無色な二人が無彩色になるまで   作:零眠れい(元キルレイ)

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29話 無味くんは勇気を出す

 

「屋上で待っててくれ……なんて、無味くんもロマンチックなことを言うようになりましたね。ちょっと驚いちゃいました。でも……ならばやっぱりきっと、そうなんですよね? あの時の言葉は、嘘ではないと」

「……」

 

 彼女は、フェンス越しから校庭を眺めていたようだった。こちらを見つめる彼女の表情は、いつも通りだ。特別変わっている様子はなかった。

 扉を開けてばかりで、まだ彼女以外誰一人としていない屋上に足を踏み入れてすらない無味くんは、歩く。彼女のすぐ隣ではなく――数歩離れたところに。

 

「先に、気になっていたことを訊いてもよろしいですか?」

「……うん」

 

 どんな質問であろうと、彼は返すつもりであった。彼女には悪いことをしたから――もう、隠すことは何もないから。

 

「では遠慮なく、まずは一つ目。無味くん、こう言っていましたよね。『その人の掲げる目標は、あまりに理想的すぎて、否定したくなった』と……私に協力してくれていたのは、喜びを見つけるためではなかったのですか? 否定したいのなら、なぜ手伝うなんてことをしたのですか?」

 

 それは、自分の黒い部分で、あまり答えたくないことではあった。

 けど、これまで彼女を騙していたのなら、正直に答えたい。

 

「俺には、どうして楽しいが必要なのか、わからなかったんだ。だから君がどうしてそんなものを求めるのか、わからなかった――でも、本当はわかってたんだ。俺もそういう感情を欲していたから。心の底では、求めていたから……」

「ならば、どうして否定したかったのですか?」

 

 彼女のそれは詰問ではなく、単純な問いだった。怒りを覚えてはいないらしい。

 

「必要ないと、思い込もうとしてたんだ。ずっと、これからも一生、それがなくても生きていけると思い込みたかった――手に入らなかったから。現に未だに、それほどの実感があるわけじゃない。実感を持ってしまったら、ぎゅうぎゅう詰めにしていた感情の器にひびが入って、壊れるかもしれないから」

 

 でも、俺は、彼女のことが……。

 ……。

 

「……そういう、ことでしたか」

 

 彼女は納得したように――

 

「それは……悪いことをしてしまいましたね」

 

 面持ちを落として、謝った。

 

「いや、いいんだ。それでも俺は、知りたかった。求めたくなっていた。だから乾燥さんが謝ることはない。むしろ感謝してるくらいなんだよ。色々――俺の家庭事情を不幸すぎるって言ってくれたり、一緒に川を眺めてくれたり、君のおかげで俺も追い求める気になれたんだ。その気持ちを、やっと認めることができた」

「……それも気になっていたのです」

 

 怪訝そうに、彼女は二つ目の質問をする。

 

「私のおかげとはどういうことなんですか? 私……無味くんに何かしてあげられましたか?」

 

 好きがどんなものなのかを教えた覚えはないし、感情の蓋を開ける気にさせた覚えもない。

 でも、何かきっかけがなければ喜びは得られないはずだ。自分がしたことは、片っ端から協力させて、体験させただけ……本当にそれで、得られるものなのだろうか。

 だが無味くんは、即答した。

 

「解決策を見出してくれたのはうー先輩だけど、君はきっかけを与えてくれた。君が喜びを知ることを目標にしてくれたから。君がそれは重要なんだと俺に教えてくれたから……だから俺は知ろうと思えたんだよ。君以外だったら協力しなかったし――興味なんて持てなかった」

「……なぜ?」

 

 彼女がここまで鈍感なことに、むしろ無味くんは意外に感じる。自分の思考はまるっとお見通しだと言っていたのは……さていつだったか。

 無味くんは彼女の眼を見据えて、口にした。

 

「君みたいに――俺と同じ眼をしていたから、だから信じられたんだ。付いて行きたいと思えた――否定したいと、ムキになった。だから君のおかげなんだよ。乾燥さん」

「……」

 

 すると呆然と、彼女は口をぽかんと開ける。

 それから斜め下へと視線を移して、手を後ろに回す乾燥さん。

 

「……また、懐かしい気持ちが蘇りそうになりました。昔は当たり前のように感じていたのに、今となっては感じられなくなった心の揺動――もう思い出せないと、そう思っていたのに」

 

 誰にどんな影響を与えても、何も思うことはなかった。

 喜びを知るための手がかりはないかと、そんな関心しかなかったというのに……。

 

「私の方こそ、ありがとうと何度も言っても言い尽くせませんよ。私もきっと、あなたでなければ思うことができませんでした。感謝してます」

 

 どことなく表情を綻ばせる彼女に、何とも言えない感情が疼いて、眼を逸らす無味くん。

 乾燥さんは、そんな彼の反応に、なおのこと口元を綻ばせる。

 そして――

 

「私が気になっていたことは以上です。では無味くん、ここからはあなたが場を支配する番ですよ。主導権をお渡しします」

「……」

 

 渡されたはいいものの、彼はなんと切り出すべきか、すぐには言葉が出てこなくて声の出し方を忘れそうになる。

 ……なんか、情けないな。

 

「……ごめん、やったことなくて、まとまってなくて……あんまり締まらないかもしれない。元々これも……河川敷でのアレが締まらなさすぎたから、その再挑戦みたいなものだしな」

 

 あんなにも不格好で、ふにゃふにゃで、どきどきのない告白は、いくら何でもないだろう……。

 ――なのに、彼女は。

 

「なぁに、あれで十分じゃないですか。やだなー」

 

 乾燥さんは笑う。

 楽し気に、無表情で笑う。

 

「だってこれは、無味乾燥な恋愛物語なんですよ? 私の恋なんて、あんなもんで十分でしょう」

 

 十分すぎるほどに――十分でしょう。

 満ちているほどに満ちてます。満ちすぎています。

 ドラマも驚きの展開も要らないですし、胸キュンなんて知りません。

 これ以上の恋愛をされても、私が対応できませんよ。

 

「無味な告白をして、乾燥な返事をして、それからは一緒に帰って、何か買いながら、どこか行きながら、これまで通りの生活を送ろうじゃないですか。互いに何となくの好きを意識するだけでいいでしょう。本気の好きは、それからです。あなたはそれで満足できませんか?」

 

 ――それって、乾燥さん。君は……。

 問われた無味くんは、それに答えるようにして苦笑する。

 

「ああ……それもそうだな」

 

 彼女の言う通りだ。

 これ以上の刺激を受けたところで、リアクションなんて取れそうにない。また失敗してしまうかもしれない。

 自分だって、とても対応できないよ……。

 

「俺も……君に好きと思われるだけで、君のことを好きと思うだけで、満ち足りる。……けど、やっぱり最初はきっちりやらせてほしい。ちゃんとした返事が聞きたい」

 

 彼のそのひたむきな眼差しに――乾燥さんはやや目元を和らげる。

 

「……変わりましたね。無味くん」

「……うん。たぶんだけど」

「いえいえ、変わりました。変わりましたとも。謙遜する必要はありません」

 

 いつの間に、追い抜かれてしまいましたね。

 ――一転して、彼女の目つきが変わった。

 元の――空っぽな瞳に。

 

「……私も」

 

 消え入りそうなほど小さな声で、彼女は思いを口にする。

 

「私もそちらに行きたい……そちらの世界に、連れて行ってはくれませんか?」

「……うん。一緒に、行こう」

 

 ……ああ、なんだろう。この感じ。

 こんなにも緊張するのは、初めてだ。

 どう返事がくるかわかってるはずなのに、怖い。

 なのに言わないと気が済まない、魔法(呪い)の言葉。

 

「乾燥さん、あなたのことが好きです。付き合ってください」

 

 そして彼女は、真っ直ぐに無味くんの眼を見ながら、返答するのだ。

 

「……はい」

 

 ――こうして。

 無味くんと乾燥さんの恋愛物語は、今、始まりを告げた。

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