深海転生(未知)   作:月日は花客

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27.街に潜む

 

 ここから一番近い街は帝国の港街、名をバルターゼというそうだ。

 温泉宿がある保養地で、病の療養によく人が来るらしい。

 医者も大きな病院があるそうなので、怪我人への対処も問題無さそうだ。

 

 まずは治療費のため、街の商人に鉱石を売って金を稼ぐ。

 そして怪我人病人を病院へ運び、治療を受けさせる。

 ついでに金が余れば裁縫道具を買ってきてもらう。

 そんな流れだ。

 

 今回、俺はただ移動して待機するしか無い。

 陸はザハド達人間に任せないといけないし、それ以外にやれる事がない。

 悲しいことに俺は海から出られない。陸での活動手段も得たいところだ。

 バルターゼに向けて超速で泳ぎながら、考える。

 一番希望があるとすればスキルか魔法だろうか。進化は人間方面になることは無い気がする。今は亜神だが、これ以上上がることはあるのだろうか?

 レベルキャップはまだ上がありそうだが……。

 まだまだ上限までは遠いし、やはり新スキルの獲得のほうが希望は高そうだ。

 

 泳ぎ続けて約2日。日差しがまだ薄い早朝にバルターゼに着く事ができた。街はまだ完全には起きていないようだ。

 朝早い労働者の動きは見られど、皆顔は眠たげで溌剌とはしていない。

 取り敢えずザハド達を神隠し空間から出して、街の中に行ってもらおう。

 鉱石を入れる袋は作ってあるので、なんとか背負ってもらう。重いが頑張って欲しい。

 

「そういえば……通行料? 滞在料? みたいなのは要らないの?」

 

 ラノベでは街に入るために金を払わなければいけない作品もあった。そういうものがあると今回は不法滞在になってしまう。

 今更気づいてしまったが、ザハドがそれを否定した。

 

「いえ、冒険者や商人にはありますが、我々には必要ありません。帝国領の国民として、通行手形を発行されておりますので。私が持っています」

 

 ザハドの手には木板でできた絵馬のようなものが。書いてあるものを読む限り通行許可と、国民ということを証明するもののようだ。

 ザハドが父親……村長から託された形見だそうで、その木目は少し焦げていた。

 これを見せれば良いので、通行料は必要無いそう。しかし滞在5日間のみ有効で、それ以上は滞在料が安いがかかるらしい。

 5日で終われば良いが……病傷人もいるし厳しいだろうか?

 とにかく、俺は鉱石を掘ってそれをザハドたちに託すしかできない。

 

「今回街に行くメンバーはもう決まってるよな?」

「はい、私と村では会計担当だったジヘラ、そして裁縫職のハリナです」

 

 ザハドの隣には白髪の40代ほどの見た目をした男性と、抱擁感に溢れる20代ほどの女性が控えていた。

 服装が俺製のなんちゃってワンピースだけでは目立つので、さらに3枚だけ作ったローブを上から羽織ってもらう。これもシンプルな無地のもので、重ための生地で捲れにくくしたつもりだ。

 見た目的には旅人に見えなくもない。

 

「わかった。鉱石は全部売ってしまって良いからな。ここに来るまでにも鉱脈は見つけたし、買い叩かれないようにだけ気をつけて欲しい。買う物と聞くことも大丈夫だな?」

「はい、第一に医療品や診療、第二に裁縫道具。第三に肉や野菜など海では獲れない食料……ですね」

 

 ジヘラがその射抜くような鋭い目線で言う。俺としてはかっこいいと思うが、子供には泣かれがちらしい。ザハドが前に半笑いで話していた。

 内容は合っているので、特に言うことなく頷く。

 3人ともしっかりしてそうだし、そこまで心配はしていない。

 街中で事件に巻き込まれたりしたら怖いが、バルターゼは比較的治安が良いところらしいので何事も無いよう祈っておく。

 

「では、行って参ります」

「行ってきますね〜!」

 

 ハリナの元気な声に手を振りつつ、俺は街外れの砂浜をボーッと見つめた。

 今でもまだ、あの時のサーシャの重みと張り付く血の匂いを覚えている。

 乾いた肌の痛みも、タイチの声の冷たさも覚えている。

 

 葬式に出たかった。

 葬式に出て、死化粧されたサーシャの顔を見て、花を添えて、ちゃんとお別れの言葉を言えたなら。

 そうしたら、もう少し心が軽くなっていたかもしれないのに。

 冷静な頭でタイチと話せたかもしれないのに。

 

 母の葬儀、親戚と葬儀会社との対応に追われる中、周りの悼む表情や言葉で母の死を実感した。

 頭の中で、どこか現実感が無かった身内の死がストンと思考の穴にハマった感覚。パズルピースのように、過去として事実を嵌め込んだ感覚。

 もう母親がいないことも、二度と会えず生きていかないといけないことも、受け止めて人生の重さが少し上がった感覚。

 サーシャにはそれを経る機会が無かった。

 だからまだ、俺の中でサーシャが生きてしまっている。

 今もあの船着場に白いワンピースを揺らしている気がして、ぐらりと眩暈がしてしまう。

 

 誰かの死は人を変えてしまう。

 それが良い意味でも悪い意味でも、それまでの人生とは変わってしまうがゆえの、人格の変化。

 タイチも、きっと変わってしまった。

 それを変えることを早めてしまった俺の軽率さ。過去の過ちの恐怖が、今も深海の民に向けて甦りそうで。

 彼らが心底安心した顔で笑っているのを見ると、腰が抜けそうになる程安堵するのだ。

 

 まだ数日しか関わってないけれど、彼らとの出会いは鮮烈だったし……向けられる信頼の大きさも段違いだ。

 彼らが笑っているうちは、俺が間違っていないと思っても許されるだろうか。

 俺は俺を少しでも許すために、深海の民を助けないといけない。

 自分勝手な、利己的な思いだが……それでも、サーシャを死なせた俺の罪滅ぼしのために、彼らを幸福にしたい。

 

 サーシャと深海の民には何の接点も無い。

 そんな関係で罪滅ぼしとか言われても、彼らは困るだろう。サーシャだって怒りそうだ。

 それでも、俺と人が関わることを許してもらうには、サーシャのような事件をもう二度と起こさないと誓わなければならない。

 エゴまみれの汚い誓約だ。自分の醜い部分を直視するようだが、それでもしなければならないと理性が言うのだ。

 

 ザハド達が街に行っている間、俺は何かあった時のためになるべく浅瀬で待機しながら、ぼんやりと空を見上げて遊泳していた。

 水面から見えるボヤけた太陽が俺の体に網目模様の光を映す。

 爽やかな潮の香りと、活気づきはじめた町の方の市民の声。

 白の港で聞こえた声とはまた違う、それより穏やかで人の多い声たち。

 建物は木造と石造が混ざったような物が多く、白の港ほど景観にこだわりは感じられない。しかしそこに生活感や、人の営みの安心感を感じる。良い街だ。

 

 俺はそのまま、ウトウトと微睡む。

 不休でここまで泳いできたから、少し疲れているようだ。

 瞼が下がり、さらにボヤける視界。一緒に思考も解けていき、砂浜で思い出したあの悲劇も朧げに淡くなっていく。

 それに少し不安を覚えてしまって、意味もなく太陽に手を伸ばした。

 ……サーシャも水面から見える太陽に手を伸ばしたのだろうか。

 その手はまるで助けを呼ぶようで、救いの手を掴み損ねたようで……解けかけた思考がまた暗さと重さを取り戻す。

 しかし俺は、目と閉じてその思考を無理やり追い出そうとした。

 

 眠ることは、別に現実から逃げることじゃ無い。現実に向き合うための、ほんの少しの休息だ。

 サーシャの死を背負っていく。前世の俺も、前世の家族の死も背負っていく。

 深淵に還る者たちの最期を、俺は背負っていかなければならない。

 俺の中の「亜神」としての部分が、そう言っている。

 死を忘れず、死を捨てず。

 その御霊は深淵に帰り……()の一部となる。

 そう、全てが。

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