深海転生(未知)   作:月日は花客

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19.ねじれの位置

 

 2人の少年少女のすれ違い。片思いの存在。

 それを知っているのは現状俺だけだ。

 しかも、俺はそれを2人に教えることはできない……偶然を装うにも、俺は海からしか干渉できないから、適当なカフェでばったり、なんて小細工もできない。

 正直、傍観者になるしか、という気持ちがある。

 そもそも俺は別に恋愛を司る神じゃないしな、慣れないことはするもんじゃない。前世でも恋愛経験豊富というわけじゃなかったし。この世界の人間はどういう恋をするんだろう。

 

 まぁ、恋の話は置いておいて……あれから、俺とサーシャは昼にあの船着場で会うようになった。

 サーシャは随分とストレスが溜まっているらしく、愚痴も悩みも尽きない。取り敢えずその日満足する分を吐き出したら、俺に対価のお茶菓子を渡したり、人間の世界の常識を教えて去っていく。

 年月日の数え方や、大国の代表人物。貴族の食べる料理の名前やどんな味がするのか。古典の文学や劇、歴史に成り立ち……。教養としての学びはやはりサーシャはよく知っている。

 時には自分が学んだことの復習に、俺に話すこともあるらしい。

 

 毎日会うわけではなく、サーシャにも生活がある。

 勉強の時間や、親に呼び出されたりして来られない日もあった。そういう日は、大抵ボーッと船着場のそばから人の営みを眺めて過ごしている。

 あとは、少し街から離れてスキルの練習をしたり……波の無い穏やかな日々と言える。

 

 夜は、特に用事が無ければタイチの元に行く。

 相変わらず夜の船着場でずっとサーシャを待っていて、恋を諦めていない。

 俺も名前くらいは教えても良いかと思ったが……知らない男が、自分の名前を知っていたら怖いんじゃないか? と考えてしまって結局教えられていない。

 この世界の人間はまだ貴族制度や、古い身分制度が残っている。倫理観や価値観が現代日本基準の俺が、好き勝手に彼の恋を引っ掻き回して良いものかと、理性がブロックしてくるのだ。

 

「タイチ、流石に別の手を打ったほうがいいんじゃないか? 人に聞くとか、なにか手紙を出すとか……そういう手段もあると思うけど」

「それができたら苦労してねーよ。それに、俺は学が無いし……文章なんて書けねぇよ」

「文字は読める?」

「仕事で使う単語しか読めねぇ」

 

 この世界の識字率も大きな壁になっている。俺も翻訳されているから本当にこの世界の文字を知っているとは言えないし。教えられない。

 書き置きを残せば、サーシャに渡すくらいはしたのに……。

 

 タイチと話していくにつれ、親しみや愛着を感じてしまったのだ。タイチの恋を応援したい心もある。

 しかし、恋愛アドバイザーでも恋の神でも無い俺ができることは少ない。

 ただ話を聞いて、返事を返すだけだ。

 

「一途なのは良いことだけど、このままじゃずっと叶わないまま引きずることになるよ」

「どーせ実らないことが確定してる恋なんだぜ? 下手に玉砕するより今を保ったほうがよっぽと気持ちが楽でいいや」

「その割には、浮かない顔してる」

「…………」

 

 タイチの表情は、サーシャに会えない日が重なるほどに諦めが濃くなっていく。俺としては、頑張って欲しいのだが……身分差や関わりの少なさがわかっている以上、難しいのだろうか。

 

 なにより、サーシャは今自分のことで精一杯だ。

 家族や自分の立場に悩み、苦しんでいる以上、そこに恋の悩みなんて加えたらパンクしてしまう。

 タイチには立場の余裕が、サーシャには心の余裕が無い。

 そんな二人では、実る恋も実らない。

 

「そういえばサーシャは、どうしてこの船着場に?」

 

 サーシャと会うようになって4回目のある日、俺はふと聞いてみた。

 町外れの、小さな船着場はなにか面白いものがあるわけでもなく、貴族の娘が遊びに来るには寂れている。

 俺と会う前から来ていたようだし、本人に何か意図があったのだろうか。

 

「……別に、特別なことは何にも無いの。気まぐれで歩くと、いつもここに来ているのよ」

「俺と会った時も?」

「貴女と会う前は、憂鬱が深くなったら散歩するのが趣味だったの。じっとしていたら思考も堂々巡りになっちゃうから。……誰かと外で会う約束なんて、貴女と会うまでしたことが無かった。大抵屋敷に招待して来てもらうから」

「来るのは、昼だけ? いつも夕方には帰っていくけど」

 

 俺はここで、少し探りを入れてみた。タイチは夕方にサーシャらしき人をここで見たらしいが、俺と会うサーシャは大抵夕方になりかけの、まだ空が茜に染まりきっていない頃には帰っている。

 過去に黄昏時までここにいた時があるなら、確定だろう。

 

「……少し前までは、もう少し遅くまでいたの。家に帰りたくなくて。……でも、怒られちゃって、危ないって。それ以来早めに帰ってるの」

「じゃあ前は、夕方になってもここに?」

「そうね、星空が目立つくらいの時間までいたわ」

 

 ビンゴだ。やはりあの少女はサーシャで間違いない。

 しかし、同時にサーシャはもう夕方から夜はここに来ないこともわかってしまった。家族から干渉があったなら、ここには留まりにくいだろう。

 遅くまで外にいる娘を注意するのはしょうがないことではあると思うが。

 タイチの存在をいっそ伝えてしまおうか。しかし約束を違えるのは、亜神としての理性がストップをかけてくる。

 サーシャは昨日とは違うデザインの白いワンピースの裾を弄りながら、皮肉な笑い顔を見せた。

 

「本当は夜が一番辛いの。悩みの輪郭がはっきりして、眠れなくなる。ベッドの中で、グラグラする頭を枕で押さえつける事しかできない時間が本当に辛い。頭は熱いのに足は寒くて、喉が引き攣ったみたいに痛くなる。……それも毎日」

「睡眠は摂れてないのか」

「浅いわ。おかげで日中も少し……眠いの。でも、寝ようとしたら不安に襲われる。眠いのに眠れないの」

 

 よく見ると、サーシャの目元には薄く隈が滲んでいる。化粧で誤魔化しているようで、生気が薄い瞳と血色を良くした頬がアンバランスだ。

 ジワジワと消耗していく彼女の心身は、回復の兆しが見えない。

 

「……俺の力を使えば、よく眠れる薬が作れるけど……」

「人魚って、そんなことができるの? 知らなかった」

「どうだろ、俺しかできないかも。次会う時に小瓶でも持って来て。そこに入れてあげる」

「……家族に見つかったらなんで説明しようかしら」

「そこは……うまく隠して」

 

 俺の《微睡の水》を使えば、束の間の安息は得られる。メンタルと睡眠は直結してるって言うし、それで彼女の心労が少し癒えればいいんだが……難しいだろう。

 俺とて自分の力を安売りする気はない。

 サーシャは俺にたくさんものを教えてくれたし、同情できる分なんとかしたい気持ちがある。タイチとの関係もあるし。

 見ず知らずの他人ではないのだから、俺の身を滅ぼさない程度に手助けはしたいと思う。

 本人が求める以上は、するつもり無いが。

 

「……私も人魚に生まれたかった」

 

 瓶に入った果実水を一緒に持って来たグラスであおりながら、サーシャは呟いた。

 俺はお茶菓子の干しイチジクを齧りながら、黙って彼女の顔を見つめる。

 彼女のその言葉は、本当に人魚になりたいというよりは現状の立場から逃避したいという意味だろう。

 それだけ彼女は今の貴族の娘という自分を嫌っているのか。

 少しだけサーシャは楽しげに架空の己を組み立て始める。

 

「あ、待って、やっぱり人魚は無し。海の中は魔物が多いもの、怖いわ。そうね、……獣人とか……獣人になって、森で暮らすの。ツリーハウスにたくさんの本を置いて、鳥の囀りで時間を測るの」

「森も魔物は多いんじゃない?」

「木の上で暮らせば、そこそこ安全って聞いたわ。獣人が多く住んでるジャングリラ大森林は、魔物が登ってこれない高さの木に生活圏を構築してるっていうし……。エルフとはまた違った森の生活ね」

「憧れる?」

「うん……」

 

 現実逃避に冷めて来たのか、またサーシャの顔が曇り始めた。

 束の間の悩みを忘れた時間だったが、それも長くは続かない。彼女の元気も、空が青い時間ももう残りが少ないらしい。

 大人しく帰っていくサーシャの背中に手を振りながら、俺は人間で貴族の娘のサーシャについて、考えていた。

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