを受け取りながら怒気を鎮めた声を発する鉛筆くん。
「……なんで無味とじゃないの? 順当に考えるなら、まず真っ先に無味に声をかけるはずだよね。だって彼氏役としては一番適してる。メラメラとは元々波長が合ってないんだから。現にあの二人――会話はしてるっぽいけど、よく二人の表情を見たらメラメラの方が無理してる節がある。どうして断ったのさ」
「それは……」
わざわざ空白の時間を作り、視線を泳がせて迷った末に彼は答える。
「付き合いたく――なかったんだ」
「……なるほどね」
答えづらい事情のある動機、ということか。今回のはとても分かりやすいな。ならば詳しくは聞かない。
「じゃあ質問を変えるよ。前から疑問に思ってたんだけどさ、どうして彼女に協力してるの?」
無味くんが集めてくれたカードをシャッフルし、手の中で広げながらの唐突な問いに、けれど彼は滔々と答える。
「そうだな……どこから説明するべきか。まず俺は、彼女の目的に同調してるわけじゃない。未だに彼女がなぜ喜びを知りたがってるのか、わからない」
「……ふーん」
応答しながら、無味くんの手元にあるカードを一枚引く。揃った二枚のカードを場に捨てながら、思った。
協力者としてはあまり口にしないであろうセリフだけれど、彼に限定するのであれば有り得ない話じゃないだろう……いやむしろ、妙に腑に落ちるものがある。これまで彼自身が行動を起こしたことはなかったしね。
彼女の目的は鉛筆くんも知っていた。彼から聞いたことがあったからだ。
「けど、それでもなぜ手伝うかといえば……気になってるから、かな。彼女が正しかったのか。自分が正しかったのかが」
それはつまり――楽しいが見つけられるものであるか。見つけられないものであるか。
「どちらが正しくても良かった。誇示していたわけではないし、執着もなかったから。けど……今思えば、自分の方が正しくあってほしいと思っていたのかもしれない」
「ま、自分の方が合ってるはずだと思うよね。そりゃ。自分の常識が間違ってるだなんて言われたら怒るよ。それが誤っていない常識でも――誤った常識であろうとも」
自分がこれまで正しいと思っていたものが覆ったら、パニックにもなるさ。
「ほれ」、とわざと手札にあるジョーカーを引きやすいように上にずらすと、馬鹿正直に彼はジョーカーを引いた。ポーカーフェイス的には相手の方が勝機があると思っていたのだが、こりゃ楽勝か?
「……そうなると、初めて会った時から、彼女を否定したくてしかなかったのかもしれないな」
初めて……そう、猫を助けたあの日から。彼女の動機を、耳にしてから。
「けど……今は、彼女の方が正しいんじゃないかって思う」
「へぇ? なんで?」
トランプを引いて、引かれてを繰り返しながら、鉛筆くんは気さくに尋ねた。純粋に興味がある。
口を動かす前に、彼は視線を右へと――対話してる様子のメラメラくんと乾燥さんの方へと動かしてから、トランプの方へと戻した。
「……昨日、うー先輩から聞いたんだ。好きや感情について。それを聞いたら、なんか納得した」
「ふむふむ、納得した――んで? その結果彼女のことは好きじゃなかった?」
とてもそうは思えないが……案外そういうものなのだろうかと、鉛筆くんは気楽に疑念をぶつける。
しかし、無味くんは目線を落として、
「……それは……」
「あー、答えたくなかったら答えなくていいよ。今のはデリカシーない質問だった。恋愛事に首突っ込むほど僕も野暮じゃないよ」
「……そうか」
言葉が詰まったのは答えたくないからではなく、気持ちの整理がまだついてないからなのだが。
「――おっと」
……そうこうしていると昼休みが終わるチャイムが鳴った。時間は全くというほどに見ていなかったが、かなり話し込んでいたようだ。急いでトランプを回収し、席に戻らなければと、場にあるカードをかき集める鉛筆くん。
「んじゃ、ババ抜き勝負はお預けだね」
「そうだな」
手札にあったカードをこちらに渡しながら頷く彼に、席から腰を上げながら鉛筆くんは言う。
「ありがとね。すごくつまらんってほどでもなかったよ。またやろうな。それじゃ」
「ん」
一応の反応をする無味くんに、鉛筆くんはふっと笑いながら自分の席に向かった。