「じゃあ乾燥さん、帰ろっか」
「そうですね。今日は特にこれといって用事はないので、寄り道するつもりはありません」
全ての授業が無事終了し、(ちなみに昼飯の件も、彼女が残した分は彼が食べきったので残すことなく片付けることができた)帰りのホームルームが終わったタイミングで無味くんは乾燥さんに声をかける。両者共に帰宅部で、もはや一緒に帰ることが当たり前になっていた。
しかし、そこに第三者が介入する。
「ちょっと待ってくれ、二人とも」
「どうしましたか? メラメラくん」
無味くんは振り向くだけ、乾燥さんは視線を合わせて言葉を返す。
「訊きたいことがあるんだけどよ、お前らは文化祭の出し物って希望とかある? あるいは漠然とこういうものがいい、とか。クラスのみんなに聞いて回ってるんだ」
「俺は特にない。劇でも店でも、何でもいいよ」
「私も希望はありません。どんな役目であろうと引き受けますよ」
二人の遜色ない回答を知り、メラメラくんは頷く。
「了解。……あと念のため訊くけど、部活動は入ってないよな?」
「帰宅部に入ってます」
「入ってない」
「……入ってない、と」
同時に答えられるが、メラメラくんは訊き返すことなくそうメモした。
「ありがと。質問はこれだけだ。あとはこっちで決めとく」
「そうか、それじゃ」
「さようなら、メラメラくん」
「おう。また明日なー。無味、乾燥」
そうして簡素な会話をしながら教室を出ていく二人を、メラメラくんは不思議そうに見送る。すると自然と……
「はぁぁぁ…………」
……ため息が出てきた。
もう、交流を始めてから半年……いや、実質交流とは程遠い、一緒にいるだけの存在。彼の中では未だに、自分のことを友達やクラスメイトではなく、赤の他人だと認識していることだろう。嫌われているというより、ひたすらに興味を引かれてないのがよく肌で実感する。
入学したあの日から進歩は一切なし。彼……あるいは彼女を攻略することができたなら、何か途轍もない偉業を遂げられそうなのだが。うーーん、難しい。
一時的に理解しているつもりになっても、やはり、理解しきれてないと再度話してみたらよく実感させられる。彼、彼女から見たら、全然足りないのだろう。絶望的なほどに、きっと。
彼女とはほとんど会話したことがないが、あるにはある。まだ理解できそうな気がしたけれど、肝心な部分がブラックボックスとなっている印象だった。
そして彼。無味の奴は――まるでわからない。何が肝心なのかも、なぜ乾燥さんといられるのかも、わからない。
文化祭という舞台で、普段では気付けない何かがあるといいのだが……。
「よ、また無味たちのことで悩んでる? それとも文化祭?」
窓に寄りかかって考え事をしていると、鉛筆くんに話しかけられた。
「まぁ……両方かな」
言葉を濁す、メラメラくん。鉛筆くんは苦笑した。
「頑張れよ実行委員。僕だって気にはなるんだからさ。無味たちのことも、文化祭のクラスの出し物も」
「そうは言ってもなぁ……無論このまま諦めるつもりはねぇよ。半年間の努力がパァに……ってわけではないが、触りだけでも知りてぇ。そんな人間がいるのか、って」
でも、できる気がしない。
その諦念は、言わずとも鉛筆くんには伝わっていた。
「……ぶっちゃけ僕は凄く知りたいってわけじゃないから、わかったら教えてねーくらいのポジションだけどね。どっちでもいいよ。あいつと一緒にいると飽きないし、嫌なことしてくるわけでもないから。目的は既に達成してると言っていい。これ以上高望みするつもりはないよ」
「悪い奴ではないのは確かだからな。だがその分、分かりにくい奴になっちまったが」
「でも、分からないままの方が面白いかもよ? 種が割れた手品なんてつまらなそうだし」
「それでも俺は暴きたい。……抑えきれない性分なんだ」
力強い返事に、鉛筆くんはニヤリと一瞬笑みを浮かべる。
「オーケー。じゃあ僕は止めないさ」
「……ありがとな」
「さて、何のことやら」
……と、鉛筆くんは窓から校門へと向かうある二人組を見咎めた。噂をすれば、という奴だ。
「どうした? ……ああ、無味と乾燥か」
乾燥さんが稀に横を向いて、無味くんはピクリとも動かない。
一見仲が良くなさそうだと見えなくもないけれど、見方を変えればそれがあの二人の独特の調子なのだろうと、そう見ることもできる。独特の調子が形成されたほどに、相性が良いのだと。
男子一人、女子一人の二人組で、そんな空気を作りながら歩いているのは――高校生ともなれば、それはさながら、カップルのように見えなくもなくて。
「知らない人があの二人を見たら付き合ってると思うんだろうなー。かくいう僕も、初めて無味が女子とまともに会話してるところを目撃したときは勘違いしたし」
「あいつらの交流関係、極端に少ないっていうか、ほぼないからな。俺も勘違いしかけた」
「ま、訊くまでもなくどっちか片方に話しかけたら分かるもんだけどね」
鉛筆くんは、肩を竦めて窓から空を見上げて言った。
「――あいつらに、『好き』って感情が抱けてないことくらい」
「……」
どこか寂し気なその言い方に、メラメラくんは黙る。
……そう、異なる意味で、二人は『好き』を持ち合わせていない。
彼女は恋焦がれるように持っていない。
それに対し彼は、空虚のように――何もない。
「乾燥さんと普通に話してるもんだから、てっきりなんか変わったのかなーなんて思ったんだけどさ。遠い所に行ったのかなーって。でも、全然変わってなかった。元の無味のままだったから――元の無味のまますぎて、驚いたよ」
変化がなさすぎて、驚いた。
メラメラくんですら手を焼かせるというのに、あっさりと人に興味を引かせた乾燥さんに。そしておそらく、逆にも同じことがいえる。
あの二人がどんな出会いで、どんなやり取りがあって、彼の中で、彼女の中で何が起きたのかはわからない。
けれど、こいつならいいと思わせることが、できたのだろう。それでも……
「好きという感情を持てない限り、恋愛なんてできない」
「ああ、絶対にな」
「メラメラが言うなら、本当にその通りなんだろうね。いい感じだし、いっそのことくっつけばーなんて思うんだけど」
本当のところ、どっちでもいい。
くっついたら「おめでとう」の一言くらいはかけるし、くっつかなかったらこれまで通り接するだけだ。
でもまぁ、彼が変化したら……それはそれで、面白くなるかもしれないしね。
「じゃ、そろそろ僕は部活に行くね」
「あ、その前に鉛筆、一つ訊かせてくれ」
「ん?」
無味くんと乾燥さんのことだろうかと足を止めるが、全く別のことだった。
適当に答えられない質問だったが。
「文化祭のクラスの出し物、何か希望はあるか? どの立場にいたい、とかでもいいぞ。なるべくみんなの意見を反映させるつもりだ」
「んーーそうだね」
やっぱりこいつが実行委員で良かった……謙虚な奴だ、なんて思いながら、鉛筆くん。
「部活での展示品はもうじきできそうだし、基本的には手は空くと思う。何でもいいよ。でも、裏方に徹することができるならそうしたいな」
「りょーかい。……しかし今更だけどよ、よく鉛筆削り部を存続できるな。三年間も」
それは詰りでも何でもなく、率直な感想だった。よくもまぁそんな部活動に入りたがる奴が続けざまに何人もいるなと。
鉛筆くんは嫌に感じるどころか、笑って言う。
「僕もそう思う。というか入学した時、まさかこんなにも自分に合う部活があるだなんて信じられなかったよ。自由を謳うだけあるね」
「自由云々の話じゃない気がするけどな……それじゃ、また明日」
飾り気もなく発せられたメラメラくんからの言葉に、鉛筆くんは歩きながら楽し気に返した。
「うん、じゃあねー」