ハーヴィは人間だった。
尾鰭ではない、二股に分かれた脚。鱗もエラも無い、正真正銘の人間の体。
そういえば肺とか言ってたしな。
でも、人間が水中で何年も生きていたなんて考えつかなくて、選択肢から外していた。今までハーヴィが空気を求めた事も、陸の生活を話した事もなかったから。
驚きはしたが、今は埋葬だ。ハーヴィを穴の中に横たえ、本やメンダコの作ったお守りを添える。
「……埋めるぞ」
「はい。……さようなら、ハーヴィ様。どうか安らかに」
冥福を祈りながら砂をかけていく。
穏やかに眠るようなハーヴィの顔に砂がかかっていき、やがて埋まっていく。
「ハーヴィは人間なのに、どうして水中で生きてこれたんだ?」
「なんでも、陸の世界に嫌気がさして海に逃げたそうで……何故海の中で生活できるのかは、最期まで教えてくれませんでした」
「そう……」
陸で何かあったのだろうか。魔法、スキル、称号、それ以外の要因……神秘に溢れるこの世界では、推測は難しそうだ。
埋め終えた床下は陸とは違いサラサラと綺麗で、そこに死体が埋まっているなんて考えられないほどだった。
俺たちは床板をそっと戻し、蓋をする。
なんとなく前世の母の葬式を思い出した。出棺されていく母の棺を、ただじっと見つめていたあの時を。
何か理由があるわけでもなく、俺はハーヴィに手を合わせた。
この世界では仏教や神道の概念があるかはわからない。が、なんとなく合わせたくなったのだ。
1分ほど黙祷し、俺はハーヴィの家を出る。外にはメンダコがぼーっと浮かんでいた。
まだ現実感が湧かないのだろうか。泣けど、弔えど、実感というのは大抵遅く追いついてくる。
茫然と広い青を見ている彼は、なんとも危なげで頼りない。
「これからどうするんだ?」
「……セイ様は、なにかご予定が?」
「俺は特に何も無い。また適当に、旅でもするかな。……他の人魚や人間を探したり、レベルを上げたり」
「そうでございますか……」
俯くメンダコ。
俺は頭の中にふっと気づきを得る。
こいつは、確かにハーヴィに親愛を抱き、助けたいと、そばに居たいと思ってあの家に住んでいたのだろう。しかし、それと同時に、彼はあの家しか居場所が無かったのではないか。
小さい魔物にしては知能が高く、人間や他の生き物に対し友好的。世話好きで温厚……野生の魚として生きていくには、あまりに向いていない。
群れも作れず、1匹で生きるには力が足りない。
ならば、病に伏す友人の世話を何年も続けるのも、まぁそうなるだろうと合点がいく。
彼は友が死んだことにより、行く当てが無くなってしまったのだ。
ポツンと外の過酷な世界に放り出され、茫然とするしかないのかもしれない。
「お前……行くあてがないなら、俺に同行する?」
「そんな……亜神様の旅に同行するなど」
「俺は別に亜神だからどうこう言うつもりは無いし、謙られても逆に困る」
「……よろしいのなら、ご一緒したいです」
「うん、これからよろしく」
旅は道連れ世は情け、とか袖触り合うも多生の縁とかあるけれど、とりあえず旅仲間を得ることができた。
今まで1人でフラフラしてたけど、やはり話し相手がいた方が色々安定しそうだ。メンダコはこの世界のことも色々知っているみたいだし、俺の前世での一般常識や教養とすり合わせないし訂正ができるだろう。
ある意味教師みたいなことをここ数日間してもらってたわけだしな。
「ああ、それで……お前に名前をつけても良いかな? 名無しは少し不便だ」
「よ、よろしいのですか!? ぜ、是非に!」
「少し待って、考えるから」
正直俺にネーミングセンスは無いのだ。
リベルタの時はカッコつけたが、あれもかなり頑張って捻り出したやつだ。何百年も生きた鯨に似合うかっこいい名前をつけたつもりだが、今回はちまこい白いメンダコ。
かっこよさは微塵も感じない。かわいさのほうが強い。
白いメンダコというのは前世で見たことないが、その弾力あるもちもちした触手もあいまってなんとも……。
「…………シラタマ」
「?」
「お前の名前は『シラタマ』。どうかな」
「『シラタマ』……不思議な語感ですが、なんだかしっくりきます。ワタクシ、気に入りました!」
我ながら安直だとは思うが、本人が気に入ってるなら良いと言うことで。
リベルタの時同様、縁が繋がったことがわかる。俺とメンダコで、一部の力が共有されたのだ。
ステータスを見ると、スキルに《魚料理》があった。魚を調理する時、レシピ要らずで頭にやれば良いことが浮かぶらしい。家庭的だけど良いスキルだ。
シラタマの方はどうなっているんだろうか。
と、シラタマの方を向くと、彼の体が光の膜に包まれている。……進化しているようだ。
名付けただけなのに、進化することがあるのか。これは俺が亜神だからだろうか? リベルタの時はそんなもの無かったし。
数分待っていると、光の膜が消えてシラタマの新しい姿が見える。
真っ白だった体が、触手の先の方が黒くグラデーションになっている。あと額? の部分にダイヤのような光のようなマークが。
シラタマ自身、進化に驚いているようだった。
「まさか名付けだけで進化するとはな」
「驚きでございます……ステータスを確認しなければ」
「俺も見て良いか? 仲間のやれる事は把握したい」
「構いませんとも。ワタクシもセイ様のステータスは拝見しておりますし、そちらのほうが公正でしょう」
【シラタマ】Lv 1/50
種族:深海ノ星(深淵ノ従者)
信仰:0
魔法:《念話》
スキル:《魚料理》《調合》《水鉄砲》《水操作》《深淵ノ扉》《信仰献上》《信仰変換》
称号:【おしゃべり】【知者】【深淵ノ従者】【深海ノ祝福】
やはり、名付けによる縁は弱いもののほうがより沢山のスキルなどを得られるらしい。強者と関わる事で、ある種救済措置みたいなものを受けられるのか。
種族と称号に「深淵ノ従者」というものがある。これは亜神である俺が名付けをした事による変化だろう。
【深淵ノ従者】
深淵に付き従うものの証。
深淵は時に、気に入った者を近くに置く。
【おしゃべり】
おしゃべりな者の証。
種族を越えて会話ができる。
【知者】
少しだけ知を知る者の証。
この称号を獲得した時から、種族の平均から少し逸脱した知能を得る。
称号として見るとこんな感じ。
ハーヴィが人間だとわかった時、《海鳴りの歌》を持たないハーヴィがシラタマとどうやって話していたのか謎だったが、どうやらシラタマが特殊だったらしい。
魚の魔物にしては会話がしっかり成り立つのも、【知者】のおかげだろう。それによって本人は苦労しているわけだが。
スキルの方は、魚料理や薬がうまく作れたり水を勢いよく噴射できたりと、便利だが微妙に戦闘では使えないものばかり。
なるほど野生で生きられない。
まぁ、戦闘は俺が担当すれば良いだろう。シラタマにはこの世界のことで知識面サポートや交流の補助を任せたい。
そういえば、シラタマも俺と同じで水中から魔力を吸う事で生きられるようになった。
しかし、シラタマの作るスープは美味しかったし、飲む機会が減るのは残念に思う。
と言ってみると、道具さえあればいつでも作ってくれるそう。
「……ハーヴィの家にある鍋たちを拝借しても良いか? 旅に持って行きたい」
「構いませんが、荷物になりますよ?」
「いや、大丈夫」
俺はハーヴィの家から鍋や調理器具を持ってくると、《神隠し》で仕舞った。
シラタマは驚いていたが、スキルを説明すれば便利ですね! と褒めてくれた。あとでシラタマのキッチン用に整備をしよう。
さて、と改めてハーヴィの家を見た。
ボロボロだし、所々に穴も空いているが、今思うとどこか温かみを感じる。
ハーヴィとシラタマが、ずっと一緒に過ごしてきた家。2人で助け合って生きてきた証だ。
シラタマはそっとその家に礼をすると、悔いは無いと背を向けて泳ぎ始めた。
俺も、そっと家を離れる。
1人の人間が眠っている家は、もう明かりがつく事はないだろう。