深海転生(未知)   作:月日は花客

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28.おやとこ

 

 

 ジッと目を瞑って思考を無にしていたら、いつの間にか夕方になっていた。

 ふらふらと浅瀬に顔を出す。刺すような西日が眩しい。ちゃぷん、と穏やかな波が軽い音を立てる。

 ちょうどザハドたちが戻ってきたらしい。少し先の道から、見覚えのあるコート姿の3人組が袋を背負いながら向かってきている。大きく手を振ってくれているのはハリナだろう。俺も手を振りかえした。

 

「ただいま戻りました」

「おかえり。結果は村の方で聞こうか」

 

 速やかにザハドたちを神隠し空間に入れる。誰かに見られたら事件になってしまう。

 俺も、水中に潜ってから移動した。

 深海の民がいる村は基本的に空気がある陸地仕様なため、俺は《泡沫乱舞》によって水泡を作り出し、それを空中に浮かせることによって移動問題を解決した。

 丸い水が空にいくつも浮かぶ光景は幻想的だ。民からは好評なので良いと思う。

 そのうちの一つに着水して、水泡ごと移動する。

 そうすれば、楽にザハドたちの元に行けるのだ。《冥々水槽》でやると移動に少し疲れるので、差別化はできている。

 

「それで、どうだった?」

「病人の受け入れは病床の数の問題で難しいと……しかし、薬や処置のための道具類は売ってくれるそうです」

「鉱石は無事に売れましたよ。深海鉛は貴重だったようで想像以上の値段で売れました。帳簿もしっかりつけてあります」

「お裁縫道具と食糧も無事にゲットしました。これなら生活面は問題なさそうです!」

 

 ジヘラの袋からは大量の硬貨が。

 ハリナの袋からは大量の肉、野菜と裁縫道具たちが溢れんばかりだ。さぞ道中目立っただろう。

 ザハド曰く薬の処方は本人の様子を診てかららしいので、明日と明後日に分けて連れて行こう。

 

「収穫はたっぷりあったみたいだな」

「ねぇ、セイ様、ここに畑を作ってもいいですか?」

 

 ハリナが聞いてくる。その手にある小さな袋には種でも入っているのだろうか?

 

「かまわない。あとで畝と畑小屋を作っておく。うまく育つかはわからないけど……」

「それは、挑戦ですね。ですが、長い目で見てこの判断はしておくべきだと思ったんです」

 

 ハリナは明るい表情だが、そこには真剣さも滲み出ている。

 ザハドが代表に選ぶだけはある、聡明な女性なのだろう。

 スペースなら大量に余っているので、畑くらい余裕で作れる。作物は神隠しの力で作れないこともないけど、おそらく栄養なんかが無いと思われる。あくまでも装飾みたいな。あるいは俺の魔力の塊になっているのかもしれない。

 どうあれ、食用には向かないだろう。

 

「お金は、ざっとどのくらいになったの?」

「ざっと100金貨と50半金貨ですね」

 

 日本円にして一千五百万円くらい。目玉が飛び出る金額というのはわかる。

 そもそも深海鉄とは? それが高かったって聞いたけど。

 

「深海鉛は、深海にある魔力を吸った特殊な鉛です。鉄より硬く、真鍮よりしなり、金よりも貴重……と言われています。特に海の深いところにある純度の高い深海鉛は鍛治師垂涎の素材ですよ」

「なるほど……それは俺なら採り放題だな」

「実際、人魚の国の主な輸出品です」

 

 深海には魔物が多く、障害物が少ない分魔力が溜まりがちなんだそう。だから、変質した鉱石や漂流物も多いらしい。深海鉛はその代表だ。

 市場を飽和させないように売らないと、人魚の国に目をつけられるかもな……鉱山みたいなところは荒らさないでおこう。人の手が入ってそうなところとか。

 取り敢えずお金はかなり余裕ができた。治療費もよほど難病の人がいなければ払えるだろう。

 ひとまず、火急の件は解決した……と考えて良いだろうか。

 食糧は倉庫に運び、裁縫道具はハリナに任せて裁縫ができる人たちに持っていってもらう。あとで布を作っておこう。糸は買ってきたらしい。

 やはり女性が針仕事をするらしい。ハリナはまた刺繍ができると喜んでいた。女子で集まって、刺繍をしながらおしゃべりすることが村での娯楽だったそうな。

 壊された日常が少しでも戻ってきたことに涙する者もいた。

 

「セイ様に、我々は何もお返しできておりません……ここまで尽くしていただいているというのに」

 

 そう泣くのは、餓死しかけていた子どもを抱えていた婦人だった。夫は殺されたという。やつれた顔は少しづつ回復してきているが、心が追いついていないようだ。

 俺は深海の民によって信仰が得られているし、なによりサーシャの罪滅ぼしができているからなにも問題無い。むしろ俺の自己満足に付き合わせて申し訳ないくらいだ。

 元気に過ごし、俺を少しでも信じてくれれば良いと伝えたらさらに泣かれてしまった。

 

 遊んでいた子どもが、母の泣き声を聞いて心配そうに寄ってくる。

 小学校中学年ほどの、まだ親の助けが無いと生きていけない子だ。

 

「かあさん、泣かないで」

「この子が……この子が今も生きているのはセイ様のお陰です……!」

「かあさん、ユーはここにいるよ」

 

 母親に寄り添いながらその頭を撫でる少女。紐で絞られた腰元は恐ろしく細い。不健康な白さとガサついた髪が痛々しかった。それでも、餓死しかけていた頃よりは遥かにマシだ。

 ユー、という名前の少女は、母親に抱き寄せられながら俺を見た。まんまるの大きな瞳が、俺を射抜くようにジッと見つめている。

 

 子どもの瞳は真実を見抜くという。

 その純真な、無垢な瞳はどんなことでもわかってしまうかのように、相手の裏を見透かすのだ。

 子どもは、大人が思っているそれより遥かに細かく鮮明に大人を見ている。観察して、学んでいる。

 だから、その瞳に映るものが白であれ黒であれ、子どもはそれをそのままに知ってしまう。

 見て見ぬふりをする知恵すら、彼女たちにはまだ備わっていないから。

 

 そんな透明な視線が俺を刺している。

 俺が自分を、母親を救うに足る存在か、観察されている。判断されている。幼い頭で。

 子どもの反応というのは時に大人よりシビアで鋭い。だからこそ、子どもが笑っていられる場所はすごい場所だ。

 大人よりも早く見限り、諦め、他を探す子どもの思考というのは恐ろしい。

 心から笑える場所のためには、目の前の存在を捨てようが構わないのだ。大人の持つ躊躇いや余分な思考が無い。

 俺は彼女らが本当に笑える場所を作れるだろうか。

 

「セイさま、なんでかあさんは泣いているの?」

「……君が生きていてくれて嬉しいんだ」

「? ユー、なにもしてないよ?」

「良いんだ、それで良いんだよ」

 

 ただ生きていてくれること。それがどれだけ誰かを救っているのか、案外自分では気づけない。

 誰かを失って初めて気づくのかもしれない。

 生きていてくれるだけで、もうその人にとって十分で満足で、何より大事だってこと。

 普段の態度や言葉に隠れた、細やかでわがままな願い事。

 俺だって持ってるし、持っていた。

 母親が子を思う気持ちは特に強いだろう。目の前で屈んで嗚咽を漏らす婦人も、そんな母親の一人だ。

 ユーは不思議そうに俺に首を傾げた後、「かあさん、ねむい」と母親の腕にもたれかかった。

 婦人はその言葉でようやく顔をあげ、ユーを抱き抱えて立ち上がった。目が赤く腫れている。

 

「今から畑を作るんだ。子どもに魚ばかりでは栄養が心配だろう。畑の面倒は皆で持ち回りしてくれると助かる」

「わかりました。裁縫道具も受け取りましたから、精一杯作業させていただきます」

「うん、でもその子のこともちゃんと構ってあげてね」

「もちろんです」

 

 親が遊んでくれなかった時のことを、子どもは案外ずっと覚えているのだ。

 仕事であれ家事であれ、あの時の自分は親は自分と遊んでくれて当たり前と思っているのだから。

 前世の母との思い出を浮かべながら、俺は畑を作る作業に取り掛かることにした。

 耳には子どもたちの笑い声が微かに響いてきていた。

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