京都、下鴨神社に住まう下鴨家。父の『阿呆の血』を色濃く受け継いだ下鴨家が三男・下鴨矢三郎は今日も京都の町を面白可笑しく過ごしていた。そんなある日に知り合いから頼まれ、ある一行を案内することとなる。その男、百もの赤い糸を持つ面白き者であった。

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がぞく【雅俗】①雅と俗 ②風雅と卑俗 ③俗物 もしかして:ミーハー。
皆も100カノを見よう!



納涼床の煩悩

 

 

 

 

 恋は盲目である。

 私がまだまん丸の愛らしい子狸であった頃、煩悩を払う神社仏閣の軒下にあい並んで赤玉先生がその手に持ったしもくで警策されたことは良き思い出である。横に並ぶ夷川家の金閣、銀閣が強く引っ叩かれる様を見てけらけらと笑っていた私はまだ恋というモノを知らなかった。この狸生において、いずれ子孫を残すためにまだ名も知れぬ誰かと愛し愛されることは有れど、それがいつ訪れるのかまでは私のちんけな想像力の前では描く前に挫折するというもの。母さんに聞くと「恋は狸を盲目にしてしまうけれど、間違いなくお前の大好きな『面白いこと』だよ」と言われれば必然、それの訪れをどこか心待ちにしていた。いつからかそんなことを記憶の片隅に追いやっていたが、どちらにせよ私は面白ければそれは良いことであると信じているので、この男の人生もまた良いことに違いないと思った。したがってその男・愛城恋太郎は恋に愛された盲目男である。

 

 

 

 

「店主よ、偽電気ブランを一つ」

 

 桓武天皇が万葉の地を飛び出し、この京に王城を築いてから一二〇〇年。今日も狸が地を這い、天狗が空を飛行し、人が街を築く泰平の世であった。我ら兄弟が誕生せし後でも変わらずに、この街の狂騒は止まることを知らなんだ。強大なる天狗を敬い、人との共存を為し、同じ狸から目の仇にされる下鴨の地にて私は思う。この目まぐるしく回る我が日々に飽きはいっそう来ることがない、と。

 時に、私は『朱硝子』に居た。毛むくじゃらな狸には似合わず小洒落た酒飲み場だ。見慣れた店主狸が酒の入ったグラスを目の前の机に置く。薄黄色のアルコール飲料に沈んだ氷が店内の照明を反射し、屈折した光がミラーボールのように淡い光を見せる。隣席で初老の男性がその優しそうな顔をより崩しながら酒を呷っていた。

 

「どうも有難う、矢三郎君。こんなにも良いバーを教えてくれるなんて」

 

「いえ、普段から淀川教授にはお世話になってますから」

 

 この御仁、農学部の教授たる淀川教授と私は狸を鍋にして喰らう悪食の巣窟『金曜倶楽部』と敵対する『木曜倶楽部』の仲である。この金曜倶楽部、その名の通り金曜に七福神の名を冠した人間が集まり鍋を囲む秘密倶楽部であった。そして毎年大晦日の日にて狸を捕まえ、その肉を喰らうが故に狸から恐れられているのだ。かつてそうして我が父・下鴨総一郎は鍋の具としてその身を落とした。とはいえこの御仁、淀川教授も『布袋さん』として所属していた身であったけれど今では狸を病める時も健やかなる時も愛することを誓い、金曜倶楽部に反旗を翻して脱狸鍋運動を起こしているのだ。詭弁部に所属していた肩書きは中々なもので金曜俱楽部も手を焼いていると聞き及んでいる。そんな狸たる私と淀川教授が、下鴨家御用達の朱硝子に居るかと問われれば浅からぬ縁があったのだ。それは昨日の事、何やら血相を変えた教授が私に連絡を寄越したのが始まりであった。

 

「不思議とここのポートワインは普段よりもおいしく感じるんだよねぇ、不思議だねぇ」

 

「それは良かったです。ところで、例の件ですが」

 

 私のその言葉に「そうだったね」とこちらを向いた淀川教授はほころばせていた顔を締めて「ん-」とばかりに唸って悩む。その顔は困り顔とでもいうべきか、バツが悪そうな顔にて言葉を探っていた。どうやら難しい話をしようとしているらしい。普段であれば、やれ「金曜倶楽部が狸をとっつ構えたのだ。これは許しておけぬ、ここは一つ救出に向かおうとも」と啖呵を切って勇ましく駆け出していくのだが、様子を見るに此度そうではないらしい。

 

「……ほら今、僕は金曜倶楽部の嫌がらせのおかげで暇をもらっているだろう?」

 

 彼は金曜倶楽部に対する運動の報復として『演習林』と呼ばれる山中に研究室を移した。なんでも助教授の策略によりセクハラとして訴えられたそうだ。そこからはほとぼりが覚めるまで引きこもる羽目になったそうなのだが、この演習林は曲者だったようで実害のある嫌がらせの一つ例として、彼の教え子である大学生スズキ君は、何処にでもいる虚弱な現代学生であったのだがこの山を駆けるにあたって竹槍を巧みに手繰り猪を狩るアグレッシブボーイに進化したのだ。その師である彼の心労も押して図るべきだろう。

 

「で、昔の教え子から息子とその知り合いの面倒を見てほしいって頼まれちゃってね。なんでもプチ修学旅行だそうだ。それに二つ返事で頷いてしまったんだけど当日学術会議が緊急で入ってしまってね。困ったとばかりではしようがないんで君に頼もうと思った次第なんだ」

 

「私に頼むぐらいなら、生徒の、ほらスズキ君とかに頼めばいいのでは?」

 

「そう思ったんだけどねぇ。彼、当日実家に帰るらしくってね。他の子たちもみんなうんともすんともで」

 

 その困り顔に私は「おや」と言葉を漏らす。それに対し「断ればいいのでは?」とは口が裂けても私は言えなかった。淀川教授曰く大人には大人の付き合いがあるらしい、決して私ではあずかり知れぬ深き訳があるに違いない。そんな困り顔の彼を裏切るのは何処か忍びないというもの。彼には母を助けてもらったという一宿一飯の借りがあるのだ。そんな彼を見捨てられるほど夷川家よろしく私は出来た狸ではなかった。

 それから私と教授は酒がより一層進み、やんややんやと騒ぎ三軒目ころかは忘れたが、気付いたころには次の日の夜、我が家の床に大の字で横たわっていたとここに記しておく。

 

 

 

    〇

 

 

 

 それから幾ばくかの日の後、矢四郎を引き連れた私は京都駅にいた。お天道様は心地良く晴れ、私の尻を温める。今日の京都駅は随分とまあ人混みで溢れ、往来の大衆は皆どこへと向かうのだろうかと私の好奇心を刺激する。

 

「なんで兄ちゃん? 姉ちゃん? はそんな格好なの?」

 

「そんな格好とはなんだ矢四郎。見よこの美麗なる体のくびれ、丁度いい胸のふくらみ、絶世のその他諸々。実に華麗なる女子高校生そのものではないか」

 

 その姿は奇しくもかつてわが師、古天狗『赤玉先生』への献上物として模った時の姿であった。何故に女郎としての姿を晒すのかと理由は数あれど、此度かような姿に化けたのは相手がうら若き高校生の一団であるからだ。郷に入っては郷に従えとばかりに、その一団に対して相応しい恰好というものがあるのだ、決して私の趣味などではないと弁明はしておく。それに今日の夕方ごろまでの案内係、どうせならこの美女を控えに置いて、京都を満喫してもらおうとも考えた。確か淀川教授の話によれば『恋太郎ファミリー』なる横断幕を張った魑魅魍魎の集いがこの京都駅より現れるらしい。その様はあたかも平安にて貴族が往々にして行った牛車の行進であろうか。その人数は六、男一人女五人の男女比1:5の偏ったものだと聞いている。なんともうらやまけしからん奴だ。しばらく待つと、騒がしい声が人混みの中からでも聞こえてくる。

 

「……まさか楠莉先輩の薬の副作用で一時的に失明するとは。危ない、愛の力がなければ死んでいた」

 

「水で洗えば治るのだ。この自動販売機で買った水ををおと!?」

 

「ちょ、危なっ。気を付けなさいよって、べ、別にあんたの心配なんかしてないんだからね!」

 

「『大丈夫』『かい?』、『怪我は見受けられぬが』」

 

 成る程、間違いなくあれは魑魅魍魎の百鬼夜行の類であった。水を被った少年とそれを囲む我が強そうな五人の少女、恐らくはアレが件の観光客であろう。淀川教授の面に泥を塗らないように、こちらに向かってくる集団にどう言葉をかけたものかと思案するがそんな私の珍しく真面目な考えを他所に横で矢四郎は何やら機械の板を弄っていた。人様の前ではやめろと言っているのだが聞く耳を持たぬのも矢四郎の可愛いげのあるところ、愛嬌といものだ。先ほどから矢四郎は手先から電気を流していた。私は狸として化けるのが得意であるが、矢四郎にその才はなく代わりとばかりに電気をちょちょいと操れる。

 

「あれ、うまく充電できないや」

 

「矢四郎、いや待て。それは!」

 

「ん? あなたたちが今回の……」

 

 それは奇しくも水をかぶった少年の傍で行われようとしていたのだ。矢四郎の電撃は中々火力、ではなく電力があるらしくあの阿呆で名高き金閣と銀閣の尻を焼いた太鼓判着きの代物である。そんな矢四郎のすぐ傍、水も滴るいい男が手を動かせば当たる位置にいるのだ。つまり起こるは当然感電である。

 

「あばばばばばばばばばばば!?」

 

 矢四郎の「あ」が酷く他人事のように聞こえる。骨が見えるとばかりに矢四郎印の雷に打たれた少年は痺れていたのであった。しかし滑稽に見えるその姿に彼の従者であった彼女たちはどこか慣れた様子で心配していた。どうやら人が感電する様になれているとはこれまで数奇な運命を歩んできたようだ。

 

「ええええええええ!? 急に感電した!? 人体発火どころか人体感電現象!?」「大丈夫ですか!?」「うん! だいじょうぶだあばばばばばばばばばばば!

 

「おや、なんとまあ。大丈夫ですかい?」

 

「あ、ば?」

 

 しかしどうしたことか、私が声をかけるとその少年はこちらを見てピタリと動きが止まったのだった。

 

 

 

    〇

 

 

 

 ビビーンときた! なんか物理的だった気がするけど、彼女も運命の人だ!

 

 ※只の勘違いです。

 

 それになんてかわいいんだ!

 

 ※男の狸が化けています。

 

 間違いなくこの感情は、まさしく恋!

 

 ※間違いです。

 

「――俺と付き合ってくださいっ!!」

 

 ※恋は盲目である。

 

 

 

    〇

 

 

 

「ほう、これはまたなんと物好きな。――いや待て、暫し待て」

 

 大胆な告白にして、一瞬面を食らった私であったがこの時、明晰な頭脳はフル回転していた。『面白きことは良きことなり』をこの狸生の標語としているからには面白そうな状況をみすみす見逃すわけはない。よしんば問題があったとしてもそれは狐ならぬ狸に化かされたのだと笑って終わる話であろう。であればだ。

 

「あ、兄ちゃん、なんか企んでる」

 

「黙るんだ矢四郎。これは企むなどではなく、この彼の心意気に文字通り惚れたにすぎぬのだ」

 

 それからというもの、私は一応定型文として相手方との紹介を交わしたのだった。この少年・愛城恋太郎とその彼女たち、待て彼女が五人? ともかくその彼女を自称するのは花園羽香里、院田唐音、好本静、栄逢凪乃、薬膳楠莉という少女たちであった。しかし見れば見るほど恋に真剣であったからにはこの娘たちが彼女というのは本当のことらしい。まさかこの日の本に一夫多妻を為す人間がいるとは驚きだ。狸ですらも一夫一妻が基本というのに。

 

「それで、ヤサブローさんが話に聞いていた淀川さんの変わりに私達を案内する人で良いんですよね?」

 

「下鴨矢三郎ですよ、花園のお嬢さん。そしてその問いの答えはYESです」

 

 どうやらこの少女たちは彼、恋太郎君の突破な求愛行動は見慣れたものらしい。そこに対する悪感情を見せない辺り、彼の誠実さのなせる業なのであろうと結論付けた。しかし、不思議がっていた点については彼女たちは私が青年であると伺っていたらしい。それならば「人間生きていれば女にも男にもなるものです」とでもいえば「……まあ、そうね」と簡単に納得した。なにゆえ納得するのかは甚だ疑問であるがそこに突っ込みを入れるほど野暮ではない。

 

「積もる話もありましょうがこんな場所で茶会には忍びない」

 

 とりあえず人でごった返す京都駅の外を当てもなく歩き出した。外に出たとして人の密度は変わらず、ただひたすらに窮屈であった。しかし気のせいでなければ、この『恋太郎ファミリー横断幕』を見た人々が無意識からか逃げているような、いや、きっと気のせいである。あたかも私も奇人の仲間だと認識なんて万が一にもされていないにも決まっている。

 

「うむ、それではどこから参りましょうか」

 

「『清水の舞台から飛び降りる』、『実物を』『見たいと思ったのだった』」

 

「いやいや静ちゃん、飛び降りないよ? そういう心構えなだけだから」

 

「それなら良い薬があるのだ。幽霊になって空を自由に飛べる薬!」

 

「シンプルに毒薬!?」

 

「副作用は時間が経ちすぎるとそのままお陀仏することなのだ」

 

「やっぱり毒じゃねーか!」

 

 なんともまあ騒がし楽しい集団である。あっちが動けばこっちが騒ぐ。それはさながら祭事の様であった。やれ「ここが良い」あいや「こっちの方が良い」、「ここが最も効率的」だの私たちの体は一つしかないというのに行先を口論するが、その表情はあんまりに楽しそうで見ている私の方が楽しくなる。

 そうして暫し歩くからにはこの京都、国内有数の観光地であり、普段から駅周辺や観光地まわりでは人も多い。あまりにも多い。いくら我らここに住まう狸と言えど矢四郎はまだ幼く、私もそこまで気を配るのも中々難しい。これが責任が服を着たような我が兄、矢一郎兄さんであれば話は変わってくるが、私にはあそこまでの責任感を持つのは至難の業である。つまり逸れたのだ。あちらから迷子になったのか、はたまた私たちが迷子となったのか。それを知る者はそれこそお天道様しかいないことだろう。

 

「さて、参りましたな。恋太郎君。向こうには矢四郎がついてるからには心配はないですが」

 

 この場には少年・恋太郎君と私の二人しかいない。場所は大通り、このまま歩いて探すのか、向こうが見つけるのを待つのか、はてどうしたものかと考える。少年の頬が少しばかり赤くなっているのを見て私は妙案とばかりに言う。

 

「逢引きの様だと?」

 

 にやりと笑った私を見た彼はその顔を赤くした。それは夕日に照らされたためか、恥ずかしいのか。個人的には後者だと推測したい。「近寄らんば見よ、この美貌」と見せつけるように少年に這い寄る。その慌てる様があんまりにも純朴であったために少しばかり罪悪感を覚える。どこの辺りで種明かしをしたものかと悩むが少なくともまだ先であろう。

 

「まあ良いでしょう。せっかくならば少しばかりお話をしましょう」

 

 向こうの矢四郎がこちらを見つけてくるまでの時間、暫しの歓談。するとどうしたことか我らの立つこの場、『マックうめー公園兄弟橋』などというあまりにも奇抜な名を持つ橋に差し掛かる。私の知る限りこんな俗な橋は京都に無かった気がするが、まあいい。そんな橋を渡ろうとした時、何やら騒がしい声が聞こえてくる。

 

「おや? おやおや? これはこれは阿呆の矢三郎、そんな姿を晒してプライドはないのかなぁ? あ、そうか矢三郎には愚問だったか」

 

「まさに『夜は短し歩けよ乙女』だね、兄さん」「え? あ、ああそうだな我が弟よ」

 

「やい金閣! 銀閣!」

 

 私はこの夷川家の阿呆共を知っている。三度の飯よりも阿呆が好きな阿呆兄弟である。兄・金閣はその愛嬌のかけらもない馬鹿であり、弟・銀閣は兄の金魚のフンが如き馬鹿だ。血縁上では親戚にあたる兄弟とは巻き込み、巻き込まれる間柄である。かつて偽衛門選挙の時も、二代目の時もこいつらは厄介事を運んでくる。懲りずにいられる姿勢は実に煩悩まみれだ。

 

「この因縁、決着をつけようではないか矢三郎!」「そうだそうだ!」

 

「良い加減にしろ、阿呆共! 私はお前らの相手をしている暇ではないのだ」

 

 こうでも返せば、なにおうと返す。その意地っ張りは変わらずらしい。「ふんだ! 行くぞ銀閣」「そうだね兄さん!」の掛け声と同時に兄弟が化けたのは二、三メートルは有ろうかという大きな虎と狼であった。我々を囲むように橋の反対からじりじりと詰め寄ってくる様、全門の狼、後門の狼とはまさにこのこと。

 

「矢一郎の虎に今まで散々苦しめられてきたのだから、僕が虎になればいい!」「ならば僕は狼!」「これぞ天才!」「これが天才!」

 

 勇気を振り絞ったのか、はたまた素なのかはわからないが「下鴨さん、逃げてくれ!」と勇ましく飛び出していった恋太郎は、その尻を金閣に捕まれ橋から投げ捨てられた。「あーれー」などとドボンと水が跳ねる着水音。

 

「これだから矢三郎は、一般人を盾に使うだなんてやっぱり途方もない阿呆だねぇ。僕がお前の立場だったら死んだ方がマシだよ」

 

 更に私をじりじりと双方から追い詰めてくる金閣、銀閣。そこで私は「きゃ、きゃあ〜」とわざとらしく叫んでみると、橋の下から飛び現れたのは一体誰か。河童か、悪鬼か、いやにっこり笑顔の素敵な恋太郎君である。

 

「訂正シロ。ハヤク、訂正シロォ。ブチコロス、ゾ……」

 

「「ぎゃああああああああああああああああああああああああ!!!??!!???」」

 

 やはりあの少年、魑魅魍魎の類であったようだ。その落ち武者、いや笑顔のまま四足歩行で迫る姿はまさしく妖怪。恐れのおの字も抱かない雄姿、否その狂気は兄弟をちびらせるには十分すぎるほどであった。驚いた拍子に変化が解け、情けない叫びをあげながら消えゆく兄弟に「ざまあない」とでも背中に投げかけようか。しかし仕方ないことだ、私ですら命の危機を感じたほどだ。あの兄弟からすれば幽世から死神様がやって来たに見えるであろう。これには神ですらも恐れ慄くに違いないとも思った。恐るべし恋愛モンスター。

 

 かくして逃げ帰った兄弟を見送りつつ、恋太郎を見る。その手腕もはや化け物である。

 

「ごめん!」

 

「? 何故謝るのか理由を聞いても?」

 

「君に怖い思いをさせてしまったから」

 

「それは大丈夫なのですが、ところであなた川に落ちましたよね。にもかかわらず全く濡れていないのは?」

 

「ああ、それはカノジョアーマーのおかげだよ」

 

 どうやら服の下に着込んだカノジョグッズとやらが濡れるのを嫌がった彼は、着水と同時に水面を走り出したそうだ。そして、そのままの勢いで私の悲鳴を聞き橋に飛び戻ったと。果たしてこれは本当に人間なのか? 狸や天狗、妖怪と言われたら方が納得できる。いや、納得は出来ないがまあいい。

 すると、聞き覚えのある年老いた男の声が聞こえる。

 

これ、何をしておる矢三郎。その阿呆の血がまた良からぬことを誘い出したか?

 

「おや、これは赤玉先生。ご機嫌麗しゅう」

 

 赤玉先生、それは我が師の天狗である。本来の名を『如意ヶ岳薬師坊』といい、この洛中に名をとどろかせる偏屈で気まぐれな爺であった。名の通りかつて如意ヶ岳にて住まう大天狗であったが、腰を抜かし空を飛べなくなってからは古びたアパート『コーポ枡形』が彼の城となっている。プライドばかりが先行する様はまさしく鼻高々な天狗である。しかし、先生の名は伊達でなくかつて私や他の狸を大学の講堂に集めて教鞭をとるなどまさしく師であった。して恋太郎君が「えっと?」と首を傾げるのだから私は言った。

 

「おっと失礼、こちら私の師である赤玉先生です」

 

やめい、この阿呆めが

 

 やれやれとでも言いたげな赤玉先生はその眉間の皺をより深くした。それは己を師として紹介することか、人を化かすことに対してか私にはわからなかった。「それは何に対してですかな?」とでも聞いてやれば良いとでも思ったが、いつもの癇癪ではないような気がして不思議と声が出なかった。

 すると観念というよりも呆れ果てたかのように赤玉先生は「まあよい」とため息を一つこぼし、「あまりにも見苦しい三文芝居を続けるようであれば儂は辻風を起こす。この言葉、努々忘れるでないぞ」と私を諫めてくる。

 

「心得ました」

 

 そうすると赤玉先生は鼻を鳴らして何処かへと歩いて行った。その姿は何を伝えようとしているのかは私にはわからぬ。けれど何故だろうか、先生の後ろ姿は我が父・下鴨総一郎を思い出させる。

 

「下鴨さんは先生のことが好きなんだね」

 

「あの偏屈爺は、私に事のいろはを叩きこんでくれた恩師であるのですからそれは愚問というものでしょう。それを言い出せばあなたの方こそ、彼女達を好いていることを今更指摘しても愚問に違いないでしょう」

 

 

 

    〇

 

 

 

 日が傾き、影がその大きさを伸ばす時間帯。

 

「今日はたくさん下鴨さんのことが知れたよ」

 

「それは良かったです」

 

「そして君が俺を揶揄っていたことも」

 

「おや、バレてしまいましたか」

 

「もうとっくにね」

 

 どうやらこの頬をかく少年は私が思っていたよりも盲目ではなかったらしい。否、盲目であるからこそ相手の些細な行動や表情を読み取るのだ。私が男であることと、あえてそれを明かしていなかったのだと推測したのだろう。なんという愛情、なんという誠実さ、この茶番に付き合う度量だろう。その懐の大きさに私は少しばかり畏敬の念を抱いたのだった。

 

「ではどうしますか? 私をしょっ引いて京の街に女装する変態とでも売り払いますか?」

 

 私の言葉に恋太郎はその首を傾げた。「どうして?」と不思議そうにこちらを見る。

 

「俺は楽しかったよ、君のおかげで。だったら責めることなんて出来ないよ」

 

 これには流石の私ですらも驚いた。成る程、少女たちが惚れるのは無理もない。優しく、素直で、純朴で、それでなお相手を慈しむ。相手を理解することを忘れない。

 

「もう俺と矢三郎君は友達だから」

 

 それから我々は元の場所にすんなりと皆と合流することができた。今の時間まで迷っていたことが嘘のようであった。

 

「ああ! 京都の突風で静ちゃんが吹っ飛んだ!」

 

「『空が近い』」

 

 

 

    〇

 

 

 

 数日の後、再び京都駅。今度の私は普段の青年の姿であった。

 

「それでは、また。恋太郎ファミリー殿」

 

「今回はありがとう矢三郎君。それにニ六人分のお土産の選定まで手伝ってもらって」

 

 そうして「ばいばーい」と矢四郎と私は手を振り別れを告げる。

 

「ねえ、私達の出番は!? デートは!?」

 

「『尺』『の都合だな』。『また次回期待するしかない』」

 

「納得いかないです!」

 

「非効率的な旅行だったわ」

 

「仕方ねーのだ。いちいち五人も出してられないのだ」

 

「「「「「……、」」」」」

 

 新幹線に乗り込む彼らを見送った私たちであったが、ふと淀川教授が不思議そうに尋ねてくる。

 

「一体いつの間に彼らとそこまで仲良くなったんだい?」

 

 淀川教授の言葉に「そうですね」と私は一拍置いて話そうとするが「それは、男の友情に対して無粋ですよ」と返す。はて、と私は思案する。何故彼の言葉に話すか迷ったのだろう。この狸・矢三郎、なにゆえ話そうとしないのか。これは難問とでも思おうとしたが我が身振り返れば簡単なことであった。こうして思い出を大切に独り占めしようとするなど私もその彼女達同様、彼に絆されているに違いない。それほどまでに彼との此度狂騒は面白きものであった。この恋などどいう空回りの雅俗、誠に天晴なりと私は思った。

 

「ところで、矢三郎君」

 

「はい、淀川教授」

 

「何故あの少年は亀仙流の胴着を着ていたんだろうね」

 

「……海星に土産でも買っていくかな」

 

 あまりにも締まらないオチに全てを忘却しながら普段からツンツンと棘のある許嫁の存在を思い出し、土産屋に足を運ぶのであった。

 

 

 

     〇

 

 

 

「天狗は神からこの天空を借り受けている身だ」

 

 白いタキシードを着こんだ長身の男性・如意ヶ岳薬師坊、その二代目は語る。

 

「だから、天狗は不遜であり傲慢なんだ。『偉大なる御神々の天に泥を塗るべからず』とよくあの偏屈な爺は言っていた」

 

 借りている高層マンションの一室からの京都の夜景をワイングラス片手に見下ろす。

 

「古臭く、いかにも老人が好みそうな話だと思わないかね?」

 

 その目にあるのは、かの少年に対する憐憫か、はたまた羨望か。

 

「……神に目を付けられた少年なぞ、私からしたら不幸以外の何物でもないな。それが恋に纏わるものならば余計に」

 




恋太郎視点で少女モードの矢三郎は『何か怪しい事を企んでいる系タイプの三男として育てられた美少女』ていうトンチキ属性なんですよね。……流石に原作で出てこないよな?
さて、次の作品は『舟を編む』か『SHIROBAKO』、『波よ聞いてくれ』あたりのお仕事系で一筆書こうかなと思っています。うーんこの、個人の趣味趣向全開なザ・好きもの感。

因みにこの話を作るにあたってキャラの輪郭を掴むため100カノの一期を八周してきました。単行本も買っていざとばかりに作ったのですが、正直質はあまりよくないのが一生の不覚です。こんな不甲斐ない俺を許してくれ! それでも俺は100カノ大大大大好きだぞぉ! ……こんな頭がおかしくなる奇人に毒され過ぎたので休憩したい。

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