「あなた達には、これからシラタマの作った──いや根本的には俺か、の作った空間に移動してもらう」
「空間を、作る……?」
「俺は人魚だが、ちゃんと人間が住める様に空気も重力も建物もある場所だ。一時的な避難所にしてもらって構わない。空間は俺の力だから、俺が操作しないと入れないし出れないんだが……悪いようにはしないと約束する」
シラタマは出入り自由にしてあるが、人間だと出てきたタイミングで俺が深海にいたらそのままお陀仏なのでね。監禁ではなく安全装置と思って欲しい……。神隠しなんてほとんど拉致監禁と同じようなものだが。
他人の作り出した空間に入るとか、かなり怖いと思うが……これなら大人数で移動できるし、俺が海の中にいても平気だ。
ということを説明する。ザハドも最初は驚いていたが、悪意が無いことは理解してくれたらしい。
「その、我々の住処を……シラタマ様が作ってくれていらっしゃるのですか」
「ああ。シラタマは人間と生活していた時もあるし、ある程度人の生活も知っていると思うが……何か問題があればすぐ修正できるから心配はいらない」
「おお……なんと礼をすれば……。セイ様、ありがとうございます!」
一生分の感謝を聞いた様な気がする。まだ返事を聞いていないのだが……ザハドの説明と、俺の補足を聞いていた彼らは、俺の能力に驚きつつも受け入れるそうだった。
現状のまま食糧があってもどうにもならないとわかっているのだろう。
「じきにシラタマが戻ってくると思うが……」
「セイ様! 一先ず終わりましたので、確認をお願いいたします!」
「早いな」
やりきった顔でシラタマが戻ってきた。
一度シラタマを洞窟の中に置いて、今度は俺が神隠し空間に入る。
入口はまだ俺が泳げる、水中のような空間だ。俺の屋敷の横、広げた空間にガラスの様な壁が作られ、大きな両開きの扉が付いている。扉も金属の枠と飾り以外はガラスで、透明感があって綺麗だ。
扉の向こうに行くと、陸の重力が体を包む。
《冥々水槽》を伝って移動しつつ全体を眺める。
全体的には、漆喰とレンガの家。白い壁にガラス窓で開放的に仕上げてある。ベランダやバルコニーもあり、並ぶ家は全て同じ形だが、それがむしろおもちゃのようでかわいらしい。
屋根はテラコッタカラー。鮮やかな赤茶色は青を基調にした俺の屋敷とは対照的だが、暖かみを感じる。
内装も全件一緒な様だが、きちんと階段や手すりがあるし、トイレなんかもしっかり作られている。
俺の家ほど豪華さは無いし、現代日本的な観点から言うと少し小さい。しかし一軒家だし、細かい装飾や日用品はこれから揃えていけば良い。
重力や二本足での生活を考慮してあるなら、十分合格だ。
一応家以外にも、水が汲めるらしい井戸やちょっとした倉庫も建てられている。これをあの短時間でやったのかとシラタマの才に驚くばかりだ。
しかしシラタマは陸の植物には詳しく無かったのか、全体的に地面が丸出しで荒野に家が建っているような風景になってしまっている。
この空間の酸素とか考えたことないが、視界に緑があったほうが落ち着くだろう。森や林にならない程度に草木を生やし、花を植えた植木鉢を家の前なんかに飾っておく。
それだけでも景色全体が華やかになった。
あとは……空模様を作ったほうがいいか。生活リズムや時間感覚は大切だ。無いと自律神経なんかが狂ってしまう。
深海の民用のエリアにだけ、太陽と月、星々が洞窟があったあたりの空と連動する様に設定しておく。天気なんかもそうだ。雨の日は雨が降るし、雪の日は雪が降る。
この作業は、現実と神隠し空間の一部を結びつけないとなので少し疲れる。なんだろう、微妙に1発じゃ解けないパズルをやってる感覚だ。数分試行錯誤したらできるやつ。
改めて村をざっと見渡す。
漆喰とガラスの町という印象だ。建物にはガラス窓がたくさん嵌め込まれ、中にはステンドグラスの様にシンプルな模様が組み込まれたものもある。
空間もガラスの壁で区切られているし、透明感を感じる。
中を見られたくない人にはカーテンを付けてもらおう。別に窓撤去してもいいし。
住む分には快適な空間になったんじゃないだろうか。シラタマ匠の技に拍手だ。
俺は入り口を深海の民エリアに設定し、水塊を泳いで外の世界に戻った。ここら辺不便なので俺とシラタマ用の水塊通路を作るのもアリだ。
「シラタマ、良い仕事だった。気になる箇所は少し手を加えさせてもらったが、見事な建築だったよ」
「ありがとうございます。では、移動を始めますか?」
「ザハド、大丈夫そうかい。悪いけど俺じゃ病人を運べないんだ」
「いえ、余力のある者が運びますので御手を煩わせることはありません。皆セイ様に感謝しております、どんな場所でも、我々は受け入れますとも」
「わかった。今空間と繋ぐから、順番に入っていってくれ」
俺は少し陸に乗り上げて、神隠し空間に繋いだ扉を作る。ガラス壁につけられたあの扉だ。入ったらすぐ町中に出ることになる。
大きさは背が一番高いザハドが少し屈むくらい。あんまり大きい扉はまだ作れないのだ。
ザハドは目算約180後半くらいの長身なので、少し入るには狭いかもしれない。申し訳ない。
まずザハド、そして並んだ深海の民たちが順番に入っていく。尻込みする人なんかもいなかったので、スルスルと20人全員が神隠し空間に収容された。
最後に俺とシラタマが入れば、扉を閉じる。俺とシラタマは陸地を歩けないのでズルズルとカッコ悪く入ることになったが……。
冥々水槽の水塊に入り、体勢を整える。
ザハド達を見ると、神隠し空間に広がる光景に目を奪われている様だった。
かわいらしい一軒家が数軒、屋根と井戸もあり、空き地には草花が鬱蒼とし過ぎない程度に揺れている。
天井には空と雲。陽の光も偽物だがある。
誰かが「ここが天上か……」と言ったのが聞こえた。
「どうかな、シラタマと俺で整えたつもりだけど、人間が住むのに不都合なことがあったら直すよ」
「い、いえ……これは、あまりにも……立派過ぎます」
ザハドは驚きつつも、目の前に広がる景色に見惚れていた。
建築様式やデザイン、材質は違うだろうけど、彼らの家が漆喰にガラスじゃないだろうなと言う予想はあった。白い港町のほうでもガラスは透明度の高いものは高級品だったみたいだし。
寂れた村の面影なんて無いものな、ここ。
「家に関しては、複数人住める様にしてあるから適当に分かれてほしいな。一軒に5〜6人くらいがちょうど良いと思う。小物とか日用品は……あとでまとめて作ろうか、シラタマ」
「そうですね、食器類や衣服などは細かい要望があるでしょうし」
神隠し空間は建物や自然物を作るのはそこまで難しく無いんだが……カトラリーや衣服なんかは難しい。
大きいものを作ることには向いてるけど……な感じ。太い絵筆で描いてるから、細かいものは描写しにくい、みたいな感覚が近いかな。
なので作るにはちょっと集中しないといけない。ぶっちゃけ外から買ってきたほうが早い。布生地を渡して自力で縫ってもらうのが一番楽なんだが、そうなると針も糸も作らなきゃいけないのでむしろ高難易度という。
この世界の人間の服飾センスとかわからないから、俺自身のデザイン能力が試されることになる……地味につらい。
「セイ様……改めて、あなた様に多大な感謝と忠誠を」
ザハドの声に、新しい住処に沸き立っていた他の民たちもずっと静かになり、頭を下げる。
崇められるのは慣れていないし、まだ穏やかな日常が戻ってきたわけでも無い。その感謝を受け取るのは、もっと先だろう。
そうは思うが、せっかくお礼を言ってくれたのでその言葉はありがたく受け取る。
今でも、間違ってしまっていないか不安だ。だけど彼らの心が少しでも軽くなったなら、良かったと思う。
頷き、楽にして良いと告げる。頭を下げるのも良いが、その前にこの空間で住むための準備を終わらせようと。
そうして散っていく民を眺めながら、俺はいつかのクジラの声を聴く。
『長生きはするもんさ、こうして後の世に繋がりが生きることもあるんだから』
見たこともないのに、彼女が大海原を笑いながら進む姿を幻視した。
リベルタは、深淵で安らかに眠っていることだろう。