深海転生(未知)   作:月日は花客

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20.足音

 

「最近、ここら辺の魔物の動きが活発になってきてるらしい」

 

 タイチとのいつもの夜、最初の話題はこれだった。

 なんでも月に一度、魔物の活動が激しくなる数日間があるらしい。「スタンピード」と呼ばれる現象で、満月の日をピークに何日かあるのだとか。

 避けられない自然災害に近く、満月が近くなってくると町の警備を強化して守るらしい。

 

「ここは海に面してて、陸に上がってくるやつ以外は船にさえ気をつけてればいい。まだマシな方だけど……お前は海で過ごしてるだろ? 気をつけろよ」

「ありがとう。これでも強い方なんだ」

 

 2人に会えない日はひたすらスキルの練習をしているので、なかなか腕が上がってきたのだ。《波槍》を何本も作り出し、手を使わず操れるようになったくらいには、練度も上がっている。

 俺が亜神なのもあるのか、魔物は弱い奴は俺に近付かなくなった。襲っても来ない。

 だから魔物の活動が激しくなっている実感は、俺には無かった。視界に入ってこなかったからだと思われる。

 シラタマはいつも通りだし、警戒もしていないからスタンピードを知らないのかもしれない。

 ハーヴィの家周りはクラーケンに怯えてはいたけど、それ以外は静かだったし……。

 

「うちも、漁に出る人数が少なくなるんだ。下っ端はしばらく暇になる」

「ということは……昼もここに来るのか?」

「そうしたいのは山々だけど、収入が無くなるのはキツイから、別のとこで働くんだ。市場で魚の運搬とかを手伝う」

「そっか、じゃあ俺と会う時間は変わらなさそうだな」

 

 タイチは漁の下っ端として働いているが、見習いではない。

 タイチの両親は昔に海難事故で亡くなってしまい、それ以来町の漁師組合に拾われてそこで生活しているそう。

 自分で自分を養わないといけないし、下っ端の給料は食べるのにも精一杯。住居は同じ下っ端が集まる大部屋があるらしく、組合が管理しているそうだ。

 漁師の誰かしらに認められれば、見習いとして本格的に漁師として鍛えられるらしい。今はその為にも下積みを重ねているんだとか。

 

 しんどい生い立ちだが、折れずに毎日漁船で働くタイチは強い。日焼けした肌に仕事で鍛えられた筋肉は彼の勲章だろう。

 彼は教養こそないが、頭は良い。理性的だし、空想に溺れないしっかりした面もある。現実主義者だが、感受性も共感性も高く、学ぶ機会があれば優秀だっただろうと思う。

 この世界は学校というものは中流の豊かさが無いと行けないし、教会が開く寺子屋のようなものは定員があり抽選の倍率は高い。

 勉強する事の事前のハードルが高いのだ。

 

 当然義務教育や勉学の権利なんかも無いので、大人でも文字を読めない人もいるし、金勘定の計算しかできない人もいる。

 日本の高等教育なんて、とんでもない豪華なことなのだ。

 埋もれた天才も多いだろう、世界の文化水準の都合どうしてもまだしかたのない事だろうが、複雑だ。

 これから長い時をかけて基準が上がっていけば、変わるかもしれない。

 サーシャ曰く、魔術学院がある帝国はそこそこ教育基準が高いらしいし。

 

「んー、でもオレにとっちゃあ少しの間の休みだな。漁の方がよっぽどハードだし」

「そういえば警備が強化されるんでしょ? 俺はしばらく来ないほうがいいかな」

「んー、兵士の討伐基準とかわかんねぇしな……でもお前は人間を傷つける気は無いんだろ? 人魚は魔物の中でもまだ人に近い扱いだし、話せるなら気にしなくていいんじゃねーの」

「それは良かった。俺が海に潜ってる間にタイチの恋が進展してたら残念だし」

「そんないきなり進んだりしねーよ」

 

 わからんぞ、恋なんて何が起きるかわからないし。

 結局その日は、美味しい魚の話や大部屋であったカードゲームの話をして終わった。タイチといると、日本の友達との会話を思い出す。彼らは元気にしているだろうか、最後に会ったのはいつだったか……顔も思い出せなくなって来ているけれど。

 新しい身体で、新しい場所で得る友人と笑っていると、俺の心の中で過去の友達との思い出がちくりと胸を刺してくる。

 まだアイツらとは遊ぶ予定もあったのに。今更どうしようもないが。

 

「スタンピードが近いわね。貴女は大丈夫?」

 

 次の日、サーシャが最初に話したのもスタンピードの事だった。

 今日は溜め込んだものが薄かったのか、表情は幾分か良い。前俺が渡した《微睡の水》のおかげもあるだろう。隈は薄くなり始めていた。

 

「うん、俺は特に問題は無いかな。サーシャはスタンピードが近いのに、ここに来て良かったの」

「満月の日は家に篭るわ、家族全員でね。あの家で一日中過ごすなんて憂鬱だけど……」

「ご家族は、相変わらず?」

 

 俺がそう聞くと、サーシャは眉間に皺を寄せて歯を噛み締めた。ギチリと微かな音も聞こえるほどだ。

 サーシャの家は相変わらず、家族同士での交流は最低限、事務報告か買ってきた高価な品物の自慢くらいらしい。つらつらと並べられる宝石への賞賛や賛美は、彼女の耳を大いに苛立たせている。

 

 貴族にとって、旅行とはステータスだ。それも家族全員なら尚更。

 長距離の安全な移動というのは、この世界ではかなりの額がかかる。強い護衛、快適で安心できる馬車、旅の食糧や消耗品……。

 冒険者や傭兵のような、最低限の野営設備ではない、良い旅の道具は高い。

 人件費もあるし、別荘の手配も必要だ。

 家族と行くなら家族分の物資が必要だし、守る人数が増える分護衛も増やさねばならない。

 貴族にとって、定期的な旅行は自らの裕福さと優秀な人材を雇える資質を外にアピールするための物。

 威厳とプライドのためには必要だが、生活にはまったく必要ない行事だ。

 

 サーシャは旅行に来ている今の状況にも、ストレスがあるのだろう。

 彼女が思う旅行は成金の裕福アピールのものではなく、家族と思い出を作る楽しいものだろうから。

 旅行に来ても、やることはいつもと同じ仕事と高級品の収集。サーシャのように町を探索したり、地元の名物を見たりもしない。

 彼らにとってメインなのは自慢だから。

 

「悪いこと聞いたね、ごめん。スタンピードが近いなら、家でも何か変化があると思ったんだ」

「まぁ、毎月ある事だから……うちにも専属の兵士がいるしね、雇われだけど。はぁー、新しい本でも買おうかしら、部屋に篭るときのために」

 

 サーシャは帰る時間になるまで、俺にこの世界の本の話をしてくれた。

 彼女が読む物は学術書や経済理論の本が多かったけれど、たまにロマンス小説や穏やかなフィクションもあって、彼女の家族に求めるものの原点を垣間見た。

 物語に出てくる家族はみんな仲良しで、温かくお互いを第一に考えている。

 その世界と自分の家を比べて絶望したのだ。

 フィクションはフィクションだけれど、彼女が読んだ物はあまりに写実的だったのか、それとも聡明な彼女すら酔わせてしまう名文だったのか。

 その物語を語る彼女は、楽しそうだがどこか虚しさが浮かぶ瞳を揺らしていた。

 

「セイ様! ついにお屋敷が完成いたしました!」

 

 朝一番に、シラタマに呼び止められた。

 シラタマはずっと神隠し空間で住居をいじっていた。タイチに会った頃には一度完成していたのだが、俺が能力の練習ついでになんとなーくやってみたら、神隠し空間が広がってしまったのだ。

 今まではテニスコート2つ分くらいの広さだったものが、学校のグラウンドくらいに。

 そのせいで、シラタマが頑張って作った空間の周りに空白の空間ができてしまった。

 流石に申し訳なかったので、空間を縮めてシラタマの完成サイズに合わせようとしたのだが……それを本人に止められてしまったのだ。シラタマは空間が広がったことに怒らず、むしろ使える敷地が増えたと大喜び。

 

「あの、本当ごめん……またやり直しになっちゃって」

「いえいえ! あの広さは実はかなりやりくりして詰め込んだものなのです……なので、使える面積が広がったのはむしろ喜ばしいことです! ですが、これからは敷地が広がることを念頭に置いて空間を作らねばなりませんね……腕が鳴りますよ!」

 

 と、大興奮でリフォームに取り掛かったのだ。

 毎日同じご飯を食べているメンダコの新しい一面を見た気がする……。

 申し訳なくなって、俺も少し手伝うことにした。いつもはセイ様セイ様と恭しく接してくれるシラタマが、じゃんじゃか仕事を振ってくる。

 メンダコにこき使われる亜神という図が完成したが、こればっかりは俺も甘んじて受けることしかできないのであった……。

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