「我々
ザハドは語り始める。事の顛末、そして原因を。
「我々の住む地は過酷でした。魔物が多く活発で、近くには町も無い……寂れた田舎でございます。総勢50名余りの村人が暮らしておりましたが、今や残るは20名のみ……。その原因は、とある魔物の不在にございます」
シラタマも落ち着いてきたのか、スルスルと俺の腕を離れ始めた。チラリと見るとやはり赤い斑点が腕に浮かんでいる。
痛みはないが、シラタマが申し訳なさそうにしているので《超回復》で治しておく。
「老齢の大潮鯨……あの魔物の縄張りだったため、村は平穏が保たれておりました。異民族の侵略も無く、過酷な土地でしたが外敵の恐れはなかったのです」
大潮鯨。どこか懐かしいその響きにあの初めての会話を思い出す。
リベルタ。深淵に還っていった優しいクジラ。この世界に大潮鯨がどれだけいるかはわからないが、きっと彼女だ。
「数ヶ月前まで、大潮鯨の畏怖が村を守ってくれておりましたが……それが突然亡くなったのでございます。恐らく大潮鯨が死んだのでしょう。寿命かはわかりませんが、かなり歳を取っているとわかっておりましたから。……しかし、それによって村を守るものが無くなりました。海からは魔物が、陸からは異民族が、村を襲いました。命からがら抜け道を降りてここまで来ましたが、水も食料も無くなっていくばかり……。そんな折、あなた様がいらしたのでございます」
どうかお助けください。とザハド達は改めて深く頭を下げた。そんな彼らを俺は黙って見つめる。
リベルタは彼らを守っていたのだろうか? 案外、ただその土地の居心地が良かっただけで、守護や保護の意図は無かったかもしれない。
しかし、襲うこともしなかった……。ある意味、共存していたのかもしれない。
リベルタの隣人、のような立ち位置だったのかも。遠く聞こえるばかりになってしまった、あの穏やかだけど力強い声を幻聴する。
じんわりとした懐かしさと寂しさが、胸を打った。
「……事情はわかりました。先に言いますが、俺は全知全能ではありません。精一杯、助けようとは思いますが……足らない部分も大いにあるでしょう、どうしようもないことも起きるでしょう。それでもいいなら、海に生きる隣人として、あなた達の助けになりたい」
「おおっ……! ありがとうございます! ありがとうございます!」
俺の言葉に、ザハド達は泣いて感謝する。隣の者同士で抱き合って喜び、目を擦る。何度も俺に頭を下げて、お礼を言った。
まだ何もしてないのに、そんなに感激されるとこれからやる事にプレッシャーがかかる。その感謝に応えられなかったらどうしようと不安がつのっていく。
いや、引き受けたからには逃げない。逃げられない。
そのためにもまず、彼らと話をしなければならないだろう。
「あの、では……まず、最低限、本当に最低限これがあれば良いみたいなものはありますか?」
「食料と、水ですね……どちらももう人数分に足りません。今日明日で尽きるでしょう。怪我人もおりますので、薬はなくとも包帯になる物もあれば良いのですが……」
ふむ。医療品は置いておくとして、先ずは食糧か。残っている分も干し芋のかけらや僅かばかりの魚の干物の様だし、栄養失調は免れない。
何を為すにも先ずは腹を満たさないとか。
「とりあえず、水……は水袋がある? それを少し貸してもらえるかな」
水筒は無いので皮袋に水が詰まっていたそれを貸してもらうと、俺は《冥々水槽》で綺麗な精製水をその皮袋満杯に作り出した。皮の匂いがついてしまうだろうが、そこは我慢してもらう。
おお、とザハド達から驚きの声が上がった。
「海水じゃない水だよ。他にも水袋あったら水入れるから教えて。……悪いけど、シラタマ、海藻スープを作ってきてもらって良いかな。あったかいやつ」
「了解いたしました、大急ぎで作って参ります! 薬も作って参りましょうか?」
「ありがとう。薬は……そこの人、怪我人と病人の人数と症状をまとめてくれる?」
「は、はい!」
とりあえずシラタマにスープを作ってもらい、その間に俺は病傷人の確認とザハドに必要なものを具体的に確認する。
最低限である食糧と治療道具があっても、ずっとこの場所にいるわけにはいかない。ここで無駄にジッとしていても現状は変わらない。
ザハドはまだ体力的に余裕があるらしく、他のものより幾分か元気だ。前の村では漁師のリーダーをしていた、村の長の次男だそう。彼の家族は全員亡くなってしまったそうだ。冥福を祈る。
本格的に酸素が浅く苦しくなってきたので、頭を冥々水槽による水塊で覆う。水中の方が息がしやすく、冥々水槽の水はゴミもないので爽やかだ。
人の姿をしていてもこういうところは水棲生物なのだ。
人間達にはそこまで苦しくない空気だそうで、洞窟の穴が外につながっているからか、川の底に海藻がぎっしり生えているからなのか、酸素は大丈夫そうだ。松明を燃やしているのに、不思議だ。
でも炎から出る煙は体に悪いだろう。天井に溜まるとはいえ心配だ。
松明を数本消してもらい、代わりに《海月提灯》をつける。5体の大きなクラゲが光りながら空中を泳ぐ姿は、綺麗だと子どもが喜んでいる。
炎ほど光量は強くないが許容範囲だ。
「セイ様! 作って参りました!」
「本当に早いな」
シラタマが鍋一杯のスープを作ってくれた。神隠し空間から運んで、みんなに振る舞う。皿は人数分無いので、貝殻なんかで代用してもらった。
胃が縮んでいるだろうし、優しい温スープはちょうど良く体に沁みてくれるだろう。具材は海藻と、俺がスキルの訓練ついでに獲ってきていた魚の切り身。あと貝。
味付けは最低限のさっぱりさだが、人間達は大泣きしながらそれを食べていた。これにはシラタマも嬉しそうだ。
「シラタマ、ここに病傷人の症状リストがある。作れそうなものだけで良いから、《調合》頼めるか?」
「お任せください、ではまたしばらく屋敷に戻ります」
「ありがとう」
シラタマは頑張ってくれている。請け負ったのは俺なのに。ならば俺はシラタマよりも頑張らねばならない。それが責任だ。
傷が汚れているものは、沁みるだろうが綺麗な水で洗い流す。病に苦しむ者は一度《微睡の水》で寝かせて体力の回復を図り、動けそうな者には倒れている人の面倒を頼む。
ザハドとは並行してやる事の計画と擦り合わせだ。
十数分してシラタマが薬をいくつか作ってきたので処方。包帯は持っていなかったので、どこかで調達する必要があるな。どうするか……というか、この洞窟内にいつまでもいるわけにもいかない。
しかし海側に出ると水圧と呼吸困難で無理だし、外は一本道で出口の先には異民族と魔物に荒らされた村……。というか俺が付き添えない。陸だし。
残念ながら、人の足を手に入れられる魔女の薬は現状、無い。
しばらく考え込んでいたが……シラタマが何か出来ることはないかと聞いてきた。料理や調合はひと段落、休んでくれてても良いのだが……。
いや、俺はここでふと閃いた。
彼らがここから出られない状況。生きやすい場所が無いなら、作って仕舞えば良かったのだ。
彼らにはもう外に知り合いはいない。病に倒れている者もいるが、この洞窟で死ぬことは受け入れているが良しとは思っていない。
今までの相手にはできなかった、やらなかった理由がある。しかし彼らにはそれが無かった。
「シラタマ、何度も悪いが……一度神隠し空間に戻ってくれ」
「何をいたしましょう?」
「神隠し空間を広げる。そこに人が生きられる空間と20人が最低限住める家を、作ってくれ」
そう言うと、シラタマの小さな目が輝き出した。数日ぶりの神隠し空間エディットタイムだ。
最速で、人という異種族が住める空間を、20人分。
その縛りが、凝り性の彼の創作魂に火をつけた。
シラタマはすぐに神隠し空間に戻っていく。
俺はそれを確認すると、ザハドにこれから行うことを説明しだした。