深海転生(未知)   作:月日は花客

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23.洞にいるもの

 

 港町を離れてから、俺はただひたすらに深く潜り続けた。

 人里を離れ、魔物蔓延る暗い底に戻ってきたのだ。

 サーシャとタイチの件は、数日経っても俺の心の棘として刺さり抜けなくなっていた。

 シラタマも心配してくれている。はやく立ち直らないとと思っているのだが……自分のしたこと全てが余計なことだったと理解してしまったことは、思考にも暗い影を落とす。

 自己嫌悪に苛まれながらも、今日も俺は海を泳いでいた。

 

 海の青さはまだ保っているほどの深さで、深い崖が切り立つなかなか過酷な地形をしている場所だ。

 港からはだいぶ離れ、人が来ることができない場所。

 今はシラタマも、久しぶりに神隠し空間から出て隣を泳いでいた。

 

「迫力のある景色でございますね、セイ様」

「……そうだね……」

「セイ様……シラタマは心配でございます。あの町で何があったのですか?」

「ちょっと……ね……。しばらく人と関わることは避けようかなって」

「セイ様……」

 

 クルクルを俺の周りを泳ぐシラタマ。その姿は可愛らしいが、今の気持ちを晴らすには至らない。

 シラタマに気を使わせていることにも罪悪感が募り、心が沈んでいく。

 満月の夜はとっくに過ぎ、スタンピードも終わっていた。あの町が、タイチが、サーシャがどうなったのかは知らない。

 今は魔物も穏やかで、俺にもシラタマにも寄ってこない。

 

 スタンピードに陥る魔物は知能が低い種だけで、俺やシラタマのような高い知能を持つ者は暴走しないようだ。それがわかったのはシラタマと満月の夜を迎えた時、そのあまりの普段どおりさに驚いてからだ。

 俺も理性を無くした獣になったらどうしようと怯えたが、杞憂だったらしい。

 しかし、その理性が俺の精神を苛んでいることも事実で……。人間時代より意識を保っている時間がずっと長い今を恨んでしまう。

 最近の気分は、最低と言って正しかった。

 

 崖の辺りを泳いでいると、ふとシラタマが遠くに視線を向けた。

 

「おや、あんなところに洞窟のようなものが……」

 

 俺もそちらを見ると、ただの穴にしては大きい……俺を縦横それぞれに2人並べたくらいの大きさの穴が、崖に空いていた。

 凹みではなく、奥に道が続く洞窟になっていて、自然にできた海底洞窟と言える。

 

「……なんだか、気になるな」

「はて、ただの洞窟ですよ?」

「いや、その割には……川のような水の流れる音がする」

 

 サラサラと、岩山に通る清流のような音が、かすかに奥から聞こえていた。この体は耳も良い。ただの洞窟ではない、おそらく中は水で埋まっていない空洞だ。

 シラタマには聞こえていないようだが、近づくにつれその音ははっきりしてくる。

 

「あと……火の気配がする」

「なんと! 水の中に炎が?」

「炎が弾ける音がするんだ。中に何かいる……? 確認してみよう」

 

 深海にはありえない炎の気配と、川の音。

 異質なそれに、俺は洞窟の中を確認することにした。亜神の勘が、「何かいる」と告げているのもあった。

 同じ人魚か、はたまた別の魔物か……。シラタマを後ろに隠し、念の為《波盾》で守りを固める。そして、洞窟の中に入っていった。

 

 水の世界はすぐに終わり、中には空気と乾いた岩穴が続く。横の方に川が通り、俺でも泳いで先に進むことができた。

 細い川を慎重に泳いでいると、グネグネとした曲がり道が、急に広がり大部屋のような空間になる。

 松明で照らされた空間、そこにいたのは──複数の人間だった。

 

「っ魔物!?」

「なんで、ここには魔除けの魔法がかけられてるって……」

「いや待て、人……?」

 

 流石に顔を出して観察していたばかりに気づかれてしまい、一気に人間たちがざわつく。そこには怯える女子供や、武器を構える男衆がいた。ざっと20人程だろうか。

 何人かが弓をこちらに向けるも、人の上半身である俺に少しばかり動揺したらしかった。

 

「いや、人魚だ。……怖がらせて悪かった、すぐにここを去るよ」

「人魚!? 人魚と言ったか!?」

 

 現状精神的にあまり関わりたくない人間の集団に、顔を引き攣らせつつ最低限応じる。また余計なことをしてしまわないか不安で、すぐに立ち去ろうとした。

 しかし、洞窟の人間たちは人魚という言葉にさらにざわつきを大きくする。そこには恐怖ではなく、ある種奇跡を見たような驚きが見えた。

 

「人魚……人魚様でございましたか! おお、無礼をお許しくださいませ!」

「えっ」

 

 そう代表者のような男が叫び、人間全員が俺に向かって首を垂れた。子どもですら、親に倣って頭を地面につけている。

 何が何だかわからず、呆けた声を出す俺。シラタマも驚いて思わず俺にしがみついてきた。右腕に吸盤の感覚がする。

 

「少数ではありますが、我々は深海(うみ)の民……。私、ザハドが代表して御話させていただきます。何卒、先の御無礼をお許しください」

「い、いや……俺は気にしていない。それよりも、今のこの対応に混乱しているんだが……その深海の民は、人魚を信仰しているのか?」

「はっ、我々は海に生き、海に死ぬ民族……。人のかたちと海のかたちを持つ人魚様を信仰し、崇める者たちにございます」

 

 深海(うみ)の民。

 彼らの姿をよく見てみると、服装はボロボロでそこかしこに傷を負っている。しかしどこかしらに必ず青の衣装があり、海の波や魚の刺繍なんかも施されている。

 シラタマも聞いたことがない民族らしい。人間の中でも珍しい信仰だと。

 そもそもこの世界で一番覇権を握っているのはハルピース教であり、女神ハルピースは人魚ではない。人間の女神だ。

 ハルピース教は過激派もいるが基本的には人間の善性を信じる温和な宗教で、国教にしている国も多い。

 それとは別で混沌だけに救いを見出し、争いやテロによって災いをもたらすカルト、落日教会という勢力もあるらしい。どちらかといえば犯罪組織のような扱いを受けているそうだが。

 

 故に人魚信仰というのは珍しい。しかも人間で。

 しかし目の前から感じる畏怖と敬意は本物で、その信仰は嘘ではないこともわかる。

 

「……とにかく、俺は気にしてない。から、もういいよ。ここからもすぐ離れるから」

「おっお待ちください!」

 

 人間と関わっているとサーシャのことを思い出してしまうので、さっさと離れようとしたのだが……鬼気迫る声で叫ばれ、少しばかり肩が跳ねた。シラタマの吸盤も強く俺の腕に吸い付く。痕が残っていないだろうか、後で確かめよう。

 必死な呼び止めに、思わずザハドの方を見てしまう。

 頭を下げてはいるが、その腕や首には冷や汗をかいており、表情は見えないがかすかに見える額は青い。

 

 冷静な理性はやめておけと警鐘を鳴らすが、その必死な有り様に思わず留まってしまう。

 

「……どうして?」

「わ、我々を……救って欲しいのです。どうか」

「悪いけど、俺は……」

「このままでは全員、飢え死にを待つばかり……! どうか、伏してお願い申し上げます……!」

「…………」

「セイ様、どうなされます……?」

 

 心配そうにシラタマが俺を見上げる。

 人間とは、もう暫く関わりたくなかった。

 俺は亜神でも万能じゃなくて、全智でもない。余計なことしかできなかったら。それでもし、この人たちが全員助からなかったら……。そう考えると身の毛もよだつ。

 自分の無力さを知ったばかりだというのに、こんなにも崇められても憂鬱になるばかりだ。

 

 だけれど、俺の……亜神の……「神様」の部分が。

 この人たちを救ってあげようと、安らかに深淵に還れるよう、手助けしてあげよう。と……囁いてくる。

 相反する思考に脳が潰されそうだ。縋るようにこちらを見てくる人間たちが俺の心を刺してくる。

 浅くなった息。狭く人が多い場所で火が焚かれているせいで、ここは酷く酸素が薄い。水棲が一番快適な人魚には尚更。

 

「セイ様、お辛かったら断ってもよろしいのですよ……?」

「いや、大丈夫……シラタマ、ありがとう」

 

 小声で不安げに声をかけてくるシラタマ。

 しかし、俺の思考はもう勝敗が決まってしまっていた。

 

「その話、もう少し詳しく聞かせてくれるかな」

 

 人間としての俺は、どこまで薄まっていくのだろう。

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