しばらくこの廃村に滞在することにした。
流石にハーヴィたちの家には泊まれないので、《神隠し》の空間で休むが。ほとんど睡眠も取らないで良いので、特に支障は無い。
何故滞在することにしたのかと言うと、進化してからわかるようになったのだ。その人の「終わり」が。
死期がわかる、と言おうか。明確な日付なんかはわからないけど、ざっくり近さがわかる。
で、ハーヴィの死が近いのだ。それもかなり。
どうやら、俺が会った日はかなり調子が良かった日だったらしい。普段は咳が酷く、起き上がれないとか。
関節の痛みや熱もあるそうで、メンダコが細々世話をしているけれど、やはり治す手段は無いらしい。
俺も医者ではないので、病魔とか年齢はどうしようもない。
ただ、咳と痛みで眠れないと言うので《微睡の水》を飲ませてみたら、穏やかに眠れたらしいので、以来毎日飲ませている。
ハーヴィは対価にできるものがないと言っていたが、彼やメンダコが話してくれるこの世界の話が十分対価だ。消費魔力も少ないのですぐ回復するし。
メンダコは、普段はハーヴィの周りの世話をしている。
着替えを用意したり、部屋の掃除をしたり。薬の用意もしていたそうだが、村に人がいなくなった今、とっくに切れてしまったらしい。薬自体もあくまで痛み止めや熱冷ましで、気休めのようなものだったそうだが。なので俺の《微睡の水》はかなり好評だ。
あと、食べ物の用意もしている。
と言ってもそこらを泳ぐ魔物じゃない魚を獲って来て、捌いて漬けたり煮込むだけ。
この水中でどうやって煮込むんだと思ったら、熱を発する石の上に鍋を乗せ、材料を入れて混ぜればスープができていた。
水中用の魔法がかけられた特殊な鍋で、中のものが水中に溢れ出さない仕組みがあるらしい。熱伝導も高く、周りは沸騰しない熱さで中のものだけ熱く煮ることができるとか。
皿も、水中に溶けない魔法がかけられているそうだ。スプーンなどは無く、皿に口をつけて飲むスタイルだそうだが。
大抵の人魚の家にはあるが、そこそこ高級品だそう。前世での炊飯器や圧力鍋みたいなポジションかな。
で、《微睡の水》や狩ってきた魚の対価として、この世界の色々を教えてもらっている。
まず、この世界全体を「蒼生世界マルリーン」という。海と陸が大体8:2。でも最近は人工島や埋め立て地も多くなっている、そんな世界。
国は主要国は5つ。
一番歴史があり、ここから一番近いレオン王国。
軍事と技術が高く、戦争で土地を広げているバルムンク帝国。
広い領土と、氷の魔法を使いこなす代表がいるスノウライン連邦。
魔法と神秘を探究するレスティーナ魔法国。
砂漠と宝石の国、シムース連合王国。
あとは細々した小国や都市国家があるらしい。でも基本はこの5つが世界連盟で、強い力を持っているとか。異世界の政治はよくわからないから、でかい国なんだなーくらいの認識。
あと、人魚の国もあるらしい。マリンクラン海洋国だって。もうちょっと南の方にあるそこそこでかい国なんだとか。でも海の中だから閉鎖的で、人魚のなかでも差別や偏見が多いらしい。外も内もギスが多いとかなんとか。
それを聞いてちょっと行きたくなくなった。
この世界における人魚は魔物だけど、そこまで嫌われてはないっぽい。むしろ美しさに魅せられる人も多いそう。
でも船乗りには船を沈めるって言い伝えから嫌われてたり、人間至上主義者には普通に駆除対象だとか。
どの世界にもイザコザはあるんだなと遠い目。人付き合いは選ばないといけないな。
俺はステータスでは人魚というより亜神なので、そこら辺がどうなるかは謎。
この世界ではステータスを勝手に見ることは非常識で、酷い礼儀知らずらしい。普通に捕まるし処罰対象だとか。
なので、俺はおそらく見た目から人魚、あるいは上位人魚と思われるだろう。実際元は人魚なんだけど。
だから基本的に人魚の振る舞いを求められそうだ。亜神の振る舞いってなんだよと思わなくもない。偉そうにする気はないし、貴族とかの振る舞いとか知らないからやらないんだけど。
でもこの世界でも亜神はやっぱり特別な存在で、現人神として崇められたり祀られたりするらしい。国が囲い込んできたりもするとか。怖い。
ちなみに国教がある国もあって、たとえばレオン王国はハルピース教が国教だとか。女神ハルピースを信仰し、教義が国の法律にも組み込まれているそう。
宗教観がよくわからない日本人にはなかなか難しい話。
で、例えば俺がレオン王国で亜神だと広まった場合、ハルピース様が使わした眷属神として王宮に祀られたりされるかもしれない。でも、うっかり俺がハルピース神を否定したり疑問視する言葉を発しようものなら、ハルピース神に逆らう悪神として殺される可能性もあるとか。
俺はなるべく上位人魚として生きていくことを決めた。
魚を獲ってメンダコに料理してもらったり、掃除を手伝ったり、この世界の常識を教えてもらったり……。
ハーヴィは起き上がれることが少なく、基本的に話すのはメンダコだ。彼はハーヴィがこの村に住む前からの友人で、出会ったのはうっかり漁の網に引っ掛かってしまったのを助けられたのだと言う。
メンダコは珍しくも魔物の中でレベルが低いにも関わらず高い知性を持っていた。その時既に高齢だったハーヴィは、その態度ゆえに海に友人がいなかった。ふたりはそれがきっかけで話すようになり、今や親友とも呼べる関係だ。
しかし、やはり村でも浮いていたらしい。
「人魚は元になった魚や歌声、美しさに重きを置く種族……老人で、咳で歌えず若い肌も無いハーヴィ様は村でも除け者にされておりました」
ハーヴィの家が村からぽつんと離れたところにあったのはそのせいか。人魚というのは思ったよりも排他的な種族なんだろうか。それとも美しさが全てなのか。
メンダコは今日もスープを作りながら、俺にそんな話を溢す。
俺は獲って来た魚の鱗を剥がしながら、それに相槌を打つのだ。剥がした鱗はメンダコの飯になる。
「……ワタクシとて、ハーヴィ様に終わりが近いことくらいわかっております。そんな折、亜神であるセイ様が来られたのは何かの縁でしょう。セイ様の水のおかげで、ハーヴィ様の眠りはずいぶん楽になられた。……このまま穏やかであれば……」
メンダコは料理がなかなか上手い。
魚を手際良く捌き、海藻で出汁をとって中に魚肉、貝、藻。塩分は元が海水なので十分、少し魚醬のような調味料を加えて、完成。
食材現地調達のその日暮らしなため、簡単なスープしか作れないらしいが、十分美味しい。海鮮中華スープって感じ。味噌汁に近い温かさも感じる。多分調味料が特殊。
俺もほんの少し貰っている。食べなくても生きていけるけど、美味しいので。あと《信仰変換》できるのでね。まぁ少ないスープ、しかもハーヴィのついでなので貰える信仰は1未満だけど。
そういう日々を過ごして10日ほど。
ハーヴィの容態はますます悪くなっている。いつも咳き込み、関節の痛みを訴え、寝返りすら満足にできない。
ベッドに縛り付けられ、俺があった時からハーヴィは一度も立ち上がれていない。寝たきりになったのは数年は前かららしい。
ずっとメンダコが世話をしていたそうな。
ハーヴィの終わりは、すぐそこだった。