無色な二人が無彩色になるまで   作:零眠れい(元キルレイ)

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7話 乾燥さんが負けた理由

 

 昼休み。無味くんは職員室の扉の横で、立っていた。

 立たされているわけではない。自らの意思でそこに立っている。先生から呼び出されたわけでもない。ましてや先生を呼び出しているわけでもない。

 ただ、待っていた。

 乾燥さんを待っていた。

 乾燥さんが亀先生を呼び出し、中に入ってから五分ほど。職員室の扉が開く。

 

「失礼しました」

 

 頭を下げて、扉をスライドさせて閉める乾燥さん。無味くんは声をかける。

 

「どうだった?」

「丁寧な解説を頂きました。おかげさまでダメな点と改善するべき点が見えてきたのですが……いやはや、実行委員に選ばれるのって大変なんですね。他にライバルがいなければ、きっとあっさりいけたのでしょうが。続きは食堂に向かいながら話しましょう、無味くん」

「……うん」

 

 今朝のホームルーム、文化祭の実行委員を決めるためのスピーチを、乾燥さんは行った。実行委員をやりたがった理由を授業の合間合間で確認してみたところ、自分の予想していた通り楽しいかもしれない、と期待してのことで正解だったようだ。

 あの未知の感情、未知の領域に辿り着けるかもしれないと、手を伸ばそうとした――その結果、ヒヤヒヤさんに敗北して実行委員にはなれなかった。

 もとよりなれたとしても、そんな理想通りな展開になるとは思わないけれど……ともかく、乾燥さんは負けたことは認めたが、今後またそのような勝負をするかもしれないと考え、亀先生に相談しに行ったのである。

 どうして負けたのか。どうすれば勝てるのかを。

 無味くんは反対しなかったし、止めもしなかった。そして――背中を押すことも。

 

「決め手となったのは情報量、だそうです」

 

 乾燥さんは言う。

 

「へぇ、具体的には?」

「私の性格、目的、趣味嗜好などなど、どれほどクラスメイトに伝わっていたか……それが致命的に欠けていたため、私は選ばれなかったと亀先生は教えてくれました」

 

 なるほど……もしも亀先生の指摘が正しいのだとしたら、確かに乾燥さんには勝ち目がないだろう。何と言っても、同じ本を読んでいることしか、知られてないだろうから。普段は有用なことでも、こんなところで仇となってしまった。

 

「じゃあ、ヒヤヒヤさんは知られてるんだ」

「はい。無味くんはヒヤヒヤさんのこと、どんな方だと思いますか?」

「どんな方も何も、今朝名前を思い出したくらいに印象がない」

 

 視線を送られて問われるも、こう答えることしかできなかった。視線を戻して、乾燥さんは返す。

 

「まぁ、ですよね。正直私もそうでした。無論ヒヤヒヤさんのあだ名の由来すら、知らなかったです」

「由来って、冷たいとかそういう意味じゃないの?」

「違ったようです。そこも含めて、亀先生が教えてくれました」

 

『ヒヤヒヤの名前の由来、知ってるか? あれって冷たいって意味ではなく、見ていて危なっかしいって意味なんだよ。冷たいどころかかなり暖かい。だから真面目で、だが完璧に物事をこなせるわけじゃないんだ。むしろ失敗することは時々ある。本人はそれを変えたくて必死に委員長やらなにやら挑戦してるけどな。度を越えて頑張り過ぎることがあるからヒヤヒヤってあだ名をつけられたんだ。肝に銘じとけって意味も込めてな』

 

「……ふぅん」

「驚きました。彼女の熱意もそうですが、メラメラくんと一緒に名前が挙がったのもあってひんやりした人物だろうと偏見を持っていたので」

「それは俺も、そうだった」

「ですが蓋を開けてみれば――あの後彼女を観察してみたのですが、休憩時間に本を読んでいても友達らしき人物が二人ほど集まって、彼女、明るく笑顔を返すんですよ。おそらく仲が良いのでしょう」

「その分だと、他のクラスメイトも何となくそういう印象を抱いていても、無理ないな」

 

 乾燥さんや自分とは――大間違いだ。

 

「ええ、きっと好印象です。私と違って」

「……」

 

 当たり前のように言うその言葉が、自分にはよくわからなかった。

 

「でも、俺は乾燥さんのスピーチ内容は良いと思ったよ。頑張る必要がなくて、安心した。凄く」

「それについては亀先生も褒めてくれました。が、どれだけスピーチが良くても、情報戦で負けた私には信頼感がありませんでした。亀先生は私が負けた主な要因として、こう話してくれましたよ」

 

『クラスの誰もが――俺や、あとおそらく無味ですらお前が出てくることを予想できなかった。そのイレギュラーに対応できそうにないと過半数が考え、だからより予想しやすかったヒヤヒヤに票を入れた。理由はこんなものだろう』

 

「よくよくそういうものに挑戦したがるヒヤヒヤさんなら、更に真面目で好印象を持たれている彼女ならば問題ない。しかし私への印象は――『よくわからない』。だからみんな避けて、より確実な方を選択した、のでしょう。……あ、食堂に着きましたね。無味くんはいつもの定番メニューですか?」

「うん。そういう乾燥さんは日替わり定食?」

「はい。今日はどんなメニューですかね。楽しみです。何が出てくるかドキドキものですね」

 

 うきうきしているのが伝わらない返事をしながら食券を買う乾燥さん。自分も財布から金を取り出して、唐揚げ定食を選んで長い列を並んだ。

 

「あとは、他に亀先生が教えてくれた細かい点は、方針は述べられてもそれを実行するための手段を曖昧にしたとか、語調からそういう様子が伝わらなかっただとか」

「難しいことを要求するな。あの先生は」

「本当です。超不満です。まぁ確かに自然体で楽しみたいとしか考えておらず、どうやってそうするのかは考えていませんでしたが……それでも、ボロ負けというほどではなかったらしいですよ。比率的には七対三だったみたいです」

 

 三十人クラスで七対三……ということは、二十一人と九人か。あと七人乾燥さんに入れてくれれば勝っていた。

 

「でも、情報戦では負けてたのに、よくそんなに票が入ったな」

「亀先生が言うには、面白半分や、刺激を欲してや、スピーチ内容に感化されて、あるいは初めて挑戦していたから応援してやりたい……だそうですよ」

「……そういうことか」

 

 前半はともかく、後半の動機はしっかりしていると思った。予想以上に色々と理由がある。

 そうこうしているとカウンターに近づいてきて、とうとう乾燥さんの番になった。乾燥さんは食券を置いて待つ。

 

「ところで無味くんは、私が手を挙げることを予想できなかったんですか?」

 

 こちらを向く乾燥さん。無味くんは素直に答える。

 

「予想できなかった。でも、考えてみたらすぐにわかったよ。乾燥さんがやりたがった理由。そしてやっぱり――案の定だった」

「……そう、ですか。無味くんですらわからないなら、そりゃあ誰にもわかりません。実行委員になるのって、意外と簡単にはいかないものですね」

「だな」

「はい」

 

 そういうものに関わったことのない――ましてや自分からやろうだなんて思いつきもしなかった彼には、そうとしか返事ができなかった。

 彼女に感化されてやりたくなることもなく、同情もなく、ただ残念だったという報告を聞くだけ。

 しかし彼女は、それで満足している様子だった。それ以上の反応は、求めていなかった。

 

「そういえば、もしも実行委員になったらどんな出し物にする予定だったの?」

「メラメラくんに丸投げするつもりでした。特に希望はありませんし、変なのになってもそれはそれで良いかなと。無論、大まかな出し物を任せるだけで手伝うつもりはありましたが。それがいけなかったんでしょうね。そこを疎かにせず案を……せめてこういう傾向にするつもりだと発言できていれば、勝てたかもしれません。……それにしても遅いですね。いつもならそろそろ来るは……ず……」

「?」

 

 彼に任せる気だったならば、別に変な出し物にはならないだろうと再度安心したが、珍しく、とても珍しいことに乾燥さんが目を見張らせたため、首を傾げる無味くん。

 

「はいよ、今日の日替わり定食だよ」

 

 職員の方が笑って差し出してきたトレーに、乾燥さんは一言漏らす。

 

「……げ」

 

 彼女の表情筋は動かなかったけれど、限りなく困っていることは伝わってきた。

 見てみれば……ああ納得だ。この量は小食の彼女にはきつい。

 

「で、では、私は例の席で座っているので……」

「うん、わかった。先に食べてて」

「はい……」

 

 乾燥さんを見送って、無味くんは食券を職員の方に預ける。

 

「あ、ご飯の量は少なめで」

「はいよ。半分くらいでいいかい?」

「はい」

 

 仕方がない。毎度の如く頼んでいる定番メニューだけでは少し足りないくらいだし、彼女が残した分も食べるとしよう。

 必ずといっていいほどに日替わり定食を頼む彼女は、時々こういうアクシデントが起こることがあるのだ。そうなった時はいつも、食事を残さないよう余ったものは自分が食べている。

 食べきれるか自信がなければこうしてご飯の量を減らせばいいし、彼女ほど困っていないので毎回日替わり定食を頼むことに口出しするつもりはなかった。

 彼女の好物が見つかる、その時まで。

 

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