深海転生(未知)   作:月日は花客

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29.良薬は懐に痛し

 

 医者の協力もあり、深海の民は元気を取り戻してきていた。

 薬や治療器具を買い取り、診察してもらい数日。

 後遺症や欠損が残ってしまったものもいるが、明日の命もわからないような者はいなくなった。

 惜しげもなく金を使ったのもあるだろう、医者とて商売なのだから、金を存分に落としてくれる相手には相応の仕事をする。

 ザハドたちはすっかり顔を覚えられていることだろう。

 

 そもそも金を稼いだのは一番に医療のためであるし、いくら持ってかれようと構わないのだがな。ぼったくりは嫌だが。

 会計や経理は、ジヘラとその補佐数人による勘定担当に全て任せることにした。

 最終決定権は俺にあるが、基本細かい数字管理は彼らがこなす。

 俺はこの世界の物価に詳しくないし、俺だけに頼っていたら深海の民の自立ができなくなってしまうしな。

 働きたくないと言いつつ人間仕事は必要なのだ。

 

「しばらく滞在するか? 患者の容態が完全に安定したわけではないだろう」

「それが……あまりお勧めはできません」

「なぜだ?」

「実は──」

 

 そうしてザハドが語ったのは、この世界ではよくあることだった。

 ここは帝国領で、王国領とも近い海岸線の土地。なかなかに大きな街で、異民族が近くにいるわけでもない。自然の恵みも多い。

 そして帝国は様々な国から恨みを買っている。侵略で得た土地が多いからだ。

 しかしその武力によって、首都は落とされず大国の力を維持いているのだという。

 つまり、戦争の口実はいくらでもある。

 この街でも、数年に一度戦争がある。

 といっても、本戦とはいかない小競り合い程度で、一般市民に手を出すことも少ないらしいが……。

 それでも戦争には変わりない。外部の人間は歓迎されないし、巻き込まれる可能性もある。

 

「……この街は医師が多い。本格的に戦争になったら、負傷兵の為の要になるでしょう。だからこそ王国は、ここを獲っておきたいのです」

「なるほど」

 

 この世界、本当に物騒だ。

 魔物も人同士の戦争も、侵略もある。おまけにスキルなんていう力のせいで戦力が規格化しにくい。

 なんて世界に生まれ変わってしまったのか。

 

「じゃあ、心配だがここからは早くに退散するか……次の行き先を決めたいな」

「ふむ……」

 

 そういえば、何か快気祝いとか……そういう祝い事をしてみたいと思っていたんだった。

 こうして生き残って、なんとか元気を取り戻してきたわけだし、なにか一つ、景気付けの宴会でもやって損は無いだろう。

 まだ民全体の空気は暗いことも多く、不安を感じている者も多い。

 だが、今生き延びていること、これから強く生きていくためにも、明るい出し物なんかをして心を励ますのはいい手だとも思う。

 

「料理が美味しかったり、酒が有名な街を知らないか?」

「であれば、少し遠方になりますが祝祭の街サンドーレなんかは如何でしょう。あそこの宴会料理は他国にも広まっていたはずです」

 

 ザハドは物知りだな。漁師として遠方に行くことも多かったからだろうか。

 しかしおあつらえ向きの街じゃないか。そこに行こう。

 ついでにお祭り実行委員みたいな奴らも決めたいな。俺一人でサプライズはちょっと無理だ。シラタマも呼ぼう。

 サプライズは、俺はあんまり好きじゃないタイプだ。準備してる時のワクワク感とかも含めて祭りだと思うから。

 学校のイベントなんかでも実行委員に積極的になりたがっていたし、そういう性格だ。

 

 俺を会長、シラタマを会長補佐として、ザハドを副会長に置くか。

 あとはジヘラたち経理と、料理、飾り付け、宴会芸なんかだろうか?

 民たちが改めて交流できる会にしたいな。

 

 コソコソとザハドに計画を話してみれば、「大変よろしいと思います!!」と大賛成された。

 予算なんかは、街に着いた時に物価を見てジヘラと相談するとしよう。

 その為にも、先ずは街に行かなければ。

 ザハドに方角や特徴を聞いて、俺は海に潜りだす。

 

 光ある浅瀬も良いが、種族が深海に適しているせいか暗闇も落ち着く。

 最近は浅いところや明るい神隠し空間にいることが多かったし、尚更深海に懐かしさを覚えた。

 転生したての頃の光を求める感情が嘘みたいだ。あれは暇してたのもあるだろうがな。

 

 深く深く潜り、方角を間違わないように進んでいく。なんとなく方角がわかるのは本能だろうか。

 岩陰や海溝を避けつつ、時に襲いくる魔物をしばきながら海を進む。

 神隠し空間ではザハドがお祭り実行委員会のメンバーを選抜していることだろう。

 ある程度形になったら深海の民全体に知らせるつもりだ。

 

 しばらくは暇な移動時間だろう……そう思っていた。

 

 レベル差も構わず襲ってきた魔物をまた斃す。深度はそこそこだからか、まだ魔物は活発におり、凶暴性の高いものは襲ってくることもままある。

 しかし、信仰も相まってレベルが上がっている俺の敵ではない。

 適当に《波槍》で突き刺して仕舞えば終わる。

 そうして処理をして、また進もうと思っていた時……。

 

「あ、あのっ! ごめんください!」

 

 人がいないはずの海底から、突然声がかけられた。

 

「え?」

「あの、あの、そこの白い人魚のお方!」

 

 俺が呼び止められていることに気づき、声のした方を向いて止まる。

 辺りには何も見えず、声の主はわからない。

 もしやまた幽霊か? と思ったが、なにか明かりのようなものが見えて。

 そこかと近寄ろうとすると、慌てて静止された。なんなのだろう?

 声はか細い少女のような高い声で、声だけだというのにどこか品を感じる。

 

「姿を見せず申し訳ございません……。ですが、一言御礼申し上げたいのです。そこにいたエビの魔物によって、私は数日ここから動けずにいたのでございます。あなた様が倒してくださったおかげで、帰ることができます」

 

 そう言って感謝の言葉を続ける声。

 俺としては、ただ向かってきたから斃すだけだったのだけれど。このエビは不味い種類だから、向かってこなかったら倒さなかったのもある。完全に偶然だ。

 

「俺が勝手にやったことだ。気にしないで」

「はわ、謙虚なお方……! いえ、助けられたのは本当ですから」

 

 まぁ、それなら受け取っておこう。減るものでもないし。

 じゃあ俺はこれで。と先に行こうとすれば、また慌てて止められた。

 なんなんだ、と思いつつ話を聞いてしまう。やけに声が焦っているというか……切羽詰まっているのだ。

 

「じ、実は……長いことここに居たせいで、ヒレがハマって動けなくなってしまって……」

「……助けてほしい、と」

「申し訳ないです、情けない限りで……」

 

 しゅんと光が弱まる。やはりあの光は声の主の一部なのだろう。

 

「わかった。どこが引っ掛かってる?」

「ええと、天井の岩の隙間に……」

「うーん、姿が見えないからよくわからないな」

「うっ、で、ですが見て欲しくなく……」

「……わかったわかった。ただジッとしてて」

「?」

 

 もう面倒だから岩を壊してしまおう。

 俺は《水操作》によって岩の全容を把握した後、海流でもってそれを破壊した。

 なるべくその隙間にいた声の主っぽい身体には降りかからないようにしたつもりだ。

 驚いた声と同時に、なにか生き物が岩を飛び出たのを察知する。

 

「はえ、す、すごい……!」

「怪我は無い?」

「は、はい! ありがとうございます!」

 

 そうして揺れる光。

 先程より近くに来ていたからか、その光が反射してチラリと声の主の顔が見えた。

 キラリと光るギザギザの歯。そして揺れる光の玉……。

 

「チョウチンアンコウ……?」

 

 俺のその言葉に、声の主が悲鳴をあげたのが、やけに遠く感じた。

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